2017年09月20日の記事 (1/1)

ベテラン教員 

編集日記 9/20  

 録音した自分の話を自分で聞くのは気恥ずかしい。国語教育で知られた大村はまさんは、東京都の中学校教員を70代で退職するまで録音テープで自分の話をしっかりと聞き、話し方を練習したことを、教え子との対談で明かしている。

 大村さんは約50年の教員生活で子どもの気持ちをつかむため授業の工夫と教材開発に打ち込んだという。「研究することが先生の資格」と著書で説いた言葉は多くの後進に受け継がれている。

 文部科学省が2016年度、全国の小中学校、高校などを対象に行った学校教員統計調査の結果が公表され、ベテラン教員が培った指導技術の継承を心配する声が上がっているという。20代の教員の割合が増えて若返りの傾向が顕著になり、年齢構成の偏りが浮き彫りになったためだ。

 本県では、少子化をはじめ、東日本大震災と原発事故などで採用を抑えたため平均年齢が上昇した。数年後には教員の定年退職がピークを迎える見通しで若手の育成が急務になっている。

大村さんは、教員が研究して蓄えた知恵を子どもに伝える大切さを強調している。ベテラン教員から引き継ぐ教える技術と知恵は、若い教員が子どもたちを育む大きな力になっていくことだろう。

…………………………

2017092106275082f.jpeg


「研究」をしない教師は先生ではないと思います。まあ、今ではいくらか寛大になって、毎日でなくてもいいかもしれないとも思ったりしますが。(略)子どもというのは「身の程知らずの伸びたい人」のことだと思うからです。一歩でも前進したくてたまらないのです。そして、力をつけたくて、希望に燃えている、その塊が子どもなのです。(略)研究をしていて、勉強の苦しみと喜びをひしひしと、日に日に感じていること、そして伸びたい希望が胸にあふれていることです。私はこれこそ教師の資格だと思います。

「教えるということ」より  大村はま

大村はまは、1906(明治39)年横浜市に生まれ、開明的な空気に溢れたこの港町で育ちました。昭和の初めに東京女子大学を卒業の後、長野県諏訪市の諏訪高等女学校に赴任。言語感覚の鋭い、学ぶこと・教え育てることの機微をよく知った誠実な教師として信頼を集めました。その後、東京府立第八高等女学校へと転任。すぐれた生徒たちを育てますが、戦中、慰問袋や千人針を指導し、学校が工場になる事態まで経験します。

大村はまを大村はまたらしめたのは、敗戦の荒廃に苦しみ抜いた末に、できたばかりの新制中学校への転任を決めてからの奮闘でした。
机も椅子もない、教科書もノートも鉛筆もない焼け跡の教室。はいてくる靴がなくて、欠席する生徒もいる。長い混乱と窮乏の中で、勉強からすっかり離れた子どもたち。あったのは、晴れて全員があこがれの中学生になったという明るさと、民主主義教育に戦後の活路を見出そうとする希望だけでした。その中で、大村はまが必死で取り組んだ実践が、後に国語単元学習と呼ばれるようになったものでした。古新聞の記事を切り抜いて、その一枚一枚に生徒への課題や誘いのことばを書き込んで、100枚ほども用意し、駆け回る生徒を羽交い締めにして捕まえては、一枚ずつ渡していった。その時のエピソードは、大村の代表的著書『教えるということ』の感動的な一節となっています。

1979(昭和54)年に教職を去るまで、大村は、目の前の子どもたちのことばの力を育てるために、単元計画をたて、ふさわしい教材を用意し、こどもの目をはっと開かせる「てびき」を用意して、ひたすらに教えつづけました。大村教室でことばの力と学ぶ力を手にして巣立った教え子は5000人と言われています。

退職後も、大村は国語教育研究から離れませんでした。90歳を超えるまで、新しい単元を創りつづけ、そのためにも膨大な数の本を読み続けました。教える人は、常に学ぶ人でなければならない、ということを自ら貫きました。
晩年を迎えた大村は、いくつもの問題意識・危機意識を持っていました。たとえば次のようなものです。
・こどもの語彙の貧困 ・話し合うことを育てていない現実(大人たち自身が話し合えないという事実) ・評価が人を育てるためのものになっていないこと(人と比べて成績をつけるため、合格・不合格を決めるためのものでしかないこと) ・優劣にとらわれて、子どもも教師も学ぶ喜びとかけ離れた場所にいること ・命令形で指示するのでなく「てびき」をすべきなのに、それができていないこと ・空疎なことばが溢れていること・・・

98歳10ヶ月で大村は亡くなりましたが、その前日まで推敲を進めていた詩が「優劣のかなたに」です。人間にとって宝のような存在である「ことばの力」。それを育てていくこと、学んでいくことは、本来、この上なく明るい試みであるはず。その明るさを知っていた大村であったからこそ、教え、育てる仕事に、惜しみなく一生を捧げたのでしょう。


優劣のかなたに

優か劣か
そんなことが話題になる、
そんなすきまのない
つきつめた姿。
持てるものを
持たせられたものを
出し切り
生かし切っている
そんな姿こそ。

優か劣か、
自分はいわゆるできる子なのか
できない子なのか、
そんなことを
教師も子どもも
しばし忘れて、
学びひたり
教えひたっている、
そんな世界を
見つめてきた。

学びひたり
教えひたる、
それは 優劣のかなた。
ほんとうに 持っているもの
授かっているものを出し切って、
打ち込んで学ぶ。
優劣を論じあい
気にしあう世界ではない。
優劣を忘れて
ひたすらな心で、ひたすらに励む。

今は、できるできないを
気にしすぎて、
持っているものが
出し切れていないのではないか。
授かっているものが
生かし切れていないのではないか。

成績をつけなければ、
合格者をきめなければ、
それはそうだとしても、
それだけの世界。
教師も子どもも
優劣のなかで
あえいでいる。

学びひたり
教えひたろう
優劣のかなたで。

[ 続きを読む » ]

動物愛護週間

四季風 9/20

きょうから26日までは動物愛護週間。犬や猫と人間のより良い暮らしのために汗を流す人たちに接し、自分にできることを考えた。

初めて訪れた山口市の老犬ホームは、人が寄り付かない寂しい所というイメージとは違い、飼い主や愛犬家が集う和やかな場所だった。郡真美さんらスタッフのからりとした明るさと、苦い経験も味わってきた懐の深さが温かい空間をつくっているのだろう。

施設の「伝」という名前はさまざまな思いを伝える場所にという願いが込められている。まずは老犬ホームという存在を知ってもらい、心積もりをしてほしいという。

山口市のてしま旅館が始めた保護猫シェルターの「猫庭」。猫の存在は、旅館と宿泊客という素通りの関係性をがらりと変え、温かいコミュニケーションが生まれている。

2015年度の山口県内の犬猫殺処分数が全国で3番目に多かったことが注目を集め、危機感が強まった。16年度は大幅に減少したが、殺処分を減らす取り組みを継続する必要がある。「猫と暮らして知的さに驚いた。殺処分なんてあり得ない」とてしま旅館オーナーの手島英樹さん。統計数字だけでは分からない温度感を少しでも伝えたい。



…………………………

老犬ホーム 伝

20170921064922eb7.jpeg

20170921064923144.jpeg 2017092106492458b.jpeg

20170921064925348.jpeg 20170921064927cc2.jpeg


…………………………

山口県の阿知須温泉にある、てしま旅館の「猫庭(ねこにわ)」

201709210659525db.jpeg

20170921070241bef.jpeg

20170921065952a8c.jpeg

20170921065951ba9.jpeg

ヒロインは液体か?

地軸 9/20

 「猫は固体か、液体か?」。インターネット上で目にした問いに、フランス人の学者は悩んだ。物理学に基づき導き出した答えは「液体にもなれる」

 猫がどんな小さなスペースにでも入る体の柔らかさに着目した。「液体は容器に合わせて形を変える」との定義を引き合いに、猫がグラスの中に丸く収まっている姿で「立証」。ユニークな研究に贈られる今年の「イグ・ノーベル賞」物理学賞を受賞した。くすっと笑えるテーマに研究者は真剣に取り組む。

 本家のノーベル賞ではなおさら。だが91年前の医学生理学賞「がん細胞の原因は寄生虫」に代表されるように、後に「誤り」とされるケースもある。

 科学分野よりも物議を醸すのが平和賞。ベトナム戦争の停戦に貢献したとして受賞したキッシンジャー米元国務長官は「戦争を起こした国なのに」と批判を浴びた。そして今、ミャンマー民主化の「ヒロイン」とされるアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相に賞剝奪を求める声が上がる。

 少数民族ロヒンギャを不法移民と扱い、ミャンマー国軍が迫害しているにもかかわらず、策を打ち出さないからだ。国際社会の批判を受け、ようやく人権侵害に厳しく対処すると言い出したが、政権に影響力を残す軍への配慮がみえる。

 猫ではあるまいに、軍事政権という「古い器」に身を入れて目指す民主化の形を変えてしまったのか。器を新しくしなければ、真の民主化は遠い。

…………………………

2017092107201932d.png

20170921072014b1c.jpeg

20170921072015ce6.jpeg

201709210720156ef.jpeg

20170921072017d85.jpeg


定義をするのはむずかしい - ネコは液体か?

イグ・ノーベル賞の季節である。Improbable Researchの発表によれば、トップに来るのが物理学賞「ネコのレオロジーについて」。この「レオロジー」、聞き慣れない言葉だが、連続体力学の中で粘性をもって流動するもの一般を扱うものらしい。そういえば学生の頃に「流れ学」みたいな講義があって、「それって流体力学とちがうんですか?」と、主に単位の関係で疑問に思ったものの、適当に過ごしてしまったような記憶が蘇ってきた。流体力学がニュートン流体と非ニュートン流体の力学を対象とするのに対し、レオロジーは非ニュートン流体の力学と塑性力学をまとめて扱う。といったあたりは俄仕込みの知識だ。

で、非ニュートン流体というのは、水や空気のような単純な挙動をする流体ではなく、塩ビやゴム、デンプンのような高分子がドロっと動くような場合の流体を指すらしい(ああ!いい加減だ)。飛行機の揚力みたいなのは割とニュートン流体的な解釈で計算できるのだけれど、マヨネーズとかケチャップみたいな食品工業で扱うものはだいたい非ニュートン流体らしいので、そっち方面の工学ではけっこう重要な基礎らしい(このあたりとか、参照)。

で、受賞論文を読んでみた。なかなかおもしろい。その紹介。


まず、この論文、半分はジョークである。末尾のAcknowledgementを読むとわかるのだが、これは非ニュートン流体力学の権威(らしい)Gareth H. McKinley教授の50歳の誕生日とビンガム賞受賞を記念して書かれたもので、所属も大学と学会(これもちょっと怪しめ)に加えて、「McKinley一家」と、明らかにジョークがかかっている。それでも一応は学会誌なので、決しておふざけには流れていない。ところどころにジョーク(たとえば株屋の慣用句である「死んだネコでも高いところから落とせば少しは反発する」みたいなのを引用するとか)を散りばめてはいるが、論旨はしっかりしている。

で、その論の要は、つまりは固体、液体の定義だ。すなわち、古くから物質の三態は、定性的に定義されてきた。しかし、レオロジーでは、より定量的に、数式を使って定義する。その定義に照らして、ネコを判定してみようというわけだ。ちなみに、いかにも学術論文らしくネコは学名で記載されているが、これもジョークのうちだろう。

さて、レオロジーでは、固体か液体かをデボラ数を用いて判定する(らしい)。デボラ数についてはこちらの解説がシロウトにはわかりやすかったのだけれど、

デボラ数ですが,これは材料の緩和時間と工程の滞留時間の比で定義され,緩和時間に対して通過する工程の滞留時間が短ければ材料は弾性体(固体)として振舞い,滞留時間が長ければ粘性体(液体)として振舞います.
とのこと。つまり、ネコについてデボラ数が算出できれば、それは現代的な科学らしく定量的に固体か液体かを判定できるだろう、ということらしい。

で、そこからの(おそらく玄人受けするジョークを含んだ:たとえばキャピラリー数をわざとcatpillaryと綴り間違えるとか)ディスカッションはすっ飛ばして読み進めると、さらにネコの乾湿、摩擦、降伏応力、接着性などを検討している。わけわからない。たぶんレオロジー関係者には馴染みの深いさまざまな流動体の性質や状態になぞらえているのだろう。そして後半、さらに踏み込んだ検討としてレイノルズ数やWeissenberg数を持ち出し、さらには古代ギリシアのヘラクレイトスまで持ち出す衒学ぶりで議論を進めるのだが、このあたりもシロウトには読みこなせない(仕事ならもうちょっと頑張るんだけどね)。ざっと見たところでは、万物流動のヘラクレイトスの思想は、「力」がなければすべてのものは止まると考えたアリストテレスによって影響力を失い、さらにガリレオ以降の合力がゼロであれば運動は変化しないという古典物理学の思想によって否定されたみたいな歴史が書いてあって、結局レオロジーはヘラクレイトス的でもありアリストテレス的でもありガリレオ的でもある、みたいな感じの議論なのかなあと思う。

で、ネコなんだけど、結局それは慣性的であるのか弾性的であるのかなどの考察を経て、結論はネコはじっとしてないし、「さらなる研究が必要」みたいなことになっている。ま、このあたりはお約束の書き方なのかな。論文は以上。

で、ネコは固体なのか液体なのかということでいえば、もちろん、常識的に言ってこれは固体。まあ生物というのは大半が水でできていて、特に動物は革袋に入れた水みたいなもんだから、液体っぽい動きも多少はある。けれど、常識的には液体じゃあり得ない。

ただ、学問の世界での用語は、日常の世界とは微妙に異なる。例えば論文中でも出てくるpowerは日常的には「力」だけれど、物理学では仕事率のことであって、日常的な意味とは別な意味合いをもつ。ニュートン力学での「力」はforceだが、これは決してジェダイが操る「銀河の万物をあまねく包み込む」ものではない

学問に限らないのだけれど学問の世界では特に、言葉は定義された上で用いられる。だがその定義は、ときには日常の経験や常識と整合しない。この論文が(たとえ笑いの要素を評価の尺度としている賞とはいえ)イグ・ノーベル賞を受賞したのは、そういった定義による判定と日常的な経験による判定のズレをしっかりと把握していたからではないだろうか。(かなり強引なこじつけや飛躍があるといえ)、レオロジーの定義を杓子定規に当てはめていくと、ネコは固体であると同時に液体であるとも判定されるのかもしれない。だが、それでもって我々の日常経験が否定されるわけではない。学問の正当性も揺るがない。それがこの論文の鮮やかな結論ではないかと、私はシロウトなりに読んだ。

実際、言葉はむずかしい。定義されて使う文脈であっても、往々にして日常的な文脈での用法が混入し、議論を混乱させる。正確な定義の重要性についてはこのブログでも書いてきたし、言葉の定義を辞書から引用した記事も数多い。そうはいいながら、私自身、定義されない言葉に頼って文を書くし、定義がはっきりしている言葉をわざわざひっくり返してみたりもする。かくもいい加減なことばかりしているのに、定義が重要だなんて、聞いて呆れるかもしれない。

それでも、ほんと、誰かが何かを言ったときに、その言葉がどういう意図で用いられているのかを正確に見極めることが、どんどんと重要になってきている。バベルの塔が崩壊したようなこの時代、その作業をおろそかにしたら、次に来るのは混沌しかない。

いや、もう混沌の中にいるのか。マヨネーズのような流動体の中でもがいているのが、案外と現代の人間かもしれないよな。レオロジーよ、救っておくれ!

「世界を救った男」の寂しい死

日めくり 9/20

「世界を救った男」の寂しい死

スタニスラフ・ペトロフ氏=2015年8月、モスクワ郊外の自宅(AP=共同)スタニスラフ・ペトロフ氏=2015年8月、モスクワ郊外の自宅(AP=共同)
 少年のころ、「世界を救う英雄」に強い憧れを抱いた。それはウルトラマンやウルトラセブンといった怪獣映画のヒーローだったり、スーパーマンなどSF映画の主人公だったりしたが、大人になるにつれ、そんなことは平凡な一個人の力ではできないことを悟り、寂しい思いにとらわれた。冷戦を終結させた旧ソ連のゴルバチョフ元大統領やレーガン元米大統領、ゴルバチョフ氏の後を継ぎ核大国ロシアを率いたエリツィン元大統領といったそうそうたる人物にも、直接的な意味で「世界を救う」決定的な瞬間はなかっただろう。しかし、ロシアには本当に「世界を救った」男がいた。今年5月、モスクワ郊外の自宅で77歳で死去したが、その死はつい最近まで世界に知られることはなかったほど、英雄にしては寂しい晩年だった。

 ▽ 熱したフライパン

 その人物はスタニスラフ・ペトロフ氏で、英BBC放送などによると、冷戦下の1983年当時、旧ソ連軍中佐として米国や北大西洋条約機構(NATO)諸国からの核攻撃早期警戒拠点に勤務。同拠点はモスクワにあり敵国からの核ミサイル飛来を人工衛星で察知する任務を帯びており同年9月26日深夜、ペトロフ氏が当直に当たっていた。突然、コンピューターが旧ソ連に向け1発のミサイルが飛来していると警告。ミサイルの数は計5発にまで増え、ペトロフ氏は直ちにこの情報を軍トップに報告しなければならなかった。

 当時は大韓航空機撃墜事件の直後で、米ソ関係は緊張の極みにあった。もしペトロフ氏がこの情報を伝えていたら、旧ソ連軍は相互確証破壊(MAD)戦略に基づき、米国に対し核攻撃の報復措置を取る可能性が高かったとされる。しかしペトロフ氏は、もし本当に米国が核攻撃を仕掛けたなら、何百発ものミサイルによる同時攻撃となったはずで5発だけというのはおかしいと判断。衛星監視システムの誤作動の可能性があるとして、軍トップへのホットラインの受話器を取らなかった。その際の心境を後に「熱したフライパンの上に座り込んだように感じた」と語った。

 ▽ 服務規律違反

 結果的に雲に反射した日光を人工衛星がミサイルと誤認したことが原因の警戒システムの誤作動だったと判明。しかし、軍上層部は直ちに報告しなかった服務規律違反を問題視し、ペトロフ氏を審問に掛け懲戒処分とし左遷。同氏はその後、軍を退役しひっそりと年金生活を送ることとなった。事件は極秘扱いとされたがソ連崩壊後の98年、旧ソ連軍幹部の回顧録で初めて公になり、2006年には国連で表彰されたほか、その後、自身がモデルのドキュメンタリー映画も公開された。そのタイトルは「赤いスイッチと世界を救った人間」だった。ペトロフ氏は生前、自らの行為について「当然のことをしたまで」と謙虚に話していたという。

 ペトロフ氏を英雄視することに対しては、ロシア政府は、たとえ同氏がミサイルの飛来を報告していたとしても、報復のための核攻撃までには何段階もの確認システムがあり、「世界を救った」というのは誇張だとする立場を示している。

 ▽ 偶然

 5月19日にこの世を去ったが、ロシアのメディアは冷淡で死去の事実にはほとんど触れなかった。その死が世界に知られたのは偶然の産物だった。友人であるドイツの映画作家が9月7日、ペトロフ氏の誕生日を祝おうと電話したところ息子から同氏の死を伝えられた。映画作家はブログでこのことを報告し、ドイツメディアの目に触れることになった。

 命令に反して多くの人名を救った点では、第2次大戦中、外務省からの訓令に反して、リトアニアで大量の通過査証を発給し、多数のユダヤ人避難民を救った故杉原千畝さんを思い起こさせる。折しも、トランプ米大統領が19日、就任後初めて国連総会の一般討論演説を行い、核実験などを強行した北朝鮮を世界共通の脅威と非難、米国が自国や日本など同盟国の防衛を迫られれば「完全に破壊(TOTALLY DESTROY)」すると言明した。東アジアで核をめぐる危機が高まっている中、いまこそこうした勇気ある人が求められているのかもしれない。 

太陽のくしゃみ

20170920051419a23.jpeg


「宇宙災害 太陽と共に生きるということ」
片岡龍峰 著

内容紹介:
近場の宇宙空間の利用が進み、火星への移住計画が話題になる現代。私たちは、地球を取り巻く宇宙空間について、どれだけ理解しているだろうか。
本書ではまず、通信障害、衛星墜落、世界停電などの事例から、宇宙災害とは何かを紹介。地球と宇宙のつながりを理解する研究の様子が、現場での体験と共に生き生きとした筆致で描かれる。さらに、全球凍結や大量絶滅をめぐる仮説を提示し、近い将来の現実的な宇宙利用の方向性までも探る。
天の川銀河を旅する太陽系に暮らす私たちが、これからも地球で健やかに生きていくための教養がつまった1冊である。

目次
はじめに

第1章 宇宙災害
通信途絶
衛星墜落
デブリ事故
隕石落下
オゾン層破壊
放射線被ばく
世界停電

第2章 大地から太陽系の果てまで
第一の槍:宇宙塵
第二の槍:紫外線
第三の槍:宇宙線
第一の盾:大気
第二の盾:地磁気
第三の盾:太陽風
オーロラと三つの盾
放射線帯の電子
磁気嵐の陽子
太陽の心拍

第3章 宇宙天気予報
太陽に邪魔された実験
宇宙天気予報の現場へ
宇宙の寒冷前線と台風
地下の水に守られた日本
オーロラと日本の間に
太陽の爆発に次ぐ爆発
パイロットの被ばく
電子の集中豪雨

第4章 宇宙と生命
動物と磁場
マウンダー極小期と魔女狩り
大量絶滅
宇宙線雲仮説
星雲の冬

第5章 宇宙利用
宇宙就活
スペースデブリの撃墜
月面基地
アポロの教訓
テラフォーミング
塵の悪魔
伊達政宗の羅針盤
将来の宇宙災害に向けて

あとがき

…………………………

中日春秋 9/20

今からちょうど五十年前、米軍の司令官は、核攻撃の準備に入っていた。弾道ミサイルを探知するためのレーダーが突然、機能を停止したのだ。

原因は不明。ソ連の仕業ではないか。ならば、弾道ミサイルで攻撃される前に、核兵器を搭載した爆撃機を発進させねばならない。

そういう緊迫した状況を救ったのは、米空軍の「宇宙天気予報士」だった。フレアという太陽の爆発現象で地球では磁気嵐が起き、通信障害や停電などが引き起こされる。「レーダー故障の真犯人は太陽」との分析で、危機は回避された。

強烈な太陽フレアも磁気嵐も当然ながら、人類は繰り返し経験してきた。だが、現代ほどその危険性が高まった時代はなかろう。電子機器の故障や誤作動が、惨禍を招きかねないのだ。

今月六日に観測された大型の太陽フレアで大きな被害は出なかった。しかし、『宇宙災害』などの著書がある片岡龍峰(りゅうほう)・国立極地研究所准教授は、「爆発の規模自体は五十年前のものより強かった。たまたま地球が影響を受けにくい位置にあったからというだけのこと」と話す。

物理学者の寺田寅彦は八十余年前、「天災と国防」と題した随筆で<文明が進めば進む程天然の暴威による災害がその劇烈の度を増す>と書いたが、人類は「太陽のくしゃみ」をきっかけに自らを破滅させかねぬほどの「核の文明」を手にし続けているのだ。

…………………………

20170920052255975.jpeg


天災と国防

寺田寅彦


「非常時」というなんとなく不気味なしかしはっきりした意味のわかりにくい言葉がはやりだしたのはいつごろからであったか思い出せないが、ただ近来何かしら日本全国土の安寧を脅かす黒雲のようなものが遠い水平線の向こう側からこっそりのぞいているらしいという、言わば取り止めのない悪夢のような不安の陰影が国民全体の意識の底層に揺曳ようえいしていることは事実である。そうして、その不安の渦巻うずまきの回転する中心点はと言えばやはり近き将来に期待される国際的折衝の難関であることはもちろんである。
 そういう不安をさらにあおり立てでもするように、ことしになってからいろいろの天変地異が踵くびすを次いでわが国土を襲い、そうしておびただしい人命と財産を奪ったように見える。あの恐ろしい函館はこだての大火や近くは北陸地方の水害の記憶がまだなまなましいうちに、さらに九月二十一日の近畿きんき地方大風水害が突発して、その損害は容易に評価のできないほど甚大じんだいなものであるように見える。国際的のいわゆる「非常時」は、少なくも現在においては、無形な実証のないものであるが、これらの天変地異の「非常時」は最も具象的な眼前の事実としてその惨状を暴露しているのである。
 一家のうちでも、どうかすると、直接の因果関係の考えられないようないろいろな不幸が頻発ひんぱつすることがある。すると人はきっと何かしら神秘的な因果応報の作用を想像して祈祷きとうや厄払やくばらいの他力にすがろうとする。国土に災禍の続起する場合にも同様である。しかし統計に関する数理から考えてみると、一家なり一国なりにある年は災禍が重畳しまた他の年には全く無事な回り合わせが来るということは、純粋な偶然の結果としても当然期待されうる「自然変異ナチュラルフラクチュエーション」の現象であって、別に必ずしも怪力乱神を語るには当たらないであろうと思われる。悪い年回りはむしろいつかは回って来るのが自然の鉄則であると覚悟を定めて、良い年回りの間に充分の用意をしておかなければならないということは、実に明白すぎるほど明白なことであるが、またこれほど万人がきれいに忘れがちなこともまれである。もっともこれを忘れているおかげで今日を楽しむことができるのだという人があるかもしれないのであるが、それは個人めいめいの哲学に任せるとして、少なくも一国の為政の枢機に参与する人々だけは、この健忘症に対する診療を常々怠らないようにしてもらいたいと思う次第である。
 日本はその地理的の位置がきわめて特殊であるために国際的にも特殊な関係が生じいろいろな仮想敵国に対する特殊な防備の必要を生じると同様に、気象学的地球物理学的にもまたきわめて特殊な環境の支配を受けているために、その結果として特殊な天変地異に絶えず脅かされなければならない運命のもとに置かれていることを一日も忘れてはならないはずである。
 地震津波台風のごとき西欧文明諸国の多くの国々にも全然無いとは言われないまでも、頻繁ひんぱんにわが国のように劇甚げきじんな災禍を及ぼすことははなはだまれであると言ってもよい。わが国のようにこういう災禍の頻繁であるということは一面から見ればわが国の国民性の上に良い影響を及ぼしていることも否定し難いことであって、数千年来の災禍の試練によって日本国民特有のいろいろな国民性のすぐれた諸相が作り上げられたことも事実である。
 しかしここで一つ考えなければならないことで、しかもいつも忘れられがちな重大な要項がある。それは、文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増すという事実である。
 人類がまだ草昧そうまいの時代を脱しなかったころ、がんじょうな岩山の洞窟どうくつの中に住まっていたとすれば、たいていの地震や暴風でも平気であったろうし、これらの天変によって破壊さるべきなんらの造営物をも持ち合わせなかったのである。もう少し文化が進んで小屋を作るようになっても、テントか掘っ立て小屋のようなものであって見れば、地震にはかえって絶対安全であり、またたとえ風に飛ばされてしまっても復旧ははなはだ容易である。とにかくこういう時代には、人間は極端に自然に従順であって、自然に逆らうような大それた企ては何もしなかったからよかったのである。
 文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心を生じた。そうして、重力に逆らい、風圧水力に抗するようないろいろの造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子に檻おりを破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊ほうかいさせて人命を危うくし財産を滅ぼす。その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細工であると言っても不当ではないはずである、災害の運動エネルギーとなるべき位置エネルギーを蓄積させ、いやが上にも災害を大きくするように努力しているものはたれあろう文明人そのものなのである。
 もう一つ文明の進歩のために生じた対自然関係の著しい変化がある。それは人間の団体、なかんずくいわゆる国家あるいは国民と称するものの有機的結合が進化し、その内部機構の分化が著しく進展して来たために、その有機系のある一部の損害が系全体に対してはなはだしく有害な影響を及ぼす可能性が多くなり、時には一小部分の傷害が全系統に致命的となりうる恐れがあるようになったということである。
 単細胞動物のようなものでは個体を切断しても、各片が平気で生命を持続することができるし、もう少し高等なものでも、肢節しせつを切断すれば、その痕跡こんせきから代わりが芽を吹くという事もある。しかし高等動物になると、そういう融通がきかなくなって、針一本でも打ち所次第では生命を失うようになる。
 先住アイヌが日本の大部に住んでいたころにたとえば大正十二年の関東大震か、今度の九月二十一日のような台風が襲来したと想像してみる。彼らの宗教的畏怖いふの念はわれわれの想像以上に強烈であったであろうが、彼らの受けた物質的損害は些細ささいなものであったに相違ない。前にも述べたように彼らの小屋にとっては弱震も烈震も効果においてたいした相違はないであろうし、毎秒二十メートルの風も毎秒六十メートルの風もやはり結果においてほぼ同等であったろうと想像される。そうして、野生の鳥獣が地震や風雨に堪えるようにこれら未開の民もまた年々歳々の天変を案外楽にしのいで種族を維持して来たに相違ない。そうして食物も衣服も住居もめいめいが自身の労力によって獲得するのであるから、天災による損害は結局各個人めいめいの損害であって、その回復もまためいめいの仕事であり、まためいめいの力で回復し得られないような損害は始めからありようがないはずである。
 文化が進むに従って個人が社会を作り、職業の分化が起こって来ると事情は未開時代と全然変わって来る。天災による個人の損害はもはやその個人だけの迷惑では済まなくなって来る。村の貯水池や共同水車小屋が破壊されれば多数の村民は同時にその損害の余響を受けるであろう。
 二十世紀の現代では日本全体が一つの高等な有機体である。各種の動力を運ぶ電線やパイプやが縦横に交差し、いろいろな交通網がすきまもなく張り渡されているありさまは高等動物の神経や血管と同様である。その神経や血管の一か所に故障が起こればその影響はたちまち全体に波及するであろう。今度の暴風で畿内きない地方の電信が不通になったために、どれだけの不都合が全国に波及したかを考えてみればこの事は了解されるであろう。
 これほどだいじな神経や血管であるから天然の設計に成る動物体内ではこれらの器官が実に巧妙な仕掛けで注意深く保護されているのであるが、一国の神経であり血管である送電線は野天に吹きさらしで風や雪がちょっとばかりつよく触れればすぐに切断するのである。市民の栄養を供給する水道はちょっとした地震で断絶するのである。もっとも、送電線にしても工学者の計算によって相当な風圧を考慮し若干の安全係数をかけて設計してあるはずであるが、変化のはげしい風圧を静力学的に考え、しかもロビンソン風速計で測った平均風速だけを目安にして勘定したりするようなアカデミックな方法によって作ったものでは、弛張しちょうのはげしい風の息の偽週期的衝撃に堪えないのはむしろ当然のことであろう。
 それで、文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向があるという事実を充分に自覚して、そして平生からそれに対する防御策を講じなければならないはずであるのに、それがいっこうにできていないのはどういうわけであるか。そのおもなる原因は、畢竟ひっきょうそういう天災がきわめてまれにしか起こらないで、ちょうど人間が前車の顛覆てんぷくを忘れたころにそろそろ後車を引き出すようになるからであろう。
 しかし昔の人間は過去の経験を大切に保存し蓄積してその教えにたよることがはなはだ忠実であった。過去の地震や風害に堪えたような場所にのみ集落を保存し、時の試練に堪えたような建築様式のみを墨守して来た。それだからそうした経験に従って造られたものは関東震災でも多くは助かっているのである。大震後横浜よこはまから鎌倉かまくらへかけて被害の状況を見学に行ったとき、かの地方の丘陵のふもとを縫う古い村家が存外平気で残っているのに、田んぼの中に発展した新開地の新式家屋がひどくめちゃめちゃに破壊されているのを見た時につくづくそういう事を考えさせられたのであったが、今度の関西の風害でも、古い神社仏閣などは存外あまりいたまないのに、時の試練を経ない新様式の学校や工場が無残に倒壊してしまったという話を聞いていっそうその感を深くしている次第である。やはり文明の力を買いかぶって自然を侮り過ぎた結果からそういうことになったのではないかと想像される。新聞の報ずるところによると幸いに当局でもこの点に注意してこの際各種建築被害の比較的研究を徹底的に遂行することになったらしいから、今回の苦にがい経験がむだになるような事は万に一つもあるまいと思うが、しかしこれは決して当局者だけに任すべき問題ではなく国民全体が日常めいめいに深く留意すべきことであろうと思われる。
 小学校の倒壊のおびただしいのは実に不可思議である。ある友人は国辱中の大国辱だと言って憤慨している。ちょっと勘定してみると普通家屋の全壊百三十五に対し学校の全壊一の割合である。実に驚くべき比例である。これにはいろいろの理由があるであろうが、要するに時の試練を経ない造営物が今度の試験で[#「試験で」は底本では「試練で」]みごとに落第したと見ることはできるであろう。
 小学校建築には政党政治の宿弊に根を引いた不正な施工がつきまとっているというゴシップもあって、小学生を殺したものは○○議員だと皮肉をいうものさえある。あるいは吹き抜き廊下のせいだというはなはだ手取り早で少し疑わしい学説もある。あるいはまた大概の学校は周囲が広い明き地に囲まれているために風当たりが強く、その上に二階建てであるためにいっそういけないという解釈もある。いずれもほんとうかもしれない。しかしいずれにしても、今度のような烈風の可能性を知らなかったあるいは忘れていたことがすべての災厄さいやくの根本原因である事には疑いない。そうしてまた、工事に関係する技術者がわが国特有の気象に関する深い知識を欠き、通り一ぺんの西洋直伝じきでんの風圧計算のみをたよりにしたためもあるのではないかと想像される。これについてははなはだ僣越せんえつながらこの際一般工学者の謙虚な反省を促したいと思う次第である。天然を相手にする工事では西洋の工学のみにたよることはできないのではないかというのが自分の年来の疑いであるからである。
 今度の大阪おおさかや高知こうち県東部の災害は台風による高潮のためにその惨禍を倍加したようである。まだ充分な調査資料を手にしないから確実なことは言われないが、最もひどい損害を受けたおもな区域はおそらくやはり明治以後になってから急激に発展した新市街地ではないかと想像される。災害史によると、難波なにわや土佐とさの沿岸は古来しばしば暴風時の高潮のためになぎ倒された経験をもっている。それで明治以前にはそういう危険のあるような場所には自然に人間の集落が希薄になっていたのではないかと想像される。古い民家の集落の分布は一見偶然のようであっても、多くの場合にそうした進化論的の意義があるからである。そのだいじな深い意義が、浅薄な「教科書学問」の横行のために蹂躙じゅうりんされ忘却されてしまった。そうして付け焼き刃の文明に陶酔した人間はもうすっかり天然の支配に成功したとのみ思い上がって所きらわず薄弱な家を立て連ね、そうして枕まくらを高くしてきたるべき審判の日をうかうかと待っていたのではないかという疑いも起こし得られる。もっともこれは単なる想像であるが、しかし自分が最近に中央線の鉄道を通過した機会に信州しんしゅうや甲州こうしゅうの沿線における暴風被害を瞥見べっけんした結果気のついた一事は、停車場付近の新開町の被害が相当多い場所でも古い昔から土着と思わるる村落の被害が意外に少ないという例の多かった事である。これは、一つには建築様式の相違にもよるであろうが、また一つにはいわゆる地の利によるであろう。旧村落は「自然淘汰しぜんとうた」という時の試練に堪えた場所に「適者」として「生存」しているのに反して、停車場というものの位置は気象的条件などということは全然無視して官僚的政治的経済的な立場からのみ割り出して決定されているためではないかと思われるからである。
 それはとにかく、今度の風害が「いわゆる非常時」の最後の危機の出現と時を同じゅうしなかったのは何よりのしあわせであったと思う。これが戦禍と重なり合って起こったとしたらその結果はどうなったであろうか、想像するだけでも恐ろしいことである。弘安こうあんの昔と昭和の今日とでは世の中が一変していることを忘れてはならないのである。
 戦争はぜひとも避けようと思えば人間の力で避けられなくはないであろうが、天災ばかりは科学の力でもその襲来を中止させるわけには行かない。その上に、いついかなる程度の地震暴風津波洪水こうずいが来るか今のところ容易に予知することができない。最後通牒さいごつうちょうも何もなしに突然襲来するのである。それだから国家を脅かす敵としてこれほど恐ろしい敵はないはずである。もっともこうした天然の敵のためにこうむる損害は敵国の侵略によって起こるべき被害に比べて小さいという人があるかもしれないが、それは必ずしもそうは言われない。たとえば安政元年の大震のような大規模のものが襲来すれば、東京から福岡ふくおかに至るまでのあらゆる大小都市の重要な文化設備が一時に脅かされ、西半日本の神経系統と循環系統に相当ひどい故障が起こって有機体としての一国の生活機能に著しい麻痺症状まひしょうじょうを惹起じゃっきする恐れがある。万一にも大都市の水道貯水池の堤防でも決壊すれば市民がたちまち日々の飲用水に困るばかりでなく、氾濫はんらんする大量の流水の勢力は少なくも数村を微塵みじんになぎ倒し、多数の犠牲者を出すであろう。水電の堰堤えんていが破れても同様な犠牲を生じるばかりか、都市は暗やみになり肝心な動力網の源が一度に涸かれてしまうことになる。
 こういうこの世の地獄の出現は、歴史の教うるところから判断して決して単なる杞憂きゆうではない。しかも安政年間には電信も鉄道も電力網も水道もなかったから幸いであったが、次に起こる「安政地震」には事情が全然ちがうということを忘れてはならない。
 国家の安全を脅かす敵国に対する国防策は現に政府当局の間で熱心に研究されているであろうが、ほとんど同じように一国の運命に影響する可能性の豊富な大天災に対する国防策は政府のどこでだれが研究しいかなる施設を準備しているかはなはだ心もとないありさまである。思うに日本のような特殊な天然の敵を四面に控えた国では、陸軍海軍のほかにもう一つ科学的国防の常備軍を設け、日常の研究と訓練によって非常時に備えるのが当然ではないかと思われる。陸海軍の防備がいかに充分であっても肝心な戦争の最中に安政程度の大地震や今回の台風あるいはそれ以上のものが軍事に関する首脳の設備に大損害を与えたらいったいどういうことになるであろうか。そういうことはそうめったにないと言って安心していてもよいものであろうか。
 わが国の地震学者や気象学者は従来かかる国難を予想してしばしば当局と国民とに警告を与えたはずであるが、当局は目前の政務に追われ、国民はその日の生活にせわしくて、そうした忠言に耳をかす暇いとまがなかったように見える。誠に遺憾なことである。
 台風の襲来を未然に予知し、その進路とその勢力の消長とを今よりもより確実に予測するためには、どうしても太平洋上ならびに日本海上に若干の観測地点を必要とし、その上にまた大陸方面からオホツク海方面までも観測網を広げる必要があるように思われる。しかるに現在では細長い日本島弧にほんとうこの上に、言わばただ一連の念珠のように観測所の列が分布しているだけである。たとえて言わば奥州街道おうしゅうかいどうから来るか東海道から来るか信越線から来るかもしれない敵の襲来に備えるために、ただ中央線の沿線だけに哨兵しょうへいを置いてあるようなものである。
 新聞記事によると、アメリカでは太平洋上に浮き飛行場を設けて横断飛行の足がかりにする計画があるということである。うそかもしれないがしかしアメリカ人にとっては充分可能なことである。もしこれが可能とすれば、洋上に浮き観測所の設置ということもあながち学究の描き出した空中楼閣だとばかりは言われないであろう。五十年百年の後にはおそらく常識的になるべき種類のことではないかと想像される。

 人類が進歩するに従って愛国心も大和魂やまとだましいもやはり進化すべきではないかと思う。砲煙弾雨の中に身命を賭として敵の陣営に突撃するのもたしかに貴たっとい日本魂やまとだましいであるが、○国や△国よりも強い天然の強敵に対して平生から国民一致協力して適当な科学的対策を講ずるのもまた現代にふさわしい大和魂の進化の一相として期待してしかるべきことではないかと思われる。天災の起こった時に始めて大急ぎでそうした愛国心を発揮するのも結構であるが、昆虫こんちゅうや鳥獣でない二十世紀の科学的文明国民の愛国心の発露にはもう少しちがった、もう少し合理的な様式があってしかるべきではないかと思う次第である。
(昭和九年十一月、経済往来)


[ 続きを読む » ]