2017年09月04日の記事 (1/1)

生まれてきてよかったな

2017090417012636a.jpeg 201709041701227fb.jpeg


201709041656011c8.jpeg 201709041656004a1.jpeg


滴一滴 9/4

 名場面そのままに、下町の人情と郷愁があふれていた。売り物の団子まで忠実に再現された「くるまや」。裏手に抜けると、タコ社長が営む「朝日印刷所」の軒先に洗濯物がたなびく。

映画「男はつらいよ」の世界に浸れる東京の「葛飾柴又寅さん記念館」が、人気を盛り返しているという。11月の開館20周年を前に、先月末には記念行事もあった。

寅さんを演じた渥美清さんが亡くなった翌年にオープンした。当初は年間46万人が訪れたが、次第に客足が遠のき、15万4千人まで落ち込んだ。それが近年は18万人台に回復している。

意外だったのは、映画に親しんだシニア層ばかりでなく、若いカップルや子ども連れの家族が目立っていたことだ。施設のリニューアル、BSでの再放送などがきっかけらしいが、それだけではなさそうに思えた。

このほど発表された内閣府の調査で、現在の所得や収入が「満足」とした人は51%に上った。「不満」より多くなったのは21年ぶりである。なのに、今後が「良くなっていく」とした人は9%にとどまる。

豊かになっても将来にさして希望もない。そんなご時世だからこそ寅さんの人生訓が胸に響くのだろうか。「あぁ、生まれてきて良かったな、って思うことが何べんかあるじゃない。そのために人間生きてんじゃねえのか」(第39作 寅次郎物語)



コスモス






秋桜 (コスモス)

歌:山口百恵
作詞:さだまさし 作曲:さだまさし

淡紅の秋桜が秋の日の
何気ない陽溜りに揺れている
此頃涙脆くなった母が
庭先でひとつ咳をする

縁側でアルバムを開いては
私の幼い日の思い出を
何度も同じ話くり返す
独言みたいに小さな声で

こんな小春日和の穏やかな日は
あなたの優しさが 浸みて来る
明日嫁ぐ私に 苦労はしても
笑い話に時が変えるよ
心配いらないと 笑った

あれこれと思い出をたどったら
いつの日もひとりではなかったと
今更乍ら我侭な私に
唇かんでいます

明日への荷造りに手を借りて
しばらくは楽し気にいたけれど
突然涙こぼし 元気でと
何度も何度もくり返す母

ありがとうの言葉をかみしめながら
生きてみます私なりに
こんな小春日和の穏やかな日は
もう少しあなたの子供で
いさせてください



談話室 9/4

面白山高原では早咲きのコスモスが見頃を迎えたという。ふと、シンガー・ソングライターさだまさしさんが提供し、山口百恵さんが歌ってヒットした「秋桜(コスモス)」を思い出した。1977年秋のリリースから40年になる。

嫁ぐ娘の母に対する思いを切々と歌い共感を集めたが、当時まだ18歳の百恵さんには曲の情景に実感が伴わなかったようだ。婚約発表を経た3年後の引退コンサートに際し「歌の意味がようやく分かりました」と、百恵さんからのメッセージがさださんに届けられたという。

秋篠宮ご夫妻の長女眞子さまと、大学時代の同級生小室圭さんの婚約内定が発表された。初めて2人そろって会見に臨む姿を、ほほ笑ましく見守った人も多かろう。出会いから5年の交際を実らせた眞子さまは来秋にも挙式を迎え、秋篠宮家そして皇籍を離れることになる。

「もう少しあなたの子供でいさせてください」-嫁ぎゆく娘の切ない心情を「秋桜」はこう結ぶ。時を惜しむ思いはいつの世も同じだろう。来年のコスモスが秋風に揺れる頃まで、眞子さまにとっては両親や妹、弟と過ごす一日一日が大切で愛(いと)おしい1年となるに違いない。

ごめんね

「こだまでしょうか」

金子みすゞ

 「遊ぼう」っていうと

 「遊ぼう」っていう。

 「馬鹿」っていうと

 「馬鹿」っていう。

 「もう遊ばない」っていうと

 「もう遊ばない」っていう。

  そして、あとで

  さみしくなって、

 「ごめんね」っていうと

 「ごめんね」っていう。

  こだまでしょうか、

  いいえ、誰でも。



天鐘 9/4

 〈「遊(あす)ばう」つていふと「遊ばう」つていふ/「馬鹿(ばか)」っていふと「馬鹿」つていふ/「もう遊ばない」つていふと「遊ばない」つていふ〉。詩人・金子みすゞさんの「こだまでせうか」の書き出しである。

CMにもなったからご存じの方も多かろう。自分が笑顔なら相手も笑顔になる。自分がとげとげしくすると、相手も態度を硬化させる。子どものやり取りに重ねて、人と人との関係のありようを見事にとらえた。

国際社会の呼び掛けに対する北朝鮮の強硬姿勢を見ていて、この詩を思い出した。世界が「挑発するな」と言うと北が「そっちこそ」と応じる。武力を誇示する独裁者の危険な独り相撲は、エスカレートの一方だ。

北朝鮮が6回目の核実験を強行した。先週は日本上空を通過するルートで新型中距離弾道ミサイルを発射したばかり。振り上げた拳の角度をまた一段上げたつもりか。

今回は大陸間弾道ミサイルに搭載できる、としている。米国はもとより中国やロシアも穏やかではなかろう。状況はじりじり危険水域に達しつつある。制御できない暴れん坊ぶりに、世界の緊張が高まっている。

金子さんの詩は〈「ごめんね」つていふと「ごめんね」つていふ」〉と続く。子どものけんかなら一言で収まる。だが現実の世界ではどこからもその一言は出てこない。最悪の事態を回避するには、冷静になって対話に転じるしかないのだが。

死ぬくらいなら会社辞めれば

南風録 9/4

 ちょっと衝撃的なタイトルである。「『死ぬくらいなら会社辞めれば』ができない理由(ワケ)」(あさ出版)という本が話題だ。働き過ぎなどで自殺を考えてしまう人の心の動きを漫画を織り交ぜて紹介する。

 「そんなにつらければ会社に行かなければよかったのに」。過労自殺の報道に触れたとき、私たちはそんな感想を持ってしまいがちだ。しかし、追い詰められるとその判断力すら失ってしまうのだ。

 多くの学校で新学期が始まった。勉強や友人関係など、さまざまな悩みを抱えて登校できずにいる子どもたちがいるはずだ。親に心配をかけたくないと、重い足を引きずって学校に行く人もいるだろう。

 長い休みが明ける9月1日前後は、子どもの自殺が増える気掛かりな時期でもある。内閣府が1972~2013年の42年間で調査したところ、18歳以下の自殺は9月1日が突出しており、9月2日、8月31日も多い。

 本紙のこどものページ「オセモコ」で全国不登校新聞社の小熊広宣さんが呼び掛けている。嫌なことをたくさん我慢し、一人で頑張った「あなた」が「学校に行きたくないと思ったら、まずは休んでください」。

 「死ぬくらいなら-」の本も小熊さんも、職場や学校は大事な場所だが人生の全てではないと伝える。「頑張れる範囲」は人によって違う。まだ大丈夫なうちに思いきって逃げる手もある。子どもも大人も。

2017090411082426b.jpeg


20170904110826efc.jpeg

201709041108261cc.jpeg

2017090411082962c.jpeg

20170904110829fb5.jpeg

20170904110832dfb.jpeg

2017090411083302c.jpeg

20170904110834d4e.jpeg

20170904110835c8c.jpeg

普通の日曜日



中日春秋 9/4

登場人物は夫婦の二人。時…晴れた日曜の午後。場所…庭に面した座敷。劇作家、岸田國士(くにお)の「紙風船」は、一九二五(大正十四)年の作品。短い一幕ものだが、今でも人気が高く、若い演劇人による上演もある。描かれているのは若い夫婦の日曜の一こま。夫が友人の家へ一人で出かけようとしたことが妻はおもしろくない。

結局、夫はしぶしぶ家に残るが、納得はしていない。夫婦の間はぎくしゃくする。夫「あゝあ、これがたまの日曜か」。妻「ほんとよ」。こんな調子である。こういう神経戦はどこのお宅でもあるのではないか。

あの夫婦は退屈な日曜を嘆いていたが、昨日の気の重い日曜に比べれば、それは平穏、平和ではないだろうか。北朝鮮が六回目の核実験に踏み切った。

日本上空を通過させたミサイル発射が二十九日である。国際社会の制裁と圧力。それが足らぬのか効果がないのか北朝鮮に挑発行為をやめる気配が見えない。

過去最大規模の水爆実験という。核、放射線、水爆、揺れ、震動波形。マグニチュード5・7…。刻々と入ってくるニュースの言葉。乾いた言葉の響きに原爆投下、大地震など過去の悲劇まで連想してしまう。笑い声が似合うべき日曜が不安の黒い色で塗り込められた気分である。

不安のなき普通の日曜、日々を守りたい。そろそろ、よい季節になってくるのだ。かの国も、この国も。

201709040528474c9.jpeg