2017年09月12日の記事 (1/1)

マグネシウム

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編集日記 9/12
   
 きょうの日付である「12」の数字から何を連想するだろうか。時計やカレンダー、はたまた野球ファンならば、プロ野球巨人で活躍した相馬市出身の鈴木尚広さんの選手時代の背番号か。

 化学や物理に関心が高い人は原子番号12のマグネシウムが思い浮かぶかもしれない。元素記号「Mg」とともに元素周期表などで、この番号に覚えがある人もいるだろう。

 マグネシウムは人の体に必要な栄養素のミネラルの一つ。食事で多く摂取している人は少ない人に比べて心筋梗塞など心疾患になるリスクが3割以上低いとする調査結果を今月、国立がん研究センターなどが発表した。

 マグネシウムが豊富な大豆では、福島市は2015年、都道府県庁所在地の1世帯当たり年間購入額で納豆は1位、豆腐は4位だった。同市に限らず県民のマグネシウム適量摂取は引けを取らないとみえるが、本県の心疾患による死亡率は同年全国で5番目に高く、重い課題となっている。

 周期表ではマグネシウムと隣同士でも原子番号11のナトリウムは塩分に関わるミネラルで、心疾患予防には取り過ぎに注意が必要だ。県民が栄養バランスの良い食生活を心がけることは本県の健康長寿県づくりの推進力になる。

姦通罪

鳴潮 9/12

 いいか悪いか、と問われれば、良くはない、と答える。それでも、ここ数年の不倫たたきには、いささか辟易(へきえき)している。それほどの「大罪」なら、いっそのこと不倫防止法でも作ればどうか。
 
 そんな愚かな、と笑う向きもあろう。だが事実として戦後すぐの1947年まで、刑法に存在していたのである。「姦通(かんつう)罪」である。不貞を働いた妻を裁く法律だった。
 
 選択的夫婦別姓導入の議論もある男女平等の現代だ。ちょっと手を入れて、夫の裏切りも問うようにすればいい。「伝統的な家族観」の防衛に、大いに役立つかもしれない。
 
 聖書に書いてある。<だれでも情欲をいだいて女を見る者は、心の中ですでに姦淫(かんいん)をしたのである>。罪は、実行前から始まっている。倫理を問うのなら、共謀罪よろしく心の中まで裁くべきだ。
 
 そんな法律が実現するはずがない。しかし、そうそう安心していられる状況か。確かに目に余る例もあるけれど、現に法がなくても「人民裁判」で有罪判決が連発されている。
 
 芸能人と一緒にはできないが、つまらないことでは変わらない。山尾志桜里元政調会長が疑惑を否定しつつ、責任をとって民進党を去った。つまらないとは何事か、とお怒りの方もおられよう。その通りで不倫は褒められたものではない。けれども、国の一大事のように騒ぐ話とも思えない。

最後の現役引退

南風録 9/12

 最初の現役引退は全盛期を迎えた26歳だった。日本女子テニス界第一人者の伊達公子さんである。1996年秋、早過ぎる突然の表明に惜しむ声が相次いだ。

 その夏のウィンブルドン準決勝では、女王グラフ選手と日没順延にもつれ込む死闘を演じたばかりだった。笑みを浮かべ、「悲しい気持ちは全くない。残りの人生を楽しみたい」とコートを去った。

 身長164センチと小柄だが、球の跳ね際をたたくライジングショットを武器に強豪と渡り合った。世界ランク4位を最高に3年間トップ10入りを果たした。ひたむきにプレーしたたまものだ。

 引退後、鹿児島市で開いた子どもテニス教室で話を聞いたことがある。「私もただ楽しくて6歳から練習に通っていた。遊びながら楽しさを感じてほしい」。勝負師の厳しい表情ではなく、包み込むような優しいまなざしが印象的だった。

 それだけに37歳での現役復帰に驚いた。「若手が羽ばたくよう刺激したい」という動機は、テニス界を愛するこの人らしい。翌年にツアー通算8勝目を挙げたものの膝や肩の故障に泣かされてきた。とうとう競技生活にピリオドを打つ。

 名選手の引き際は難しい。自著「幸福論」(PHP新書)にこう記した。「テニスを好きなままでいたい。嫌いにならずに2回目の引退を迎えたい」。きょう現役最後の大会に挑む。46歳の真骨頂を、心に焼き付けたい。

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がんばりすぎない、こだわらない、ありのままに! 40代、すべてを楽しみに変える「幸福のおまじない」とは?

 2014年9月、40代で全米オープンのダブルスで準決勝まで勝ち進んだ著者。

 著者は「第一キャリアの引退から、かれこれ十八年。あの時は、心が疲れていた。好きなテニスが好きではなくなっていた。それまでは楽しくて仕方なかったテニスなのに。でも今は、歳を重ねることさえ、楽しみ。テニスを純粋に美しいスポーツ、いいスポーツだと思えるようになった」と言う。

 今、著者が明らかに実感するのは「自分が変わった」ということだ。「ライジングショット」で世界中のテニスファンを熱狂させた当時でも、ツアーでの海外転戦は苦手だったのに、今はそれすらも楽しい。

 著者を変えたものはなんだったのかを明らかにし、今、この瞬間を輝かせる生き方を提案する。

郵便物

天地人 9/12

 郵便で、週刊誌や月刊誌が送られてくる。まず目にとまるのは封筒である。大きさ、紙質、色、感触…。<それぞれ他にはない特色があり、鑑賞に値する>。荒川洋治さんが、エッセー『封筒の世界』で<封筒学>を展開する。

 米テレビ人気キャスターへの手紙を開封した担当者は、封筒にさしたる興味は、もっていなかったと思う。なかにスプーン1杯分の白い粉が入っていたことにも、気づいたかどうか。開封された手紙をあつかったキャスターの秘書が、炭疽(たんそ)菌に感染し、発症した。

 炭疽菌は、炭疽という伝染病の原因であり、きわめて危険な病原体らしい。白い粉は、炭疽菌が休眠するときの芽胞(がほう)である。生田哲さんの『炭疽菌の恐怖』(主婦と生活社)に教わった。米国のメディアや政治家などに、だれかが白い粉の入った郵便物を送りつづけたという。死者も出た。

 手紙の文面から、炭疽菌によるバイオテロは、イスラム過激派のかかわりを、うかがわせた。密接に関連することを強く印象づけた米中枢同時テロは、2001年9月11日、16年前のきのう起きた。

 荒川さんは、好きな封筒を見つけたとき、うれしくて<感動にふるえる>という。9.11のとき、小欄は三沢にいた。米軍三沢基地内でも、炭疽菌騒ぎがあったと記憶する。支局に毎日くる郵便物を開封する作業は、緊張で、手がふるえた。誇張ではなしに。

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内容紹介
『夜のある町で』『忘れられる過去』につづくエッセイ集である本書『世に出ないことば』について、あとがきで著者は、こう書いている。
「読書が、この本の中心になった。いろんな作品を読み、以下のことを感じた。
文章は、どの人のものも、ことばという木の葉をいくつか、ときには、いっぱいつけて出てくる。身がかくれるようないでたちで、登場する。書きたくはなかったこと、そうは思えなかったこと、急だったこと、いまは埋めておきたいこと、このあとで気づくことになることなどが、あるためだろう。そのあたりは光が足りず、なかなか決められないものだ。文章にも、ことばひとつにも、世に出ない世界があるのだ。そのまわりを歩いた。木の葉をつけて、歩いてみた。」
「水曜日の戦い」「ぼくのせっけん」「悲しくはない絵」「封筒の世界」「東京にはいない人」など66編。いちばん気になる作家の、いまとこれからが、つまっている。

内容(「BOOK」データベースより)
「文章にも、ことばひとつにも、世に出ない世界があるのだ。」名作『夜のある町で』『忘れられる過去』につづき、読書を中心とした、待望の最新エッセイ集。「水曜日の戦い」「ぼくのせっけん」「悲しくはない絵」「封筒の世界」「東京にはいない人」など66編。

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内容(「BOOK」データベースより)
“見えない兵器”無差別バイオテロの戦慄。炭疽菌のすべての疑問を徹底解説。

内容(「MARC」データベースより)
もはや他人事ではない「見えない兵器」無差別バイオテロの戦慄。炭疽菌を取り上げて、初歩からわかりやすく解説。また、巻末でテロに使用される可能性のある生物兵器を取り上げ、特徴、症状、治療法等について簡単に紹介する。

焼跡

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中日春秋 9/11

<メキシコを旅すると、到るところで、群衆を見る。かれらは、集団になることが好きだ>と書いたのは、一九二三年から三六年まで、メキシコで暮らした画家・北川民次だ。

かの国の素朴な風土と人々をどっしりした筆遣いで描き、現地の子どもたちに自由に絵を描くことの素晴らしさを伝えた画家は、メキシコの群衆を、こう評した。<かれらは笑う。歌う。歓喜する。それはちょうど大きなひとつの肉体のように…ゆるやかに生きて動くのだ>

今、メキシコの街角にあるのは、不安のために寄り集い、隣人らの悲しみを受け止めて身をよじる、「大きなひとつの肉体」のような群衆だろうか。

巨大な揺れがメキシコ南部を襲い、九十人を超える人々の命が奪われた。住民らは屋外での避難生活を強いられ、ハリケーンによる大雨に見舞われている地域もあるという。

「この街をどう再建したら、いいか。まるで分からない」。現地から伝えられる声は、地震と台風の国・日本にとっては、まるで隣人の声のように響く。

北川民次には、一九四五年に描かれた「焼跡」という傑作がある。廃虚となった街で、顔を両手で覆って泣く母親。だが、そのもんぺをつかみ引っ張る女の子の左手には、生命力の象徴のような二本の大きな大根が、しっかりと握られている…。メキシコの被災地にも、そんな親子の姿がきっとあるはずだ。

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