日本の弓術


201608101504535a2.jpg


~日本の弓術~


大正末期から昭和初期にかけて、あるドイツ人哲学者が来日していました。
彼の名前はオイゲン・ヘリゲル。東北帝国大学で、哲学講師を務めていました。

ヘリゲルは「日本の精神」を理解するため、「弓術」を学ぶことにしました。
我々日本人にとっては常識ですが、日本の武道は単なるスポーツではなく、精神的
な修行をも目的とします。

しかし、西洋人のヘリゲルにとって、それは驚くべきことだったのです。
西洋の武術は、敵を殺したり、破壊するためのテクニックです。戦闘のための技術
が、なぜ精神的な修行になるのか? ならば、日本の武道を習得することで、日本
の精神を理解しよう。彼はそう考えたのです。

当時、日本には阿波研造という、弓術における最高峰の達人がいました。
ヘリゲルは阿波師範の門をたたき、弟子入りを許されたのです。

            〆    〆    〆

以下、ヘリゲルの著作「日本の弓術」を引用し、彼がいかにして「日本の精神」
を習得していったかをお話します。「日本の弓術」は岩波文庫から出ている、
非常に薄い本です。30分くらいで読めますので、ご興味のある方はどうぞ。

あと、話を分かりやすくするために、多少の改ざんを行いました。
まぁ、いつものことですので、勘弁してくださいね(笑)

            〆    〆    〆

□「日本の弓術」抜粋意訳
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

修行が始まり、ヘリゲルは矢を放つことになった。
しかし、彼は矢を放つ方法が分からない。

-------------------------------
ヘリ「先生、どのように矢を放てばよろしいのですか?」
-------------------------------
-------------------------------
師範「無になって、矢を放つのだ。」
-------------------------------
-------------------------------
ヘリ「えっ!? 無になると言いますが、それでは誰が矢を放つのですか?」
-------------------------------
-------------------------------
師範「あなたの代わりに誰が射るかが分かるようになったなら、一人前だ。」
-------------------------------
-------------------------------
ヘリ「どういうことか、分かりません。きちんと説明してもらえませんか?」
-------------------------------
-------------------------------
師範「経験してからでなければ理解できないことを、言葉でどう説明すれば
   よかろう? どんな知識や口真似も、何の役に立とう? 
   ただ、あなたは精神を集中し、まず意識を外から内へ向け、次に内にある
   意識すらも無くしていくことを努力しなさい。」
-------------------------------


阿波師範の言葉、「無心になって、矢を放て!」。
しかし、ヘリゲルにはそのことが理解できなかった。

そして、西洋合理主義者である彼は、いろいろ考えた結果、「無心」になるため
の何らかのテクニックがあるに違いないと考えた。彼は、阿波師範の矢の放ち方
を徹底的に研究し、そのやり方を真似た。

-------------------------------
ヘリ「これで、師範と同じように射放てる! 恐らくこれが無心なんだ!」
-------------------------------

彼は得意げに師範の前で射放った。
非常によい出来ばえだったので、彼は師範からのお褒めの言葉を期待した。
しかし、師範はそっけなくいう。

-------------------------------
師範「どうかもう一度。」
-------------------------------

ヘリゲルはもう一度、射放った。今度の矢は、最初の矢より上手くいった。
ヘリゲルは嬉しくなって、師範の顔を見た。

すると師範は、一言もなく歩み寄り、ヘリゲルの手から静かに弓を取り、それを
片隅に置いた。そして、誰も居ないかのように、無言のまま座り続けた。
ヘリゲルはその意味を悟り、その場を立ち去った。
(注:原本には書かれていないが、恐らく「破門」の意味だと私は解釈する)

ヘリゲルが技術的に解決しようとしたため、師範は深く傷ついたのである。
後日、ヘリゲルは師範に平謝りをし、何とか許してもらった。

            〆    〆    〆

それから何年かたって、ヘリゲルは「的」を射ることを許された。
それまでの4年間は、2メートル先の藁束に向かって、射放っていたのだった。
今度の「的」は60メートルも先にある。ヘリゲルは途方にくれた。

-------------------------------
ヘリ「矢を的に当てるためには、どうすれば良いのでしょうか?」
-------------------------------
-------------------------------
師範「的はどうでも良いから、今までと同じように射なさい。」
-------------------------------
-------------------------------
ヘリ「しかし、的に当てるならば、的を狙わないわけにはいきません。」
-------------------------------
-------------------------------
師範「いや、その狙うということがいけない。的のことも、当てることも、
   他のどんなことも考えてはいけない。ただただ、無心になるのだ。」
-------------------------------
-------------------------------
ヘリ「無心ですか?」
-------------------------------
-------------------------------
師範「そう、無心だ。そうすれば的が自分の方に近づいてくるように思われる。
   そうして、的は自分と一体になる。」
-------------------------------
-------------------------------
ヘリ「的と自分が一体に!? そんなことが、本当に可能なのですか?」
-------------------------------
-------------------------------
師範「うむ。的と自分が一体になれば、矢は自分の中心から放たれ、自分の中心
   に当たるということになる。故に、あなたは的を狙わず、自分自身を狙い
   なさい。それが出来れば、あなたは宇宙になれる。」
-------------------------------
-------------------------------
ヘリ「無理です。私には理解できません。」
-------------------------------
-------------------------------
師範「弓術は技術ではない。理屈や論理を超越したものなのだ。弓を引いている
   自分は宇宙と一体となるべきであり、すなわち禅的生活なのである。」
-------------------------------

しかし、ヘリゲルには信じられない。

-------------------------------
師範「あなたは、どうやら信じられないようだな。ならば最後の手段を使おう。
   あまりやりたくはなかったのだが・・・」
-------------------------------

師範はヘリゲルに、その夜あらためて訪問するように言った。
そして、夜が来た・・・

            〆    〆    〆

21時にヘリゲルは師範の家に行った。
師範は黙って、ヘリゲルを道場につれていく。当然ながら道場は真っ暗である。
師範は1本の蚊取り線香に火をともし、的の前においた。


そして、師範は弓を引き絞り、2本の矢を立て続けに放った。
「発止(ハッシ)!」という音がなり、2本とも的に当たったようである。

師範は、ヘリゲルに的を見に行くようにうながした。
彼はそこで、恐るべし光景を見たのである。

なんと、1本目の矢は的の中心に当たり、2本目の矢は1本目の矢を真っ二つに引き
割いて、的の中心に当たっていたのである。

-------------------------------
師範「こんな暗さで、的を狙うことができると思うか? これでもまだ、
   あなたは、狙わずには当てられないと言い張るつもりか?」
-------------------------------

その後、ヘリゲルは疑うことも、考えることもやめた。
そして、ひたすら稽古に励み、免許状をもらうまでに上達したのである。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛


ここから先は余談ですが、阿波師範と同時期を生きた武道家に、肥田春充という
達人がいました。

彼も色々エピソードがあるのですが、その一つに目隠しをしながら、弓矢で針金
を当てたというものがあります。Mr.マリックもビックリです(笑)
何度やっても、場所を変えても、一度たりとも外さなかったというのです。

-------------------------------
「1000万回やったら、一発くらいは外れませんか?」
-------------------------------

こう聞かれた肥田は、答えました。
-------------------------------
「当ててから矢を放っているのですから、外れるということはありません」
-------------------------------

阿波研造といい、肥田春充といい、恐らく同じ境地に達していたのでしょうね。


   ※∞∞※∞∞※∞∞※∞∞※∞∞※∞∞※∞∞※∞∞※∞∞※


~後日談~

ある人が、ヘリゲルの本を読んだ後、「暗闇の中で二つの矢を的に当てたこと」
について、阿波師範に確認をしたところ、彼は笑ってこう言ったといいます。

-------------------------------
「いや、まったく、不思議なことがあるものです。偶然にも、ああいうことが
 起こったのです(笑)」
-------------------------------

偶然か? 必然か?
あなたは信じますか?


現代の日本人ですら忘れてしまっている「日本の精神」。
かつて、それを体得したドイツ人が確かに存在していました。
私はなんとか、その「日本の精神」を後世に残したいと思うのですが・・・


関連記事