2017年10月10日の記事 (1/1)

あて字

風土計 10/10

 「まさか」という言葉の意味は、昔とまるで違う。万葉の頃は「正所(まさか)」、まさにその所すなわち「今・現在」を意味した。<吾が恋は/まさかもかなし/草枕>(私の恋は今も切ない)のあずま歌のように

現代と同じ「よもや」の語義で使われるのは江戸期であるという(田島優著「『あて字』の日本語史」)。現代と古代の意をつなげば「まさか今」。きょう号砲が鳴る48回目の衆院選を言い表すにふさわしい。

まさか今。国民の疑問がいまだ晴れぬ選挙が始まる。物騒な隣国は何をしでかすか分からない、「もりかけ」の疑惑にも答えていない。そんな時に、相手は弱そう、今なら勝てると踏んだばくちであったろう。

ところが、なめられた野党第1党が身を捨てて、様相は変わった。新たな相手の正体はぼやけているが、話題はさらわれた。仕掛けた側も「まさか今」の展開ではないか。

まさかは漢字で「真逆」と書く。最近は俗語の「まぎゃく」と読む人が多い。6月の英総選挙は、メイ首相が与党の圧勝と見て解散の勝負に出たが、結果は真逆になった。

選挙を打つ側、新党をつくる側ともに、政策より勝負勘だけが際立つ一戦だろう。隠れた争点の中から、有権者は選び取らねばならない。政治家という勝負師たちの賭けが当たるか、それとも「真逆」に出るか。選ぶ目を光らせたい。


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内容説明
いつ、どのように誕生したのか?古代から現代まで、「あて字」の歴史的変遷を辿ったはじめての通史。

目次
導入編(ようこそあて字の世界へ;メディアのあて字を眺めてみれば;国語辞書ではあて字はどのように扱われているか)
歴史編(異国のことばを書き写す(古代のあて字1)
日本語を漢字で書く(古代のあて字2)
文字を使いこなす(古代のあて字3)
和語と漢語の結びつき(古代のあて字4)
自立語を漢字で書く(古代のあて字5)
あて字の認識(中世のあて字1)
真名で書く(中世のあて字2)
整版印刷と振り仮名(近世のあて字1)
漢語の口語化と漢字執着(近世のあて字2)
西洋との出会いと白話小説(近世のあて字3)
漢字平仮名交じり文への統一(近代のあて字)
戦後の国語政策とあて字(現代のあて字))

著者紹介
田島優[タジママサル]
1957年愛知県に生まれる。1987年名古屋大学大学院満期退学。愛知県立大学教授、宮城学院女子大学教授を経て、明治大学法学部教授。博士(文学)

閻魔大王と博打

有明抄 10/10

 狂言師の野村萬斎さんらが得意とした演目の一つに「博奕(ばくち)十王(じゅうおう)」がある。閻魔(えんま)大王は地獄へ送るかどうかを裁くために亡者を待ち構えていると博打(ばくち)打ちがやってくる。

「博打は悪行、地獄行きだ」と断じる閻魔に対し、博打打ちは「単なる遊び」と言葉巧みにサイコロ勝負に誘い込む。閻魔は負け続け、揚げ句の果てに極楽行きの通行手形をかっさらわれる。文化研究家の有沢真理氏は著書「江戸のギャンブル」で、閻魔もその本分を忘れさせるほどの中毒性を滑稽に表現しているとする。

日本はギャンブル大国である。依存症が疑われるのは約320万人。割合は欧州の数倍で、つぎ込む金額は毎月5.8万円という。過少申告する傾向があり、実態はより深刻だろう。

ギャンブルで身を滅ぼす人は「もうしない」としつつ借金を繰り返す。罪悪感はあってもやめられない。かつて意思の弱さとされてきたが、薬物依存と同じ精神疾患で誰もがなる恐れがある。

カジノ解禁を中心とする統合型リゾート実施法案と、それに伴うギャンブル依存症対策基本法案が、ともに衆院解散で先送りとなった。カジノはインバウンドへの活用が期待されるが、導入で依存症が増える懸念をどうするかは衆院選の争点にするべきだ。

江戸開府時には博打は死罪だった。しかし、太平の世が続くにつれ皮肉にも町人に広く浸透した。根絶が難しいのは歴史が物語る。カジノは外貨獲得の「必要悪」だとしても、規制すべき点は規制できるか。冥府の王が気をもんでいる。

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260年余続いた泰平の世で、身分も性別も年齢も超えて
もっとも親しまれた娯楽――ギャンブル。御上が何度取り締まりに
乗り出しても冷めることのなかった江戸のギャンブル熱。
人びとは賭け事をどう楽しみ、そしてどう泣き笑いしたのか。
いままであまり表に出てこなかった江戸のギャンブル事情を
数少ない史料から掘り起こして探っていく。
そこから見えてきたものとは……。


はじめに――百万人都市の江戸で

第一章 ギャンブルの日本史
 一 古代は天皇もギャンブルを楽しんだ!?
 二 芸と賭けを融合した平安貴族たち
 三 中世公家の暇つぶしの産物とは?
 四 多種多様化した貴族たちの遊興
 五 京の都人の娯楽は博打!
 六 平安時代には放浪の博打打ちがいた!
 七 博打は侍のつきあいのひとつ? 
 八 丁半博打は戦国武将たちが広めた!?
 九 侍たちが堂々と賭け事を始めた理由
 十 狂言に登場する博打と中世の世相

第二章 江戸の賭け事よもやま話
 一 意外に多い! 賭け事ゆかりの日常用語
 二 江戸時代の賭博禁令の始まり
 三 江戸時代生まれの超定番ギャンブルとは?
 四 サイコロの種類と賭け事の歴史
 五 イカサマの妙技
 六 江戸っ子版ドリームジャンボ!?
 七 江戸中期までの双六の系譜
 八 プロまで現れた囲碁と将棋
 九 江戸で武士に普及した将棋の実態
 十 法の目を七変化ですり抜けたカードゲーム
 十一 まだある! 賭け事バリエーション
 十二 子どもも女性も楽しんだ賭け事
 十三 博徒の誕生とその背景

第三章 江戸のギャンブラー泣き笑い
 一 義賊? 悪人? 鼠小僧次郎吉の実像
 二 影富で罰せられた下級武士
 三 権力筋にもネゴシエーションした豪商たち
 四 ギャンブラーの意外な助っ人たち
 五 落語、滑稽本の主人公と富くじ
 六 一番コワいのは博打の濡れ衣
 七 処罰の甘さで恩恵を受けた「中間」
 八 与力、同心の組屋敷で御開帳!
 九 捕らえるはずの与力が博打関与で逃亡
 十 江戸城でも大名家臣が賭博!?
 十一 博徒なのに御上の手下!?
 十二 農村まるごと博徒を救う!?
 十三 村の「若者組」と賭け事の意外なつながり
 十四 博徒の大親分といえば、国定忠治

第四章 時代に翻弄された博打
 一 同じ賭け事でも時代が変われば量刑も変わる
 二 雲助と農村賭博の皮肉な関係
 三 船中での賭け事が禁じられた理由
 四 限界! 開き直った遠山の金さん
 五 幕府を根負けさせた江戸の相撲人気
 六 戊辰戦争に利用された博徒たち
 七 明治新政府が試行錯誤した賭博の概念
 八 子どものお菓子の楽しみが……
 九 自由民権運動と共鳴した博徒たち
 十 法に隠れて続くギャンブル

資料編
 大江戸時代年表
 江戸幕府 歴代将軍データ一覧

銭湯の日

有明抄 10/9

 日本人のきれい好きは、江戸末期にこの国を訪れた外国人には強く印象に残ったらしい。米国のペリー艦隊に随行した画家のハイネは「住民は毎日水浴する(略)全員、すこぶる温かい湯、正しく言えば熱湯につかるのである」と『世界周航日本への旅』に記している。

銭湯の源流を中世までさかのぼることができるように、日本人は大の風呂好き。東京での大学時代、共同トイレに風呂なしの安アパート暮らしだった筆者も、毎日、近くの銭湯に通ったくち。それは新鮮で思い出深い経験だった。その銭湯も、今はない。

それもそのはず、利用者の減少と後継者難で1977年に全国で1万7千軒近くあった昔ながらの銭湯は、スーパー銭湯の台頭もあって、もう4分の1以下に減ってしまった。佐賀県内でも唐津市内に1軒残すのみである。

その「恵びす湯」に行ってみた。大人280円の入浴料は日本一安いともいわれている。ガラス窓からは空と坪庭が見える開放感のある浴場。全国から旅行者も訪れ、長年通う常連客は「伸び伸びできるし、みんなとよもやま話ができるのが楽しみ」と湯上がりに話してくれた。

「人情が自慢の湯。赤字が出ないうちは続けたい」と番台に座る島崎羊子さん(69)。家族的な触れ合いは、疲れを癒やすだけでなく元気の源になる。あすは「銭湯の日」。

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HEINE, Wilhelm
Reise um die Erde nach Japan
2 Bde. in 1. Leipzig, [1856].

ハイネ『世界周航 日本への旅』

 本書の著者ヴィルヘルム・ハイネ(Wilhelm Heine, 1827-1885)は、ドイツのドレスデン生まれの画家。 音楽家リヒャルト・ワグナーらと共に革命を計画するが、制圧されてアメリカへ亡命した。 アメリカでは挿絵を描いて生計をたてていたが、速筆のスケッチ画を描く才能が認められ海軍に入り、ペリーの日本遠征に随行することになった。 当時はまだ、遠征先の様子を伝える手段としてスケッチ画が重宝されていた時代であり、ハイネが描いたスケッチ画の大部分はペリーの『日本遠征記』の重要な部分を飾って臨場感を盛り上げている。
 本書『世界周航 日本への旅』は、アメリカへの帰国後、艦内で書いていた手記と『日本遠征記』で採用されなかった絵をもとに、ドイツへ原稿を送りライプツィヒで出版したものである。 ハイネは絵だけではなく文章で表現する速さにも定評があり、日本人については終始好意的に「活気に満ちた知性豊かな民族」、「儀式と作法とが生活の重要な部分を占める民族」などと述べ、さらに日本人の態度については「忠実」、「勤勉」という表現を多用している。
 このように、ハイネの日本に寄せる関心は強く、後に故郷ドイツに赴きプロイセン政府の日本を含む東アジア遠征にも参加した。 旅行ライターとして8冊の著作を残し、そのうち6冊は日本に関するものである。
展示目録 『日本人を魅了してきたドイツの世界』 より

  

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超貴重!『恵びす湯』は佐賀県唯一の銭湯です


ちょいと唐津でひとっ風呂
佐賀県唐津大石町の『恵びす湯』にて立ち寄り湯。


懐かしくも温かい恵びす湯は地元に根付いた家庭的な銭湯。


脱衣場では華やかな番台のマドンナ方とお喋りをしたり、入口で売られている野菜を買ったりと、入浴以外の楽しみを求めて来ている常連客も多いと思います。

そんな町の社交場的恵びす湯ですが、現在ちょっとした危機的状況であります。

時代の流れで銭湯は年々減少しているのは全国的にも仕方ないことですが、恵びす湯も老朽化による設備トラブルで修理にもお金がかかり、この先も営業を継続するか悩んでいるそうなのです。

これはいかんです!Σ( ̄□ ̄;)

恵びす湯は唐津市の公衆浴場として最後の一軒だけであり、佐賀県内でも唯一コチラだけという、もはや佐賀県で超貴重な財産!

そんな佐賀県唯一の銭湯がなくなってしまいます!!

出来ることといえば唐津に来た時は銭湯に寄ったり、友人らに恵びす湯をすすめたりすることしか出来ません。

何とか危機をもちこたえて、この先も長く続いてもらいたい恵びす湯です。


■恵びす湯
■佐賀県唐津市大石町2532
■TEL 0955-72-4761
■営業時間 17:00~20:30
■入浴料金 330円
■日曜休、駐車場有り
■唐津くんちの日は朝風呂有