2017年09月06日の記事 (1/1)

ひよっこ

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いばらき春秋 9/6

「おはようございます。増田明美です。きょうから半年間、声のお付き合い、よろしくお願いします」。本県も舞台となっているNHK連続テレビ小説「ひよっこ」。4月3日放送の第1回は増田さんのナレーションから始まった。

ドラマの冒頭でナレーターがいきなりあいさつしたのが印象的だった。増田さんは体育教師役で出演もした。

1984年のロサンゼルス五輪で初めて実施された女子マラソンに出場した増田さんは引退後、スポーツジャーナリストや解説者として活躍している。10月に水戸市で開催される「水戸黄門漫遊マラソン」には、昨年に続き、ゲストランナーとして参加する予定だという。

マラソン解説では丁寧な取材に基づき、時に趣味や家族構成などプライベート情報も交えながら選手の人となりを紹介する。解説、ナレーションとも選手や出演者への愛情を感じさせるような柔らかな語り口だ。

「ひよっこ」は架空の「奥茨城村」から就職のため上京し懸命に生きる主人公、谷田部みね子を有村架純さんが演じている。

撮影は全て終わり、30日の最終回へ向けドラマはいよいよヤマ場を迎える。みね子の行く末はどうなるのか。展開を気に掛けながらテレビの前に座る日々が続きそうだ。

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動物会議

斜面 9/6

人間は戦争を繰り返し平和会議を何度開いても意見が一致しない。このままでは子どもたちがかわいそう―。そう心配した世界中の動物たちが集まって知恵を絞る。ドイツの作家エーリヒ・ケストナーの「動物会議」(1949年)だ。

 第2次世界大戦後、争いの火種がくすぶる時代に書かれた。動物たちが起こしたのは非暴力の反乱だ。国境をなくすなど新たなルールを政治家に約束させる過程は、ユーモアと皮肉にあふれる。そのケストナーならどう描くだろうか。海洋汚染の問題だ。

 海に漂うプラスチックごみが増え続け、生態系への影響が懸念されている。魚はレジ袋などが紫外線や波で砕かれてできた微細なマイクロプラスチックを体内に取り込みやすい。京都大の専門家の調査によれば、東京湾のカタクチイワシは8割が消化管から微細プラが見つかった。

 昨年、ドイツの北海沿岸に打ち上げられて死んだマッコウクジラを研究者が解剖した。すると4頭の胃から自動車のエンジンカバーやバケツなどプラスチックごみが出てきた。直接の死因は心不全だったが、大量のごみは消化管を傷つける恐れがあった。

 クジラの胃のプラスチックごみは人間の責任を厳しく問うている―。カナダの研究者はそう指摘する(米誌ナショナルジオグラフィック日本版)。「動物会議」の動物たちは子どもに地球の未来を託して警鐘を鳴らした。環境問題こそ人間が自ら国境を超えて取り組まねば面目が立たない。

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この『動物会議』は、ドイツのエーリヒ・ケストナー(Erich Kästner)の児童書である。

時代は、第2次世界大戦後。当日、人間社会では、各国の首脳たちが世界平和国際会議を何度も開くが、決裂に終わってばかりの体たらく。

こうした不毛な会議を繰り返している人間達に業をにやした動物が立ちあがった。子どもたちのために自分たちで「動物会議」を開催するのだと!

舞台は、世界一ヘンテコな世界一大きな動物ビルである。ここに、南極・北極も含め世界各地から次々と動物たちがやってきて『子どもたちのために!』と書かれた幕を掲げて「動物会議」を開く。既に87回目を数える人間たちの国際会議と同じ日に開催するが、動物会議は、最初で最後の「動物会議」だ。

そして、人間に対して動物たちは、平和を提案した。しかし、人間は動物たちの要求を断固拒否した。「口出しをするな」と。

ミッキーマウスによって出された提案で、懲りない人間社会に対する戦術が幾つも展開する。その中で最も効果的であったのは、すべての子供が、地上からいなくなったことであった。


「子どもたちの未来を政治家に任せられない。子どもたちのために子どもの未来をぼくたちが引き継ぎます。政治家たちが分別ある政治をすると約束しない限り、親は子供たちに会えないでしょう。」と毅然と発した象オスカルの声明は、まさにいまの時代に通用する。

面白いのは、こうした子供隠し戦略も奏功して、人間の政治家たちが動物と調印したことである。そしてこの条約の条文には、こんな面白い、苦笑いしてしまうような条件が盛り込まれている。

「役所、役人および書類保管庫は、どうしても必要な最小の数にまでこれを削減する。役所は人間のためにある。その逆ではない。」

どこかの極東の経済大国の政府首脳にも聞かせたいメッセージである。

そして、我が国でも、もうそろそろ『子どもたちのために!』と書かれた幕を掲げて「動物会議」を開く時期がきたかもしれない。

【エーリヒ・ケストナー】
エーリヒ・ケストナー(1899-1974)は,ドイツの詩人・作家。、「エミールと探偵たち」「点子ちゃんとアントン」「飛ぶ教室」「ふたりのロッテ」などの代表作がある。ドレスデンの貧しい家庭に育ちながらも、大学まで進む。新聞記者をへて、ベルリンで詩人として認められる。『エーミールと探偵たち』(1929年)で成功をおさめて以後、つぎつぎと子どもたちのための小説を執筆した。ナチス政権下で出版を禁じられたが、屈することなく執筆を続けた。戦後は、西ドイツペンクラブ初代会長としても活躍。1960年、国際アンデルセン大賞を受賞した。

正当にこわがる

凡語 9/6

物理学者で随筆家の寺田寅彦が、夏の軽井沢で浅間山の噴火に出くわした。

山道を登りかけていた4人連れに、下山してきた学生が「なんでもないですよ」。それを聞いた現地の駅員が首を左右に振りながら、「いや、そうでないです。そうでないです」

寺田が書いている。<ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしい>(小爆発二件)。昨今よく口にされる「正しく恐れる」の出どころだ。

先週、Jアラート(全国瞬時警報システム)が北朝鮮のミサイル発射を北海道など12道県に速報した。「頑丈な建物や地下に避難して」。Jアラートは呼びかけたが、自宅にいた人などは、どうすればいいのか分からず戸惑ったという。

ミサイルが日本に落下する可能性があれば「物陰に身を隠し、地面に伏せて」「窓から離れて」と呼びかけが追加される。万一に備えた命に関わる情報だ。しかし事前の周知と認識が足りないと、不安をかき立てることにもなる。

今回のJアラートをめぐり「危機感をあおっている」「平和ボケだ」という応酬が起きている。こわがり過ぎなのか、こわがらな過ぎなのか。北朝鮮の脅威が重苦しい。正当にこわがるのはむずかしいが、極論には惑わされてはなるまい。

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「小爆発二件」

寺田寅彦

 昭和十年八月四日の朝、信州しんしゅう軽井沢かるいざわ千せんが滝たきグリーンホテルの三階の食堂で朝食を食って、それからあの見晴らしのいい露台に出てゆっくり休息するつもりで煙草たばこに点火したとたんに、なんだかけたたましい爆音が聞こえた。「ドカン、ドカドカ、ドカーン」といったような不規則なリズムを刻んだ爆音がわずか二三秒間に完了して、そのあとに「ゴー」とちょうど雷鳴の反響のような余韻が二三秒ぐらい続き次第に減衰しながら南の山すそのほうに消えて行った。大砲の音やガス容器の爆発の音などとは全くちがった種類の音で、しいて似よった音をさがせば、「はっぱ」すなわちダイナマイトで岩山を破砕する音がそれである。「ドカーン」というかな文字で現わされるような爆音の中に、もっと鋭い、どぎつい、「ガー」とか「ギャー」とかいったような、たとえばシャヴェルで敷居の面を引っかくようなそういう感じの音がまじっていた。それがなんだかどなりつけるかまたしかり飛ばしでもするような強烈なアクセントで天地に鳴り響いたのであった。
 やっぱり浅間あさまが爆発したのだろうと思ってすぐにホテルの西側の屋上露台へ出て浅間のほうをながめたがあいにく山頂には密雲のヴェールがひっかかっていて何も見えない。しかし山頂から視角にしてほぼ十度ぐらいから以上の空はよく晴れていたから、今に噴煙の頭が出現するだろうと思ってしばらく注意して見守っていると、まもなく特徴ある花甘藍コーリフラワー形の噴煙の円頂が山をおおう雲帽の上にもくもくと沸き上がって、それが見る見る威勢よく直上して行った。上昇速度は目測の結果からあとで推算したところでは毎秒五六十メートル、すなわち台風で観測される最大速度と同程度のものであったらしい。
 煙の柱の外側の膚はコーリフラワー形に細かい凹凸おうとつを刻まれていて内部の擾乱渦動じょうらんかどうの劇烈なことを示している。そうして、従来見た火山の噴煙と比べて著しい特徴と思われたのは噴煙の色がただの黒灰色でなくて、その上にかなり顕著なたとえば煉瓦れんがの色のような赤褐色せきかっしょくを帯びていることであった。
 高く上がるにつれて頂上の部分のコーリフラワー形の粒立った凹凸が減じて行くのは、上昇速度の減少につれて擾乱渦動の衰えることを示すと思われた。同時に煙の色が白っぽくなって形も普通の積乱雲の頂部に似て来た、そうしてたとえば椎蕈しいたけの笠かさを何枚か積み重ねたような格好をしていて、その笠の縁が特に白く、その裏のまくれ込んだ内側が暗灰色にくま取られている。これは明らかに噴煙の頭に大きな渦環ヴォーテックスリングが重畳していることを示すと思われた。
 仰角から推算して高さ七八キロメートルまでのぼったと思われるころから頂部の煙が東南になびいて、ちょうど自分たちの頭上の方向に流れて来た。
 ホテルの帳場で勘定をすませて玄関へ出て見たら灰が降り初めていた。爆発から約十五分ぐらいたったころであったと思う。ふもとのほうから迎いに来た自動車の前面のガラス窓に降灰がまばらな絣模様かすりもようを描いていた。
 山をおりる途中で出会った土方らの中には目にはいった灰を片手でこすりながら歩いているのもあった。荷車を引いた馬が異常に低く首をたれて歩いているように見えた。避暑客の往来も全く絶えているようであった。
 星野温泉ほしのおんせんへ着いて見ると地面はもう相当色が変わるくらい灰が降り積もっている。草原の上に干してあった合羽かっぱの上には約一ミリか二ミリの厚さに積もっていた。
 庭の檜葉ひばの手入れをしていた植木屋たちはしかし平気で何事も起こっていないような顔をして仕事を続けていた。
 池の水がいつもとちがって白っぽく濁っている、その表面に小雨でも降っているかのように細かい波紋が現滅していた。
 こんな微量な降灰で空も別に暗いというほどでもないのであるが、しかしいつもの雨ではなくて灰が降っているのだという意識が、周囲の見慣れた景色を一種不思議な淒涼せいりょうの雰囲気ふんいきで色どるように思われた。宿屋も別荘もしんとして静まり返っているような気がした。
 八時半ごろ、すなわち爆発から約一時間後にはもう降灰は完全にやんでいた。九時ごろに出て空を仰いで見たら黒い噴煙の流れはもう見られないで、そのかわりに青白い煙草たばこの薄けむりのようなものが浅間のほうから東南の空に向かってゆるやかに流れて行くのが見えた。最初の爆発にはあんなに多量の水蒸気を噴出したのが、一時間半後にはもうあまり水蒸気を含まない硫煙のようなものを噴出しているという事実が自分にはひどく不思議に思われた。この事実から考えると最初に出るあの多量の水蒸気は主として火口の表層に含まれていた水から生じたもので、爆発の原動力をなしたと思われる深層からのガスは案外水分の少ないものではないかという疑いが起こった。しかしこれはもっとよく研究してみなければほんとうの事はわからない。
 降灰をそっとピンセットの先でしゃくい上げて二十倍の双眼顕微鏡でのぞいて見ると、その一粒一粒の心核には多稜形たりょうけいの岩片があって、その表面には微細な灰粒がたとえて言えば杉すぎの葉のように、あるいはまた霧氷のような形に付着している。それがちょっとつま楊枝ようじの先でさわってもすぐこぼれ落ちるほど柔らかい海綿状の集塊となって心核の表面に付着し被覆しているのである。ただの灰の塊かたまりが降るとばかり思っていた自分にはこの事実が珍しく不思議に思われた。灰の微粒と心核の石粒とでは周囲の気流に対する落下速度が著しくちがうから、この両者は空中でたびたび衝突するであろうが、それが再び反発しないでそのまま膠着こうちゃくしてこんな形に生長するためには何かそれだけの機巧がなければならない。
 その機巧としては物理的また化学的にいろいろな可能性が考えられるのであるが、それもほんとうのことはいろいろ実験的研究を重ねた上でなければわからない将来の問題であろうと思われた。
 一度浅間あさまの爆発を実見したいと思っていた念願がこれで偶然に遂げられたわけである。浅間観測所の水上みなかみ理学士に聞いたところでは、この日の爆発は四月二十日はつかの大爆発以来起こった多数の小爆発の中でその強度の等級にしてまず十番目くらいのものだそうである。そのくらいの小爆発であったせいでもあろうが、自分のこの現象に対する感じはむしろ単純な機械的なものであって神秘的とか驚異的とかいった気持ちは割合に少なかった。人間が爆発物で岩山を破壊しているあの仕事の少し大仕掛けのものだというような印象であった。しかし、これは火口から七キロメートルを隔てた安全地帯から見たからのことであって、万一火口の近くにでもいたら直径一メートルもあるようなまっかに焼けた石が落下して来て数分時間内に生命をうしなったことは確実であろう。
 十時過ぎの汽車で帰京しようとして沓掛くつかけ駅で待ち合わせていたら、今浅間からおりて来たらしい学生をつかまえて駅員が爆発当時の模様を聞き取っていた。爆発当時その学生はもう小浅間こあさまのふもとまでおりていたからなんのことはなかったそうである。その時別に四人連れの登山者が登山道を上りかけていたが、爆発しても平気でのぼって行ったそうである。「なになんでもないですよ、大丈夫ですよ」と学生がさも請け合ったように言ったのに対して、駅員は急におごそかな表情をして、静かに首を左右にふりながら「いや、そうでないです、そうでないです。――いやどうもありがとう」と言いながら何か書き留めていた手帳をかくしに収めた。
 ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしいことだと思われた。○○の○○○○に対するのでも△△の△△△△△に対するのでも、やはりそんな気がする。

 八月十七日の午後五時半ごろにまた爆発があった。その時自分は星野温泉ほしのおんせん別館の南向きのベランダで顕微鏡をのぞいていたが、爆音も気づかず、また気波も感じなかった。しかし本館のほうにいた水上みなかみ理学士は障子にあたって揺れる気波を感知したそうである。また自分たちの家の裏の丘上の別荘にいた人は爆音を聞き、そのあとで岩のくずれ落ちるような物すごい物音がしばらく持続して鳴り響くのを聞いたそうである。あいにく山が雲で隠れていて星野のほうからは噴煙は見えなかったし、降灰も認められなかった。
 翌日の東京新聞で見ると、四月二十日はつか以来の最大の爆発で噴煙が六里の高さにのぼったとあるが、これは信じられない。素人しろうとのゴシップをそのままに伝えたいつもの新聞のうそであろう。この日の降灰は風向の北がかっていたために御代田みよたや小諸こもろ方面に降ったそうで、これは全く珍しいことであった。
 当時北軽井沢きたかるいざわで目撃した人々の話では、噴煙がよく見え、岩塊のふき上げられるのもいくつか認められまた煙柱をつづる放電現象も明瞭めいりょうに見られたそうである。爆音も相当に強く明瞭に聞かれ、その音の性質は自分が八月四日に千せんが滝たきで聞いたものとほぼ同種のものであったらしい。噴煙の達した高さは目撃者の仰角の記憶と山への距離とから判断してやはり約十キロメートル程度であったものと推算される。おもしろいことには、噴出の始まったころは火山の頂をおおっていた雲がまもなく消散して山頂がはっきり見えて来たそうである。偶然の一致かもしれないが爆発の影響とも考えられないことはない。今後注意すべき現象の一つであろう。
 グリーンホテルではこの日の爆音は八月四日のに比べて比較にならぬほど弱くて気のつかなかった人も多かったそうである。
 火山の爆音の異常伝播いじょうでんぱについては大森おおもり博士の調査以来藤原ふじわら博士の理論的研究をはじめとして内外学者の詳しい研究がいろいろあるが、しかし、こんなに火山に近い小区域で、こんなに音の強度に異同のあるのはむしろ意外に思われた。ここにも未来の学者に残された問題がありそうに思われる。
 この日峰みねの茶屋ちゃや近くで採集した降灰の標本というのを植物学者のK氏に見せてもらった。霧の中を降って来たそうで、みんなぐしょぐしょにぬれていた。そのせいか、八月四日の降灰のような特異な海綿状の灰の被覆物は見られなかった。あるいは時によって降灰の構造がちがうのかもしれないと思われた。
 翌十八日午後峰の茶屋からグリーンホテルへおりる専用道路を歩いていたらきわめてかすかな灰が降って来た。降るのは見えないが時々目の中にはいって刺激するので気がついた。子供の服の白い襟えりにかすかな灰色の斑点はんてんを示すくらいのもので心核の石粒などは見えなかった。
 ひと口に降灰とは言っても降る時と場所とでこんなにいろいろの形態の変化を示すのである。軽井沢かるいざわ一帯を一メートル以上の厚さにおおっているあの豌豆大えんどうだいの軽石の粒も普通の記録ではやはり降灰の一種と呼ばれるであろう。
 毎回の爆発でも単にその全エネルギーに差等があるばかりでなく、その爆発の型にもかなりいろいろな差別があるらしい。しかしそれが新聞に限らず世人の言葉ではみんなただの「爆発」になってしまう。言葉というものは全く調法なものであるがまた一方から考えると実にたよりないものである。「人殺し」「心中」などでも同様である。
 しかし、火山の爆発だけは、今にもう少し火山に関する研究が進んだら爆発の型と等級の分類ができて、きょうのはA型第三級とかきのうのはB型第五級とかいう記載ができるようになる見込みがある。
 S型三六号の心中やP型二四七号の人殺しが新聞で報ぜられる時代も来ないとは限らないが、その時代における「文学」がどんなものになるであろうかを想像することは困難である。
 少なくも現代の雑誌の「創作欄」を飾っているようなあたまの粗雑さを成立条件とする種類の文学はなくなるかもしれないという気がする。
(昭和十年十一月、文学)


胸からジャック。

正平調 9/6

〈生きているうちに、生まれ変わろう〉(こしみず幸三)。広告コピーの名文ばかり集めた「胸からジャック。」(真木準著、大和書房)にあった。

読者の想像力に…ということなのか、何の宣伝に使われていたかは書かれていない。不思議なもので、胸に心地よいフレーズが時に悲しみをはらむこともある。〈生きているうちに〉がその人の無念に重なった。

長崎で被爆し、反核運動を引っぱった谷口稜曄(すみてる)さんが先週、88歳で亡くなった。被爆で赤く焼けただれた背中の写真を掲げ「目をそらさないで」と訴え続けた人である。

命あるうちに核のない、生まれ変わった世界を見たい。その一心だったろう。それがあるとき「もう疲れました」と語っていた。徒労感の影には、いくら声をからしても耳を傾けぬ大国と、関心の高まらない世間へのじくじたる思いがあったに違いない。

もう6度目だ。北朝鮮の核実験による衝撃は、初めのころに比べて薄まった。憤りはもちろんだが「またか…」といううんざりした気持ちが強い。どこかで慣れてしまっている。谷口さんは憤激しているだろう。

自戒をこめてコピー集からもう一文。〈異常も、日々続くと、正常になる〉(仲畑貴志)。異常に慣れてはいけない。怒りを忘れてはならない。

…………………………

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タイトル(『胸からジャック』の「ジャック」は「惹句」のカナ表記。漢字の字面からは言わんとすることがにじみ出てる。

最小最短の文字数で、しかもたった一言で、胸のすくように事象の正鵠を射る。
コピーは表現目的こそ純粋ではないが、表現創意そのものは純粋である。

読んだというより眺めたに近い(章ごとに1ページ文章、あとはチョイスしたコピーに、チョイスした写真を見開きで配置して、1フレーズコメント、という構成)。言葉を扱う仕事をしていることへの内省が窺い知れて面白い。

おいしい生活
恋を何年、休んでいますか。
鶯は誰にも媚びずホーホケキョ
好きだから、あげる
女の胸はバストといい、男の胸はハートと呼ぶ
優しさを超えるものがあるとしたら、熱さだ。
シアワセはシワとアセでできている。
何も足さない。何も引かない。
僕の前に道はない。僕の後に道はできる。
恋が着せ、愛が脱がせる
夏はハタチで止まっている。
春なのにコスモスみたい。
秋はからだを春。
つくりながら、つくろいながら、くつろいでいる
熱き血潮の冷えぬ間に
薔薇と書けなくてもバラにはなれる。
君のひとみは10000ボルト
ロマンチックが、したいなぁ。
男は、体のどっかで、20才。
目的があるから、弾丸は速く飛ぶ。
女性の美しさは都市の一部分です。
飲む時は、ただの人。
笑い声泣き声は、ときどき似ている。
あなたのヌードはちゃんとエッチですか。
四十才は二度目のハタチ。
なぜ年齢をきくの
昨日は、何時間生きていましたか。
あんたも発展途上人。
男には、見えない翼があるんだよ。
愛は無断でやってくる。

負けました

有明抄 9/6

 快進撃を続ける将棋の藤井聡太四段が「憧れの存在」として名を挙げる谷川浩司九段は、その終盤の手際から「光速の寄せ」などと呼ばれる。

名人に長く在位し、永世名人の資格も持つが、厳しい勝負の世界をどう生きてきたかをうかがわせる言葉がある。「負けましたとはっきり言える人は強くなる。これをいいかげんにしている人は上には行けない」。たとえ、プライドをへし折られようとも、その現実に向き合わなければ成長はないというわけだ。

先日、気になる“敗北”があった。将棋ではなく、地震予知の分野である。これまで40年にわたって「予知できる」としてきた巨大地震について、国の検討委員会が「科学的な確立した手法はない」として、根本から見直す方針転換を決めた。いわば、白旗を揚げた格好である。

これまでは、巨大地震の前に生じるひずみ「プレスリップ」の動きを察知できれば、予知は可能だと考えられてきた。その前提に立って、さまざまな防災対策や法制度も組み立てられてきた経緯がある。

ここまで研究が進んだからこそ、予知の難しさが分かったのかもしれないが、人命がかかっている以上、いつまでも希望的観測にしがみついてはいられない。「今の科学では地震は予知できない」-。その現実をはっきり受け入れる。そこから新たな一歩が始まる。

…………………………

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谷川浩司の名言集

「負けました」
といって頭を下げるのが、
正しい投了の仕方。
つらい瞬間です。
でも「負けました」と
はっきり言える人はプロでも強くなる。
これをいいかげんにしている人は
上にいけません。

何度も何度も負けたとしても、
自分の道をひたすら歩き続ければ、
やがてそこに一本の道が拓けてくる。

余りに多くの情報を手に入れすぎると、
逆に先入観に囚われて
独自の発想が出なくなる。

大事なのは
「見て忘れる」ことです。

本当に強い人とは、
対局中にも
人への配慮を忘れないような、

心のゆとりを
もっている人だと思う。

相手の選択肢を狭くする
指し方を選ぶと、

自分の選択肢も同様に
狭くなってしまうという傾向もあります。

実力のある人は、
姿勢からして端正である。

自らの負けを潔く認めることが、
次の勝利へと
つながっていくのである。

最初から強い人はいないわけで、
やはり最初は負けっぱなしですから。

「何を!」と思って続けていく人が
強くなるのでしょう。

それは何にでも最初あるんでしょうね。
「負けず嫌い」
というのがないと上がれない。

いいときは焦らない。
悪いときはあきらめない。

反省は、失敗を客観的に分析して、
これからに生かせる未来思考なのだ。

勝負師の条件は、
負けた悔しさをバネに勝つことだ。

そして、勝ちたいという気持ちを
持ち続けることである。

敗者の美学という言葉があるが、
負けて満足するのは自己満足でしかない。

普段(練習将棋で)は
自分が一番弱いと思って指し、
大会では自分が一番強いと思って指す。

大事なのは、
負けた経験や挫折感を、
後の人生でどう生かすかです。

生かすことができれば、
負けや失敗は
長い人生の中で失敗にならなくなる。

むしろ、
とても大切な糧にできる。

落とし穴がある。
経験はプラスにもなるが、
マイナスになることもあるのだ。

迷ったときは原点に戻って
再スタートすればいい。
それが、いい人生につながる。

ミスには、それ以前に、
誘発する他の原因がある。

勝負の世界に
偶然はありません。

一夜漬けは通用しない。
毎日毎日の積み重ねが
すべてなんです。

才能という言葉が必要になるのは、
ある高さまでいってからで、
努力によって
自分の力を最大限にまで高め、
その限界を乗り越えようとする時に、
初めて才能というものが
必要になってくるのではないだろうか。

物事を推し進めていくうえで、
その土台となるのは
創造力でも企画力でもない。

いくら創造力や企画力を
働かせようとしても、
道具となる知識や材料となる
情報がなければ何も始まらないのだ。

知識は、頭の中に貯えられた
記憶の体験が土台になるのである。

充実している時にこそ、
現状を打破する
やる気を持つことが大切なのだ。

一流の素質は、
「好き」と「努力をし続けられる」こと。

まったく関わりない偶然としての
幸運などない。

積み重ねた努力や、そうした自分を
盛り上げてくれる人たちに
応えようとする気力が、
無意識のうちに局面に最良の一手としての
“強運”を導いてくれるのではないか。

現状は悲観的に、
将来は楽観的に。

強い人ほど個性がある。
四、五段の人はそれほど個性もないから
何々流といった名前もつけられていない。

段が上がっていくにつれて
個性が強くなってくる。

ひとつには
自信ということがあると思います。

下のうちはこんな手をさしちゃって
笑われるかなと思いますけど、
上になっていくほどこれでいいんだ、
正しいんだと自分に自信がついてくるから。

毎日の努力の積み重ねを、
それほど苦にせずにできることこそ、
才能といえる。

勝っても、それで
自信過剰になり、努力を怠れば
勝ったことがマイナスになる。

負けたとしても、
その敗因を冷静に判断し、
次につなげるべく努力していけば
負けたことがプラスになる。

強くなる時に、
あまり苦労しないで
効率よく強くなった人は、
弱くなるのも早いのではなかろうか。

何事に対しても
“できる”という方向で考えないと、
物事は進まないのである。

“できる”という方向から攻めると、
思わぬアイデアが生まれるものだ。

勝負事に限らず、
何事も腰がひけては前に進めない。

攻めの気持ちがあると、
集中力が高まり、
迷いが吹っ切れる。

本当の強さとは、
どういうものか?

それは、
見たこともない局面を見せられ、
その中で最善手を
自力で発見できるか、
どうかなのである。

「こうあるべきだ」という思考からは、
柔軟な発想は生まれないのだ。

当たり前の中に隠された物を
探り出そうという発想が、
固定観念を打破するもとになるのである。

ただ時間を費やして
考えているだけでは意味がないのだ。

何を何のために
どう方向づけて考えるのか。

思考とは結果を導き出さなければ、
ただの時間の無駄遣いでしかない。

他の人が『これは無理だよ』
と思っていても、

自分が『できる』と思っている間は、
可能性があるのだ。

逃げてもいいんだよ

大弦小弦 9/6

「逃げる時に誰かの許可はいりません。脇目も振らず逃げて下さい」。上野動物園(東京都)が「学校に行きたくないと思い悩んでいるみなさんへ」と呼び掛けた公式ツイッターの投稿。

アメリカバクは外敵から逃げる時、一目散に水中に飛び込む習性があるという。それを引き合いに「逃げてもいい」とのメッセージを込める。逃げ場がなければ動物園にいらっしゃい-とも。子どもでなくとも、ふっと気持ちが軽くなる。

夏休み明けに増える傾向にある子どもの自殺を防ごうという支援が広がっている。全国不登校新聞などのNPO法人は「味方はココにいます」と共同メッセージを出し、相談先や学校以外の居場所の情報を提供している。生きづらさを抱える子らにとって心強い

大事なのは、そのメッセージを子どもたちにしっかりと届けることだ。「逃げてもいいんだよ」「居場所は別にもあるんだよ」と声掛けできる大人がどれだけいるだろうか。

悩んでいるからこそ、声に出しにくい。言いたくても言えないからつらさは増す。そんな時、周囲の大人が別の居場所の選択を促してくれたら、どんなに楽になれるか。

逃げ場所は動物園もよし。図書館、博物館、美術館、児童館もよし。子どもたちを意識してそっと見守る大人が多くいれば、きっとSOSも出しやすくなる。

…………………………

「学校へ行きたくないあなたへ、味方はココにいます」

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2017年8月25日
NPO法人ストップいじめ!ナビは、「夏休み明け」につらい子どもたちの取り組みの一環として、子ども支援や不登校支援などのNPO5団体と共同して、メッセージを配信いたしました。
みなさま、ご覧いただきますとともに、拡散等、ご活用いただけますと幸いです。

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「学校へ行きたくないあなたへ、味方はココにいます」


『つらければ学校を休んでいい、学校から逃げていい』というメッセージを聞いたことがあるかもしれません。

『学校へ行きたくない』と思っているのは自分だけなんじゃないか。
つらいことがあったからといって、逃げてしまうのはダメなんじゃないか。
学校を休んだあと、自分の将来はどうなってしまうのか。

そんな思いを抱えながら学校へ行き続けてきたあなたにとって『休んでいい、逃げていい』というのは、もしかしたらそんなにかんたんな話ではないかもしれません。

でも、今、学校はあなたにとって、安心で安全な場所ですか。
まわりに合わせるために、自分らしくないキャラを演じたりしていませんか。
親に迷惑をかけないよう、ひとりきりで乗り切ろうとしていませんか。

学校のことを考えるのがつらくてどうしようもないとき、『自分の味方なんていない』という考えが頭をよぎることがあるかもしれません。そのあなたに、伝えたいことがあります。

あなたがあなたのままでいることを支えてくれる味方はココにいます。
みな、あなたの今に寄り添い、明日のことを一緒に考えてくれる味方です。

“私の話を聞いてほしい”と思ったときには、「チャイルドライン」があります。18歳以下であれば誰でも無料で電話がかけられます。あなたの思いを大切に受けとめる大人がいます。

“学校以外で通える場所がほしい”と思ったときには、「フリースクール」があります。全国100団体が加盟するネットワークのなかには、この時期に無料で体験入会ができるフリースクールもあります。

“親にわかってほしい”と思ったときには、「全国ネット」があります。長年、不登校の子を持つ親の想いと向き合ってきました。『学校へ行きたくない』というあなたの気持ちをどうしたら親の方にわかってもらえるか。そのヒントが得られます。

“いじめにあってつらい”と思ったときには「ストップいじめ!ナビ」があります。いじめや嫌がらせから抜け出すための具体的な相談先やアイテムなどの情報を、ウェブ上で教えてくれます。またメンバーには、いじめ問題にくわしい弁護士もいます。

“不登校経験者の話が知りたい”と思ったときには、「不登校新聞」があります。不登校のきっかけや不登校した後にどのような人生を歩んできたのかなど、実際の体験談を載せています。

『学校を休みたいけど、休めない』と思ってつらくなったとき。
自分の気持ちを誰かに話したくなったとき。
どこか通える場所はないかと探したくなったとき。
いじめや不登校について知りたくなったとき。

あなたの味方がココにいることを思い出してほしいのです。

交代劇

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中日春秋 9/6

米映画の「ダーティハリー」(一九七一年、ドン・シーゲル監督)といえば、クリント・イーストウッドの眉間にシワを寄せる表情が浮かぶが、あの悪を憎む非情の刑事ハリー・キャラハン役は撮影ぎりぎりまで別の俳優が演じる予定だった。

フランク・シナトラである。撮影直前、シナトラが手首を骨折し、主役をやむなく交代。ところが、映画は大当たりし、ハリーはイーストウッドの代名詞になるから災い転じてである。

残念ながら、こっちの「交代劇」には大ヒットの兆しはまったく見えない。民進党の幹事長人事である。前原誠司代表は若手の山尾志桜里元政調会長の起用を内定しておきながら土壇場で断念した。山尾氏の経験不足を心配する党内の不満の声に抗しきれなかった。

山尾氏の評価はともかくも、気になるのは人事の目玉で内定した党の主演級俳優を引っ込める前原氏の煮え切らなさである。新体制を円満に船出させたいのは分かる。されど、この件に国民が見るのは、相も変わらぬ党内の落ち着きのなさと頼りなさだけである。

混乱、迷い、どんでん返し。サスペンス映画ならば引き込まれるが、政権の受け皿にはほど遠い筋書きである。

急きょ起用の大島敦幹事長に「イーストウッドになって、ヒットを」とは無理な注文だろう。ただでさえ、二〇〇九年の政権交代以降、ヒット作に恵まれぬ党である。