教育者の原点

水鉄砲 3/2

 先週、小中学校の学習指導要領改定案を取り上げ、もう少しゆったり考えようと書いた直後、小学校の校長をしていた友人から便りが届いた。そこには先日の内容と呼応する言葉がいくつかあった。

 一つは「私は我慢すること、譲り合うこと、分け合うこと、そしてなによりも、むさぼらないことを教えてきました」。もう一つは「(40年前、5、6年時を受け持った)教え子が掃除を終えた後の板張り廊下で、いつもぞうきんのしわをのばしていた姿を思い出します」。

 この校長の話は以前、当欄でも紹介している。雨が続く梅雨の日に「学校の玄関に6枚のタオルを準備し、5、6年生に協力してもらって、1年生のぬれたランドセルや肩を拭いてもらった」という話である。

 彼は常々、小学生に人をいたわることの大切さを説き、人が生きていくために必要な思いやりの心を教えてきた。そして「登校するたび、半歩豊かになって帰りましょう」と励ましてきた。

 そういう人が教員生活を振り返りながら思い浮かべたのが「我慢する、譲り合う、分け合う、むさぼらない」という言葉と「拭き掃除を終えた後、ぞうきんのしわをのばしていた教え子」の姿だった。

 小中学校には教科だけでなく、人としての在り方を教える役割がある。そこを丁寧に指導すれば、教科の指導にも成果が出ると確信した人の言葉だった。こういう教育者だから、退職後も教え子に慕われるのだろう。 (石)
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