「学力」の経済学

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中室牧子『「学力」の経済学』

なかなか衝撃的な表紙です。
「ゲームは子どもに悪影響?」
「教育にはいつ投資すべき?」
「ご褒美で釣るのっていけないの?」

いずれも,教育については定説となっていることに,あえて疑問を呈します。
そして,教育経済学という学問的立場から,データをもとに論じていきます。

科学的なエビデンスをもとに説明されるので,説得力があります。
また,定説にない,新たな知見も示してあり,興味深く読むことができます。

例えば,東大生の親の平均年収は1000万であることや,子どもをほめて育てることは下手をすると根拠のない自信を身につけさせることになること,ご褒美は漠然としたことに対してではなくて具体的な手立てを明確にしたことに対してしなければならないことなどなど。

要するに,教育論の個人的主観的な逸話を重視するような,「一億総教育評論家」ではなく,科学的な根拠をもとにした議論を教育の世界でもしなければならないということを主張されています。

ただ,この個人的主観的に意味がないかというとそんなことはないと思います。
個人の主観的な物語の中に,実は科学的ではないかもしれないけれど,教育の真実が含まれているかもしれないのです。

それを,個人的だからダメ,主観的だからあてにならないというのは,一面的なものの見方です。
できれば,両方のスタンス,つまり科学的・統計的な教育論と,個人的・主観的な教育論が,有機的に混在するのがいいのだと思います。

それでも,このような科学的・統計的な教育論は,これまであまりなかったので興味深いし,実践現場に役に立つのではないかと思います。

ちなみに,上述の「いつ投資するか」ですが,これは,就学前の幼児期がいいそうです。そのような科学的データがあるそうです。

科学的だから短絡的によいとも思いません。そのような立場があるのだなぁと,思いました。一方で,教育とは個人的・主観的な部分も持っています。その一例が不登校児への対応です。これは,なかなか科学的に一般化できません。

一人一人のデータが異なりすぎるからです。ですから,この不登校児にはうまくいったけど,別の不登校児にはうまくいかないというようなことがたくさんあるのです。

ただ,個人的・主観的な議論ばかりしていてもいけないと思います。なぜなら,それでは教育という学問が成立しないからです。ですから,科学的な視点も必要で,そのためには刺激的な文献だと思います。

まず,「しつけを受けた人は年収が高い」です。
ここでは,四つの基本的なモラルをしつけの一環として親から教わっているかどうかを調査したものです。

その四つとは,
「嘘をついてはいけない」
「他人に親切にする」
「ルールを守る」
「勉強をする」
だそうです。

しつけが子どもの勤勉性に因果効果をもつことを明らかにした,と述べています。
確かに,勤勉性は重要です。これは,成功する子どもたちという文献にも書いてありました。

昔から日本人は,勤勉だと言われてきました。それが最近あやしいのは,家庭でのしつけがうまくいっていないせいなのかもしれません。

ちょうど夏休みの終わりなので,おもしろい叙述があったので紹介します。
『この研究では,子どものころに夏休みの宿題を休みの終わりのほうにやった人ほど,喫煙,ギャンブル,飲酒の習慣があり,借金もあって,太っている確率が高いことを明らかにしています。』

さて,次は,少人数学級です。
これに教育的な効果があるかどうかを実験調査した結果を示しています。

それによると,35人と40人程度,つまり5人ぐらいの人数の差では,教育的な効果で有効な差異が出なかったそうです。さらに,少人数学級を政策として実施することは,費用対効果が低いといいます。つまりコストパフォーマンスが低いのです。

そこに力をいれるのではなく,もっとコストパフォーマンスが高いところにお金と力をかけたほうがいいといいます。

最後に,教員の質についてです。
教師の質を,子どもの学力をどれだけ上げたかという点で評価します。これを「付加価値」と呼ぶそうです。

では,どうすれば,この「付加価値」を高め,教師の質を高めるかというと,従来の方法ではあまり効果がないことが明らかになっているそうです。例えば,報酬を上げるとか,行政が行う教員研修などでは,質は高まらないのです。

この答えは,まだ明確になっていないそうですが,一つの提案として,教員免許制度を廃止してはどうかといいます。

教師として参入する門戸を広げようということです。
実際,塾などで教員免許はないけれど,子どもの付加価値を効率的に高めている先生はたくさんいます。
つまり,教員免許と教師の質は因果関係がないのです。

ただ,お医者さんでも医師免許があるのですから,教師にも免許はあってもいいと思います。
それより,国家試験をした方がよいのではないかと考えます。

お医者さん,弁護士などは,国家試験があります。
さらに,その試験に通るには,大学院を出ている方が有利なようにするのです。
そうすることで,教師の質は高まるように思います。

もちろん,何の科学的なエビデンスはありませんが…。

いろいろと刺激の多い文献でした。
全てを鵜呑みにすることはできませんが,新たな視点を示してもらったように思います。

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