潮の匂いは。

大弦小弦 3/11

 「潮の匂いは世界の終わりを連れてきた」。東日本大震災で被災した宮城学院女子大4年の片平侑佳さん(22)=宮城県東松島市=は震災翌年、津波で奪われた日常生活や友人、被災者を取り巻く社会への思いを「潮の匂いは。」という詩につづった。

一節には「自分のことしか見えない誰かは響きだけあたたかい言葉で僕たちの心を深く抉(えぐ)る。“絆”と言いながら」とある。「絆」や「がんばろう日本」という聞き心地のいい言葉だけの応援が被災した人々を時に傷つけ、追い込んでいた。

11日、大震災から6年を迎えた。現在も避難者は約12万3千人にのぼり、うち約3万6千人がプレハブの仮設住宅で暮らしている。福島第1原発事故があった福島県では多くの人が県外で避難生活を送っている。

原発事故で福島県から横浜市に自主避難した中学生がいじめを受けていたことが昨年11月に明らかになったことをきっかけに同様のいじめが各地で次々と表面化した。

被災地の復興だけではなく、放射能に対する正しい情報と被災の記憶をいかに伝え、知識を普及させるかが問われている。

「潮の匂いは。」は「一人で生きる世界は、あの日の海よりもきっと、ずっと冷たい」と記す。被災者を孤立させず、震災の記憶の風化を防ぐのは6年前の未曽有の災害を目撃した私たちの責務である。(与那原良彦)

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潮の匂いは。

片平 侑佳

 潮の匂いは世界の終わりを連れてきた。僕の故郷はあの日波にさらわれて、今はもうかつての面影をなくしてしまった。引き波とともに僕の中の思い出も、沖のはるか彼方まで持っていかれてしまったようで、もう朧気にすら故郷の様相を思い出すことはできない。
 潮の匂いは友の死を連れてきた。冬の海に身を削がれながら、君は最後に何を思ったのだろう。笑顔の遺影の口元からのぞく八重歯に、夏の日の青い空の下でくだらない話をして笑いあったことを思い出して、どうしようもなく泣きたくなる。もう一度だけ、君に会いたい。くだらない話をして、もう一度だけ笑いあって、サヨナラを、言いたい。
 潮の匂いは少し大人の僕を連れてきた。諦めること、我慢すること、全部まとめて飲み込んで、笑う。ひきつった笑顔と、疲れて丸まった背中。諦めた。我慢した。“頑張れ”に応えようとして、丸まった背中にそんな気力がないことに気付く。どうしたらいいのかが、わからなかった。
 潮の匂いは一人の世界を連れてきた。無責任な言葉、見えない恐怖。否定される僕たちの世界、生きることを否定されているのと、同じかもしれない。誰も助けてはくれないんだと思った。自分のことしか見えない誰かは響きだけあたたかい言葉で僕たちの心を深く抉る。“絆”と言いながら、見えない恐怖を僕たちだけで処理するように、遠まわしに言う。“未来”は僕たちには程遠く、“頑張れ”は何よりも重い。お前は誰とも繋がってなどいない、一人で勝手に生きろと、何処かの誰かが遠まわしに言っている。一人で生きる世界は、あの日の海よりもきっと、ずっと冷たい。
 潮の匂いは始まりだった。
 潮の匂いは終わりになった。
 潮の匂いは生だった。
 潮の匂いは死になった。
 潮の匂いは幼いあの日だった。
 潮の匂いは少し大人の今になった。
 潮の匂いは優しい世界だった。
 潮の匂いは孤独な世界になった。
 潮の匂いは――――――――。
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