除染

小社会 3/14

 放射能で汚染された土を削り、地表を剥がす。除染。〈なんとかなしいことばか〉と俳人の宮坂静生さんが書いている(「3・11を心に刻んで2017」岩波書店編集部編)。

 剥ぎ取った土は黒い袋に入れて仮置き場や道路脇、あぜ道、民家の敷地にも積まれている。これではただの「移染」ではないか。広大な山林は手つかずのまま。雨が降ればそこから新たな汚染が流れ出し、地表にまとわりつく。

 それを承知でやらなければならない。除染には宮坂さんの言う悲しい、やりきれない思いがつきまとう。福島第1原発事故から6年。国は除染などが進んだ区域から避難指示を解除してきたが、帰還は思うように進まない。被ばくへの不安が拭えないことも一因だろう。

 福島県は避難区域外から自主的に避難した住民への、住宅無償提供を3月末で打ち切る。帰還者が増えなければ古里は再生できない。それは分かるが、「帰りたくても帰れない」人たちに寄り添っているとは言いがたい。

 無償提供の継続を求める自主避難者に対し、「わがままだ」といった冷たい言葉も投げつけられている。好きこのんで避難したわけではないのに。事故さえなければ大好きな福島で平穏に暮らし続けていたはずなのに。
 
 古里に戻る人、戻らない人。双方の生活を再建しなければならない。どれほど困難であっても、国策として原発を推進してきた国の、それが責務であろう。

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