2017年11月の記事 (1/11)

チキンラーメン

談話室 11/18

戦後間もない頃、焼け跡に俄仕(にわか)立ての屋台が立つと一杯のラーメンを求めて長い行列ができた。その光景に「日本人はかくも麺好きだったのか」と強烈な印象を受けた人がいる。日清食品創業者の安藤百福(ももふく)さんである。

それからは麺に取りつかれた。米国産小麦の消費拡大のため、国がパン食を奨励していた時代に「伝統的食文化の麺をもっと普及させた方がいい」と異論を唱えた。10年の苦闘を経て、世界初の即席麺「チキンラーメン」が世に出たのは1958(昭和33)年のことだった。

71年に「カップヌードル」が加わり世界に市場を広げてもラーメン愛は止まらない。30年ほど前には発祥の地・中国を巡った。台湾海峡に面する福建省で長崎ちゃんぽんのルーツを探り、北の山西省ではざるそばの原型のような麺に出合う。著書「麺ロードを行く」に記す。

チキンラーメン誕生60年の来年、秋のNHK連続テレビ小説は安藤さんがモデルという。でもラーメン愛にかけてはわが山形も負けておりませんぞ。国の家計調査ではラーメンの外食消費額は4年続けて日本一。書きながら筆者の手も鞄(かばん)に忍ばせたラーメンマップに伸びる。

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要旨
上海、南京、揚州、広州、厦門、福州、成都、北京、西安、蘭州、烏魯木斉、吐魯番、大同。麺類の味と姿の究極を求めて、中国への旅。

目次
上海人が年明けに祝う。堂々の「福禄長寿麺」。
こんがりと唐揚げされた骨付豚肉、ボリュームたっぷりの「大排骨麺」。
江南の春揚州に下り点心を味わう。毛湯スープに沈む「揚州鶏糸麺」。
食は広洲に在り。麺の醍醐味は「伊府麺」にあり。
長崎ちゃんぽん、皿うどんのルーツをたどる。福建省南部の港町、厦門。
夏の蒸し暑さを吹き飛ばす味。飛び上がるほど辛い、四川名物「担担麺」。
夏は炸醤麺、冬は大滷麺。季節に合わせた北京人の麺文化。
少数民族、回族の麺料理。日本のラーメンの味に近い「蘭州牛肉麺」。
はるか西域の烏魯木斉にもラーメンが。ウイグル族が手打ちで作る麺「ラグマン」。
山西省は麺の大いなるふるさと。独特の方法で作る「刀削麺」「剔尖」「猫耳朶」。〔ほか〕

注文をまちがえる料理店

日報抄 11/18

昼にそば店で店自慢のたぬきそばを注文した。しばらくして出てきたのは、きつねそばだった。「たぬきを頼んだんだけど」。言いかけたが、のみ込んだ。まあ、いいか。

駅の改札での経験が、そうさせたのかもしれない。IC乗車券のタッチが不十分なだけで、警報音が鳴って責められる。機械は容赦ない。思えば、人もせちがらい。ささいなことに腹を立て、横暴な態度に出る人が増えてきた。

先ごろの本紙に、こういう記事が出ていた。東京で「注文をまちがえる料理店」という催しが開かれたという。スタッフ20人全員は認知症の人だ。違うものが出てきても「まあ、いいか」と笑って許してほしい-。店名にはそんな思いが込められている。

有名店のシェフが腕によりをかけた料理が出され、3日間で予想を上回る300人が訪れた。「接客係が席に座ったり、水を二つ出したりしてもお客さんはおおらかでした」。催しの発起人でテレビ局ディレクターの小国士朗さん(38)は振り返る。

ミスは、ないに越したことはない。ただ、重箱の隅をつつき合うような社会はどこか息苦しい。匿名で批判したり誰かをおとしめたりするネット社会が、実社会の寛容さを奪っているとの指摘もある。

経緯に疑惑が残る加計(かけ)学園の獣医学部新設は、計画が認可された。野党は徹底追及の構えをみせる。ミスとズルでは大違い。「まあ、いいか」で済ましてはならないことがある。人と人との関係はおおらかでありたいが、権力には厳しくありたい。

おかあさん

編集日記 11/18

 〈おかあさんは ぼくを 一ばん すき!/ぼくは おかあさんを 一ばん すき!/かぜ ふけ びょうびょう/あめ ふれ じゃんじゃか〉。童謡「ぞうさん」などの作詞で知られる、まど・みちおさんの「おかあさん」という詩だ。

 風が吹こうと、雨が降ろうと、お母さんは僕を守ってくれる。何があっても、僕がお母さんを好きな気持ちは揺るがない。まどさんの詩からは、子どもの素直な感情が伝わってくる。

 母親への思いを募る取り組みが半世紀の節目を迎えた。本社と福島中央ライオンズクラブが主催する「お母さんありがとう作文コンクール」だ。笑ったり、怒ったり、料理を作ってくれたり...。ことし寄せられた作品にもさまざまなお母さんの姿が描かれているが、共通するのは「大好き」という思いだ。

 26日には「チベットの歌姫」と呼ばれる歌手バイマーヤンジンさんを招いた記念講演会も福島市で開かれる。たとえ文化が違っても世界共通である母子の絆について話してくれるという。

 50年に及ぶ作文の応募者の中には、自らがお母さんやおばあちゃんになった人もいるだろう。時代は移り変わっても、母は子をいとおしみ、子は母を慕う。その思いは変わらない。 

いじりといじめ

卓上四季 11/18

「尾木ママ」の愛称で親しまれる教育評論家の尾木直樹さんが語っている。「いじりとは相手の個性や人間性の冒涜(ぼうとく)である」(尾木ママの「脱いじめ」論)

もとはお笑いの世界の言葉で、集団の中で冗談半分に相手をからかったりちゃかしたりし、その反応を笑うことを指す。最近は一般の人たちもよく使い、いじられることで人気を集める「いじられキャラ」という言葉もあるほどだ。

お笑い芸人は仕事として客を笑わせるため、合意の上で行う。だが、子どもたちの間ではいじる側にそんなつもりがなくても、いじられた側は深く傷つくこともある。

山口県で昨年7月に自殺した高2の男子生徒もそう。報道などによると、今月まとまったいじめ報告書では、普段からいじられ「とても恥ずかしい」と気にしていたそうだ。

いじめと変わらないのに「いじりだからいい」と思ってしまう背景として、尾木さんはお笑い番組の影響を指摘する。「いじりの場面を繰り返し観(み)ているうちに見慣れて、感覚が麻痺(まひ)し、『ああ、こういうことをやってもいいんだ』と思うようになっていきやすい。」

いじられキャラが笑っていても、楽しんでいるとは限らない。いじられるのを拒んで、自分の「居場所」がなくなることを恐れているだけかもしれない。学校にもそんな友達はいないだろうか。もしかしたら、みんなのいじりに苦しんでいるかもしれない。

違っていても一緒がいい

金口木舌 11/18

「あなたはなぜ歩けないの?」。電動車いすで生活する伊是名夏子さんは幼い頃、人からよくそう聞かれるのを不思議に思い、逆に「あなたはなぜ歩けるの?」と聞いたという。

世の中には当然、歩ける人もいるし、歩けない人もいる。しかし、車いす利用者と接する機会が少ないと、無意識のうちに歩ける人だけを基準に物事を考えてしまうのかもしれない。

11日、伊是名さんのゆんたく会に参加した。「違いを受け止めることは大事だ。一方、価値観が同じだと安心する」という参加者の意見に、伊是名さんは「『みんな違ってみんないい』というが、違う人の存在は当たり前になっていない」と指摘した。

「緊急時、人と違うのはいやだと思ってしまう」とも語った。東日本大震災の時、エレベーターが止まり、障がい者は独りで避難できなかった。健常者は階段やはしごを使って避難することができた。

健常者は、頼れるものが多い。依存できる選択肢がたくさんあって、自立できている。伊是名さんは「障がい者も依存先を増やしたい。違っていても、みんなと一緒がいい」と強調した。

誰でもできないことはあるし、手助けを必要としている。みんなが使いやすい、頼りやすいのはどんなものか。みんなで一緒に歩いていくためにどうすればいいのか。そこから考えることが、生きやすい社会につながる。

財政再建

中日春秋 11/18

これは、米国の政治小噺(こばなし)…。初めての子を授かったばかりの男性が、みんな顔を真っ赤にして泣いている新生児室を見つつ漏らした。「なんで、みんなあんなに泣いているのかな?」

それを聞いていた医師が、ひと言。「生まれてまだ間もなく、将来も分からず仕事もなく、それなのに政府の赤字が一人当たり数千ドルもあったら、あなたも泣きたくなるでしょう。」

赤ん坊がそんな理由で泣くとしたら、この国の赤ちゃんは、どうなるか。わが国の借金は千八十兆円余で、国民一人当たり実に八百五十万円余である。

少子高齢化で若者世代の負担は重く、さらに教育費の負担もずしんと重い。非正規雇用が多く、賃金は伸びない。そう聞かされたら、赤ちゃんは青くなって黙り込むかもしれない。

きのうの所信表明演説で首相は「少子高齢化の克服に向けて力強く踏み出す時」と語り、幼児教育の無償化などを打ち出したが、財源はどうするか。借金まみれなのに、米政府の言うまま巨額の兵器を次々買い、兆の税金を注ぎ込んでもまともに動かぬ核燃料サイクル事業を続けて財政再建はできるのか。

これも、米国の政治小噺…。小学生が、国の財政について作文を書いた。<未来の人たちが、ここにいないのは残念です。僕らが、彼らのお金で、いろいろ好きなことをいっぱいやっているのを、見せてあげたいと思うからです。>


救世主

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中日春秋 11/17

「灯を凝視しつつその美しさを観照したまえ。瞬(またた)きしてこれをいま一度見直したまえ。そこに君の今見ているものは前にはなかった、そこにかつてあったものはもはやないのである。」

そんな言葉を残したのは、レオナルド・ダビンチ。美と知の巨人にとって絵画とは「自然の存在の移ろいやすい美しさ」を、永遠に留(とど)めておくための術(すべ)だったという(『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』岩波文庫)。

この絵も、はかない灯のように消えてもおかしくない運命だった。ダビンチ作「サルバトール・ムンディ(救世主)」を所有していた十七世紀の英国王チャールズ一世は、斬首された。

十八世紀半ばから百四十年近く所在不明となり、再び現れた時は巨匠本人の作とは思われなくなっていた。作品はひどく傷み、一九五八年に売られた時の価格は四十五ポンドというから、物価上昇を考えれば十数万円。

それから半世紀また行方知れずとなったが、再び世に出てダビンチ作と確認されると転売のたびに高騰し、きのうの競売での落札価格は五百億円余というから、ため息が出る。

落札者は明らかにされず、この「人類の宝」が今後、公開されるかも定かではない。ダビンチは「誰より多く持っている者は誰より失うことを恐れる」との言葉も残したそうだが、この絵を我が物にした人物は、「救世主」に心の平穏を得ることができるか。

ビール瓶殴打は否定

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横綱白鵬関、暴行問題を謝罪

酒席に同席、ビール瓶殴打は否定
2017/11/16

白鵬関
 横綱日馬富士関の貴ノ岩関への暴行問題で、同じ酒席に参加していた横綱白鵬関が16日、福岡県篠栗町の宮城野部屋での朝稽古後に取材に応じ、「私はその場にいたわけですし、相撲界、世間に本当に申し訳ない思いでいっぱいです。土俵の上でいい相撲を取って頑張っていくしかない」と謝罪した。

 10月下旬に鳥取市内の飲食店で起きた問題発生時の状況について「報道されているような、ビール瓶では殴ってはおりません。馬乗りの事実はない」と説明した。素手で殴ったことは認めた。ビール瓶で暴行したと話す同席者もおり、証言が食い違う形となっている。

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貴ノ岩の兄、ルブサン・アディヤさん「許せない」 日馬富士の暴行こうだった

2017年11月16日 11時21分
横綱日馬富士の暴力事件で、被害者貴ノ岩の兄、ルブサン・アディヤさんがテレビ朝日の独自取材に応じて「許せない」「悔しい」などと怒りをあらわにした。貴ノ岩が10月(2017年)の終わりごろ突然電話してきて「10針縫い、右耳が炎症を起こした」「自分は非がないのに」と声を震わせていたそうだ。

アディヤさんによると、貴ノ岩は日馬富士に「なんて嫌なやつだ、なんて忍耐強いやつだ」と言われながら頭などを殴られた。入院(その後退院し、九州場所を休場中)は貴乃花親方の勧めで、貴乃花は「自分が暴行を受けたのと同じ、最後まで戦う」と言っていたという。

アディヤさんは貴ノ岩の性格を「おとなしくて協調性があり、ケンカをしたこともない」と語り、今は弟に何をしてやれるのか、暴行被害を相撲協会かモンゴルの警察か日本の警察か、どこに届け出るかを兄弟で相談しているとも話した。

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 放送のフジテレビ系「直撃LIVEグッディ!」

 番組では日馬富士の幼なじみのモンゴル人女性のアルタントーヤさんを取材。殴打した発端について、これまで貴ノ岩が「あなたちの時代じゃない」などと発言したことが報じられているが、アルタントーヤさんは「一連の報道にはない決定的な言動があったと聞いている」と証言。その言葉が何かは明かされなかったが「この言葉が分かれば納得できますよ」とアルタントーヤさん。これまで報じられている以上の貴ノ岩の言葉に日馬富士が激高したという。

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産経抄 11/16

 横綱日馬富士が漏らした謎の一言

 元横綱の初代若乃花、故花田勝治さんは、酒豪で知られた。十両時代、北海道での巡業中、若い衆を引き連れて小料理屋でどんちゃん騒ぎをやった。勘定の段になって懐が寂しい。ふと、横綱東富士の顔が浮かび、「金を借りてこい」と使いを出してしまった。

 翌日、横綱に対する無礼な態度が大問題になっていた。協会の幹部の間では、「クビにしろ」との強硬意見も出た。「初めてだから、許してやれ」。首がつながったのは、横綱羽黒山の一言のおかげである。2年後に初金星を飾った相手は、その「恩人」だった(『土俵に生きて』)。

 同じく巡業中の酒の席での失態とはいえ、「許してやれ」の声は上がりそうにない。後輩力士をビール瓶で殴打したのは、「品格」が常に求められる横綱である。モンゴル勢力士の活躍を早くから見通していた花田さんにとっても、信じられない事態であろう。しかも重傷を負った平幕貴ノ岩は、甥(おい)にあたる貴乃花親方の弟子である。

 日馬富士に厳しい処分が下されるのは当然だが、それだけではすまされない。先月26日に起きた事件には、謎が多すぎる。貴乃花親方は3日後に、警察に被害届を提出している。では日本相撲協会への報告はどうなっていたのか。

 何事もなかったかのように、九州場所は始まった。2日目になって、ようやく初日から休場している貴ノ岩の診断書が公表された。その際も、親方は「本人の体調が悪いということ」と説明しただけだ。

 現場に居合わせていた横綱白鵬らモンゴル勢力士は沈黙を守っている。14日の朝になってようやく事件が発覚した。「怖いな」。何より不可解なのは、スポーツニッポン新聞のスクープ記事を見せられた日馬富士が漏らした一言である。

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水や空 11/16

 大人らしく、年長者らしく。誰だって年相応、分相応に「それらしくあれ」と求められていく。すると次第に「それらしさ」をまといもするが、窮屈な思いをすることもまた増える。

遠い所で想像するばかりだが、大相撲の横綱とは「らしくあれ」の視線を全身に浴びる、その最たる地位の一つだろう。取組の隅々にも、言動の端々にも、どっしりとした風格だとか品格が求められる。

昨年亡くなった元横綱千代の富士、九重親方は、時に横綱らしからぬ豪快無比、闘志むき出しの取り口で沸かせた。いま横綱の地位にある人物はどうだろう。その取り口ではなく、土俵の外での言動を「らしからぬ」と責められている。

横綱日馬富士関が酒席で、他の部屋の平幕力士に暴力を振るったとされる"事件"は、横綱の品格を持ち出す前に、たちの悪い犯罪だろう。態度が悪いとビール瓶で殴り、手で20~30発との証言もあるという。

話は力士らの間ですぐさま広まり、日本相撲協会も知らないはずはないのに、どうやら知らんぷりをしたらしい。

過去に新弟子の暴行死や八百長問題で揺れた角界は、モンゴル勢をはじめ力士らの活躍で息を吹き返した。そこへ横綱が事件を起こし、協会は自浄作用をまたも失う。「全く、相撲協会らしい」。妙な嘆きが聞こえるようである。

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大観小観 11/16

心技体が重視される武道の中で心を最も重視しているのは剣道ではないか。反撃を瞬時に返す身構えの「残心」ができていなければ技が決まっても有効にならない。全日本剣道選手権大会の決勝戦後、礼をした二人が小さくうなずき合いアイコンタクトをかわしていた。

防具を外して正座し礼をする戦いからの間の違いということもあろうが、国際大会では試合後手をにぎり合う柔道も、国内ではほとんど見かけない。喜びを全身で表したり、柔道着の直しを審判から再三促されたりする。横綱がだめ押しの手を出しても〝流れ〟とされ、勝負後の礼は首をちょこんと曲げるだけ。最後の礼で心の重視度が相撲は一番低いと考えるのは、素人のほんの思いつきというものである。

横綱審議委員会の横綱推薦の内規は第一項が今も昔も「品格、力量抜群であること」。第二に「二場所連続優勝」が加わって「力量」の目安が分かりやすくなり、「品格」は思考停止に追いやられていったのではないか。

武術の礼法として小笠原流が武家社会に浸透したのは、戦国武士の荒々しさを直したい各大名の意図があったといわれる。相撲界が勝負後の礼法に最も雑なのは、暴力沙汰がなくならない理由として分からぬでもない。

横綱審議委員会委員長を務めた独文学者、故高橋義孝が「上限と下限」という随筆を書いている。横綱に推挙されるのは「品格」の下限で、そこから習得していくものだが、いつのまにか上限になったというのである。

そう言ったのは60年前。今や相撲協会に浸透し、ひとり日馬富士だけの問題ではあるまい。


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天地人 11/16


 横綱はまさに角界の「金看板」だ。それが汚されたと言っても過言でない。九州場所で横綱として初の連覇を目指した日馬富士関が、10月の秋巡業中に平幕力士に暴行を加え頭に大けがを負わせていたというのだ。

 「体と心を鍛え、務め上げたい」。場所前の記者会見で示した最高位としての自覚と闘志は、いったい何だったのか。近年、角界は不祥事が相次いだ。10年前の序ノ口力士暴行死事件で国技の信頼は失墜。その後も横綱朝青龍関が知人への暴行問題の責任を取って引退。ようやく人気が回復していたところで、根深い暴力体質を露呈してしまった。

 驚いたことに、暴行が問題になった酒席には日馬富士関と同じモンゴル出身横綱の白鵬関、鶴竜関ら10人前後が参加していた。模範となるはずの横綱をはじめ、それだけの人数がいたのに、なぜ止めることができなかったのか。

 5年前、横綱昇進の伝達に「全身全霊で相撲道に精進する」と口上を述べた日馬富士関。「横綱の名を汚さぬよう頑張る」とも誓ったはずだ。今回の問題が伝えられる通りであれば、角界は再び一からの出直しを迫られることになる。

 心配なのは、その日馬富士関を初日に破った新小結の阿武咲関(中泊出身)ら本県出身力士の活躍が期待されているにもかかわらず、残念な場所になりかねないことだ。気は優しくて力持ちの力士らに奮起してほしい。

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河北春秋 11/16

 「無理偏(へん)に拳骨(げんこつ)」と書いて「兄弟子」と読む-。角界のしきたりの一端を伝える言葉だ。相撲部屋の先輩には絶対に逆らえず、殴られても当たり前の意味とか。そんな上下関係が暴力を生み、入門後間もない若者の命を奪った事件が10年前にあった。

厳しさに耐えかね部屋を抜け出した新弟子を、親方がビール瓶で殴打。「かわいがってやれ」の一言で、兄弟子たちが制裁の暴行を加え続けた。元親方らは傷害致死罪に。事件を教訓に、日本相撲協会は古い「暴力」の体質を一掃したはずだが、新たな問題が浮かんだ。

先月下旬の秋巡業中、横綱日馬富士関が同胞のモンゴル出身力士らの宴席で、平幕貴ノ岩関に暴行したという。無抵抗の相手をビール瓶や素手で執拗(しつよう)に殴ったと報じられた。日馬富士関は、九州場所3日目の14日になって、謝罪の言葉と共に休場した。

釈然としない。同協会が問題の調査を始めると公にしたのも同日。貴ノ岩関は頭にけがを負い、巡業先の県警に被害届が出されていたが、同場所前の理事会では親方衆の話題にも上らなかったという。

横綱の不祥事では7年前、本場所中に酔って一般人を殴り、引責引退した朝青龍関の問題があった。問われたのは横綱の「品格」だったが、昨今の大相撲人気でどこかへ忘れられたのか。

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卓上四季 11/16

大相撲の世界には「かわいがり」という言葉がある。先輩力士が若手に厳しい稽古をつけることだ。強くなるには欠かせない稽古だが最近はいじめのようにしごくことだと誤解されていると、元横綱大鵬の納谷幸喜さん(釧路管内弟子屈町出身)が、元横綱双葉山の復刻版「横綱の品格」の序文で懸念していた。

入門したての納谷さんも壮絶なかわいがりを受けた。激しいぶつかり稽古が延々と続く。ふと気付いた。ぶつかりを受ける先輩の胸が腫れ上がり、足の裏がすり切れている。苦しくないわけがない。それでも、自分を強くするためひたすら胸を出してくれる。

周りにはいじめのように見えたが、納谷さんにそんな意識は全くなかった。かわいがりには「限りない信頼関係があった」という。

信頼関係さえあれば、土俵の外でもこんなことは起きなかっただろう。横綱日馬富士関が平幕貴ノ岩関に暴行を加えたとされる問題だ。酒の席だ、説教の延長だという言い訳は通用しない。ビール瓶で殴るなど、横綱の品格以前の話だ。

相撲協会の責任も重い。場所前から把握していたのに何の対処もせず、いまだに詳細な説明すらない。公益法人としての責任をどう考えるのか。落胆するファンにどう顔向けするのか。

先場所は一人横綱として懸命に土俵を支えて、感動的な逆転優勝でファンを沸かせた日馬富士関が…。ただただ、残念でならない。

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凡語 11/16

 職業相撲における品格の歴史は、たかだか100年-。大相撲に詳しいアーティストのデーモン閣下が書いている。大正初期まで、横綱に品格は求められなかった。

変えたのは、当時の横綱・常陸(ひたち)山の存在だ。相手に存分に当たらせいとも簡単に倒す貫禄の取り口。コレラに冒されて誰も近づかなかった力士を介抱し、借金までして亡きがらの後始末や病院代を工面したとの逸話も残る。

土俵での力量と私生活での優しい態度。「相撲取りらしからぬ立派さ」が「横綱らしさ」となった。常陸山の品格が、横綱の品格とされたのだ(「知る楽・こだわり人物伝」)。

横綱昇進の条件の一つに掲げられる品格に、明確な定義はない。個々の横綱が自分の務めを懸命に果たす過程で醸し出されるものなのだろう。誰もが常陸山になれるわけはない。

デーモン閣下が「賢さより愚直さを感じる」と評す昭和の大横綱・双葉山は、己の鍛錬を重視した。気配りや寛容さの常陸山とは対照的といえるが、品格という点で双璧をなす。

幕内力士への暴力で批判の渦中にある現代の横綱・日馬富士は「皆さんの見本となる生き方をする」と昇進時に語っていた。言葉通りに振る舞っていたら、自分なりの「横綱の品格」を示せたかもしれない。「横綱失格」に値する行為、残念だ。

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明窓 11/16

 地位や立場が人をつくるとはいうが、うまい具合にばかりはいかないようだ。大相撲の横綱・日馬富士関の暴行問題が発覚。本人は謝罪して九州場所の途中休場を決めた。今後、横綱としての責任が問われる可能性がある。

問題が起きたのは10月下旬の鳥取巡業時の酒席。同席した平幕の貴ノ岩関の頭をビール瓶で殴打して大けがを負わせたとされる。感情のもつれからだったようだが、貴ノ岩関は一時入院し、今場所は初日から休場している。

最高位の横綱になって5年。横綱らしくない荒っぽい取り口を巡っては評価が分かれるが、先場所は「1人横綱」の重圧の中で、どうにか優勝して面目を保った。横綱としての自覚がないとは思えない。

与えられた立場が人を変えることは、心理学の実験でも裏付けられている。ただし、強い権力を与えられた人が弱い立場の人と一緒に「閉鎖環境」の中にいると、次第に理性の歯止めが利かなくなる「落とし穴」もあるらしい。

大相撲に限らず勝負の世界では、勝ちを積み重ねる強い者が登り詰めていくのが常道。一方で「功ある者には禄を与えよ、徳ある者には地位を与えよ」の言葉もある。「功」と「徳」がそろっていたのかどうか。

人間、初めから「徳」が備わっているわけではない。地位や立場には責任が伴う。その責任を背負い、学び、鍛錬していく過程で「徳」を身につけていくしかない。ただ酒が入ると本性が出やすい。今となっては後悔先に立たずだが、鍛錬は十分だったのかと思う。

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鳴潮 11/16

 過ぎたるはなお及ばざるがごとしといわれるが、地位が上がるほど身に付けたいのが慎みである。モンゴルにも、似たことわざや教訓があるはずだ
 
 東横綱日馬富士関が引き起こした暴行問題で、相撲界が揺れている。東の横綱といえば番付最高位。最上段で太く、大きな字で記されている。強さの証しであり求められるのは、これにふさわしい品格だろう
 
 その横綱が先月の秋巡業中、酒席で同じモンゴル出身の平幕貴ノ岩関をビール瓶で殴るなどして、頭部にけがを負わせたことが発覚した。酒豪で知られ、同時に酒癖の悪さも指摘される日馬富士関。どんな具合だったかは不明だが、「一杯は人酒を飲む、二杯は酒酒を飲む、三杯は酒人を飲む」である
 
 横綱は生活態度を注意していた貴ノ岩関がスマートフォンを気にしたことに、激怒したとされる。過ぎたるは「指導」かもしれない。16歳で来日した細身の少年も33歳。酒席だったで済まされるような事態ではない
 
 今回の件を間接的に知りながら、力士間の単なるトラブルとの認識でしかなかった日本相撲協会の姿勢も問われる。21年ぶりに年6場所、90日を通しての「大入り」が確実な一年納めの場所に浮かれ、緩みはなかったか
 
 数々の不祥事で教訓を得てきたはずなのに。のど元過ぎれば熱さを忘れる。その体質を変えなければ。

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小社会 11/16

 2年前に死去した日本相撲協会の北の湖元理事長は、現役時代から大の酒豪として知られた。21歳2カ月で横綱昇進を果たした際には、横綱審議委員会が「酒を飲み過ぎないよう」と注文を付けたという逸話を残す。

 自己規制のできる力士で、「横綱の立場・責任というものをよく考えて手綱を引き締めている」。当時の様子を「相撲歳時記」(高橋義孝監修、TBSブリタニカ)はそう評している。

 自己規制ができること、角界を背負う立場と重責を自覚すること。横綱の備えておくべき必須条件も、酒の魔性によって頭から吹っ飛んでいたのか。横綱日馬富士関が、弟弟子で平幕の貴ノ岩関に暴行を加えていた問題である。

 酒席でいきなり激怒し、ビール瓶で後輩力士の頭を思い切り殴る。周囲の力士らが止めるのも聞かず、その後も素手で殴り続ける。関係者の証言はすさまじい。現役横綱による不祥事が、角界に与える衝撃は計り知れない。

 まずは事実関係の確認だろうが、日馬富士関は北の湖元理事長の死去に際しこう語っている。「けがをした時も温かく見てくれた。言葉を掛けてくれた」。先輩の大横綱の後輩に対する姿勢に、何を学んだのだろう。

 作家の高橋和巳に「酒と雪と病」と題する随筆がある。中国では〈凶酒〉の次に〈酒悲〉という段階があるという。酔狂も度を超すと、さらに悲しみは倍加される。自らの存在の小ささを知るからだ、と。

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滴一滴 11/16

 以前、相撲部屋で力士と食事を共にする機会があった。大盛りの炒め物に、脂身たっぷりの牛肉が入った鍋。大量のちゃんこに悪戦苦闘する傍らで関取衆がお代わりを繰り返していた。

角界に「ちゃんこの味がしみる」という言葉がある。10年前に引退した行司の第33代木村庄之助さんが著書「力士の世界」で紹介している。入門した若者が稽古と食事によって、力士らしい体をつくっていく様子を言う。

太りにくい人は技を磨いて強くなるしかない。木村さんは横綱日馬富士がその好例という。軽量のハンディをはねのけ、スピードと気迫で千秋楽に逆転優勝した先場所は圧巻だった。その記憶も消えぬ間に、同じ横綱によるあまりに残念な暴力行為が発覚した。

先月開かれた酒席で後輩力士をビール瓶で殴り、頭にけがを負わせていた。生活態度を注意したときの対応に腹を立てたという。

今場所は10回目の優勝が懸かっていた。何事もなかったかのように2日目まで土俵に上がっていたが、客席からの声援に何を思っていたのだろう。

日本相撲協会の対応にも批判の目が向けられる。問題を知りつつ、出場を黙認していた。八百長問題や親方らによる弟子の暴行死で地に落ちた信頼を、やっと取り戻せたところでの不祥事である。「満員御礼」で支えてきた多くのファンを泣かせてどうする。

会わせたい、一刻も早く。

中日春秋 11/16

<夢で会うふるさとの人みな若く>。俳号・風天の俳優、渥美清さん。バス停でごろ寝する旅路の寅さんがそのまま詠みそうな句である。

<みな若く>なのは、家族や友が若く元気だったころへの郷愁か。夢から目が覚めた時、懐かしき「再会」にほほ笑みながらちょっと涙ぐんでいる寅さんの顔が浮かんでくる。

自分と一つ違いのその人が、少女だったころの写真を見る。この人はどんな<ふるさとの人>の夢を見ているのだろうか。そう想像すれば、胸が痛い。横田めぐみさんである。一九七七(昭和五十二)年十一月十五日、北朝鮮に拉致されてから、四十年となった。夢でしか会えない、ふるさとの人の顔が時間の経過とともに薄くなっていないことを祈るしかない。

めぐみさんの帰りを待つ、ご両親はどんなめぐみさんの夢を見ているか。残念ながら、夢の中のめぐみさんは少女のままで年を取っていないかもしれぬ。それは幸せの若さではなく、残酷な若さである。

連れ去られた十三歳のまま。ジュリーやピンクレディーの曲が街角に流れていた、あの年からずっと時間が止まっている。何もなければ語らい、ほほ笑み合うはずだった親子の四十年が奪われ、なおも奪われ続けようとしている。

「めぐみちゃんとわかる間に一時間でもいいから会いたい」。母親の早紀江さんの記者会見の言葉。会わせたい。一刻も早く。

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日報抄 11/15

 なにげない朝だった。学校で予防接種があるから家で体温を測っていくことになっていた。母が息子2人の脇の下にぎゅっと体温計を挟んだ。それを2人の姉、横田めぐみさんが見ていた。

「お母さんみたいに、きっちりやると、手をあげたとき体温計が脇の下にぶら下がっていると思うよ」。その通りに、ぶら下がったものだから子供たちは畳をたたいて笑い転げた。この日の夕方、めぐみさんはいなくなった。

1977年11月15日のことだ。以来、帰りを願って門灯を明るいものに替え、転勤で新潟を離れるまでの6年間ともし続けた。いつ連絡があってもいいように夫婦で出掛けることはなくなり、家族旅行もあきらめた。

母、早紀江さんの手記「めぐみ、お母さんがきっと助けてあげる」は克明に日付を追っている。その出版からさらに年月が流れ、北朝鮮にめぐみさんを奪われてから40年になってしまった。365日をかけ算するだけでは足りないだろう。裂かれた時間は1秒でさえ長く苦しい。

過去の記事に、早紀江さんの涙が出てくる。夕食を作っていて、つい涙がこぼれてしまうのだ。そうすると、小さな2人が「お姉ちゃんは大丈夫、大丈夫」と言って、うちわで左右からあおいで涙を乾かしてくれた。最近は救出を訴える場面で、その拓也さんと哲也さんの出番が増えてきた。

父の滋さんはきのう85歳になられた。以前はいつも滋さんが家族旅行の計画を立てていた。家族5人の体温を感じ合える旅を実現させてあげたい。

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鳴潮 11/15

 40年前のきょう、夕方、何をしていただろう。部活の帰り、徒歩通学だったから、本当はいけないことだけど、友人の自転車の後ろにまたがっていたか

 「たたりじゃー」のCMが話題になった横溝正史原作の映画「八つ墓村」の話だったか、歌謡チャートを席巻していたピンク・レディーか、あるいは「普通の女の子に戻りたい」と解散宣言をしたキャンディーズの話か。いずれにしても、たわいもない会話に興じながら、家路に就いていたはずだ

 横田めぐみさんと同じ13歳の中学生だった。筆者のありふれた日常は、今の今まで続くわけだが、めぐみさんはあの日突然、北朝鮮に奪われた。それから泣き暮らしただろう日々の長さを思うと、胸がつぶれそうになる

 時折、衛星写真で見る東アジアの明々とした夜景に、ぽっかり黒い空間がある。北朝鮮である。暗く閉ざされた国で40年。同じ月や星を見上げ、故郷の両親を思い浮かべる日もあるに違いない

 帰りを待ちわびる父滋さんは85歳、母早紀江さんは81歳。国家による犯罪を絶対に許さず、まだ捕らわれている人たちとともに、一刻も早い帰国に向けて、全力を挙げなければ

 課題が多いのは確かだが、その日が来たら言ってあげたい。「ここはあなたの母国、自由の国ですよ」。普通の日本の女性に戻れた、と実感できるように。

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河北春秋 11/15

 歌人の与謝野晶子に「女」としての目覚めを歌いあげた一首がある。<その子二十くしに流るる黒髪のおごりの春の美しきかな>。自慢の髪にくしを通せば季節までもが心地いい、という女心が伝わる。

童から少女へ、少女から女へ。髪への関心は大人への階段を上るにつれ増す。その人は13歳の時、意識し始めたに違いない。1977年11月14日、誕生日を迎えた父に携帯用のくしを贈った。「おしゃれにも気を付けてね」。自分だけでなく家族の身だしなみも気に掛けたのだろう。

新潟市に住む横田家の長女で中学1年めぐみさんである。北朝鮮に拉致されたのが翌15日の下校中。16日の市内の天気は快晴、最高気温15.2度で、小春日和の一日だった。帰宅後は父滋さん(84)に「くし、使ってみた?」と聞きたかっただろうに…。

40年の月日が流れた。人の一生なら「不惑」だが、母早紀江さん(81)も含む横田家にとって、これほどしらじらしく響く言葉もない。「会いたい」。毎日毎日、自宅に飾る写真を見て落ち着かない心を静めている。

滋さんは近年、体が衰えてデイケアのリハビリに通う日々。頭髪はもうフサフサではない。でも、かつて「おしゃれになって髪をとかすめぐみちゃんの姿を見てみたい」と語った。一刻も早い救出を、と願う。

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言葉は自由化

金口木舌 11/15

「広辞苑」の第7版が来年1月に発刊される。どのような新語が掲載されるのかニュースになる。「国民的辞書」への注目度は高い。版元の岩波書店のキャッチコピーは「ことばは、自由だ。」

今回、採用される新語の中に「安全神話」がある。東日本大震災と福島第1原発事故の後、連日耳にした言葉だ。ビットコイン、ブラック企業も10年前にはなかった。辞書は時代を映し出す鏡といえそう。

沖縄に関する記述にもそのことを感じる。1955年の初版は「沖縄」を「もと我国の県名」、「沖縄島」を「太平洋戦争最後の激戦地。現在アメリカ民政下にあり、軍事基地」と記述した。発刊の3年前、日本は独立し、沖縄の施政権は切り離された。

2008年の第6版では「てえげえ」が載り、話題になった。第7版では世界遺産に登録された識名園や今帰仁城が載るという。辞書を通じて沖縄文化の特異性を感じることができる。

沖縄返還密約やオスプレイも新たに掲載されることになった。日米外交の道具として扱われ、日米安保の負担を背負わされる戦後沖縄の歴史と現在を二つの言葉に見る。新版の読者は何を読み取るだろうか。

米統治下の沖縄は言論、出版が制限された。そして今、心ない誹謗(ひぼう)中傷が投げ付けられる。新版には「ヘイトスピーチ」は載るだろうか。沖縄にとっての言葉の自由を考えたい。

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天鐘 11/15

 言葉は生き物だ。時代や社会の変化とともに進化したり、消滅したりする。岩波書店は国語辞典『広辞苑』を10年ぶりに改訂して第7版を来年1月に発売するが、新版には約1万語を新たに収録するそうだ。

世間をにぎわせた安全神話などの新語が追加される。既に載っている言葉に新たな意味を加えたものもある。「やばい」は不都合とか危険な状況を意味するが、「のめりこみそうである」という若者が用いる意味も書き添える。

「丁寧」は従来通りのようだ。昔、中国の軍隊で注意を喚起するために打ち鳴らした金属製の楽器が語源。それが転じて、「注意深く心がゆきとどくこと。てあつく礼儀正しいこと」を指す言葉になった。

将来、これに新しい意味合いが加わるかもしれない。1カ月前、衆院選の選挙中に安倍晋三首相は友人が理事長を務める大学の獣医学部新設を巡る問題について、「丁寧に」対応すると繰り返した。

しかし、国会で審議されないまま、文科相が「大学設置基準などの法令に適合している」として設置を許可すると判断した。衆院文科委員会の開催を目前にしての決断だ。どこが丁寧な対応なのか、さっぱり分からない。

よもや通常とは異なる辞書の言葉を駆使し、これから見込まれる憲法改正論議も「丁寧」に進める考えではあるまいが、懸念が脳裏をよぎる。議論を尽くさない国会は、想像しただけで薄ら寒くなる。