2017年10月03日の記事 (1/1)

ブラタモリ

20171003143615d0f.jpeg


小社会 10/3

 高知市の高知大丸近くのそば店「つちばし 吉右衛門」。店名の由来は、かつてそこを流れていた川に架かる橋だったという。先週放送されたNHKの人気番組「ブラタモリ」に教わった。

 街歩きの達人、タモリさんがさまざまな土地を訪れ、地形や風景から街の歴史や暮らしを読み解く。高知ロケは坂本龍馬がテーマ。土佐藩はつちばし付近にあった堀を境に、西側の高知城下に上級武士の上士を、東側にそれ以外の下士らを住まわせた。

 厳しい身分差別で封建社会の不条理に目覚めた龍馬。水運の街の地の利を生かして川から海、海から世界へと視野を広げてゆく。番組の趣旨をざっくり言えばそんなことになろうか。土佐史談会員、吉沢文治郎さんの分かりやすい解説もありぐいぐい引き込まれた。

 本紙が毎月1回掲載している「土佐古地図ナビ」も同じだろう。街中にある普通のマンホールが実は、野中兼山が掘ったとされる大井戸の跡と分かる。かすかな痕跡を頼りに、いにしえの土佐人の思いや息づかいを感じる。そこに歴史と対話する驚きと興奮が生まれよう。

 暗殺の約50日前、龍馬が立ち寄った種崎の中城家を訪れたタモリさん。何だか龍馬が友達のように思える、幕末はそれほど昔じゃない、と語っていた。

 1867(慶応3)年のきょう、土佐藩は幕府に大政奉還建白書を提出した。それから150年。激動の時代の痕跡を探しに街に出てみよう。


人の行く裏に道あり花の山

四季風 10/3

テレビに毒され始めている。解散総選挙報道が面白い。「あえて先に離党した人の股をくぐる気はまったくない」。民主党政権時代の最後の総理、野田佳彦前民進党幹事長は決然と言い放った。

この発言に韓信の股くぐりを連想された方も多かろう。漢の天下統一に功績のあった韓信が若いころチンピラにケンカを売られ、争いを避けて言われるままに彼らの股をくぐるという屈辱に耐えた。

将来に大志を抱く者は目の前の小さな侮りを忍び抜くという故事である。党をいち早く抜けて、今や「希望の党」入党希望者の選別作業に取り組む人物を、股をくぐるほどの価値もなしとみなしたのか。

民進党が事実上の解党につながった先の両院議員総会で、満場一致で方針を決めたとの報道があった時、わが耳を疑った。大もめ必至とみられていた会合である。負の結論を出すのに、満場一致とは、うさんくさい事この上なしだった。

結局は形だけの満場一致だった。株式投資の世界で「人の行く裏に道あり花の山」という言葉がある。群集心理で動くより、友なき方へ行けという格言だ。最後に笑うのは大勢順応の付和雷同組か、反発組か。民進党から離れる議員諸侯の行く末に注目だ。

…………………………

「韓信の股くぐり」

韓信とは漢の天下統一に功績のあった名将の名前です。

韓信は若い頃、町の悪い連中にケンカを売られました。

韓信は大志を抱く身であったので、悪い連中と争うことを避けようとします。

すると、悪が「許してやるからこれをやれ」という条件を出してきました。

それは悪の股の下をくぐれという屈辱的なもの。

韓信は命令に対し黙って従うことを選びました。

言われるままに悪の股の下をくぐらせられるという屈辱を受けたのです。

その後、韓信は大成して、天下統一のために大活躍するという功績を残しました。

将来に大望のある者は、目の前の小さな屈辱に耐えよという戒めです。


目の前の小さなことにいちいち目くじらを立て、怒ったり、揉めたり、ケンカしたり。

でも、それは大きな志はないからではないだろうか。

大きなものを見つめているのなら、目の前の小さなことに動じるのはやめなさいという。

夢はかなえられる

20171003145437fe7.jpeg

20171003145437427.jpeg



滴一滴 10/3

「男だけのバレエ団」として世界的に知られる米国のトロカデロ・デ・モンテカルロバレエ団は日本でもファンが多い。このバレエ団で活躍した初めての日本人ダンサーが名取寛人(ひろと)さん(48)である。

8月に出版した自伝「スカートはかなきゃダメですか?」(理論社)で、生まれた時は女性だったことを明かした。心と体の性が一致しない性同一性障害で、35歳の時に性別適合手術を受けたという。

幼いころから活発で自分は男の子だと信じていた。思春期になると体も変化し、自身のことを「私」とも「僕」とも言えずに困っていた。

「自分のことを『自分』って呼んでもいいんだよ」と助言してくれたのは小学6年の時の担任だった。とがめることなく、ほかにも選択肢があると教えてくれた教師への感謝を名取さんはつづっている。

バレエ団で7年間活動し、いまは東京を拠点にバレエを教える。自分と同じ悩みを抱く人に「そんなに悩まなくていい」「夢はかなえられる」と伝えたいというのが、自伝執筆の理由という。

民間の調査で日本人の13人に1人は自分の性に違和感があるといわれる。どの学校にも当事者はいるとされ、特に悩みが深まるのは思春期だ。名取さんのように自身の経験を語る人も増えてきた。先駆者のメッセージが子どもたち、周囲で支える大人たちに届いてほしい。

消えた言葉

201710031500477eb.jpeg

 新たに作り出された言葉の一部は、のちのち辞書に掲載されることもあるが、その多くは賞味期限が切れて退場することになる。本書は退場した言葉(死語)を拾い集め、五十音順にその起源と、背景となった時代の風俗をマニアックに語ったものだ。

 冒頭は高利貸を意味する「アイス」。高利貸→氷菓子→アイスクリーム→アイスという連想から生まれた。最後は「ろう勉」。旧制高校生が普段は遊んでいるように見せかけ、寮の消灯時間を過ぎてからろうそくのもとで勉強することだという。面白く日本近代の風俗を知るうえでも貴重。


…………………………

越山若水 10/3

「アイツの講義、ピーマンでサ。全くいやんなっちゃうよ」「そうそう、おまけにキュウリだろ」「ほんと、トマトもいいとこ。僕たちの方がよっぽどセロリだよ」。

何を隠そう、高校生が交わした会話である。「週刊平凡」の1978(昭和53)年10月5日号に掲載された。年配の方なら当時の「野菜言葉」をご存じのはず。

念のために解説すれば…。ピーマンは中身が空っぽなこと。キュウリは見ての通り長い。トマトは内容がメチャクチャ。セロリは筋が通っているという例えである。

野菜以外の応用編も誕生した。「話がウナギ」は捉えどころがない。「話が山手線」は堂々巡り。「話が水戸黄門」とは代わり映えしないことを指す(「消えたことば辞典」米川明彦著、講談社)。

福井市役所前に立候補者のポスター掲示板が設置され、選挙モードへと突入した。選挙権年齢が18歳に引き下げられ初めての衆院選で、若者はどんな一票を投じるのだろう。

突然の解散で訪れた政治参加の機会に戸惑いも隠せないかもしれない。それでも候補者の政策をじっくり聞き比べ、選びたいと思っているに違いない。

ところが公示前であり、さらに希望の党・民進の合流が話題となる情勢下。なかなか政策論争が聞こえてこない。高校生に「話がピーマン」「話がトマト」とからかわれぬよう、本番では熱い論戦をお願いする。

母ありてこそ我あり


「ちいさい秋みつけた」

作詞:サトウハチロー 作曲:中田喜直

だれかさんが だれかさんが
だれかさんが みつけた
ちいさい あき ちいさい あき
ちいさい あき みつけた
めかくしおにさん ての なるほうへ
すました おみみに かすかに しみた
よんでる くちぶえ もずの こえ
ちいさい あき ちいさい あき
ちいさい あき みつけた

だれかさんが だれかさんが
だれかさんが みつけた
ちいさい あき ちさい あき
ちいさい あき みつけた
おへやは きたむき くもりの ガラス
うつろな めのいろ とかした ミルク
わずかな すきから あきの かぜ
ちいさい あき ちいさい あき
ちいさい あき みつけた

だれかさんが だれかさんが
だれかさんが みつけた
ちいさい あき ちいさい あき
ちいさい あき みつけた
むかしの むかしの かざみの とりの
ぼやけた とさかに はぜのは ひとつ
はぜのは あかくて いりひいろ
ちいさい あき ちいさい あき
ちいさい あき みつけた



…………………………

いばらき春秋 10/3

空気が澄み、木々が色づき、童謡「ちいさい秋みつけた」がふと口を突いて出る季節となった。哀愁のメロディーに乗り、詩人の故サトウハチローによる歌詞がしみじみ心にしみる。

ハチローは少年の頃から放蕩(ほうとう)を極めた。にもかかわらずか、それ故にか母への思いを多くの詩に詠んだ。「ちいさい母の唄」は「母ありてこそ我あり/ボクはおふくろが好きでした」と結ばれる。

妹で作家の佐藤愛子さんは「佐藤家の人びと」(文春文庫)で振り返る。「なにが『おかあさん』だ。さんざん親不孝して」「だけどあれは嘘ではなくて、やはり八郎(ハチロー)のある部分の真実」

こちらの面々はどんな少年時代を過ごしたか。桜川市内の男声合唱団「おっつぁんず」。メンバー14人の平均年齢は78歳だが、コンサートでのおはこは「かあさんの歌」である。

つま弾くピアノの前奏で、一人一人が母に呼び掛ける。「小さい時から面倒ばかり掛けてきたね」「迎えに来るのはもうちょっと待ってくれ」「かあちゃん、夢の中で時々話そうよ」

美しい歌声ではない。だが、思いは伝わる。笑いに包まれる会場にはそっと涙を拭う姿も見られる。ハチローのみならず老いてなお、男たちの心の中に母は生きる。

ざんねん

20171003151346d7e.jpeg 2017100315134782f.jpeg



雷鳴抄 10/3

本のベストセラーに、児童書が名を連ねた。「ざんねんないきもの事典」とその続編だ。8月のランキングで1、2位を独占。版元の高橋書店によると累計で100万部を突破した。

進化を経て生き延びた動物の特徴を、カラーのイラスト付きで紹介している。「サイの角は、ただのいぼ」「イルカは眠るとおぼれる」「カメムシは、自分のにおいがくさすぎて気絶する」…。

思わず「へえー」と引きつける見出し。サイの解説文には「ありがたがっても、そのへんのおじさんの爪をせんじて飲むのと大差ありません」とある。漢方薬や工芸品の材料で重宝される角。人間の強欲を皮肉り、乱獲にも警鐘を鳴らしている。

担当編集者は「『いきもの』という不動の人気を持つテーマと『ざんねん』という新しい切り口がヒットの要因だと思います」と話す。生命の始まりは約40億年前に生まれた「細胞」。地球の環境に対応し、進化してきた。

生き物は人間にまねできない特殊な能力を発揮する。一方で「ざんねん」というマイナス要素も持つ。それが逆に魅力で親近感を覚えるのかもしれない。

翻って人間界では共感にはほど遠い「ざんねん」が目に余る。元秘書への暴行問題や不倫疑惑など、国会議員の不祥事が相次ぐ。転落の軌跡は「ざんねんないきもの」と違い心の琴線に触れない。

星の光

編集日記 10/3
  
 空気が澄みわたった秋の夜、空を見上げてみる。ぽっかりと浮かんだ月、そしてきらめく無数の光たち。星の名前や星座に詳しくはなくても、壮大な宇宙のロマンに浸り、心が洗われたような気持ちになる。

 安らぎのひとときを与えてくれる星空だが、近年は屋外照明などの影響で見えにくくなっているとの指摘がある。欧米の研究チームは昨年、日本人の7割が人工の光の影響により天の川が見えない場所に暮らしているとの研究結果を発表した。

 もちろん、人工照明は私たちの暮らしにとって欠かせない。しかし一方で、過度な照明は天体観測が難しくなるだけではなく、人の健康や、野外の動植物の成長にも悪影響を及ぼすという。いわゆる「光害」だ。

 環境省は、多くの人が星空の魅力に触れ、光害への理解を深めてもらおうと、2013年度から休止していた国民参加型の星空観察を復活させる考えだ。観察手法を見直して今月末に発表し、来春から年2回の実施を目指す。

 あすは陰暦の8月15日、中秋の名月。今年は満月2日前の月となるが、国立天文台は「満月と遜色のない美しい月を楽しめる」としている。優しい月の光が、星空を守ることの大切さを教えてくれるはずだ。

三尺離れて師の背中を蹴っ飛ばす



春秋10/3

「三尺下がって師の影を踏まず」。弟子が先生に従って行くときは、三尺(約90センチ)ほど後ろを歩き、先生の影を踏まないくらいに敬意を払わねばならない、との教えだ。

今どきの学校現場はどうだろう。知り合いの教師は「先生とは距離を置きましょう-という意味に受け取られかねない」とぼやく。それでも、まさかと目を疑った。三尺離れて師の背中を蹴っ飛ばすとは。

福岡県内の高校で、男子生徒が授業中に男性講師を蹴るなどしてけがをさせる事件が起きた。こうした「校内暴力」は今に始まったことではない。が、今回は教室内の出来事が映像の形であっという間に知れ渡った点で極めて「今どき」であり、新たな問題も投げ掛けた。

経過はこうだ。暴行の様子を別の生徒が動画撮影して無料通信アプリLINE(ライン)に投稿。動画を見た友人がツイッターで発信し、それが次々と転載されネット上に拡散されてしまった。

いったんネットに流出した情報を完全に削除するのは困難。関係者は心ない批判や悪質なデマに傷つけられ、将来も不利益を被り続ける。仮に正義感からの行為であれ、情報を安易にネットに拡散させれば、取り返しのつかない事態を招きかねないことを肝に銘じたい。

親や教師の知らないところで子どもたちは情報をやりとりしている。先生たちも子どもたちの影に踏み込んで、ネット社会のモラルを一緒に考えてほしい。