福島を想う

水や空 3/8

この欄を読んで「胸がズキンとなりました」という手紙に、胸がズキンとした。「言葉の切っ先が痛い」と書いたコラムへの感想で、もしかして自分の言葉こそ刃物の切っ先になったのでは、と。

福島出身の女子学生に「放射能を浴びているから光ると思った」と大学の非常勤講師が言ったことを書いたコラムである。しばらくして女性の読者から寄せられたのが、その手紙だった。息子さんがその大学に通っているらしい。

大学名が出ると息子まで変な目で見られる-といった非難かと最初は思った。そうではなかった。

息子さんは中学の頃、福島の中学生と交流する機会があり、同世代が前を向いて生きているのを知っている。大震災で命を落とし、成人を迎えることもない人の無念を思っている。地元長崎での地区成人式では、新成人代表としてそんな思いも語った。

女性は被爆2世で、今でも原爆の惨状を思い浮かべ、浦上川を直視できないという。「ドキリとなった」のは、長崎に生まれ、差別や偏見の悲しさを知っていて、当該大学に通う者の母だから、とある。

機会があれば福島の人に、その大学の中にも「福島を想(おも)っている者がいることをお伝えください」。手紙はそう結ばれている。「想っている者」とは長崎に生まれ、生き続けるご自身でもあるのだろう。

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