2017年09月29日の記事 (1/1)

未来を占う一瞬

河北春秋 9/29

かつて池田勇人首相が衆院を解散した。本会議後、自民党の代議士会が始まり、大野伴睦副総裁がマイクを握った。「猿は木から落ちても猿だが、代議士(衆院議員)は落ちればただの人」。1963年10月23日のことである。

翌日の本紙を開いてみた。アレッ。1面「記者席」という欄に「大野副総裁も『諸君、前代議士諸君、そして将来の新代議士諸君…』と前置きして万歳三唱の音頭を取り」と描写があるだけ。名文句はない。実は他の新聞もきちんと掲載していなかった。

その理由を、英文学者の外山滋比古さんが自著『ユーモアのレッスン』に書いている。「百戦錬磨の政治家、俳人でもあった大野の面目躍如であることを見抜く記者がいなかった」。高度経済成長の中で東京五輪を1年後に控える時代、政治の機微を伝える記事は二の次だったのか。

きのう衆院が解散された。与野党の対決構図は今回がらりと変わりそうだから、候補予定者たちのナマの声が余計に新鮮で面白い。「現在ただの人たち」から、さてどんな名文句が生まれるか。見逃すまい。

「一瞬が意味あるときもあるが、10年が何の意味を持たないこともある」。大平正芳首相が総裁選の自らの勝利を驚いて語った言葉だという。「未来を占う一瞬」のゴングが事実上鳴った。



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ユーモアのレッスン
外山滋比古 著

しゃれて気の利いたユーモアは、その場かぎりのものでなく、聞く人の記憶に長くとどまる。気まずい場の雰囲気をたちまち明るくし、ときに、厳しい追及をさらりと受け流すのにも役立つ。だが、ユーモアを発揮する側はもとより、それを感じとる側にも、洗練されたことばの感覚が必要である。本書は、思わず頬がゆるんでしまうエピソードをまじえながら、その効用に光を当てる。このレッスンには、教則本も近道もありません。



希望という名



「希望」
歌:岸洋子
作詞:藤田 敏雄 作曲:いずみたく

希望という名の あなたをたずねて
遠い国へと また汽車にのる
あなたは昔の 私の思い出
ふるさとの夢 はじめての恋
けれど私が おとなになった日に
だまってどこかへ 立ち去ったあなた
いつかあなたに またあうまでは
私の旅は 終りのない旅

希望という名の あなたをたずねて
今日もあてなく また汽車にのる
あれから私は ただひとりきり
あしたはどんな 町につくやら
あなたのうわさも 時折聞くけど
見知らぬ誰かに すれ違うだけ
いつもあなたの 名を呼びながら
私の旅は 返事のない旅

希望という名の あなたをたずねて
寒い夜更けに また汽車にのる
悲しみだけが 私の道づれ
となりの席に あなたがいれば
涙ぐむ時 その時聞こえる
希望という名の あなたのあの歌
そうよあなたに また逢うために
私の旅は 今またはじまる

…………………………

斜面 9/29

希望という名のあなたをたずねて/遠い国へとまた汽車にのる…シャンソン歌手岸洋子さんの「希望」は情感込めて歌う。遠い日の思い出、ふるさとの夢、初恋。大人になった日に黙って立ち去った「あなた」にいつか会いたい、と。

 東京芸大卒業後、オペラ歌手を目指したが病気のため断念。シャンソンに出合い道を開いた。「希望」で1970年のレコード大賞歌唱賞を受賞。膠原(こうげん)病と闘いながら歌手を続け92年に58歳で亡くなった。希望との再会は〈終わりのない旅〉なのだろう。

 人生の希望は追いすがっても手が届かず、過度に期待すれば裏切られる。政治の「希望」はどうだろう。小池百合子都知事はよほどこの言葉がお気に入りなのか、新党の党名にした。設立のあいさつでも「日本には希望が足りない」「国民に希望を届けていく」と繰り返し使った。

 日本をリセットするという。パソコンの再起動とは違ってこの国が抱える難題は手軽なキー操作では解決できまい。「希望行き」の列車の旅を勧められても日程や経路が示されなければ安易に乗り込めない。何よりどこに連れて行かれるのか分からない。

 民進党の前原誠司代表は希望の党への合流を推し進めている。安保関連法廃止や護憲を主張する議員は列車に乗車を拒まれるらしい。「安倍1強」批判票を結集するといわれても乗り込めない有権者は多いはず。保守勢力ばかりが肥大化し多元性を失う。政治はそんな終着駅に向かうのか。

草木もなびくよ~。



佐渡おけさ

歌:新潟県民謡
作詞:新潟県民謡作曲:新潟県民謡

ハアー佐渡へ
佐渡へと草木もなびくヨ
佐渡は居よいか 住みよいか

ハアー来いと
云うたとて行かりょか佐渡へヨ
佐渡は四十九里 波の上

ハアー波の
上てもござるならござんせヨ
舟にゃ櫓もある櫂もある

ハアー北は
大佐渡 南は小佐渡ヨ
中は国仲 米どころ

ハアー佐渡の
三崎の四所御所ざくらヨ
枝は越後へ 葉は能登へ

…………………………

卓上四季 9/29

♪佐渡へ佐渡へと、草木もなびくよ~。小池百合子東京都知事が代表を務める「希望の党」に、民進党はじめ各党の候補予定者が続々合流する様子に、「佐渡おけさ」が脳裏に浮かんだ。佐渡島ならぬ小池「新島」に向け、風を頼みに懸命にたらい舟をこぐ姿である。

安倍晋三首相がきのう、衆院を解散した。民進党は事実上解党して、希望の党に吸収される。野党第1党が突然姿を消してしまい、戸惑う有権者も少なくなかろう。

突貫工事で発足した新党の政策は、生煮えの感がぬぐえない。原発ゼロや消費増税凍結など、一通りの看板は掲げたものの、詳細な内容はさっぱりだ。具体的な公約を早急に示してほしい。

分かりにくいのはこれだけではない。新党は安保関連法の廃止を否定している。けれど民進党は従来、安保法に反対してきたはずではないか。「選挙で勝つには何でもあり」ということなのか。

選挙に出る人はそれでいいのかもしれない。だが、そうした党の方針を支持し続けてきた有権者の思いは、一体どうなるのか。

新党には「打倒安倍政権」一点をてこに、政策や思想信条の異なる人たちが、大挙して結集することになるのだろう。だが、そんな状態で新党が訴える「しがらみのない政治」は可能なのか。佐渡おけさは「佐渡は居よいか、住みよいか」と続く。荒海を越えて、やっとたどり着いた小池「新島」は果たして…。

ばんぜい

天地人 9/29

 長い間雨が降らないので、雨ごいをした。桓武天皇みずからである。庭に出て祈ると、恵みの雨が大地をうるおしたという。群臣みな「万歳」と唱えたと『続日本紀(しょくにほんぎ)』にある。延暦7(788)年のことと記す。

 「ばんざい」は明治になってからの読み方らしい。古くは「ばんぜい」と言った。中国では紀元前から、万歳の用例が文献にのこる。慶賀、歓呼の表現として、皇帝に用いられた最初の例は、始皇帝に対するものだったという。

 「先生」と呼ばれる人たちも、祝いや喜びの気持ちをこめて唱えたのだろうか。衆院本会議場にきのう、万歳の声がひびいた。野党再編の動きを加速させながら、総選挙への号砲である。解散時の万歳三唱は1897(明治30)年、松方正義内閣のときの速記録にのこっているのが最初という。由来は「天皇陛下万歳」「ときの声」「やけっぱち」など諸説ある。

 「バカヤロー解散」(1953年)「ハプニング解散」(80年)など語りつがれる俗称がのこる。安倍晋三首相は今回「国難突破解散」と命名、野党は「疑惑隠し解散」と批判した。はたして、どのようなネーミングが定着していくか。

 この3年間の通信簿を点検してみる。<政治屋は次の選挙を考え、政治家は次の時代のことを考える>。『世界名言大辞典』(明治書院)でみつけた言葉が選択の指針となろう。選ぶ側の1票が重い。

何ぞ、何ぞ

地軸 9/29

 「枕草子」には、貴族が問題を出し合って楽しむ言葉遊びの様子が描かれている。問題を出すと「何ぞ、何ぞ」と相手に答えを催促する。「謎」「なぞなぞ」の語源とされる。

 半世紀も謎だった「正体」が先週、判明した。日清食品が「カップヌードル」のさいころ状の具材の原料は大豆と肉などを混ぜ合わせているものだと発表。肉とは微妙に違う味と食感だと思っていただけに、ようやくすっきりした。

 十数年前からインターネット上では「謎肉」と称され話題に。日清が販促活動に活用したこともあって、消費者から「真相解明」を求める声が強まり、正体を明かさざるを得なかったのかも。

 「謎の肉」は今後も増えそう。東京のある会社は、大豆で作った「代用肉」の開発を急いでいるという。今後、肉を使わない焼き肉やカツサンドといった「なんちゃって料理」の需要が高まるとの読み。理由は家庭の収入減。全国で年収400万円未満の世帯が、現在の約半数から3年後には6割に増加すると独自に予測する。

 政府は今、景気回復が続き、戦後2番目に長い「いざなぎ景気」に並んだとする。首相は自身の経済政策の成果だと胸を張るが、給料は上がらず、実感ゼロ。政策への疑問しか浮かばない。

 きのう、首相が衆院を解散した。多くの疑惑や問題の真相解明をうやむやにしたいのだろう。だが有権者から「何ぞ」の問いは続く。いくら逃げようとも謎は消えない。

天下の宝刀

南風録 9/29

 「伝家の宝刀」といえども名刀とは限らない。その昔、父親が家宝にしていた遺品の刀を欲に駆られた息子が持ち去った。ところが、箸にも棒にも掛からない代物と分かる。

 実はこの刀、元々粗末な作りで用をなさなかった。それが幸いして人をあやめずに済んだから、父は自戒の念を込めて手元に置いたのだ。江戸時代の浮世草紙作家、井原西鶴の「西鶴諸国ばなし」にある物語は示唆に富む。

 政界で伝家の宝刀と言えば、衆院の解散が通り相場だ。安倍晋三首相がきのう、臨時国会の開会早々にその刀を抜いた。内閣改造後初めての国会で所信を語ることなく、質疑も受けなかった。国民はないがしろにされたに等しい。

 消費増税分の使い道を見直すことや北朝鮮対応で「信を問う」と言うが、とってつけたような理屈ではないか。内閣支持率は少々持ち直したとはいえ、森友・加計学園問題を巡る疑惑はいまだに晴れない。解散の「大義」は我田引水に映る。

 首相の一太刀を浴びた野党は、新党「希望の党」を軸とした再編に一気にかじを切った。第1党の民進党をのみ込む勢いだ。代表の小池百合子東京都知事の人気にあやかろうという算段だろう。だが、付け焼き刃の寄り合い所帯との批判は免れまい。

 選挙戦の切っ先は、つまるところ国民に向けられる。聞こえのいいまがい物が紛れていないか、各党の“切れ味”はいかに。

お手上げ

有明抄 9/29

きょう9月29日は「来る福」の語呂合わせで「招き猫の日」。招き猫にはいくつか種類があって、右の前足を上げているのは「金運」を、左なら「人(客)」を呼び込む。時々、どちらも呼び込もうと両方上げている猫も見かけるが…。

実はどちらも上げるのは「お手上げ」、つまり降参に通じると敬遠する人も少なくないとか。きのうの国会は、衆院解散を受けて「バンザーイ」と両手を上げる議員の姿が見られた。中には「今度の選挙はお手上げ」と、やけくそ気味のセンセイもおられたかもしれない。

安倍首相は、このタイミングなら野党の準備が整わずに勝てると踏んだようだが、思わぬダークホースが浮上してきた。小池百合子都知事が新党「希望の党」を立ち上げ、「さらば、しがらみ政治」「日本をリセット」の旗を掲げた。

民進党はすっかり浮き足立ち、「小池さんの下で戦おう」と駆け込む。「国難突破解散」と名付けて、勝ち戦をもくろんだ安倍首相は「消費税の使い道を変えるから」と大義を訴えるが、果たして。

招き猫のエピソードから生まれた、滋賀県彦根市のキャラクター「ひこにゃん」は人を呼び込み、経済を潤し、地域おこしのモデルにもなった。さて、この選挙、地方に暮らす私たちにも幸運を呼び込んでくれるだろうか。

同床異夢であろうとも

水や空 9/29

ことわざに「大なるものには呑(の)まるる、長きものには巻かるる」とある。世の中、そうしておくに限る、と。今なら「長いものには巻かれよ」と世渡りのすべを教える命令形で多く使われるが、古くは世を達観した物言いだったらしい。

相手は「大なるもの」でも「長きもの」でもなく、新参者で足場もおぼつかない。そもそも何をしたいのか得体(えたい)が知れない。なのに、である。

曲がりなりにも野党第1党の民進党があえて、出来たての新党にのまれ、巻かれる。衆院解散したきのう、希望の党への事実上の合流を決めた。「名を捨てて実を取る」と前原誠司代表。

離党ドミノを止められず、このままだと壊滅的な惨敗は必定とみたのだろう、一発逆転を狙う奇策に出た。「希望」にとっても、カネあり、支える組織あり、人材ありの民進は大いに当てになる。改憲にせよ安全保障にせよ、たとえ同床異夢であろうとも。

今度は自民党の側から「大義がない」「選挙のためだけ」と批判が噴き出している。安倍晋三首相が「より多く勝てるタイミング」で仕掛けたとおぼしい解散・総選挙に、対抗勢力も勝たせぬための仕掛けで応じる。

「大義がない」と評されたこの衆院選が、図らずも「安倍1強」への審判の場となる。大なるもの、長きものも安閑とはしていられない。

裏切り者

中日春秋 9/29

米国の政治ジョークを集めた本で、こんな小咄(こばなし)を読んだ。子どもが政治家の父親に、「裏切り者って何?」と尋ねた。

父の答えは、「裏切り者というのはこっちの党からあっちの党に行くやつのことだ」。子どもが「じゃあ、あっちの党からこっちの党に来る人は?」と聞くと、父は答えた。「それは、改心者っていうんだ」

つい先日、民進党の一部議員が離党し、「小池新党」に加わろうとした時、彼らは「裏切り者」扱いされた。だが、政界の秋空の何と移ろいやすいことか。民進党全体が「こっちからあっちに行く」ことになりそうだというのだから、小咄の子どもならずとも、目を白黒させるしかない。

衆院が解散されたきのう、民進党は新党「希望の党」への「合流」を打ち出した。だが、それで、どういう方向に向かう流れができるのか。政権交代可能な二大政党制を再び目指すというが、たとえば世論を二分してきた改憲や安全保障法制をめぐり、どんな流れをつくるのか。

こんな政治小咄もある。激しい選挙戦の中、ある候補者が「当選したら、まず何をしますか」と尋ねられた。候補者の答えは、「当選したら何をするかは今の私の心配事じゃない。私を今、悩ませているのはもし当選しなかったら何をするかってことです」

「合流」の向かう先をきちんと示せなければ、この候補者を笑うことはできまい。


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