2017年09月23日の記事 (1/1)

曼珠沙華

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新・秋の七草


昭和10年  昭和55年

昭和10年、東京日日新聞社が、名士に依頼して選ばれた七草

 作家 菊池 寛     コスモス
 作家 与謝野晶子    白粉花(おしろいばな)
 作家 永井荷風     秋海棠(しゅうかいどう)
 作家 長谷川時雨    葉鶏頭(はけいとう)
植物学者 牧野富太郎  菊(きく)   
 歌人 斉藤茂吉     彼岸花(ひがんばな)
 俳人 高浜虚子     アカノマンマ(犬蓼 いぬたで)

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滴一滴 9/23

 朝夕、涼しく感じるようになってきた。きょうは「秋分の日」。秋の彼岸の中日に当たる。川の土手やあぜ道で秋風に揺れるヒガンバナの燃えるような赤が、目を引くころである。

「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」など数多くの別名を持つが、これほど好き嫌いがはっきり分かれる花も珍しい。毒性植物で、墓地に多く見られることから「死人花」や「幽霊花」などと呼ばれて気味悪がる人がいれば、その妖艶さに魅せられる人も多い。花言葉も「諦め」や「情熱」と相反する。

1935年に、新聞社が7人の著名人に依頼して定めた「新・秋の七草」にも入った。推したのは歌人の斎藤茂吉だ。「日の光が地に泌(し)み込むようにしずかになってくる。この花はそのころに一番美しい」と随筆に記している。

今、各地で企業や住民によるヒガンバナの群生地づくりが盛んだ。一面に広がる“赤じゅうたん”が訪れる人を魅了し、地域の活性化に一役買っている。

もう一つ気になる“赤じゅうたん”がある。衆院の突然の解散風に揺れる国会だ。近く安倍晋三首相が正式に表明するというが、北朝鮮情勢が緊迫の度を深める中での「政治空白」はいまひとつ、大義が分かりづらい。

とはいえ、政治が国民本位から外れていれば、選挙はそれを正す機会でもある。国民が吹かす秋風の向きが気にかかる政治家の昨今であろう。

おはぎ

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明窓 9/23

彼岸の中日にあたる「秋分の日」を迎えた。「暑さ寒さも彼岸まで」というが朝晩はもう肌寒いくらいだ。これから日ごとに秋が深まっていく。墓参りをして「おはぎ」をいただこう。

実はこの「おはぎ」と「ぼたもち」の呼称を巡っては諸説ある。一般には、小豆あんを使ったものを季節の花の形や色に例えて、春の彼岸は「牡丹餅(ぼたもち)」、秋は「萩の餅」と呼んだからだとされる。他にも、黄粉(きなこ)や胡麻(ごま)などまぶす食材や、米の種類とつき具合、「こしあん」か「粒あん」かなど、地域や時代で異なるようだ。

赤飯にも使われる小豆は、古来その赤い色に魔よけの意味があったらしいし、砂糖が一般に普及する江戸後期までは塩あんもあったという。それでも当時、砂糖は高級品。今の価格にすると1キロが3千円近くと、米の6倍以上もしたそうだ。ハレの日のお供え、御馳走(ごちそう)だったに違いない。

呼び名のもとになった牡(ぼ)丹(たん)も萩も、昔から季節を象徴する花で、花札でもおなじみだ。特に萩は『万葉集』では、梅や桜をしのぎ一番多く出てくる。空想が膨らむ秋の夜長に格好の小花なのだろうか。芭蕉にも「一家(ひとつや)に遊女も寝たり萩と月」の句がある。

忘れがちなので念を押すと、祝日「秋分の日」の趣旨は「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」こと。彼岸明けの26日が命日の「八雲忌」になるラフカディオ・ハーンも、日本の社会は「祖先崇拝」が基盤になっていると感じていた。

秋の彼岸は、祖先に思いを巡らし、ハーンをしのぶ機会でもある。

児童労働

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有明抄 9/23

 〈そのこはこどもなのにおかねをかせいでいる/そのおかねでおとなはたべものをかう〉。詩人の谷川俊太郎さんの詩をもとにした絵本『そのこ』の一節だ。

赤道近くの西アフリカの国、ガーナ。そこには学校に通うこともできず、チョコレートの原料になるカカオ豆の農園で日がな一日、働き続ける子どもたちがいる。詩はそんな窮状を訴える。〈ちきゅうのうえにはりめぐらされた/おかねのくものすにとらえられて/ちょうちょのようにそのこはもがいている〉。

遠く離れた国で食べられるチョコレートには、児童労働という負の要素がついて回る側面もある。国際労働機関(ILO)は、世界で今なお1億5160万人の子ども(5~17歳)が何らかの労働に従事しているとの報告書を出した。

世界の同年代の子どもの約10人に1人に当たるという。15歳未満の子どもの就業は、国際条約などで原則禁じられているのにだ。危険な鉱山での作業や売春をさせられる子どもも後を絶たない。このままではいけない。

〈そのこのみらいのためになにができるか/だれかぼくにおしえてほしい〉。ここで詩は終わる。先進国での大量消費の裏側で、生産者の労働に見合った報酬が払われていない発展途上国の現実もある。貧困の連鎖を断ち切ること―。それにはまず知ることから始めなければ。

国語世論調査

大自在 9/23

 歌は世につれ…というが、言葉も同じだろう。夏目漱石は言葉を短く表現することにたけていたと、以前本欄で取り上げた。一高時代の漱石先生は授業の時間になると、妙な単語を次々披露したという。

 中心人物になるという意味の「牛耳を執る」を「牛耳る」、「野次を飛ばす」は「野次る」という具合に。日本語学者として知られた故金田一春彦さんの著書「日本語を反省してみませんか」にある。ネット社会の今は若者を中心に言葉を思い切り短縮してその語感を楽しむのが当たり前のようになっているようだ。

 言葉というものは流れる水のように常に変わっていく、と金田一さんは指摘し、その流れは21世紀にさらに速まるだろうとも予測した。文化庁が毎年、実施している国語世論調査をみれば、納得もいく。

 2016年度世論調査を読めば、思い当たる人が少なくないのではないか。存続か滅亡かの重大な局面を意味する「存亡の機」を「存亡の危機」と認識している人が8割を超え、卑劣なやり方で失敗させられることを意味する「足をすくわれる」は半数以上が「足下をすくわれる」と認識していた。

 本来は「要点」を意味する話などの「さわり」を「最初の部分」と思っている人も半数に上った。「知恵熱」を本来の「乳幼児期に突然起こる発熱」と答えられた人は半数未満にとどまった。

 ただし、文化庁も金田一さんの指摘と同じように「言葉は時代とともに変わる」と分析。全て誤用と断じることはできないとしている。言葉も世につれ、である。言葉は生き物だと改めて思う。

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正平調 9/23

バイバイと手を横に振るのは時代劇では大間違いだそうだ。日本では古くから、上下に手を振って別れたという。横に振るのは進駐軍がもたらした戦後生まれの動作と、時代考証家稲垣史生(しせい)さんが著書の中で深く嘆いていた。

なるほど、これが当たり前と思っているしぐさも、実は時代の波と無縁でない。私たちが使う言葉もまた、と思いながら、文化庁発表の「国語に関する世論調査」を読む。

今年の話題を集めたのは「存亡の危機」である。存在か滅亡かの重大局面のことだ。本来は「存亡の機」と書くのだが、8割以上の人が「存亡の危機」と思っていた。若い世代だけでなく、銀髪世代も同様に。

村山首相、小泉首相が大切な談話や施政方針演説でも「存亡の危機」を使っていた。多くの人が事前にチェックする重要な文書にあるのだから、もはや「存亡の機」という表現自体が、滅亡しかねない危機だろう。

三浦しをんさんの小説「舟を編む」は辞書づくりを描く。「辞書とは言葉の海を渡る舟」との思いをこめた印象的なタイトルである。三浦さんの弁を借りれば、ささ舟のように小さくとも荒波を渡っていく舟。

国語調査はその言葉の海で起きる小さな物語である。主役の言葉が舞台から去っていく感傷的な場面もあるが。

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水や空 9/23

 ビデオのレンタル店で会員カードを示したら「ポイントがたまっていらっしゃいます」と言われたことがある。「ポイントに対して敬語?」と思ったが、言うのも気が引けて、ついそのままに。

Aさんに用があり、勤め先に電話をかけると「Aはお休みを頂いておりまして」と言われたことがある。こちらは休みをご提供する身でもないのに、と思ったが、ついそのままに。

人の敬語の用い方が気になる時もある。かといって自分が正しく操っているとも思えない。「ついそのまま」なのは、自信のなさによるのだろう。

文化庁の国語世論調査の結果に、同憂の士を得た気分になる。敬語の使用は人間関係にマイナスだと感じることがある人が25%に上った。使いこなせればいいが、むしろ敬語に振り回されて相手との距離が縮まらず、言いたいことも伝わりにくいらしい。

調査ではまた、自分の意見を「主張しない」派が自己主張派を引き離した。空気を読むべし、ともかく相手を立てるべし。重い不文律がどうやら世を覆っている。窮屈な敬語に振り回されるのと、どこか重なるような。

サラリーマン川柳を。〈電話口「何様(なにさま)ですか?」と聞く新人〉。たしなめられる場面だが、ガチガチに緊張した新人君が発する上滑りの"敬語"だとしたら、同情の余地もなくはない。(徹)

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時鐘 9/23

 平気(へいき)で「存亡(そんぼう)の危(き)機(き)」と口(くち)にし、いい大(おと)人(な)になっても「知恵熱(ちえねつ)」が出(で)ると思(おも)っていた。文化庁(ぶんかちょう)の慣用句(かんようく)の誤(ご)用(よう)調査(ちょうさ)に、赤面(せきめん)した。

頭(あたま)を使(つか)うのに便利(べんり)な「三(さん)上(じょう)」というのを教(おそ)わった。「馬上(ばじょう)、枕上(ちんじょう)、厠(し)上(じょう)」。小欄(しょうらん)を書(か)くのにも世話(せわ)になる。馬(うま)の上(うえ)、いまならバスや列(れっ)車(しゃ)に揺(ゆ)られて頭を柔(やわ)らかくする。さすがに仕(し)事(ごと)中(ちゅう)の「馬上」は無理(むり)だが、座布団(ざぶとん)を枕(まくら)にソファに行儀悪(ぎょうぎわる)く寝転(ねころ)び、差(さ)し迫(せま)ってもいないのにトイレに駆(か)け込んで思案(しあん)する。

そんな時(とき)でも、よい知恵が出(で)るより先(さき)に頭が痛(いた)んでカッカとする。これぞ知恵熱、と思い込(こ)んでいたのだが、乳幼児専用(にゅうようじせんよう)とは、知(し)らなかった。ものを書(か)く端(はし)くれにとって、「存亡の機(き)」か。

この調査には毎年(まいとし)、赤面させられる。まだ覚(おぼ)えているのが、「口(くち)先(さき)三寸(さんずん)か舌先(したさき)三寸か」。正答(せいとう)を忘れてしまい、辞書(じしょ)を引(ひ)き直(なお)したが、どっちでもいいではないか、と居直(いなお)る気分(きぶん)にもなった。そもそも言(こと)葉(ば)は生(い)きものである。姿形(すがたかたち)が変(か)わっても、何(なん)の不思議(ふしぎ)もなかろう。

もの知(し)らずの言(い)い訳(わけ)だが、いささかの理(り)はある、とも思う。「口先」ならぬ舌先三寸の弁解(べんかい)である、と叱(しか)られるか。

過労死

中日春秋 9/23

「過労死」という言葉が、社会に突きつけられたのは、そう古いことではない。「急性死」などと呼ばれていた過重な労働の末の死に先駆的に取り組んでいた関西の医師らが、『過労死』と題した本を、一九八二年に出版したのが始まりとされる。

当時を知る松丸正弁護士は、ふり返る。「最初に、この言葉を聞いた時は違和感がありました。これは特殊な労働現場の問題で、それほど一般的な問題ではないのではないかと。」

しかし、「過労死」という言葉は、根付いた。「思ったより、根が深く、広い問題でした。かつては四、五十代からの相談が多かったが、最近は若者の過労自殺をめぐる相談が増えています」と松丸弁護士は話す。

たとえば…岐阜県内の病院で勤めていた二十六歳の青年は、時間外・休日の労働時間が月百時間を超える日々を三カ月送った末に、自ら命を絶った。

彼は、こういうメールを送っていたという。<もう生きてることって何なのかわからない…><体がいくつあっても足りない仕事の毎日…。この先に未来はない…><今日で終わりにしようと思います>。メールの宛先は、自分自身だった…という事実が、あまりにも悲しい。

「過労死」という言葉を三十五年前に世に問うた医師らは、「この言葉が一日も早く死語になってほしい」と願っていたという。そうしなければならない言葉である。