2017年09月05日の記事 (1/1)

上司の一言

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有明抄 9/5

 人間関係、特に上司と部下の間は難しい。落語家の立川談春(たてかわだんしゅん)さんは、師匠の故立川談志の名コーチぶりを思い出す。17歳で入門した時から、談志は親切だった。

「よく芸は盗むものだと云(い)うがあれは嘘(うそ)だ。盗む方にもキャリアが必要なんだ。最初は俺が教えた通り覚えればいい」。談志はそう言って、前座噺(ぜんざばなし)をスラスラしゃべり、お辞儀の仕方から、扇子の置き方まで教えた。相手の進歩に合わせながら導く。談志のすごさはその一点にあった。

後年、酔った談志は言う。「あのなあ、師匠なんてものは、誉(ほ)めてやるぐらいしか弟子にしてやれることはないのかもしれん」。売れっ子の地位が今日あるのも、師匠の思いやりゆえのこと。談春さんは自著『赤めだか』で振り返る。

働き盛りの男女の5割超が、上司から浴びせられた一言で疲れを倍増させられている-。そんな実態が薬酒メーカーが行った調査で浮かび上がった。その場面の言葉を選ぶ設問では、「常識でしょ(当たり前でしょ)」「そんなこともできないの?」「前にも言ったよね?」が、上位三つだった。

人間関係のもつれほど、心を消耗させるものはない。良好にするには双方向性をもたせることだろう。相手の声にも耳を傾ける。一方的に追い詰めても人は育たない。談志と談春さんとの心の通い合いから学ぶことは多い。

SNSとの戦い

鳴潮 9/5

 ある中学教師を知っている。こういう言い方は失礼かもしれないが、生徒の心をつかむのがうまい。子どもたちに正面からぶつかる情熱家。日々、真剣勝負

 球技から武道までさまざまな部活を担当してきた。いずれも素人なのに、ことごとく県大会で華々しい成績を残している。よほど生徒に信頼されているに違いない、と勝手に推測している

 その彼に今、何が一番問題か、と尋ねてみた。間髪入れず「毎日、SNSとの戦いですよ」。フェイスブックにツイッター、無料通信アプリのLINE(ライン)。おぼれている生徒が大勢いる

 聞いて驚いたという。「先生、私500人も友達がおるんじょ」。その子にとっては、本当の友達と仮想空間の友達との間に、まるで違いがないようなのである。人と人との関係が薄っぺらになっている。受験勉強の最中も、延々と返信し続けなければならない友達とは何だろう

 「ひと昔前は教師に向かってくる生徒がいた。けれども、その方が対処しやすかった。今は、いじめも仮想空間で起き、把握しづらい。分かったころには大ごとになっている」

 県教委の調査では、携帯電話を持つ子は年々増えており、小学6年生で半数を超す。中学2年で6割、高校になれば、ほぼ全員。この上なく便利で、著しく危うい道具が、子どもの手の中にある。

喫茶去(きっさこ)

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いばらき春秋 9/5

禅宗で使われる用語には日常の心構えにも通じるものがある。「喫茶去(きっさこ)」は「嫌いな人にも一杯のお茶を」との意味とされる。いい言葉だ。だが、広辞苑によると「お茶でも飲んで来い」と相手を叱咤(しった)する語であるが、後に「お茶でも召し上がれ」の意に解されたのだという。

どちらの意味でもお茶は人生に欠かせないものだ。現在では「お茶でも」といえばコーヒーを飲みに喫茶店へが通例。

県内では今、喫茶店ブームだ。従来の喫茶店は減少しつつあるが、郊外型の喫茶店チェーンが県内各地に相次ぎオープンし、お客さんでにぎわう。何が人々の心を引きつけるのか。

名古屋発祥の喫茶店チェーンはコーヒーにサービスでトーストなどが付くモーニングが売り。県内にはない風習で、名古屋を訪れた時にはどの喫茶店でも無料のトーストやサラダが付いてくるので驚いた。

本紙日曜日付の「サンデーかふぇ」のコーナーでは個人経営のカフェを紹介しているが、独自の戦略を打ち出していると感じる。地域経済活性化の一助にと願う。

最近モーニングで目立つのが高齢者の姿。夫婦で新聞や雑誌を読みながら朝食を取るのはほのぼのとした風景だ。人生を豊かにさせる存在としてさまざまな形で残ってほしい。 

幸福度

風土計 9/5

〈幸福とは何か教えてください〉。ぼくは、人生の意味を説く教授に尋ねた。何千人もの仕事を監督する有名な重役の所にも行った。でも、答えは聞けない。

〈彼らはみんな頭をふって、まるでぼくが冗談ごとを言っているかのように微笑を返すだけだった〉。米国の詩人サンドバーグの「幸福」(安藤一郎訳)にある。知識や地位では、幸福を説明することはできない。

誰も教えてくれぬものを、行政が数字で示してくれるという。「岩手の幸福に関する指標」の研究会が報告をまとめ、今週県に提出する。2年後には県民の「幸福度」が出され、さまざまな施策に生かされる。

お金や物の豊かさだけではない。人のつながりという岩手らしい幸せもある。報告にはうなずくが、問うても簡単には得られぬのが幸福の答えだろう。もっと県民に問い掛け、その胸に落ちるものであってほしい。

ふと太宰治の「燈籠(とうろう)」を思う。盗みで捕まった貧しい下駄(げた)屋の娘が家に戻る。夕食の時、父親が暗い電球を取り換えた。つましい電灯がきれいな走馬灯のように見え、娘は喜びを庭に鳴く虫にも伝えたくなる。

「私たちのしあわせは、所詮(しょせん)こんな、お部屋の電球を変えることくらいのものなのだ」。小さな幸せの種が実は近くにある。それを知る人こそ、憂いの多い時代に「幸福度」が高いのかもしれない。


…………………………

      幸福     サンドバーグ

   ぼくは人生の意味を教える教授に

   幸福とは何か教えて下さいと言った。

   また幾千という人々の仕事を監督している有名な重役のところへ行った。

   彼らはみんな頭をふって、

   まるでぼくが冗談ごとを言っているかのように微笑を返した。

   それから或る日の午後に、

   ぼくはデプレイン河のほとりをぶらぶら歩いた。

   そして樹蔭(こかげ)で一団のハンガリー人が女や子どもと一緒に、

   ビールの樽をおき、

   アコーディオンをひいているのを見た。

…………………………
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AI




天鐘 9/5

 「ルームメイト(の遺体)を隠したい」「沼地、貯水池、鋳物工場、ゴミ捨て場では―」。殺人事件の容疑者が遺体の隠し場所に困り果て、iPhoneの音声アシスタント「Siri」にこう相談を持ち掛けた。

2012年、米国で実際に起きた事件だ。喧嘩の末、友人を殺害した容疑者が遺体の隠し場所を巡ってSiriと50分間やり取り。結局、別の森に埋めたが捕まった。

このiOSにSiriが組み込まれたのは6年前で想定問答はジョークのつもりだったとか。だが実際に事件で利用されかけたことを反省し、今は「かつては知っていましたが…」と意味深な回答にとどめている。

それも今は昔の逸話で、AI(人工知能)を備えたアンドロイドが囲碁や将棋の世界を制覇。SF小説や企業決算など簡単な経済記事を書き、保険給付金の査定を代替、国は国会答弁書の作成も検討している。

後10年余で労働者の半分近くがAIで代替可能との論もあり、機械的作業や窓口の接客、小売販売などが対象に挙げられている。膨大なデータから瞬時に回答を導くのが得意なAIが組織に指示を出す時代だとも。

機械文明を風刺したチャップリンの映画『モダンタイムス』やAIの感情を扱った『アイ、ロボット』を思い出す。今やAI主導で創造性豊かなスペシャリストの時代。願わくは人間の幸せを尊び、共存してくれるAIであってほしい。

逆転の歓喜

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優等生がひた走る本線のコースばかりが人生じゃない。ひとつ、どこか、生きるうえで不便な、生きにくい部分を守り育てていくことも、大切なんだ。勝てばいい、これでは下郎の生き方だ……。著者の別名は雀聖・阿佐田哲也。いくたびか人生の裏街道に踏み迷い、勝負の修羅場もくぐり抜けてきた。愚かしくて不格好な人間が生きていくうえでの魂の技術とセオリーを静かに語った名著。

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河北春秋 9/5

 マージャンをはじめ勝負の修羅場をあまたくぐり抜けた作家の故色川武大さんが、負け込んで苦しんだときの対処法を随想で説いている。「バックして助走をつけてくれば、飛び越えられたかも、と思うんだ」(自著『うらおもて人生録』)

突如目の前に現れた壁。何度ぶち当たってもらちが明かない。ここは一つ身を後ろに引き走行距離を取ってみなさい、と助言する。「時間がかかっても納得がいくまで立ち止まっていた方がいい」。ゆくゆくはそれが実力の基になっていくらしい。

プロ野球東北楽天が泥沼にはまった。10連敗。オールスター戦までの前半戦を首位で折り返しながら、勝ち越し数の「貯金」を最多31から15に減らし順位は3位に急降下。日本シリーズ進出が懸かるクライマックスシリーズ(CS)へ向けた戦いに暗雲が漂う。

思えば、人は苦境のときにこそ値打ちが決まる。イチロー選手(マーリンズ)は言った。「壁というのはできる人にしかやってこない。越えられる可能性がある人にしかやってこない。だから壁がある時はチャンスだと思っている」と。

踏ん張りどころである。連敗も反撃の助走距離を伸ばしていると考えればどうってことない。「禍福はあざなえる縄のごとし」と言うではないか。逆転の歓喜が待っている。

弱いロボット

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内容紹介
「とりあえずの一歩」を支えるために。 ゴミは見つけるけれど拾えない、雑談はするけれど何を言っているかわからない――そんな不思議な「引き算のロボット」を作り続けるロボット学者がいる。彼の眼には、挨拶をしたり、おしゃべりをしたり、歩いたりの「なにげない行為」に潜む“奇跡"が見える。他力本願なロボットを通して、日常生活動作を規定している「賭けと受け」の関係を明るみに出し、ケアをすることの意味を深いところで肯定してくれる異色作!

出版社からのコメント
他力本願なロボット! ? そんなコペルニクス的転回のロボットを実際に作りつづけるロボット学者が見つけた、日常のコミュニケーション関係の秘密……。ちなみにそんな他力本願なロボットはとってもかわいいです(写真アリ)。ぜひご覧ください。

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卓上四季 9/5

ロボットといえば、ボタン一つでプログラムどおりに動きそうなもの。だが、豊橋技術科学大教授の岡田美智男さんはあえて、周囲の手を借りながら一緒に課題を解決するロボットを研究してきた。著書「<弱いロボット>の思考」に詳しい。
例えば、祖父母の手を引く孫のような「お散歩ロボット」。一直線に目的地へ向かうのではなく、手をつないだ相手と呼吸を計り合い、互いに動きを修正しながら、ミッションを達成してしまう。頼りなく見えるけれど、「持ちつ持たれつ」という柔軟な関係ならではの可能性が感じられる。

空気を読んで行動したり、業務を並行して進めたりすることに、困難を感じる人がいる。こうした発達障害を自覚せぬまま、言い出せぬままに、職場で手を差し伸べられることなく苦しんでいる人も多い。

発達障害者支援法改正から1年。厚生労働省がようやく就労支援の強化に乗り出す。就職準備から職場への定着までを専門家がサポートし、職場には受け入れのノウハウを提供する。

誰しも<弱い>ところを持っている。それを示し合い、補い合う。<弱いロボット>の背景には、人間1人で処理できる情報の量に限界があり、補完するために組織をつくる、という経済学の考え方があるそうだ。

岡田さんのロボットたちの優しさは、相手に対する要求ばかりを募らせがちな世の中で、ふと呼吸を楽にしてくれる。

バースデー


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疾走のあらすじ

主人公、シュウジは中学生。
秀才だった兄が高校で落ちこぼれ心が壊れてから、すべての歯車が狂いだす。
兄の放火事件から、友人を失い、親友には裏切られ、学校では孤立。父は失踪、母もギャンブル依存アル中になる。
バブルで故郷は変わり果てて、心を許せる同級生エリも、立退き料をせしめた義父とともに東京に転出してしまう。
そして中学を卒業した主人公は、その故郷も捨てざるを得なくなる。
心の拠り所になりかけた女性アカネも、その情夫のヤクザを殺した主人公の身代わりに警察に捕まり、
逃げてきた東京で再開したエリも義父にイタズラをきっかけに、心を壊していた。
エリの義父を刺し、警察から追われる身となったシュウジは、故郷に戻り、そして予想に違わぬ結末を迎える


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水や空 9/5

〈俺たちの仕事はな、そういう奴らに他人の不幸を毎日毎日届けてやることだよ。世の中には気の毒な人がたくさんいるのねえ、わたしたちは幸せねえ、って...サービス業だよ、究極の〉。

重松清さんの小説「疾走」に、新聞販売店主のこんなセリフがある。最初に読んだ時のザラリとした感じが何年たっても消えない。新聞は「日替わりの不幸の詰め合わせ」だ-という。そんな言い方はないだろう、と反論はあるのだが。

紙面ではいつも不慮の事件や事故のほか、公人の不祥事、企業や役所の不手際や不注意、製品の不具合-と「不」の字のニュースが幅を利かせている。

「公器」と呼んでいただくこともある。新聞はいろんなニュースが一つに詰まった器だ。昨日の1面には北朝鮮の暴挙と皇室のほほ笑ましい慶事が同居していた。「眞子さまが小さくなってしまう」。担当者がつぶやいていた。

ぼやきながら彼がこしらえたページは、世界のどこにも同じ物がなく、後にも先にも同じ日がない。当方の話で恐縮だが、きょう5日は長崎新聞の128回目の創刊記念日。

明るさや元気も皆さんの所へ届いているといい。温かな支えに今年も感謝しながら思う。そうだ、「不」の字におわびをしておこう。不朽に不屈に不滅...「不」の付くいい言葉も意外に多い。

クロマグロ

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中日春秋 9/5

三重県南伊勢町の奈屋浦にある照泉寺には、「支毘(しび)大命神」と刻まれた石碑が、二基立っているという。高さはいずれも二・五メートル余。幕末と明治の初めに建てられた「マグロの墓」だ。

本堂には、「マグロの位牌(いはい)」も二柱安置されている。これも高さが六十センチを超える立派なもので、裏に「支毘大命神」の由来が書いてあるという。

幕末の動乱で、米などが高騰した。水田のない漁村の人々はたちまち困窮して、餓死の危機が迫った。その時にやって来たのが、マグロの大群。思わぬ大漁は、六千両もの富を村にもたらした。「救いの神」となって、命をつないでくれたマグロたちの霊を弔うために、人々は墓を建て、位牌をまつったというのだ(田辺悟著『マグロの文化誌』)

そして、飽食の時代。私たちは、世界中から買い集められたマグロを、当たり前のように食べている。日本は、世界のマグロの消費量の五分の一ほどを占め、「絶滅危惧種」になっている太平洋クロマグロの七割をとっているという。がつがつと食べ尽くすような勢いで、胃袋に入れてきたのだ。

先日、関係各国は太平洋クロマグロの新たな漁獲規制で合意したが、マグロの「救いの神」になるくらいの姿勢で保護に取り組まねば、「支毘大命神」に顔向けできぬ。

クロマグロが太平洋から消えてしまっては、「マグロの墓」は苦く悲しい碑(いしぶみ)となろう。

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浦村における魚供養の生成と定着 ―― 南伊勢町奈屋浦の変遷と漁撈習俗 ―

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 熊野にもマグロの墓がいくつかあります。

 三重県尾鷲市須賀利町にある普済寺(ふさいじ)には、天保12年(1841年)に建立されたマグロの供養塔があります。
 天保4年(1833年)から天保12年(1839年)にかけて起こった天保の飢饉。
 天保10年(1839年)、須賀利浦ではマグロの大軍が湾内に入ってきて、マグロ3,795尾を漁獲するという大漁に恵まれました。その翌年にも30,900尾の大漁。翌年の天保12年にはマグロの大漁に感謝し、その冥福を祈るために漁民たちが供養塔を建立しました。供養塔を建立した翌年にも18,000尾のマグロの大漁がありました。

 三重県熊野市甫母町の海禅寺には、慶応4年(1868年、明治元年)に建立されたマグロの供養塔があります。
 安政元年11月4日(1854年12月23日)の安政東海地震の大津波により甫母浦は甚大な被害を受けましたが、安政3年(1856年)に湾内にマグロの大群が入ってきて、大漁に恵まれました。このマグロの大漁で浦が蘇生しました。このマグロの大漁に感謝して、1868年(慶応4年・明治元年)に漁民たちが供養塔を建立しました。

 熊野の漁民の命を支えたマグロ。今もマグロは熊野の宝物です。


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