長靴

中日春秋 3/13

政治家の宿舎で思わぬ物を見つけて驚いた経験がある。二十五年ほど前の話である。当時、当選二回の若手議員だった。

思わぬものといっても大したことはない。昭和の名人、古今亭志ん生の名演テープ集である。政治家と志ん生の取り合わせが妙に不思議で、尋ねると「おもしろい話をするために勉強している」とおっしゃる。

素人にはまねできない志ん生の独特の芸風が参考になるとは思えなかったが、政治家が笑いの技術を求めるのは当然である。適切な笑いは聴衆を引きつけ、話し手の好感度も上げるだろう。

もっとも、危険も伴う。笑いとは煎じ詰めれば、常識や秩序からの予期せぬズレへの反応という説がある。やりすぎれば、政治家が最も身に付けておくべき「常識」が疑われる。

それを裏付ける最近の出来事である。例の長靴政務官、正式には前政務官である。豪雨被害の視察で長靴を持参せず、職員におんぶされて水たまりをわたって批判されたのが、昨年九月。それを最近自分のパーティーで「その後、政府が持つ長靴がえらい整備されたと聞いている」「長靴業界はだいぶもうかった」とやった。

笑いほしさに、その言葉を耳にした国民がどう思うかという政治家として大切な「常識」を忘れてしまったようである。政務官辞任を国民は笑っているだろうが、その笑いには、ため息と情けなさがまじっている。

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