ありがとう

地軸 3/13

 「ありがとうの反対の言葉は何だと思いますか」。タクシーのラジオから不意に問われ、考え込んだ。答えは「当たり前、です」。

 ありがとうは「有り難し」。日々の食事や友との語らい、今生きていることさえも決して「当たり前」ではない特別なこと。何げない日常を当然と思わず、感謝を―そんな法話だった。ひとしお心にしみたのは、また巡ってきた東日本大震災の日だったから。

 今日と同じ明日が来ることも、また当たり前ではなかった。そう思い知らされた日から6年、痛みの記憶と想像力を呼び覚ます。「戻れるものなら戻りたい」「今日できることは今日して」。愛媛の避難者の声を、懸命に歩む多くの被災者の背中を、忘れまい。

 こちらは何かしてもらうのが当然で、恥ともありがたいとも思っていないのだろう。復興に携わる内閣府・復興政務官だった務台俊介氏が、辞任に追い込まれた。昨秋、長靴を持参せず台風被害の視察に行き、職員におんぶされて水たまりを渡ったご仁。先週、自らの失態を「長靴業界はもうかったんじゃないか」と笑いのネタにした。

 無神経、無反省極まりない、笑えぬ冗談が「政治の当たり前」なら、憤りを通り越して悲しい。そのとき笑った大勢の政治家や関係者も、同様。「さびしさと春の寒さとあるばかり」上村占魚。

 当たり前ではない毎日を大切に、一歩一歩前へ進みたい。「ありがとう」の気持ちを忘れず、また一年。
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