2017年11月の記事 (1/17)

学校と読書活動

水鉄砲 11/30

 新聞、出版関係の業界紙「文化通信」の最新増刊号が秋田県で開かれた「朝の読書シンポジウム」の模様を報じている。普段はざっと目を通すだけの紙面だが、今回は思わず引き込まれた。数多くの小中学校が始業前の10分、15分に取り組んでいる読書活動について、大切なことがいくつも書かれていたからだ。

 例えば「みんなでやる」「毎日やる」「好きな本を読む」「読むだけでいい」という4原則。大人は早急に成果を求めるあまり、ついつい感想文を書かせたりするが、それが負担になって読書嫌いになる子もいるという点に配慮が必要というのだ。

 「先生も同じ教室で一緒に読むことが大切」というのも大事な指摘である。朝の先生は忙しい。「自習」という形で本を読ませることが多いが、先生も一緒になって読む姿を見せた方が、より子どものやる気を引き出せるという。

 別のページでは、秋田県が全国に先駆けて「読書条例」を制定した経過を説明。今後は高校生の読書活動に集中させたい、という担当者の意見も紹介している。社会に出る一歩手前で再度、読書習慣を呼び戻すことで、社会人としての学びや子育てにも役に立つはずということらしい。

 こうした試みはそのまま、和歌山県の小中高校にとっても参考になる。県や市町村を挙げて読書活動に取り組めば、子どもらにはもっと考える力や表現力が身に付く。それは未来への扉を開く鍵にもなる。 

勇み足


南風録 11/30

 忘れられない一番がある。2年前の夏場所千秋楽の結びで、日馬富士が白鵬を破った横綱対決だ。土俵際まで追い詰められながら、逆転の寄り倒しで同じ部屋の照ノ富士の初優勝を後押しした。

 日馬富士は場所後に手術するほど、肘の状態が悪かった。それでも、7連覇を目指す白鵬に必死の形相で食い下がった。同じ横綱としての意地と、後輩のためにという強い思いが表れた相撲だった。支度部屋で待つ弟弟子は感激の涙を流した。

 日馬富士が暴行問題の責任を取って引退した。悩み抜いた末の結論だろう。淡々と事実関係を認め、言葉を選ぶように「横綱の名を傷つけた」と謝罪を繰り返した。同席した師匠の伊勢ケ浜親方の無念さも伝わってきた。

 小さな体で横綱を5年余り務めた。猛稽古で培った精神力と闘争心のたまものだ。3横綱が休場した先場所は、金星を四つ与える屈辱をはね返す優勝で一人横綱の重責を全うした。

 なぜこんな結末になってしまったのか。モンゴル出身、横綱、暴行と聞けば、いやでも朝青龍の引退騒動を思い出す。経緯はどうあれ、酒席の暴力は許されない。日馬富士は過ちを反省しているように見えた。

 「愛しています」という相撲を辞める会見で、数十秒も頭を下げ続けなければならなかった。まだ活躍できる力があるのに、残念でならない。「なぜ」「どうして」は、頭から消えそうにない。

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有明抄 11/30

 草原の国、モンゴルに「鬼の白い馬」という民話がある。とある夜、馬飼いのところに白い馬に乗った見知らぬ男がやってきた。「お前と相撲をとろうと探していたんだ」。男は言い、近辺で一番の力士と評判の馬飼いと相撲をとる。

男はめっぽう強い。勝負がつかず、やがて夜が白々と明け始める。太陽が昇るや、馬飼いは、渾身こんしんの力で相手を押し倒した。すると不思議なことが起こり、男の姿が消えてしまったのだ。後には白い馬だけが残った。

馬飼いは気づく。「あいつは鬼だったんだ。自分が負けたから、白い馬をおれに残したんだ」。その馬は競馬で常勝するほどの名馬で、人々の評判になったという。馬飼いが真の強者だと証明するために、白い馬の男は現れたのだろう。勝って手にした馬が証しとなった。

こちらは真の強者の証しを手放すことに。引退を決めた横綱の日馬富士関である。会見で暴力行為を謝罪し、「やってはいけないことをした。横綱として責任はとらないといけない」と言葉を絞り出した。敗者たちから託された強者の証し。だからこそ、己だけのものでなく重いのである。怒りの代償はあまりにも大きい。

暴力沙汰は相撲界に限らず、残念なことだが、ほかのスポーツ界、教育界などでも存在する。他山の石として、それぞれが深く胸に刻むべきことである。

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鳴潮 11/30

 コインの表と裏。闘争心あふれる取り口が表だとすれば、短気は裏だったのかもしれない。それが災いしたのか、暴力に走り、土俵を追われる結果となった。

 日馬富士関の現役引退は、土俵際にあった横綱の唯一の道なのだろう。ちまたには、厳しい声と惜しむ声が入り交じる。明らかなのは、もうあの取り口を見られないことである。

 5年前に、使者として横綱昇進を伝達したのは、現在の日本相撲協会理事長の八角理事らだった。貴乃花理事の「体が一回り大きくなったが、体力の維持が必要になる。大型力士とやるときに、どんな相撲が取れるか考えてもらいたい」というコメントも本紙に残る。

 それが、同じモンゴル出身の平幕貴ノ岩関に暴力を振るい、けがを負わせたことで、一気に暗転してしまった。出稽古でも巡業でも、将来が期待される若手に横綱が「稽古をつけてやる」のは、よくある。もっと強くなってほしい、との思いがこもる。激しいだけに、けがをすることもある。

 日馬富士関は「若い力士の手本と見本になりたい」と口にしてきた。酒席でも、その手本を示したかったのだろうが、外に優しく、身内に厳しいという一面が出てしまったのか。

 土俵の内と外。ともに求めているのは真相の解明に違いない。当然ながら、日馬富士関の引退という形で幕引きとはならない。

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正平調 11/30

大相撲の土俵の真ん中にこんな物が埋まっている。カヤの実、勝栗(かちぐり)、スルメ、昆布、塩、洗米の6品だ。そこへお神酒を注いでから埋める。いわゆる鎮め物、神様へのお供えである。

力士が力水で口をすすぐのは体を清めるためだし、塩をまくのは邪気を払ってけがのないよう神へ祈るためである。懸賞金を受けるときの手刀も勝利の三神へささげる礼。以上、日本相撲協会のホームページから。

力士を見守るそんな相撲の神々へ、誰よりも感謝の思いを口にしていたのが横綱日馬富士(はるまふじ)関である。優勝すれば「土俵の神様へ感謝」とよく語っていた。稽古の前後には、必ず神棚へ手を合わせていたそうだ。

酒の席で同郷力士を殴ってけがを負わせた事件で、その日馬富士関が引退した。礼儀を教えようとしたと記者会見で語っていたが、これはしつけではない。明らかに暴行である。神様だって救いようがないだろう。

宴席の戒めがある。人酒を飲む、酒酒を飲む、酒人を飲む。最初は楽しく杯を傾けるが、酔った勢いで杯をあおるようになり、やがて酒に飲まれ自分を忘れてしまう。

単に酒に飲まれたのか、ここに至った深いわけがあったのか、もっと聞いてみたい。横綱が敬った相撲の神々も、どこかで耳をそばだてていらっしゃる。

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凡語 11/30

 ことわざに<酔って狂乱、醒(さ)めて後悔>とある。適量の飲酒なら心身の緊張をほぐし、コミュニケーションの輪を広げるのにも役立つが、羽目を外せば災いを招く。横綱日馬富士関が酒席での暴行の責任を取る形で現役引退に追い込まれた。

「優勝すると飲むお酒はおいしい」と語っていたのはわずか2カ月前。3横綱2大関が休場した異例の秋場所、千秋楽の本割と決定戦を制し見事、逆転優勝を飾った時のこと。今しみじみと酒のほろ苦さを感じているに違いない。

16歳でモンゴルから来日した細身の少年は、猛稽古に耐えて大相撲の最高位を手中にした。軽量ながら闘志をむき出しにした速攻がファンを魅了した。一方で普段は優しい笑顔が似合った。社会貢献にも熱心だった。

横綱の名に恥じることなく、若い力士の手本と見本に、と常々語っていた。飲酒で起きた事件ではないと弁明したが、軽率な振る舞いで土俵人生を縮めてしまったのは残念でならない。

だが酒席で何があったか、なぜ暴力を振るったのか、伏線があったのか、真相はいまだに闇の中。一件落着としてはなるまい。

角界には弟子へのしつけや心身鍛錬にかこつけた「かわいがり」が根強く残るという。人気復活の大相撲だが、暴力に甘い体質の一掃が急務だ。信頼回復の道は険しい。

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日報抄 11/30

 「とてもかわいがってもらいました」。大相撲の世界から、そんな回想が聞こえてくると陰湿な暴行を連想してしまうようになったが、10年前に引退した立行司の33代木村庄之助さんは、本来の意味で「かわいがられた」と語っている。

13歳で入門した。ある日、お相撲さんたちが聞いてきた。「アニデシってどう書くか知ってるか?」。これに「兄に弟に子どもの子でしょ」と素直に答えると「ばか、ちがう。無理偏に拳骨(げんこつ)って書くんだ」と教えられた。(「力士の世界」角川ソフィア文庫)

そんな字があるわけもないが、この当て字話は有名で、長らく角界に語り継がれている。拳骨に泣かされている力士からの親身の忠告だったのだろう。あるいは、愚痴をこぼせる相手が少年しかいなかったのか。

暴行を受けた貴ノ岩関の頭頂部とみられる写真が痛々しい。縫い跡は相当な暴行があったと思わせる。こうしたものが外野からポロポロと漏れてくるのが不可思議だ。協会の対応が後手に回っている表れではないか。

相撲は古式にのっとり続いてきた。土俵に上がるとまず、そんきょ。腰を落とし、両手をもんで手を清め、手を開き何も持っていないこと、汚れのないことを示す。口をすすぎ塩をまくのも清めであり、踏む四股(しこ)も地中の邪気をはらうため。これだけ清めの儀式を尽くす土俵が、横綱の暴行でけがされた。

日馬富士関の引退で幕引きとはいかない。国技に対する嘆きが土俵に降り積もる。真正面から嘆きを受け止めるときだ。

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あぶくま抄 11/30

 力技だけで番付は上がらない。大相撲の妙味の一つだろう。古今の小兵力士の活躍が、小よく大を制する世界を裏付けている。古いファンならば「りゃんこの信夫」こと伊達市保原町出身の信夫山関を思い浮かべる人も多かろう。

 軽量ながら、もろ差しで一気に寄り切る取り口からあだ名が付いた。「りゃんこ」とはすなわち二本差し。転じて、もろ差しを得手とする信夫山関を指すようになった。懐深く入られれば大型力士とて力を十分に出せない。寝食を忘れて心技体を磨く生一本な姿勢、潔い取り口は語り草だ。

 この人も横綱としては軽量だった。日馬富士関である。日本相撲協会がようやく重い腰を上げて調査を進めるさなかに引退を決断した。四横綱時代は長続きしないというジンクスは不名誉な形で上書きされ、人々の記憶に刻まれることになった。

 震災と原発事故後に県内で繰り広げられた巡業で、白熱した取組や力士との交流で勇気をもらった県民は多い。それだけに落胆の声も少なくない。角界を巡る醜聞は今回に限ったわけではない。信頼の回復は待ったなしだ。取り直しは、そうそう効かないのが土俵の外の常識であることをお忘れなきよう。

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天鐘 11/30

 「義務」という言葉には基本的に2種類あると、日本国語大辞典にある。一つは「立場や職分に応じ、しなければならないこと」。もう一つは「道徳的にしなければならないこと」

この人が胸に感じた義務とは、一体どちらの意味だったのだろう。暴行問題の渦中にあった大相撲の横綱日馬富士が昨日、日本相撲協会に引退届を提出し、受理された。

引退会見では「弟弟子の礼儀がなってないときに直し、正し、教えることが先輩の義務だ」と話していた。「彼(貴ノ岩関)を傷つけ、世間を騒がせてしまった」と。「酒を飲んだからこその事件じゃない」とも。

一連の経過では協会内での信頼関係を疑いたくなる展開も。さまざまな情報が入り乱れ、いまだ全容は分からない。ただ、たとえ先輩の義務だとしても、酒席での流血沙汰は行き過ぎだろう。横綱の引退は重い決断だが、やむを得ないのかもしれない。

闘志あふれる取り口で優勝を9回重ねた。しこ名の日の字は太陽の意味。角界を照らす幕引きはならなかった。会見場で師匠の伊勢ケ浜親方(つがる市出身、元横綱旭富士)が真っ先に涙していた。胸中を思う。

力士暴行死事件やら八百長問題やら、不祥事が相次いだ大相撲である。久しぶりの日本出身横綱誕生などで人気が回復していただけに、全容解明と信頼回復はファンに対する義務であろう。協会の立場としても。道徳的にも。

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天地人 11/30

 「私は相撲を愛している」。師匠の伊勢ケ浜親方(つがる市出身、元横綱旭富士)のもとで、大横綱への道を歩み続けるはずだった日馬富士関が、暴行問題で自ら土俵を去った。引退会見で後悔と無念さをにじませる日馬富士関の隣で、少年のころから見てきた親方は涙を抑えきれなかった。

 モンゴル出身とはいえ日馬富士関は、本県の相撲ファンになじみの深い力士だった。伊勢ケ浜親方は前身の安治川部屋時代から20年以上、故郷のつがる市と五所川原商業高校で夏合宿を行っている。

 8月には、伊勢ケ浜親方の五所川原市後援会が恒例の激励会を開いた。日馬富士関は本県出身の宝富士関や安美錦関らとともに出席、ファンから大いに励まされた。それから3カ月半後に突然の引退劇となるのをだれが想像したであろうか。

 「いかなる理由があっても、暴力は許されるものではない」。五所川原市の平山誠敏市長(同市後援会長)が言う通りである。「若い力士の手本と見本になりたい」と口にしてきたのであれば、なおさらだ。

 横綱は「品格、力量が抜群であること」が第一に求められる。「力量は勝ち星で計れるが、品格をどう判断するかは難しい。強さはちょっとずれると乱暴さや強がりになってしまう」。県人初の横綱審議委員会委員長となった北村正任さんが今年2月、本紙インタビューで語った言葉は、実に重い。

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河北春秋 11/30

 サッカーの競技規則はたった17条から成る。「フィールド」「ボール」「競技者」…、そして「コーナーキック」。「実は18条があって、それはコンセンサス」。今、日本サッカー協会の元会長、故岡野俊一郎さんの講演を思い出している。

試合も、勝負も、観戦も全て丸く収まるには「みんなの合意が前提。関係者はそこに向かって努力しなければならない」というようなことを話していた。例えば公正な審判がないと、騒動が起きたり遺恨が生まれたりする。「合意」があれば物事は前に進む。

横綱日馬富士関(33)が酒席での暴行問題の責任を取る形で、現役引退に追い込まれた。刑事処分や日本相撲協会の結論が出る前に進退を決断。連日、国中の「桟敷席」から品格を問う声が上がり続けてはやむを得まい。

さて、協会である。事件の解明は警察に任せるとしても、もっと適切に笛を吹いていい。巡業部長の貴乃花親方はじめ酒席に居合わせた力士に「騒動は速やかに報告せよ」と。わだかまりを持ちながら見物するファンの心情も察してほしい。

くしくもきのうは初場所の番付編成会議があった。皮肉にも横綱は綱の重みを自覚し、「『日馬富士』の名を除いて」と義理立てしたのだろうか。大相撲のために-。いま必要なのはこの「合意」である。

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卓上四季 11/30

力士にとって四股は稽古の基本である。語源は「醜(しこ)」で、強く頑丈なことを表す。屈強な力士が両足で神聖な土俵を踏み締め、地中の悪霊を鎮める。そんな意味が込められている(工藤隆一著「力士はなぜ四股を踏むのか?」)

相撲に神聖な要素が残るのは、古代の宮中行事「相撲(すまい)の節(せち)」が起源だからだ。横綱が「神と同格」として、強さに加え品格も求められるのはそのためだろう。

にもかかわらず、暴力を振るっては言い訳できない。平幕力士にけがをさせたとして横綱日馬富士関が引退した。今年秋場所では、一人横綱として見事な逆転優勝を飾っただけに残念だ。

角界では2007年、新人力士が親方らから暴行を受け死亡する事件が起きた。以来、日本相撲協会は暴力根絶に努めてきたはずだが、結局、何も改まっていなかったことになる。

プロの世界だ。「番付1枚違えば虫けら同然」という厳しい上下関係もあろう。だが、節度は必要だ。「無理へんにげんこつと書いて兄弟子と読む」。そんな理不尽がいつまでもまかり通るようでは、角界の浄化などままならない。

今回の事件はいまだに一部関係者が口をつぐみ、事実関係すらはっきりしない。協会はファンが納得するよう、警察の捜査とは別に独自に調査をしなくてはなるまい。それができないならば、公益法人としての資格が問われよう。横綱1人の引退で済む問題ではない。

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大弦小弦 11/30

 「横綱の名前を傷つけぬよう責任を取りたい」。日馬富士が突然の引退を表明した。力士としては137キロの軽量ながら、低い姿勢からの鋭い立ち合いを二度と見ることはできない。

16歳でモンゴルから入門。細い体を鍛え上げ頂点に立った。「弟弟子のこれからを思い礼儀と礼節を教えたかった」。見込みのある力士には、一門に関係なく指導することで知られていた。

気持ちにうそはなかったかもしれない。しかし、平幕貴ノ岩への暴力行為はどんな理由があっても決して許されない。

事件の現場に居合わせた横綱白鵬が、優勝インタビューで「日馬富士と貴ノ岩を再び土俵に上げてあげたい」と気持ちを吐露。観客へ万歳を促したことに、横綱審議委員会(横審)から「不謹慎」との「物言い」がついた。

横綱には品格と力量が求められる。土俵入りは神事であり「神の使い」である横綱は、自らの感情を抑え「俗」な部分を見せてはならない、との伝統的な考えが根底にあるという。

「日本、日本の国民、相撲を愛しています」。横審から厳しい処分を示唆され、引退に追い込まれた日馬富士の言葉からは無念さがにじんだ。一方で、相撲協会は暴行事件の真相解明に、リーダーシップを発揮していない。抜本的な再発防止策を打ち出さない限り、大相撲人気は再び凋落してしまう。

恩返し

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中日春秋 11/30

旧大名家に生まれて伯爵となり、戦後は横綱審議委員会の初代委員長を務めた酒井忠正氏は相撲の妙味の一つは、「勝つか負けるかの土俵の上で恩を返し返される」ことだと説いていた。

酒井氏がその好例に挙げたのが、大横綱・太刀山の恩返し。関脇だった太刀山が横綱・常陸(ひたち)山を初めて破った時、こう語ったという。「常陸関には旅でよく稽古をつけてもらいましたが、これでどうやら恩返しができました。」(『相撲随筆』)

巡業先で進んで胸を貸してくれた先輩に土をつけることこそ、恩返し。太刀山はその後、綱を張って無双の強さを誇ったが、今度は常陸山門下が打倒横綱に燃え、猛稽古に励んだ。おかげで三人の横綱が生まれたというから、見事な恩返しである。

日馬富士も、相撲界の恩返しの重さを何度も口にしてきた。十六歳、体重七三キロで来日し、食べて太ることに苦しみつつ猛稽古を重ねて、幕内最軽量の一三三キロながら横綱に。「土俵に立つことが恩返し。結果を出すことが恩返し」と精進してきた。

そんな横綱にとって後輩に礼儀を教えるのも、恩返しの一つだろうが、拳をふるっての説教が生むのは「恩返し」のリレーではなく、「暴力」の連鎖だろう。

きのうの引退会見で日馬富士は「これからは、ちゃんとした生き方をして恩返しをしていきたい」と語った。今度は、土俵の外が勝負の場である。

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安馬時代の日馬富士の言葉

もう一つ、初場所全般に関しての辛口な感想があるのですが(この際なので春場所前に吐き出してしまおうかと)、その前に今から9年前(まだ21歳)の日馬富士=当時の安馬、が当時どのような思いで相撲をとっていたのか、を紹介しようと思います。

こんなに若い時から、「日本人には自分の国のものを守ってもらいたい」「日本人には死ぬほど頑張ってもらいたい」と考えていた日馬富士。
自分自身の精進はもちろんのことながら、日本人が強くならない限りは大相撲も盛り上がらない、と誰よりも感じ取り、理解していたのも他ならぬ安馬だった。
そんな強い思いを持ちながら、小さい体には致命的ないくつもの大怪我を乗り越え、少しずつ体を大きくしていった日馬富士が横綱にまで上り詰めたのは、必然のことだったのではないでしょうか。
今から5年ほど前にも、大関時代の日馬富士はある名士が集う某パーティーで
「みなさん、どうぞ稀勢の里を応援してやってください。彼のような相撲とりが強くならなければならない。彼を応援して支えてやってください」
と挨拶したそうです。
そこに居合わせた某有名芸能人がその言葉に感動し、初対面だった日馬富士がそのパーティー会場で彼に挨拶し、「ひとつ教えてほしいことがあるんです」と言った。その芸能人は、何か芸能裏話のようなことでも聞きたいんだろう、と思って話を促すと、日馬富士から出た言葉は
「自分はまだ日本の文化のこととか、日本のことが今一つわからないところがあるのだけど、僕が現役の間にできることは、どういうことがあるでしょう?」
というものでした。
そんな力士に出会ったことがなかったその芸能人はびっくりし、思わず襟を正した。
そんなエピソードを知った時、日馬富士の素直さと社会人としての使命感、自らの立ち位置に対する理解度を思って目頭が熱くなりました。
日本人がもっと死ぬ気で頑張っていれば(頑張っていないとは言わないけれど、安馬と同じように血を吐くような稽古を行いながら、精神的に鍛え抜かれた力士はいるのだろうか?)、モンゴル出身力士が一部の人たちに色眼鏡で見られることもなかったのでは、と思うのは私だけでしょうか。
三人のモンゴル出身横綱が誕生したのは、必然のこと。
彼らを超える(互角に戦える)心と技と体を持った日本人横綱の登場を私も願います。

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ありふれた果実

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有明抄 11/29 

8度線を越えただけで、ただのミカンが「とてつもなく貴重な果物」に変わる。口にできるのは高級幹部だけ。大韓航空機爆破事件の金賢姫(キムヒョンヒ)元死刑囚が「ここ韓国に来て、ミカンがたいへんありふれた、ただの果物にすぎないことを知って、おかしかった」と著書『愛を感じるとき』に書いている。

ソウル五輪の開催阻止を狙ったテロは、日本人「蜂谷真由美」を装った金元死刑囚ら北朝鮮工作員による仕業だった。中東アブダビを飛び立った大韓航空858便は、経由地のタイ・バンコクに向かう途中で消息を絶ち、115人が犠牲になった。

あの事件から、きょうで30年。独裁体制が続く。先週公開された、板門店から脱北する兵士が撃たれた映像は衝撃だった。どうにか命を取り留めた20代の若者は「韓国の歌が聴きたい」と言ったという。ありふれたポップスのメロディーが、彼にとってはようやく手にした「自由」だったに違いない。

冒頭の本には、拉致被害者の田口八重子さんとみられる教育係が「ドナ・ドナ」を口ずさむ場面が出てくる。「拉致されてきた自分の身の上を、この歌になぞらえているようだった」と。

〈かわいい子牛 売られてゆくよ 悲しそうな瞳で見ているよ〉〈もしも翼があったならば 楽しい牧場に帰れるものを〉-。あまりにも悲しい詞。怒りがこみ上げる。


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 1987年、北朝鮮の工作員だった金賢姫さんは、大韓航空機に時限爆弾を仕掛けて、アブダビの空港で降りました。金賢姫さんは、毒薬を飲んでも蘇生してしまった強靭な生命力を嘆きながら逮捕されました。

「北朝鮮での私は、泣くことを知らぬ女であった」

 死んでも南朝鮮にだけは行きたくないと思った金賢姫さんは、自殺防止用の器具を口に詰め込まれたままソウルに連行されました。眼をえぐられ、耳をそがれ、二度と生きて戻ることはできないと聞かされていた南山の地下取調室に引きずりこまれました。

「こいつら、やれるもんならやってみろ」

 朝鮮人民の民族的使命を遂行したという誇り、取り調べが済んだら処刑されるという不安、そして、金日成同志が自分へ寄せてくれた信頼への感謝。8日間の取り調べを経て地下室を出たときに、「虚構に忠誠を誓った革命戦士」は、蜂屋真由美、百翠恵、朴玉蘭、リリーなどの偽名を捨てて、工作員教育を受けていた8年間は書くことすら許されなかった「金賢姫」という本当の名前を取り戻しました。

誠実な心

 「愛を感じるとき」は、「いま、女として 金賢姫全告白」の続編です。北朝鮮に生まれ、美貌と能力を買われて工作員となり、大韓航空機を爆破するまでの数奇な人生を告白した前作を受けて、一人の女性としての今の自分を知ってもらいたいというコンセプトで書かれています。死刑の宣告を受けるも特別赦免されて、「陽気な調べが響けば、思わず鼻歌が口をついて出る」程度の人間らしさを取り戻した日常が語られています。「愛を感じるとき」を読み終えて、金賢姫さんの素朴な感性に心を打たれました。金賢姫さんは、正直な気持ちを、飾らない言葉で語っています。

「私はこちらに来て、ありとあらゆる高級品を見ても、ほしいとは思わなかった。けれど、主婦たちが皿洗いや洗濯をするとき、そしてキムチを漬けるときに、ゴム長手袋をはめるのを初めて見て、こればかりは羨ましいと思った」

 形だけの自由な生活のなかで、自分を取り囲む捜査官たちにかんしゃくを起こしながらも、ベッドの中に入ると、捜査官たちは自分のために生活を犠牲にしているのだと後悔する姿は、いたずらをしたあとに「ごめんなさい」とあやまる子どものようでした。

 お忍びでショッピングをする場面がありました。花柄の服に触れてみたりする金賢姫さんに、店員はあれこれとさかんに勧めます。

(彼女はわたしのことに気がつかないらしい)

 華やかな服を着ることを許された人間ではない金賢姫さんは、楽しい時間を過ごしたあとに、紺色のツーピースを選びました。チケットを差し出します。店員は、何も言わずに「金賢姫」と書き込みました。

「私の気持ちを思ってのやさしい気配りだった。そのやさしい洗練されたマナーに、私は心からの敬意を払った。同時に、おくびにも出さずにそんなことのできる彼女がうらやましかった」

 金賢姫さんは、捜査官に囲まれながら、北朝鮮での生活を語る講演と(キリスト者としての)証し(あかし)に駆け回る毎日を送っていました。しかし、金賢姫さんには、過去がいや応なしにつきまといます。テレビ局のインタビューを受けるために郊外のホテルに向かうときに、漢南方面に向かう対向車線には渋滞ができていました。

「みんなああして、幸せに毎日働いているんだ……」

 豊かな社会でのびのびと育った人間たちとは理解しあうことができない、金賢姫さんの孤独を感じました。

信仰とは何なのか?


 「愛を感じるとき」には、金賢姫さんがキリスト者としての信仰に至る経緯が書かれているのではないかと期待しながら読みました。しかし、彼女が「神」を愛するようになった過程は、何も書かれていませんでした。「愛を感じるとき」に書かれていたのは、純粋な人間の心でした。もちろん、韓国側の厳しい検閲を通された本だろうと思います。しかし、「愛を感じるとき」を読んで、行間に込められた心にまで検閲をすることはできないのだと思いました。金賢姫さんは、やりだまにあげられることを覚悟の上で、身を削るような思いで、ページをつづっていったのだろうと思います。「愛を感じるとき」を読み終えて、大切なのは、何を信じて、どの宗教のどの派閥に席を置くかなどという現世的な現象ではなくて、誠実な心を持って生き続けることかもしれないと思いました。もしかしたら、それが「信仰」と呼ばれるものなのでしょうか。

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国語力

水鉄砲 11/29

 週末、母校で担当している文章表現の授業で、受講生に毎回、800字の小論文を書かせている。先週の課題は「この国の行方」。日本の現状や将来について、どんなことを書いてくるのか。期待して添削作業を続けた。

 まず、受講生全員の作品に目を通す。その後、個々の作品を読んで添削し、思考力、文章力、国語力という項目ごとに評価する。学生たちの考え方に触れることができる絶好の機会であり、今回も期待は裏切られなかった。

 地球温暖化対策は待ったなしと説く女子学生がいれば、国の財政赤字を取り上げ、それを打開する政策を考える男子学生もいる。日本に未来はないと書き連ね、同時にこの不満を声にすることができないことこそが重要だ、本気で悩み、それをぶつけたら道は開けると書いた学生もいる。

 大学で学ぶようになって、初めて世間で起きていることが身近になった。大学での学びを通じて将来に興味を持つ人が増える。その機会を与えるためにも奨学金制度の充実を、と訴える学生もいた。

 興味深かったのは「思いやる気持ちと、思いをもらう気持ちを大切に」という作品。人に何かをしてあげた側は忘れないが、思いをもらった側は、当座は感謝してもすぐに忘れる。それではむなしい。もらう気持ちをもっと大切にしようという主張が新鮮だった。

 こうした若者がいる限り、この国の未来は暗くない。大人ももっと頑張ろうと思った。

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小社会 11/29

 国立国語研究所長などを務めた岩淵悦太郎が「悪文のいろいろ」という一文で、悪文を四つに大別している。「わかりにくい文章」「誤解される表現」「堅すぎる文章」「混乱した文章」だ。

 半世紀以上前に書かれた文章だが、新聞文章の条件として「一読してすぐわかること」を挙げるなど、大いに参考になる。むろん、長年、記者をしていても現実は厳しい。読者に正しく伝わるか、が何より大切だから、日々悪戦苦闘することになる。

 国立情報学研究所の新井紀子教授らの研究チームによる調査で、読解力が不十分な中高生が多くいるとみられることが分かったという。出題は中学高校の教科書や辞典、新聞記事などからだ。ちまたにあふれる文章の中ではかなり分かりやすい方に含まれるだろう。問題文もごく短い。

 それでも間違いが多かったのは、文章の意味や構造をきちんと理解できていないためのようだ。読書量やスマートフォン利用時間と読解力との関連は確認できなかったというから、原因はどこにあるのか。

 人工知能(AI)の研究開発で知られる新井教授が気掛かりな警鐘を鳴らしている。将来、AIに仕事を奪われないようにするためにも、子どもたちの読解力の底上げが必要だ、と。大手銀行グループが進めるAI活用による業務の削減などを見ていると、そう先の話でもなさそうだ。

 読解力の向上に本欄も一役買えれば、と思う。

言語生涯、特効薬は読書。

中日春秋 11/29

<間もなく新宿行き快速電車がまいります。そのまましらばくれてお待ち下さい><車内では席をゆすり合いましょう>。井上ひさしさんの作品には言葉の病(無論、想像上の)にかかる人がよく描かれる。

「しばらく」を「しらばくれて」と口走るのは「似た音への置換」症状が出る駅員さん(『言語生涯』)

「しいぞ、おかしい!配列がことばの狂っている!はぐちぐだ」。これは、「言語不当配列症」。「あれどう。したんだろうぼくの喋(しゃべ)り方すこし。ヘンだぞ」。こっちは、句読点の位置がおかしくなる「ベンケイ病」。いずれも戯曲『国語事件殺人辞典』にある。

日本語をめぐる、この「症状」は笑えない。主語と述語の関係など文章の基本構造が理解できていない中高生がかなりの割合でいるという、国立情報学研究所の調査結果である。

「幕府はポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた」と「ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた」。これを同じ意味と解釈した中学生は全体の約43%、高校生でも約28%とは深刻である。これでは教科書を理解するどころか日常生活にも困るだろう。

特効薬は読書しかあるまい。まず読み、理解できなければ誰かに尋ねる。理解できなかった理由を考える。この習慣で、かなり改善できるはずだ。「別にいいや」としらばくれては治らぬ。

…………………………
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国語事件殺人辞典

■ 著者名: 井上ひさし /作

本の内容:
お逃げよことば ことばよお逃げ やくざなやつらに つかまる前に
ことばはナイフの かわりにされて やくざなやつらの 武器になる
小沢昭一の一人劇団「しゃぼん玉座」が上演した「ゼッコウチョー」井上ひさしの世界に、土門拳賞の写真家・三留理男がレンズで迫った。そして、そこに視えたものは――。口絵64ページ収録。

目次:
1 旅人よ、ことばの聖なる巡礼よ
2 鏡としての国語辞典
3 日本語十字軍
4 駅前食堂
5 大衆劇場
6 駅
7 喫茶店
8 カードゲーム
9 簡易日本語学院
10 間奏曲「ことばのバレエ」
11 三人の言語障害者
12 イエス、カノーカ
13 ことばを預かる質屋
14 撲殺
15 ことば売りのおばさん
16 師とその弟子
17 ふたたび、旅人よ

…………

◯「国語事件殺人辞典」 井上ひさしの芝居を読んで

読んでいて笑いが止まらなくなったのはこんなところ。
駅長が、3分遅れで隣り駅を発車していることを、拡声器で伝える。
「お急ぎのところまことに恐縮ですがそのまましらばくれてお待ちください」。

続けて「なお、さきほどのNHKニュースによりますと、第三次世界大戦は雨のため中止になりました」。

「(列車が)入ってまいります。拍手でおだてておむかえください」。

タイトルからしておかしい。「国語辞典殺人事件」ならあり得ようが、それだとこの芝居の内容にふさわしいかどうか、意見が分かれそう。

もっとも、最後のほうで、弟子の山田が「お許しください」と花見先生を棍棒で叩き、ふらふらとなった先生がそれでも演説を始めると、次には聴衆が5人がかりで先生を棍棒で叩きのめし、場面が変わって、公園のベンチに横たわる先生の前に弟子の山田がひざまづき、それを野次馬が遠巻きにしているところで、山田が次のようにしゃべる場面がある。

「…たしかに花見国語辞典は完成しなかった。ある意味では、先生御自身が御自分の国語辞典を殺してしまわれた…これは国語事件殺人辞典であり、国語辞典を殺めたのは、つまりその真犯人は先生だった」。

しかし、そのときは2人とも「言語不当配列症」に罹っている時期だった…。
そして次には浮浪者が弟子の山田にも棍棒を振りおろす…。
だから、辞典殺しと棍棒殺しとにより「国語辞典殺人事件」と語順を替えてもいい!?

ことほど左様に、ちとややこしい。それだけ複雑にしておもしろい傑作。

言葉、日本語の問題から、終わりのほうでは「ノー」と言えない管理社会づくりの陰謀に迫る…なんとも見事なドラマツルギー。

国語学者花見万太郎は始めのほうで日本語の現状についてこう言う。
「インチキ商業外来語の大洪水。重複表現によることばの無駄づかい。呼応の規則の乱れ。アクセントの虐殺。慣用句の改悪。そして古典への冒瀆。日本語が強姦されている。」

重複表現とは、たとえば、「一番最初」「未だに未提出」など。
呼応の規則の乱れとは、「デザインが全然いかしてる」―「全然」は否定表現を伴う(しかし、たとえば「とても」はかつて否定表現を伴っていたが、「とても美しい」はいまは変ではない。「全然」も同じ運命を辿るのではないか、と言葉の変遷を押さえている)。
古典への冒瀆とは、そば屋のツケ日記を「更科日記」とか。
アクセントの虐殺とは、「アカ電話(平板)」をアカ(尻上がり)では「垢電話」になってしまう。また「雨」と「飴」、「柿」と「牡蠣」など。
慣用句の改悪とは、「勝手に知ってる他人の家」―「勝手知ったる他人の家」。

6万枚のカードを持ち歩いている花見先生のカード「日本語」はこうである。
「日本国の公用、共通語。日本語の系統については音韻組織や文法型式からアルタイ語に属するという説が有力であるが、語彙の面からは南方語系という説、文法型式の面からは朝鮮語と同系であるという説も行われ、まだ定説はない」と行き届いた語釈である。

ここでついでに言えば、古人の言葉として「ことば使いで智恵の深さが、使う言葉で知識の深さが知れる」を紹介している。

言葉の病気には上述「言語不当配列症」のほか「ベンケイ病」―弁慶がな、ぎなたを―いわゆる弁慶読みがあり、滑稽な会話が続く。
「電文症」は、たとえば「スマヌ」の『」』をダンラクと発音する―「許せ」ダンラク、「ヘンマツ」ダンラク、「イサイフミ」ダンラクetc.

後半に至ると「簡易日本語学院」が出てきて「簡易日本語の文法」による会話が始まる。けったいな会話になる。またややこしくなる。

そのうえ「言葉の質屋」が出てきて、「いいえ」という言葉を預かると報奨金が出るので集め始めたが、ある言葉の研究者に、それでは言葉の釣り合いが取れなくなるといわれたので「いいえ買占めの勧進元」に断ると撲殺されてしまう。それを知った先生は駅前で演説する。普通の語順に直すと、

「ただいまこの国で恐るべき陰謀が進行しつつあるのであります。いくつかの巨大な企業がみなさんから『いいえ』を『ノー』を、そして『ノン』を取り上げようとしているのであります」
「大衆管理を完璧に進めようとしているのです。決してノンをいわない羊のようにおとなしい大衆をつくり出そうとしているのです」
「一滴の水も漏らさない管理社会、それが彼らの狙いなのです。みなさん、けっして『いいえ』を手放すことはいけません。なぜなら『いいえ』をいうべきときに『いいえ』を言えなくなるからであります」。

すると聞いていた怪しい女学生が棍棒で先生の頭を叩く。山田の頭も叩く。しかも、山田までが先生を叩くことになる。

言葉の問題は、政治・社会の問題、管理社会の問題へと進む。ノーと言わせない世の中づくりへ。

順序がずれたが―これを読んだ影響!?―そこで上述した(山田が「お許しください」と花見先生を棍棒で…)ような進行になる。

演説がつづき、先生になったかのような山田がしゃべっている。管理社会づくりの陰謀への警告。

聞いている人の輪が広がって行く。いいえ、と、はい・そう、など肯定・否定の呟きが聞こえてくる。その声が大きくなる…「幕がためらいながらおりてくる」。

   初演 1982-6~7 「しゃぼん玉座」旗揚げ公演 紀伊國屋ホール

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中高生の読解力に警鐘、教科書正確に読めず…中学生6割が文構造把握で誤答

国立情報学研究所

 教科書の文章を正しく理解できていない中高生が多数いることが、国立情報学研究所の調査結果より明らかになった。教科書が読めないと自分ひとりでは勉強できず、AIに職を奪われると、新井紀子教授は指摘している。

実際に出題された文構造把握の問題

 「基礎的読解力を測るテスト(リーディングスキルテスト、RST)」は、事実について書かれている短文を正しく理解する能力を測定するため、国立情報学研究所の新井紀子教授らの研究グループが開発した読解認知特性診断テスト。基本的にはCBT(コンピュータ上で行うテスト)として実施し、2017年7月末までに小学生1,347人、中学生7,073人、高校生1万4,083人、高専198人、大学生1,316人、社会人600人が受検した。

 リーディングスキルテストでは、教科書や新聞、事典などから抜き出した200字未満の文章を正しく理解できるか測定した。

 たとえば文構造把握の問題では、「Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性の名Alexanderの愛称でもある」という中学校英語科の教科書から引用された文章を読み、「Alexandraの愛称は何か」を選択肢でたずねたところ、「Alex」と正答できたのは、中学生が37.9%、高校生が64.6%だった。

 また、文章から図表への対応付けが正しくできるかを問うイメージ同定の問題では、「メジャーリーグの選手のうち28%はアメリカ合衆国以外の出身の選手であるが、その出身国を見ると、ドミニカ共和国がもっとも多くおよそ35%である」という中学校社会科の教科書から引用された文章を読み、メジャーリーグ選手の出身国の内訳を表す図を選択肢でたずねたところ、正答できたのは中学生が12.3%、高校生が27.8%だった。

 調査結果より、中学生の約15%は意味理解の最初のステップである文構造の把握ができないまま卒業していることが明らかになった。自動車の普通免許など、資格の筆記試験にパスことに大きな困難を伴うことが予想される。また、教科書が読めないと、予習も復習もできず、自分ひとりでは勉強できないことになり、勉強の仕方がわからないと、「AIに職を奪われる」と新井紀子教授の研究グループは指摘している。

 中学校を卒業するまでに、中学校の教科書を読めるようにすることが教育の最重要課題であるとして、国立情報学研究所では今後、どんな文が読みにくいのかの科学的解明や基礎的な読解力を向上させる方策の検討などを進めていくという。

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井上ひさしの「言語小説集」、カバー表紙は和田誠。

昨年末に発表があり話題になった吉永小百合が出演する山田洋二監督作品、長崎の原爆がテーマの映画「母と暮らせば」、モチーフは井上ひさしが広島の原爆をテーマに作った「父と暮らせば」だった、という。井上は生前、長崎を舞台にした作品も書きたいと考えており、決めていたのは「母と暮らせば」というタイトルだけだった、という。(「戦後70年 吉永小百合の祈り」より)

僕が井上ひさしの著作を読んだのは、このブログを始める前でした。まず「吉里吉里人」(1981年)、「東京セブンローズ」(1999年)、「私家版日本語文法」(1981年)、そして、「一週間」(2010年)と、意外に少ない。主として井上の長編小説を読んでいたようです。井上の他の分野の作品、短編小説や、特に戯曲についてはほどんど知りません。この本の裏表紙には、以下のようにあります。

ワープロのディスプレイ上でカギ括弧同士が恋をした。威張り腐った●や■にほかの記号たちが反乱を起こす「括弧の恋」。方言学の権威が、50年前自分を酷い目に遭わせた特高の元刑事を訛りから見破って復讐する「五十年ぶり」。ある日突然舌がもつれる青年駅員の悲劇を描く「言語生涯」など言葉の魔術師による奇想天外な7編に加え、抱腹絶倒の4編を新たに収録した著者最後の短編集。

文庫本最後にある解説、筒井康隆の「言語による演劇」が、自作と比較しながら、的確な分析でしかもさすがに面白い。井上は作家でありながら劇作家であると思う、小説においても彼は世界を演劇的に見ている、と筒井は言う。以下、筒井の解説から・・・。残念ながら筒井の解説は、「言語生涯」までで、文庫本に追加された残りの4作品については言及がありません。

「括弧の恋」は、多くの記号を擬人化して記号の世界を描き切り、記号論にもなっている。

「極刑」は、劇作家=演出家としての視点で文法による言語理解を考えた作品。シュール・リアリズムの詩のような台詞を越す困難な台詞を役者に言わせる残酷な劇作家=演出家が登場する。

「耳鳴り」は、雑音の世界を描いた作品。耳鳴りに悩まされるミュージシャンが、それを雑音でかき消そうとしてさらに症状が悪化する。

「言い損い」は、ものを言い損う癖のある青年の話。優秀な母親に心配されているという観念から「論理的な言い損ない」が激しくなり、誤解され続ける。

「五十年ぶり」は、作者お得意の方言ものである。人がしゃべるのを聞いただけでその出身地を当ててしまうという方言学者が登場する。地理的感覚の必要な方言に加え、ここでは時間の感覚までが加わり、五十年の時を遡るのだ。

「見るな」も方言ものだが、東北の船越方言がジャワやスマトラ、インドネシア語、マレー語との類似にまで拡がる、作者お得意の標準語批判、方言擁護論にもなっている。

「言語生涯」は、言語障害の話、言語障害ギャグはたいていは抱腹絶倒を誘う。この「言語」生涯」でのギャグも絶品揃いだ。

言語小説集

目次
括弧の恋
極刑
耳鳴り
言い損い
五十年ぶり
見るな
言語生涯
***
決戦ホンダ書店
大惨事人体大戦」
親銭子銭
質草
 言語による演劇 筒井康隆

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井上ひさし(1934-2010):
山形県生まれ。上智大学文学部卒業。浅草フランス座で文芸部進行係を務めた後、「ひょっこりひょうたん島」の台本を共同執筆する。以後「道元の冒険」(岸田戯曲賞、芸術選奨新人賞)、「手鎖心中」(直木賞)、「吉里吉里人」(読売文学賞、日本SF大賞)、「腹鼓記」、「不忠臣蔵」(吉川英治文学賞)、「シャンハイムーン」(谷崎潤一郎賞)、「東京セブンローズ」(菊池寛賞)、「太鼓たたいて笛ふいて」(毎日芸術賞、鶴屋南北戯曲賞)など戯曲、小説、エッセイ等に幅広く活躍した。2004(平成16)に文化功労者、09年には日本藝術院賞恩賜賞を受賞した。1984(昭和59)年に劇団「こまつ座」を結成し、座付き作者として自作の上演活動を行った。

                            

敗れざる者たち

滴一滴 11/28

 プロ野球の長嶋茂雄さんが現役を引退した時、そのセレモニーなどをレコードにする権利を巡り、多くの会社が争奪戦を展開した。そのうち1社の社員が長嶋さんに会って言った。「他の人より、もしかしたらぼくが売る方が、いいかもしれない」

長嶋さん同様、大学野球で注目され、同じ年にやはり三塁手として巨人に入った難波昭二郎さんである。活躍できずに数年間で球界を去った後、レコード会社の社員になり、営業部長に昇格していた(沢木耕太郎著「敗れざる者たち」)

「君に頼む」。長嶋さんがそう応じたのは、難波さんの引退後の頑張りを認めたからかもしれない。

晴れやかな新人選手のお披露目を横目に、「戦力外」を告げられた選手は、かつての難波さんのように次の道を探していよう。3年前、京都大出身初のプロ野球選手として話題となったロッテの田中英祐投手も球界を去った。

父親は「地獄を見てこい」と息子を送り出したという。その言葉通り、1軍登板は新人の年の2試合だけで、けがなどに泣いた。「つらいことの方が多かったですが、悔いのない日々を送った」。本人はそう振り返る。

第二の人生は商社マンとして再スタートする。競争の激しいビジネスの世界で「君に頼む」と顧客に言わせられるか。大変だろうが、つらかった回り道も生きるといい。

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「クレイになれなかった男(P57)」
以前、ぼくはこんな風にいったことがある。人間には“燃えつきる”人間とそうでない人間の二つのタイプがある、と。しかし、もっと正確にいわなくてはならぬ。人間は、燃えつきる人間と、そうでない人間と、いつか燃えつきたいと望みつづける人間の、三つのタイプがあるのだ、と。

沢木さんは、上記のように語っています。カシアス内藤選手は、いつか燃えつきたいと望みつづける人間でしょうか。そんなカシアス内藤選手に沢木さんはこだわり続け、彼の燃えつきる瞬間を願い続けます。この本は、①カシアス内藤選手の話「クレイになれなかった男」、②長嶋茂雄選手とのポジション争いに敗れ去っていく同期入団した選手の話「三人の三塁手」、③円谷幸吉選手の話「長距離ランナーの遺書」、④イシノホヒカルの話「イシノヒカル、おまえは走った!」、⑤榎本喜八選手の話「さらば宝石」、⑥ボクシングの輪島功一選手の話「ドランカー<酔いどれ>」の全6話のエピソードからなっています。どのエピソードも、沢木さん独特の心に響く言葉に溢れています。その中でも、カシアス内藤選手は沢木さんにとって特別なのでしょう。それは優劣ではなく、心にひっかかる選手という意味です。

個人的には、カシアス内藤選手のエピソードも興味をひかれましたが、他のエピソードも非常に興味深かったです。沢木さんのその言葉の数々は、当ブログの書庫「言葉の力」の「沢木耕太郎からの言葉(3/1)」に記していますので、興味のある方はご確認下さい。ボクは中でも、マラソンランナーの円谷幸吉選手、榎本喜八選手のエピソードが強く胸に響きました。円谷選手はその脆さと純粋さ、榎本選手は器用さのない真っ直ぐさに、読んでいて、胸が痛いくらいでした。その痛みが心に突き刺さりました。

そして、この本の最後に登場する輪島功一選手のエピソード。実は輪島選手は過去に一度だけカシアス内藤選手と対戦しています。カシアス選手は輪島選手に何度も倒されますが善戦します。結果は、7ラウンド1分30秒、輪島功一選手のKO勝ち。その後、カシアス内藤選手は、ボクシングという人生の坂道で転げ落ちていきます。輪島選手は、その後、韓国の柳済斗選手に王座を奪われますが、この本では柳選手にリターンマッチを挑む輪島選手のエピソードが描かれています。沢木さんは、この試合のチケットをカシアス内藤選手に渡します。しかし、彼の姿は試合会場にありません。沢木さんは彼が来るのを、ゴングが鳴るのを待ちます。

「ドランカー<酔いどれ>(P238)」
輪島は、低い姿勢のまま、いきなり左のストレートを放った。これが、やがて一時間後に一万二千の観衆を熱狂に導くことになる、タクトの最初の一閃だった…。

「ドランカー<酔いどれ>(P281)」
柳の足がついに止まった。もはや後に下がる足がないのだ。柳は打たれながら、打たれることを覚悟で踏みとどまると、渾身の力をふりしぼって、大きく凄まじい右のフックを放った…。しかし、それが虚しく空を切った時、柳にとっての試合は終わっていたのだ。最後の望みをこめた一撃が空振りに終わった時、柳はその場に崩れ落ちてもよかったのだ。柳は無数のパンチを浴びていた。ミドルという重量級の試合で、これほどの数のパンチを浴びたボクサーが他にいただろうか。柳を支えていたのは、自分はチャンピオンである、というただそれだけの思いだった。<寝れ>ば楽になる。<寝れ>ば楽になる。だが、チャンピオンはそう簡単に<寝る>わけにはいかないのだ。

「ドランカー<酔いどれ>(P282)」
リングの上でマイクを向けられた輪島は、≪これが日本魂というものです≫と泣きそうな声でいった。ふだんなら馬鹿ばかしく思えるそのような言葉が、その時のぼくには、素直に胸に届いた。輪島はいつかこの言葉をいいたいと願っていたのだ。いつでも試合が終わるたびに「これが大和魂だ」といいたくなるのを耐えてきた。いや、まだこの言葉を吐く時ではない、と。いつか、いつかと思いながら、だ。しかし今、彼は、彼の最高の時の<時>を迎えて、叫んだのだ。ただ大和と日本といい間違えてしまったのだが…。

輪島選手はこれが最後の試合になると分かっていました。試合が始まる前から輪島選手は戦い続けていました。しかし、「苦しい」とか「辛い」とか、そういったことは自分から言いません。試合後に本を書くという約束のもと、輪島さんは沢木さんに全てを見せます。今、バラエティに度々登場する輪島さんからは想像が出来ない姿です。もしかしたら、あれは演技…なのかも知れません。輪島さんは、精神力の強い策士です。沢木さんの言葉は、とてもリアルで、迫力があります。

『敗れざる者たち』。敗れたわけではないけど、勝者ではない選手たち。結果だけみれば負けた者たちです。「イシノヒカル、おまえは走った!」を読んだ時も思ったんですが、「勝たせてたりたい!」と思いながら、負ける姿を見なければいけないのは、読んでいて悲しさが募りました。そんな中で、最後に登場した輪島さんのエピソード。32歳にして、再びチャンピオンに返り咲いた輪島さん。「日本魂」最高です。「大和魂」と間違えました…。でも、もしかしたら、これも策略かも知れません(苦笑) そして、遂には試合会場に現れなかったカシアス内藤選手…、いちまつの悲しみが胸に残ります。

千秋楽

春秋 11/28

大相撲や芝居などの興行期間の最終日を「千秋楽」と呼ぶ。由来は、法会の最後の日に雅楽「千秋楽」が演奏されたからとも、演能の最後に能「高砂」にある文句「千秋楽」をうたったからとも。

千秋は「千年」、転じて非常に長い年月を表し、長寿を祝うめでたい意味にも。歌舞伎では「千穐楽(せんしゅうらく)」の字を使うことがある。江戸時代の芝居小屋は火事が大敵で、「秋」に「火」が含まれているのを嫌ったからという。

大相撲九州場所が千秋楽を迎えた。横綱白鵬関が前人未到の40度目の優勝を達成したものの、めでたさとは程遠い雰囲気。優勝インタビューで口にした言葉は「力士代表としておわびします」

日本相撲協会の八角理事長も土俵上で「ご迷惑を掛けた」と謝罪した。場所中に明らかになった横綱日馬富士関の暴行問題で角界は炎上。まさに火が付いた異例の千秋楽となった。

被害者の貴ノ岩関や師匠の貴乃花親方が沈黙を通し、協会の聴取にも応じないため、真相はいまだにはっきりしない。本場所が終わっても、もやもやが続く。一方、鳥取県警は日馬富士関を傷害容疑で書類送検する方針との報道も。

横綱の不祥事に振り回された九州場所だったが、21年ぶりに15日間すべて「満員御礼」となった。「大相撲しっかりしろ、頑張れ」というファンからの力水だ。もやが晴れ、すっきりした気持ちで応援できる時を、一日千秋の思いで待っている。

南極

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天鐘 11/28

「南極では風邪をひかない」という話をよく耳にするが、どうやら都市伝説らしい。そう言われると寒すぎてウイルスや細菌は死滅すると思っていたが、昭和基地の施設内はポカポカで生存可能。ではなぜ伝説が―。

以前、八戸市出身の越冬隊員に取材したことがある。出航前の観測船「しらせ」が停泊する横浜港に向かったが、こっちが風邪で絶不調。うつしたら大変と電話取材を求めたが、「大丈夫」と直接お会いした。

その時、快諾の訳は不明だったが、先週末に弊社メディアホールで開かれた「Youは何しに南極へ?」と題した国立極地研究所、伊村智教授の講演で目から鱗(うろこ)が落ちた。

冬の氷原は氷点下20度前後の酷寒の世界だが、施設内は20度に保たれ国内生活と一緒。隊の交代期に新隊員が持ち込んで風邪をひくことがあっても、隊で一巡すれば抗体ができて二度とひくことはないという。

出港時にひいても航海中に快癒。逆に帰国すると免疫がないので風邪をひく。越冬隊約30人は交代が利かないプロ集団だが白魔の世界は緊張の連続らしい。「たまには風邪をひいて寝込みたいが全然ひかない」と。

プレハブ60戸は床暖で個室。楽しみは食事、怖いのは火事。国境も軍事施設もない大陸に28カ国が基地を設置、温暖化など人類の未来に向けて警鐘を鳴らしている。ウイルスも無辜(むこ)の極地では生きづらく、喧噪(けんそう)と雑踏を好むのだろう。

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嘆きのメロディ vs 上を向いて歩こう

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