2017年10月16日の記事 (1/1)

そこつ者




堀の内(ほりのうち)  落語
ここまで粗忽(そこつ)だと、なかなか物事が前に進まないもんですね。

粗忽者の亭主。

片方ぞうりで、片方駒げたを履いておいて
「足が片っぽ短くなっちまった。薬を呼べ。医者をのむ」
と騒いだ挙げ句、
「片方脱げばいい」と教えられ、草履の方を脱ぐ始末。

なんとか粗忽を治したいと女房に相談すると、
信心している堀の内のお祖師さまに願掛けをすればよい
と勧められる。

出掛けに子供の着物を着ようとしたり、
おひつの蓋で顔を洗ったり、
手拭いと間違えて猫で顔を拭き、
ひっかかれたりの大騒ぎの末、ようやく家を出る。

途中で行き先を忘れ、
通りがかりの人にいきなり
「あたしは、どこへ行くんで?」

なんとかたどり着いたはいいが、
賽銭をあげるとき、財布ごと投げ込んでしまった。

「泥棒ッ」
と叫んでも、もう遅い。

しかたなく弁当をつかおうと背負った包みを開けると、
風呂敷だと思ったのがかみさんの腰巻き、弁当のつもりが枕。

帰って戸を開けるなり
「てめえの方がよっぽどそそっかしいんだ。
枕を背負わせやがって。何を笑ってやんでえ」
とどなると
「おまえさんの家は隣だよ」

「こりゃいけねえ」
と家に戻って
「どうも相すみません」

かみさん、あきれて
「お弁当はこっちにあるって言ったのに、
おまえさんが間違えたんじゃないか。腰巻きと枕は?」

「あ、忘れてきた」

かみさんに頼まれ、
湯に子供を連れて行こうとすると
「いやだい、おとっつぁんと行くと逆さに入れるから」
「今日は真っ直ぐに入れてやる。
おとっつぁんがおぶってやるから。おや、大きな尻だ」
「そりゃあたしだよ」

湯屋に着くと、
番台に下駄を上げようとしたり、
もう上がっているよその子をまた裸にしようとして怒られたり、
ここでも本領発揮。

平謝りして子供を見つけ、
「なんだ、こんちくしょうめ。ほら、裸になれ」
「もうなってるよ」
「なったらへえるんだ」
「おとっつぁんがまだ脱いでない」

子供を洗ってやろうと背中に回ると
「あれ、いつの間にこんな彫物なんぞしやがった。
おっそろしく大きなケツだね。
子供の癖にこんなに毛が生えて」
と尻の毛を抜くと
「痛え、何しやがるんだ」

鳶頭と子供を間違えていた。

「冗談じゃねえやな。おまえの子供は向こうにいらあ」
「こりゃどうもすみませんで……
おい、だめだよ。おめえがこっちィ来ねえから。
……ほら見ねえ。こんなに垢が出らあ。
おやおや、ずいぶん肩幅が広くなったな」

「おとっつぁん、羽目板洗ってらあ」

【うんちく】

◆小ばなしの寄せ集め

そこつ(=あわて者)の小ばなしをいくつか
つなげて一席噺にしたものです。

隣家に飛び込むくだりは、宝暦2年(1752)刊の
笑話本「軽口福徳利」中の「粗忽な年礼」、
湯屋の部分は寛政10(1798)年刊「無事志有意」
中の「そゝか」が、それぞれ原話です。

くすぐりを変えて、古くから多くの演者によって
高座にかけられてきました。たとえば、
湯に行く途中に間違えて八百屋に入り、着物を
脱いでしまうギャグを入れることも。
伸縮自在なので、時間がないときにはサゲまで
いかず、途中で切ることもよくあります。

上方版「いらちの愛宕詣り」

落語としては上方ダネです。
「いらち」とは、大阪であわて者のこと。

前半は東京と少し違っていて、
いらちの喜六が京の愛宕山へ参詣に行くのに、
正反対の北野天満宮に着いてしまったりのドタバタの後、
賽銭は三文だけあげるようにと女房に
言い含められたのに、間違えて三文残して
あと全部やってしまう、というように細かくなっています。

最後は女房に「不調法いたしました」と
謝るところで終わらせます。

◆堀の内のお祖師さま

現・東京都杉並区堀の内3丁目の日円山妙法寺。
日蓮宗の名刹で、
「お祖師さま」は江戸ことばで「おそっさま」と読みます。

もとは真言宗の尼寺で、目黒・円融寺の末寺
でしたが、元和年間(1615~24)に日円上人が
開基して日蓮宗に改宗。明和年間(1764~72)に
中野の桃園が行楽地として開かれて以来、
厄除けの祖師まいりとして繁盛しました。

「お祖師さま」は、日蓮上人42歳の木像、
通称「厄除け大師」にちなみます。

…………………………

越山若水 10/16

 落語の主人公はそこつ者と相場が決まっている。古典落語「堀の内」に登場する亭主も例に漏れずそそっかしい。その癖を直すため寺参りに行くという話である。

 「おっかあ、大変だ。薬に行って医者を飲まなきゃ」「何言ってんだ。具合でも悪いのかい」「今、熊んちを出たら、いきなり片っぽの足が長くなっちまった」。

 よく見れば、草履と下駄(げた)を片方ずつ履いている。女房が脱ぐように諭すが「戻らない」と亭主。「片っぽだけ脱いだって同じだよ」。のっけからこんな調子である。

 いざ参詣に出かけると、行き先を忘れて逆の方向に。やっとたどり着いたら、さい銭箱に財布ごと放り込み「釣りを寄こせ」と、失敗の限りを尽くす(林秀年著「落語で辿(たど)る江戸・東京三十六席」)。

 安倍政権の継続を問う衆院選もはや中盤。消費増税や教育無償化、北朝鮮情勢など舌戦は激しい。しかしここに来て「小池劇場」をはじめ、野党の勢いに失速感がみられる。

 落語の亭主ではないけれど、対抗すべき野党が分裂し、足元は草履と下駄でバランスが悪い。希望の党に至っては、代表が都政と国政の二足のわらじ。

 3極という選択しづらい構図が、与党の追い風を呼んでいる。果たして足元の乱れを直し、明快な対抗軸を打ち出せるか。さらに野党が反転攻勢をかけ、巻き返しを図れるか。戦いの場面はいよいよ佳境を迎える。

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のんきに生きる

天鐘 10/16

 八戸市出身の鈴木登紀子さんは御年92歳。NHKの『きょうの料理』では「ばぁば」の愛称で親しまれる、現役の料理研究家だ。近著『のんきに生きる』(幻冬舎)で、驚くほど前向きな生き方をつづっている。

「年相応の病気」と本人は書くが、糖尿病から大腸がん、肝臓がんなど相次ぎ経験。だがクヨクヨせず「なんとかなるわ」とやり過ごす。病床でも小さな幸せを見逃さず、おいしい食べ物で人生を豊かに彩る…。

中でも目にとまった文章がある。「今日よりは明日、明日よりは明後日(あさって)。この歳でも、少しずつでいいから成長したい」「これからの人生で、今日が一番若いのです」と。

失礼ながら、卒寿を過ぎても未来を見据える積極性。人生を楽しみ他人も幸せにできる生き方って、こんな感じかも。テレビで見せる笑顔の秘密が分かった気がする。

さて、未来を見据えると言えば、八戸市民には大切な機会だろう。昨日、市長選と市議補選が始まった。市が誕生して88年。ばぁばより少し若いが、課題は山積だ。かじ取り役とチェック役を決める必要がある。

降ってわいた衆院選につい目が奪われがちだけど、日程が決まっていたのはむしろこちらの方。衆院選同様、しっかり1票を投じたい。今日よりは明日、明日よりは明後日。八戸市が少しでも成長を続けられるような政策を、次の4年間の未来像を、候補者は誠実に語ってほしい。


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鈴木登紀子 / 著 

46歳で料理研究家デビューをしたのち、40年以上にわたってNHK「きょうの料理」に出演し続けている、ばぁば、こと鈴木登紀子さん。92歳になっても元気満々の秘訣は、日々の生活の考え方、過ごし方、食べ方にありました。その秘密を本書で初公開! とはいえ、年相応に、それなりのご病気は経験されていますが、がんすら逃げて行く、楽天的な思考法は幅広い年代の人にとって役立つはず。本書を読むと、毎日が楽しくなるだけでなく、おいしいものを食べることがいかに幸せなことなのかが実感できます。

昆虫食

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風土計 10/16

秋が深まり、ひんやりとした空気のせいか、夜を彩る虫の鳴き声も澄んで聞こえる気がする。コオロギ、鈴虫と、それぞれ特徴のある声が耳を楽しませてくれる。

ここ数年「昆虫食」という言葉を耳にする。イナゴ捕りが秋の風物詩という地域もあった。今でもイナゴや蜂の子の瓶詰めを見かけることがある。新潟や長野では、コオロギも食用にしたという。

養殖が盛んなタイには「コオロギ御殿」を建てた農家もいるそうだ。2013年に国連食糧農業機関(FAO)が、将来懸念される食糧危機の対策として昆虫食を推奨する報告書を発表して話題になった。

地球環境に対しても低負荷な食料で飼料にもなると注目される昆虫。レシピ本も次々に出版されて「かに玉風コオロギの甘酢あんかけ」「タイワンツチイナゴのかき揚げ」など、現代風にアレンジしたメニューが並ぶ。

きょうは国連が定めた世界食料デー。先月発表された調査結果によると、10年以上減少し続けた飢餓人口は昨年再び増加に転じ、8億1500万人と世界人口の11%に達した。主な原因は頻発する武力紛争。それに気候変動が拍車を掛けている。

日本の将来に関わる消費税の引き上げや憲法改正などを争点に衆院選は舌戦を繰り広げている最中だが、この日は発展途上国へも目を向け飢えに苦しむ人たちに寄り添いたい。

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若虫ちらし寿司・スズメバチのキッシュ・ゴキブリ雑煮・虫パン・コオロギピザ・タガメそうめん・カマキリ豆腐…。昆虫料理研究家・内山昭一氏が考案した和・洋・中のレシピ79点を掲載。
クリムシようかん・アリの子のコンポートなど、スィーツのレシピも充実。
また、『ファーブル昆虫記』の翻訳者としても知られる仏文学者・奥本大三郎氏との「ムシ食い対談」のほかに「採取、購入、飼育まで、食材(虫)の集め方」「うまい虫、まずい虫ランキング」「昆虫の栄養価」などのコラムも収録。
昆虫採集や標本づくりだけでなく、新しい昆虫の楽しみ方を提案します。

登場するムシ(食材)は、バッタ・カマキリ・キリギリス・コオロギ・カイコ・アブラゼミ・タガメ・ナメクジ・イナゴ・スズメバチ・ベニガラスズメ・クリシギゾウムシ・サクサン・マダガスカルゴキブリ・ツムギアリ・ジョロウグモ・ミールワーム・ヤマトゴキブリ・カブトムシ・カミキリムシ・サクラケムシ・ナナフシ・ムカデ … など。

<和風>
カマキリベビーのせ揚げ出し豆腐,セミの煮付け,タガメそうめん,ナメクジの酢みそ和え,バッタの香梅煮,子持ちカマキリの南蛮漬け,ハチの子とゴキブリの雑煮,虫納豆,虫ミックスお好み焼き,むしうどん
<洋風>
甲虫のホイル包み焼き,セミの子のスモーク,クモと卵のファルシー,サクラケムシといんげん豆のトマトソース煮,コオロギのカレー,アリの子のオムライス,スズメバチとカイコのパプリカ詰めリゾット
<中華>
昆虫八宝菜,かに玉風コオロギの甘酢あんかけ,イナゴと豆腐の焼き餃子,ミールワームのゴーヤーチャーハン,アリの子まん
<韓国>
ポンテキチヂミ,アリとハチとサクサンのチゲ,虫のキムチ漬け
<エスニック>
アリのトムヤム,タイワンツチイナゴの生春巻き,バグミックスタコス
<デザート>
栗虫ようかん,虫最中,バグチョコミックス,ムシクッキー
ほか79レシピ掲載


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そばと世界食料デー

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編集日記 10/16
   
 この時期、県内各地で新そばを楽しむイベントが多く開かれている。「ひきたて、打ちたて、ゆでたて」の「三たて」の香り高いそばは秋を代表する味覚の一つだ。グルメを楽しむ人が増え、そばは観光振興に大きな役割を果たしている。

しかしソバの歴史を振り返ってみると、昔は非常時に備えた「救荒作物」として栽培されていた。ソバについての最古の記述とされる「続日本紀」には、722年に元正天皇が日照りに備えてソバなどを植え蓄えるようお触れを出したとある。

 ソバは日照りや冷夏など稲が不作になるような気候でも収穫が見込め、荒れた土地でも栽培できることが特徴だ。また、そば粉はタンパク質やビタミンB群などを多く含み、栄養価も高い。

 幕末の蘭学者で医者の高野長英も、ソバの優れた点に注目していた。天保の大飢饉(ききん)を経験したことで、ソバの栽培を奨励した。そばは、食糧難を救う特別な食べ物だったのだろう。

 日本では昔のような飢饉はなくなったが、国連食糧農業機関によると、今も世界の人口の約11%が干ばつや洪水などの影響で十分な食事ができないという。きょうは「世界食料デー」だ。世界の食料事情に思いをはせて、秋の実りに感謝する。

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ソバ(蕎麦)はタデ科の一年草で、アジア内陸部、ヨーロッパ各地、南ヨーロッパの山岳地帯、南北アメリカ等で栽培されています。原産地は、東アジア北部、アムール州の上流沿岸から中国北東部にわたる一帯とされて来ましたが、最近では中国西南部山岳地帯の雲貴高原(雲南省)だと言う説が有力になっています。
日本への伝来は諸説があり、①朝鮮半島から対馬 ②シベリアから北日本 ③中国から九州等が主なルートとして考えられていますが、原産地が中国西南部山岳地帯であれば、稲の伝来と同じルートを辿ったのではないかとも推測できます。
いずれにしても日本への伝来は古く、縄文時代には既に栽培が始まっていたことが、埼玉県岩槻市の真福寺泥炭層遺跡(B.C.900~500年)から蕎麦の種子が出土したことで確実視されています。また、最近の考古学的研究の成果として、高知県佐川町の地層から見つかったソバの花粉から、縄文時代草創期(約9300年前)には既に栽培されていたのではないかとも推定されています。
「続日本紀」に、元正天皇の「勧農の詔(みことのり)」(養老6年)に、救荒作物としてその植え付けを勧めている記録がありますので、この頃には栽培が始まっていた確実な証となります。また文献上「続日本書紀」はそばに関する記述では最古のものとなります。

続日本書紀 文武天皇元年(697年)から桓武天皇の延暦10年(791年)までの95年間の歴史 全40巻
しかし、そばが縄文時代から栽培されていたにも関わらず、食料として余り発展しなかった理由として、「製粉が難しかった」ことが挙がられています。
当時の(縄文時代)の摺り臼では甚だ効率が低く、多くの時間と労力を必要とし、日々の食事の糧としては敬遠されたのだと考えられます。同じ理由から小麦もまた余り利用されることが無かったようです。
ところが、鎌倉時代(1241年)に入ると、宋から帰国した聖一国師が、水車を利用した碾き臼の技術を持ち帰り、製粉技術は著しく進歩し、そばは急速に普及します。

さるとり騒ぐ

有明抄 10/16

 最近は卵がずいぶん高くなった。1パック(10個入り)100円なんて特売品は、まず見当たらない。鍋物がおいしくなるこれからの季節は、さらに値が上がる。「価格の優等生」に、ちょっとした異変が起きているようだ。

海外でも日本産の卵を求める動きが強まり、香港などへの輸出が伸びている。欧州諸国や韓国で、使用が禁じられている殺虫剤「フィプロニル」がニワトリに使われていることが発覚した。汚染された卵が各国で見つかって、安全性が高い日本産卵の需要が一気に伸びている。

卵をめぐって大騒ぎだが、今年はとり年。株の世界には「申さる酉とり騒ぐ」という格言がある。さる年と、とり年は相場が荒れるとか。この格言、どうやら政治にも当てはまりそうだ。さる年の昨年は米国でトランプ大統領当選の番狂わせがあったし、とり年の今年は日本が突然の総選挙に入った。

安倍首相も年頭会見で、郵政選挙や55年体制の崩壊、沖縄返還の合意、戦後の始まった年を挙げて「とり年はしばしば、政治の大きな転換点となってきた」と。解散総選挙の腹積もりもあったのか。

欧米には「たまごを割らずにオムレツは作れない」という言い回しがある。勢いよく衆議院を割って、いったい何が出てくるか。シェフである有権者の1票1票で、オムレツの味つけはがらりと変わってくる。


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フランス語のことわざ2~卵を割らずにオムレツは作れない

On ne fait pas d’omelette sans casser des œufs.
卵を割らずにオムレツを作ることはできない

このことわざを初めて聞いた方は、
「そんなの当たり前」
と思うかもしれませんね。

でも、思い返してみて下さい。
子供のころ、初めて卵を割ったときのことを。
「うまくできるかな?」
とドキドキしませんでしたか?

繊細な白い殻をコンコンと打ち付けて軽くヒビを入れ、両指の先にそっと力を込めてヒビの割れ目から左右に開く。
きっと、一度でうまく割れたという方は少ないでしょう。
割った卵に小さな殻の破片が混じったり、指が中に入りすぎて黄身が崩れてしまったり。
でも、失敗を恐れて卵を割ることをしなければ、「おいしいオムレツ」を作ることはできないのです。
つまり、このことわざが意味するのは、

●冒険なしに、結果を得ることはできない
ということ。

卵とオムレツの関係を考えてみると、

●自分を守る「殻を割る」ことなしに、素敵に変化することはできない
とも、言えるかもしれませんね。


★直訳

「人々は卵を割ることなくして、オムレツを作ることはしない」


似ている英語のことわざ

ちなみに、英語にも同じ意味のことわざがあります。
You can’t make an omelette without breaking eggs.

日本のことわざでは
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」
が似たものとして挙げられるでしょう。

「虎の穴」に入ることに比べれば、卵を割ることは何ということもない「冒険」かもしれません。
ですが、料理に慣れた主婦ではなく、初めて卵を割ろうとしている人にとっては、冒頭でもお話したとおり、十分「冒険」足りうること。
日常の中には、そんな「卵を割る」ような冒険がたくさん潜んでいるかもしれません。
あなたがまだ割ったことのない「卵」もきっとあるはず。それを探して、勇気を出して割ってみませんか?
殻を割った先に、素敵な変化が待っているかもしれませんよ。







シット・レス、ムーブ・モア

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中日春秋 10/16

アラン・ドロン主演の映画、「太陽がいっぱい」の原作などで日本でもおなじみのサスペンス作家、パトリシア・ハイスミスの原稿の書き方は変わっている。机に向かわない。

ベッドの上にすわり、そのまわりにたばこと灰皿、コーヒー、ドーナツを盛った皿を並べ、「胎児のような姿勢」で書く。楽しく書くための方法だったそうだが、傍(はた)からみれば、ベッドの上の不安定なコーヒーがサスペンスである。

この作家も普通には机に向かわない。アーネスト・ヘミングウェー。立って書いた。胸の高さの本棚の上に置いたタイプライターで毎日午前六時から正午まで。聞いただけで足が重くなる。

立って書いた「パパ」のしたり顔が浮かぶ最近の「座る」をめぐる研究である。米国の医学チームによると、あまり長時間座っていると早死にする危険が高くなるというのである。

こんなに楽な姿勢なのにと思うが、長期間の追跡調査の結果、運動習慣の有無や体格などに関係なく、一日に座る合計時間や一度に座る時間が長い人ほど死亡リスクが高くなったというから震える。

三十分座ったら立って体を動かすなどの「シット・レス、ムーブ・モア」(座る時間は少なく、運動はもっと)を提唱しているが、勉強に仕事に「椅子よさらば」とはいかぬところが難問で、実際、本稿、書き上げるのにいつもの二倍の時間がかかっている。

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