2017年09月の記事 (1/15)

香りは感性

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斜面 9/30

キンモクセイの甘い香りが風にとけて漂ってくる。立ち止まって見回してもだいだい色の花は容易に見つからない。夜道はなおさらだ。信毎歌壇にこんな一首があった。〈雨の夜金木犀の香り来て見知らぬ路へ吾れを誘ふ〉市村紀久子。

 鮮やかな香りゆえか、大切な記憶と結び付く。ノーベル賞受賞者の湯川秀樹は家の庭のキンモクセイから香りが入ってくると思い出がよみがえった。子どものころ住んでいた家にもあった。香りが好きだった母が木のそばで黙ってたたずんでいたという。

 文学に親しみ短歌も詠んだ湯川が随想「きんもくせい」に書いた。文章はこう結ばれる。科学文明は人間の視覚と聴覚を強化したが、他の感覚は強化されず嗅覚は衰えたのではないか。「におい」も科学の対象であり、研究が進めば生活に新しい喜びと豊かさをもたらすだろう―。

 それから半世紀。鼻の「におい受容体」など嗅覚の仕組みが明らかになってきた。人工の受容体を組み込んだロボットも開発された。脳科学の分野からも研究が進む。いずれ全貌が解明されるのだろう。だが幾つかの「不思議」は残ってほしいとも思う。

 本紙建設標で下伊那の女子高生の投稿を読んだことがある。帰り道、良い香りがして見上げるとキンモクセイがあった。今まで気付かずもったいないと思い携帯を見ずに歩いた。モミジとそれを映す水たまりなど全てが新鮮で新しい世界に感じられた―。香りは感性を呼び戻してもくれる。


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徒然草 追風用意

第四十四段。

ある秋の夜、若くて風情のある男が、露に濡れた田んぼの道を、童一人を連れて笛を吹きすさびつつ歩いて行く様子が描かれています。(この部分は、私の味気ない説明を読むより、原文を読んだ方がよほど美しい光景が目に浮かんでくるはず)

兼好法師は、この男がどこへ行こうとしているのか気になってついていくと(今だとストーカーまがいかも)、男は貴族の家と思しき屋敷に入っていきました。どうも仏事のようです。

夜風に誘われて、そらだきものの匂いが漂ってきます。正殿から仏堂へいく渡り廊下を歩く女房も、香を衣服にたきしめ、たしなみよくしています。このように、よい匂いの風が漂ってくるよう衣服にお香を焚きしめて準備することを「追風用意(おいかぜようい)」というそうです。

追風用意。なんと典雅なことばでしょう。

そしてこの段の最後は、こんなふうに締めくくられます。

「心のままに茂れる秋の野らは、置き余る露に埋もれて、虫の音かごとがましく遣水の音のどやかなり。都の空よりは雲の往来も速き心地して、月の晴れ曇る事定め難し。」

場所は、嵯峨野あたりかなぁとか、なんで牛車に乗らんと歩くのん? とか、晩に笛吹きながら歩いてたら蛇が出るいうて怒られるやん、などと考えていたのを覚えています。

でも、ここには絵になる風景のみならず、美しい笛の「音」、そしてえもいわれぬ「におい」まで漂っているのでした。それが兼好法師の「理想の美」の世界なのだということを、後に湯川秀樹の「きんもくせい」という随筆で知りました。また、山口誓子も「追風用意」という随筆で、この段を取り上げています。

どちらの随筆も『香りの記憶』新潮社編 に収められていたのですが、この本は残念ながら絶版となっているようです。


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徒然草 四十四段

原文
あやしの竹の編戸のうちより、いと若き男の、月影に色あひさだかならねど、つややかなる狩衣に、濃き指貫、いとゆゑづきたるさまにて、ささやかなる童ひとりを具して、遥かなる田の中の細道を、稲葉の露にそぼちつつ分け行くほど、笛をえならず吹きすさびたる、あはれと聞き知るべき人もあらじと思ふに、行かん方知らまほしくて、見おくりつつ行けば、笛を吹きやみて、山のきはに惣門のあるうちに入りぬ。榻(しぢ)に立てたる車の見ゆるも、都よりは目とまる心地して、下人(しもうど)に問へば、「しかじかの宮のおはします比(ころ)にて、御仏事など候ふにや」と言ふ。

御堂のかたに法師どもまゐりたり。夜寒(よさむ)の風にさそはれくるそらだきものの匂ひも、身にしむ心地す。寝殿より御堂の廊(ろう)に かよふ女房の追風用意(おいかぜようい)など、人目なき山里ともいはず、心づかひしたり。心のままに茂れる秋の野らは、置きあまる露にうづもれて、虫の音(ね)かごとがましく、遣水(やりみず)の音のどやかなり。都の空よりは雲の往来(ゆきき)もはやき心地して、月の晴れ曇る事さだめがたし。


口語訳
みすぼらしい竹の編戸の中から、たいそう若い男の、月の光に色合いははっきりしないが、光沢のある狩衣に、濃い紫の指貫(袴)、たいそう由緒ありげな様子で、小さい童をひとり連れて、遥か向こうまで続く田の中の細道を、稲葉の露に濡れそぼちながら分け入っていくうちに、笛を何とも言えず吹き興じている、趣深く聞き知る人もあるまいと思ううちに、若者の行先を知りたいと思い、目を離さずに着いていくと、笛を吹きやみて、山の際に門のある家に入っていった。

榻に轅を立てている車が見えるのも、都よりも目にとまる感じがして、召使に尋ねると「これこれの宮さまのいらっしゃる時分で、仏事などされているのでしょう」と言う。

御堂の方に法師たちが参っている。夜の寒い風に誘われて漂ってくる、空焚きの香の匂いも、身にしみる心地がする。寝殿から御堂の廊下に通う女房たちが、立ち去った後の残り香について配慮をしているのも、人目も無い山里なのに、心遣いをしていることだ。

心のままに茂った秋の野は、あふれるばかりの露に埋もれて、虫の声が恨みがましく、遣水の音がのどかである。都の空よりは雲の往来も早く思われて、月が晴れたり曇ったり絶えず変化して定まらない。

語句
■あやし みすぼらしい。 ■竹の編戸 竹や葦で編んだ戸。 ■狩衣 貴族の平伏。 ■濃き 紫色が濃い。 ■指貫 狩衣につける袴。 ■ゆゑづく 由緒ある。 ■ささやか 小さな。 ■えならず 何とも言えず。 ■吹きすさぶ 吹き興じる。 ■見おくりつつ 目を離さずに。 ■惣門 貴族の邸宅の正面の正門。大門。 ■榻 しぢ。牛車の、前方に長く突き出した二本の棒(轅ながえ)を載せる台。轅を榻に載せることを「車を立てる」という。轅と轅をつなぐ部分を「軛(くびき)」という。 ■そらだきもの どこからともなく匂って来るように焚く香。 ■廊 神殿造りで正殿と他の建物を結ぶ通路。渡殿。廊下。 ■追風用意。 用例未詳。通り過ぎた時、香の香りが心地よく漂うようにする配慮、みだしなみ? ■人目なき山里ともいはず 人目も無い山里なのに。 「山里は冬ぞ寂しさまさりける人目も草もかれぬと思へば」(『古今集』冬・百人一首) ■秋の野ら 「里はあれて人はふりにし宿なれや庭もまがきも秋の野らなる」(僧正遍照)をふまえる。 ■置きあまる こぼれるほどの。 ■かごとがましく 恨みがましく。「かごと」は恨み言。 ■遣水 寝殿造りの庭内に引き入れた流れ。 

ひとり起(た)つ

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「アンパンマンのマーチ」

作詞:やなせ・たかし 作曲:三木 たかし

そうだ うれしいんだ いきる よろこび
たとえ むねの きずが いたんでも

なんの ために うまれて なにを して いきるのか
こたえられない なんて そんなのは いやだ!
いまを いきる ことで あつい こころ もえる
だから きみは いくんだ ほほえんで

そうだ うれしいんだ いきる よろこび
たとえ むねの きずが いたんでも
ああ アンパンマン やさしい きみは
いけ! みんなの ゆめ まもるため

なにが きみの しあわせ なにをして よろこぶ
わからないまま おわる そんなのは いやだ!
わすれないで ゆめを こぼさないで なみだ
だから きみは とぶんだ どこまでも

そうだ おそれないで みんなの ために
あいと ゆうき だけが ともだちさ
ああ アンパンマン やさしい きみは
いけ! みんなの ゆめ まもるため

ときは はやく すぎる ひかる ほしは きえる
だから きみは いくんだ ほほえんで

そうだ うれしいんだ いきる よろこび
たとえ どんな てきが あいてでも
ああ アンパンマン やさしい きみは
いけ! みんなの ゆめ まもるため

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日報抄 9/30

なえそうなとき、弾むメロディーが心に届く。何事もうまくいかないサラリーマンのしょげた胸にもちょっと栄養を注いでくれる。やなせたかしさん作詞の「アンパンマンのマーチ」はじわりじわりと効いてくる。

なにがきみのしあわせ/なにをしてよろこぶ/わからないままおわる/そんなのはいやだ-。心の底に押し込めてしまいがちな「生きるってなんだ」を問うてくる。そしてアンパンマンは勇気を奮いみんなのために飛んでいく。

ルポライターの鎌田慧(さとし)さんは大人が驚かされる歌だと言っている(「ひとり起(た)つ」岩波現代文庫)。主人公は自分の顔を人に分け与える。敵をたたきつぶしたりはしない。圧倒的強さでないのはなぜ? それを、やなせさんにたずねている。

すると、正義は「大げさなものじゃない」と返ってきた。困っているときに助けてくれる人、おなかがすいていたら食べさせてくれる人でいい。そうした市民レベルのヒーローが日本で愛されるのは「日常的なことがおろそかになっているからではないか」と答えた。

困っている人を助け、弱いながらも支え合う。それができていない社会がある。だから私利とは無縁に「みんなのために」飛んでいくヒーロー像が、大人の心をじわりと押してくる。

野党第1党の民進党は、支え合いをとなえ「みんながみんなのために」とうたう。それは「選挙互助会」の呼びかけにすぎなかったのか。誰のための再編なのか、見極めなくてはいけない。庶民の味方はどこにいる。

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組織や権力にこびることなく,自らの道を疾走した著名人22人.その挑戦と飛躍とは何だったのか.高木仁三郎,灰谷健次郎,家永三郎,松下竜一,斎藤茂男,本島等,新藤兼人,戸村一作他,今もかけがえのない輝きを放つ個人の想いを伝える人物ルポ.一人の決断と頑張りから,社会が一歩ずつ変わっていくことを実感させる.

■編集部からのメッセージ

岩波現代文庫で最も多くの本を刊行されている著者が、本書を執筆した鎌田慧さんです。鎌田さんは岩波現代文庫『六ケ所村の記録』(上)(下)に示されるように、長年原発問題にも取り組み、原子力発電所がどれほど有害で危険なものかを書き続けてきた稀有な存在です。脱原発運動にも長年参加してきた鎌田さんは、3.11福島原発事故以後現在まで脱原発運動の先頭に立って獅子奮迅の活動を続けてきました。
 その鎌田さんの著作活動に関心をお持ちの方も、本書『ひとり起つ――私の会った反骨の人』をまだお読みでない方が多いのではないでしょうか。
 本書で鎌田さんは22人の人物に取材しています。この22人の方々は、組織や権力にこびることなく、自らの道を疾走し続けてきた方です。ほとんどが著名人ですが、決してひ弱な優等生ではありません。長いものに巻かれることなく、自らの意思を貫き通してきた方々です。その挑戦と飛躍は、いかにして可能になったのでしょうか。
 高木仁三郎、灰谷健次郎、家永三郎、松下竜一、斎藤茂男、本島等、新藤兼人、戸村一作、埴谷雄高、大田昌秀など、一人ひとりの言葉の中に、何物にも負けなかった情熱が漲っています。22人のなかには、逝去されてしまった人も多くいますが、ただ忘却されてしまうことを拒むように、強い光を放ち続けるその存在は、私たちに勇気を与えてくれます。本書を読むことで、一人の決断と頑張りから、社会が一歩ずつ変わっていくことを実感できるのです。今もかけがえのない輝きを放つ個人の想いを伝えた人物ルポとして、ぜひ本書をご一読ください。
 本書は平原社から2007年に刊行されました。

バンザイ

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大観小観 9/30

孫の保育園の運動会を見学し、種目が終わるごとに参加園児がバンザイするのを見た。なぜバンザイを―。娘が小学生のころ、疑問をよく口にして教師から「怖い」と言われたので、孫の教育現場では遠慮したが、無邪気なバンザイが国会での解散のバンザイに重なった。なぜバンザイするのか。どちらも分かるまい。

安倍晋三首相はやぶをつついて蛇を出した。余計なことをして嫌な蛇を出したの意だが、「余計なこと」かどうかはともかく、「丁寧に説明」と言いながら国会召集要求を放置し、冒頭解散をした。消費税の目的変更などの解散理由は、解散のための後付けに映る。

その結果、民進党の事実上の解党と希望の会合流への急転劇は、政策の一致を二の次にした選挙互助会の影がつきまとう。政策論争より疑惑隠し追及と野合批判が優先されそうな選挙戦は有権者にとってまことに不幸なことだが、解散当日の夜は県内報道機関と県医師会との懇親会が開かれた。

「解散の多忙の中、医師会を選択していただき」は、司会のジョークだが、子ども医療費の窓口無料化、働き方改革を活動の二本柱に医療を通じ県内政界へも強力な人脈を持つ医師会幹部らの話題はもっぱら選挙情勢だった。政権の受け皿の出現で関心はいつになく盛り上がっている。

「岡田さん(=克也元民進党代表)は無所属か」「いや、合流を了解したんだから」「了解?」「前原誠司代表は幹部には説明したと」。参加意識第一がこれまでも政策論争以上に有権者を選挙に駆り立ててきた。政治は国民に対し、最低限の提示はできた気がする。

犬生

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内容紹介

私は自分では犬好きだと思っているが、この本を読んだ人は「犬好き?とんでもない! 」といわれることだろう。さよう、私は変種の犬好きなのである(by佐藤愛子)――本書は、佐藤愛子先生の名エッセイから、犬と動物に関するものを厳選して集めました。

「怒りの佐藤」に「こらーっ! 」と怒鳴られ、おもらしをしたり、終始上目づかいになったりしている佐藤家の犬たち。しかし、眠りながらうなされる犬の過去を憐れみ、ご近所の苦情をものともせずのびのびと庭をかけまわれるように鎖につなぐことなく、次々生れる子犬の貰い手に手を焼きながらも去勢をためらい(しかし、ついにタマ抜きをせざるをえなかった)。ドッグフードは味気ないと犬のためにご飯を炊いて日替わりの味付けをする佐藤先生を、犬たちは愛すべき飼い主と思うのか、それとも犬の敵と思うのか…。

変種の犬好きとはどんな?? 愛犬家の皆さん、ぜひ本書を読んでみてください。

内容(「BOOK」データベースより)
「怒りの佐藤」は愛犬家か?犬の敵か?犬は犬らしくあれ、と願う著者の、こんな飼い方、愛し方。

著者略歴

佐藤/愛子
大正12年大阪生まれ。甲南高等女学校卒業。昭和44年『戦いすんで日が暮れて』(講談社)で第61回直木賞、昭和54年『幸福の絵』(新潮社)で第18回女流文学賞、平成12年『血脈』(文藝春秋)の完成により第48回菊池寛賞、平成27年『晩鐘』(文藝春秋)で第25回紫式部文学賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


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春秋 9/30

作家の佐藤愛子さんは自称「愛犬家」。見た目がかわいらしく、血統正しい愛玩犬がもてはやされる昨今の風潮を横目に、「雑種」が好きなのだそうだ。例えるなら「花咲爺(はなさかじじい)のここ掘れワンワンの犬」。だから「気に入った犬は、全部ポチと呼ぶようにしている」とか。

佐藤さんが理想とする「犬らしい犬」とは「勇敢、敏捷(びんしょう)、怜悧(れいり)で、かつ人間に甘えず、犬であることの意識をもった恭謙なる人間の家来であること」。が、実際に飼ったのは。

一日中、寝ていて、強盗が来たら犬小屋に逃げ込むブルドッグ。近所を回ってお菓子をもらうのが日課の赤犬。四六時中、人間の膝に座りたいと考えている猫のような雌犬…。そんな犬たちとの暮らしを「犬たちへの詫(わ)び状」(PHP研究所)でユーモラスに描いている。

どんな愛犬家も、こんな犬なら飼ってみたいと思うだろう。公開中の米映画「僕のワンダフル・ライフ」。ゴールデンレトリバーのベイリーは命を助けてくれた少年のそばをずっと離れないと誓う。けれど犬の寿命は人間より短い。

やがて別れの時が訪れたが、願いは通じた。ベイリーはそれから3度生まれ変わる。警察犬になって人命救助したり、孤独な女性の心の支えとなったり。4度目の“犬生”で大人になった少年の元へ-。

甘いおとぎ話だろうと、はすに見ていたら、いつの間にか犬たちの名演技に目はくぎ付け。ハンカチは必携だった。

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「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」「HACHI 約束の犬」などで知られる名匠ラッセ・ハルストレム監督がW・ブルース・キャメロンのベストセラー小説を実写映画化し、飼い主の少年と再び巡り会うため生まれ変わりを繰り返す犬の奮闘を描いたドラマ。ゴールデン・レトリバーの子犬ベイリーは、自分の命を救ってくれた少年イーサンと固い絆で結ばれていく。やがて寿命を終えたベイリーは、愛するイーサンにまた会いたい一心で生まれ変わりを繰り返すようになるが、なかなかイーサンに遭遇できない。3度目でようやくイーサンに出会えたベイリーは、自身に与えられたある使命に気づく。主人公の犬ベイリーの声を担当するのは、ディズニーアニメ「アナと雪の女王」でオラフの声を演じたジョシュ・ギャッド。若き日のイーサン役には新人俳優K・J・アパを抜擢し、成長したイーサンを「エデンより彼方に」のデニス・クエイド、イーサンの初恋相手ハンナを「トゥモローランド」のブリット・ロバートソン、大人になったハンナを「ツイン・ピークス」シリーズのペギー・リプトンがそれぞれ演じる。

口喧嘩

天地人 9/30

 火事と喧嘩(けんか)は江戸の華-。江戸ではしばしば大火が起きたために火消しが華々しく活躍した。また、江戸っ子は気が早くて派手な喧嘩が多かった。そんなことを言う言葉だ。

 喧嘩というと、殴りあいと思うが、江戸っ子の喧嘩は違っていたようだ。塚崎進著「笑いの誕生」によると、江戸っ子は本気で怒ってもいきなり殴りあったりしなかった。血を流すこともあっただろうが、江戸っ子の喧嘩は血なまぐさい決闘ではなく口喧嘩だった。

 べらんめえ口調で、立て板に水を流したように、たんかを切る。相手側も負けまいとして、たんかを切り返す。たんかによる口喧嘩のうまさが、争いの勝利者を決めたという。負けたほうはすごすごとその場から姿を消した。流血を避ける知恵ということだろうか。

 核・ミサイル開発をめぐり、トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が言い合いを繰り広げた。トランプ氏が「ロケットマン」「狂った男」「行いが悪い」と毒づけば、正恩氏は「代価を必ず支払わせる」「老いぼれ」「粗野なたわ言」とやり返した。

 粋なたんかとは程遠いが、日本の頭上を飛び交う口喧嘩だ。不測のことが起きないかひやひやする。江戸っ子の口喧嘩では、負けたほうが腹いせに腕力を振り回すようなことがあると、見物人から仲裁人が飛びだして野暮(やぼ)なことをするなとたしなめたそうだが…。

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豊臣秀吉の家来に、曾呂利新左衛門という男がいた。彼は武勇がすぐれているとか、美男子であったというのではなく、今のタイコモチのように、ただやたらに秀吉をゲラゲラ笑わせて、それで給金をもらっていた男だった。そして、その笑い話こそ、じつは彼を歴史上の人物にしてしまった……。(本書「うそつき」より)

未来を占う一瞬

河北春秋 9/29

かつて池田勇人首相が衆院を解散した。本会議後、自民党の代議士会が始まり、大野伴睦副総裁がマイクを握った。「猿は木から落ちても猿だが、代議士(衆院議員)は落ちればただの人」。1963年10月23日のことである。

翌日の本紙を開いてみた。アレッ。1面「記者席」という欄に「大野副総裁も『諸君、前代議士諸君、そして将来の新代議士諸君…』と前置きして万歳三唱の音頭を取り」と描写があるだけ。名文句はない。実は他の新聞もきちんと掲載していなかった。

その理由を、英文学者の外山滋比古さんが自著『ユーモアのレッスン』に書いている。「百戦錬磨の政治家、俳人でもあった大野の面目躍如であることを見抜く記者がいなかった」。高度経済成長の中で東京五輪を1年後に控える時代、政治の機微を伝える記事は二の次だったのか。

きのう衆院が解散された。与野党の対決構図は今回がらりと変わりそうだから、候補予定者たちのナマの声が余計に新鮮で面白い。「現在ただの人たち」から、さてどんな名文句が生まれるか。見逃すまい。

「一瞬が意味あるときもあるが、10年が何の意味を持たないこともある」。大平正芳首相が総裁選の自らの勝利を驚いて語った言葉だという。「未来を占う一瞬」のゴングが事実上鳴った。



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ユーモアのレッスン
外山滋比古 著

しゃれて気の利いたユーモアは、その場かぎりのものでなく、聞く人の記憶に長くとどまる。気まずい場の雰囲気をたちまち明るくし、ときに、厳しい追及をさらりと受け流すのにも役立つ。だが、ユーモアを発揮する側はもとより、それを感じとる側にも、洗練されたことばの感覚が必要である。本書は、思わず頬がゆるんでしまうエピソードをまじえながら、その効用に光を当てる。このレッスンには、教則本も近道もありません。



希望という名



「希望」
歌:岸洋子
作詞:藤田 敏雄 作曲:いずみたく

希望という名の あなたをたずねて
遠い国へと また汽車にのる
あなたは昔の 私の思い出
ふるさとの夢 はじめての恋
けれど私が おとなになった日に
だまってどこかへ 立ち去ったあなた
いつかあなたに またあうまでは
私の旅は 終りのない旅

希望という名の あなたをたずねて
今日もあてなく また汽車にのる
あれから私は ただひとりきり
あしたはどんな 町につくやら
あなたのうわさも 時折聞くけど
見知らぬ誰かに すれ違うだけ
いつもあなたの 名を呼びながら
私の旅は 返事のない旅

希望という名の あなたをたずねて
寒い夜更けに また汽車にのる
悲しみだけが 私の道づれ
となりの席に あなたがいれば
涙ぐむ時 その時聞こえる
希望という名の あなたのあの歌
そうよあなたに また逢うために
私の旅は 今またはじまる

…………………………

斜面 9/29

希望という名のあなたをたずねて/遠い国へとまた汽車にのる…シャンソン歌手岸洋子さんの「希望」は情感込めて歌う。遠い日の思い出、ふるさとの夢、初恋。大人になった日に黙って立ち去った「あなた」にいつか会いたい、と。

 東京芸大卒業後、オペラ歌手を目指したが病気のため断念。シャンソンに出合い道を開いた。「希望」で1970年のレコード大賞歌唱賞を受賞。膠原(こうげん)病と闘いながら歌手を続け92年に58歳で亡くなった。希望との再会は〈終わりのない旅〉なのだろう。

 人生の希望は追いすがっても手が届かず、過度に期待すれば裏切られる。政治の「希望」はどうだろう。小池百合子都知事はよほどこの言葉がお気に入りなのか、新党の党名にした。設立のあいさつでも「日本には希望が足りない」「国民に希望を届けていく」と繰り返し使った。

 日本をリセットするという。パソコンの再起動とは違ってこの国が抱える難題は手軽なキー操作では解決できまい。「希望行き」の列車の旅を勧められても日程や経路が示されなければ安易に乗り込めない。何よりどこに連れて行かれるのか分からない。

 民進党の前原誠司代表は希望の党への合流を推し進めている。安保関連法廃止や護憲を主張する議員は列車に乗車を拒まれるらしい。「安倍1強」批判票を結集するといわれても乗り込めない有権者は多いはず。保守勢力ばかりが肥大化し多元性を失う。政治はそんな終着駅に向かうのか。

草木もなびくよ~。



佐渡おけさ

歌:新潟県民謡
作詞:新潟県民謡作曲:新潟県民謡

ハアー佐渡へ
佐渡へと草木もなびくヨ
佐渡は居よいか 住みよいか

ハアー来いと
云うたとて行かりょか佐渡へヨ
佐渡は四十九里 波の上

ハアー波の
上てもござるならござんせヨ
舟にゃ櫓もある櫂もある

ハアー北は
大佐渡 南は小佐渡ヨ
中は国仲 米どころ

ハアー佐渡の
三崎の四所御所ざくらヨ
枝は越後へ 葉は能登へ

…………………………

卓上四季 9/29

♪佐渡へ佐渡へと、草木もなびくよ~。小池百合子東京都知事が代表を務める「希望の党」に、民進党はじめ各党の候補予定者が続々合流する様子に、「佐渡おけさ」が脳裏に浮かんだ。佐渡島ならぬ小池「新島」に向け、風を頼みに懸命にたらい舟をこぐ姿である。

安倍晋三首相がきのう、衆院を解散した。民進党は事実上解党して、希望の党に吸収される。野党第1党が突然姿を消してしまい、戸惑う有権者も少なくなかろう。

突貫工事で発足した新党の政策は、生煮えの感がぬぐえない。原発ゼロや消費増税凍結など、一通りの看板は掲げたものの、詳細な内容はさっぱりだ。具体的な公約を早急に示してほしい。

分かりにくいのはこれだけではない。新党は安保関連法の廃止を否定している。けれど民進党は従来、安保法に反対してきたはずではないか。「選挙で勝つには何でもあり」ということなのか。

選挙に出る人はそれでいいのかもしれない。だが、そうした党の方針を支持し続けてきた有権者の思いは、一体どうなるのか。

新党には「打倒安倍政権」一点をてこに、政策や思想信条の異なる人たちが、大挙して結集することになるのだろう。だが、そんな状態で新党が訴える「しがらみのない政治」は可能なのか。佐渡おけさは「佐渡は居よいか、住みよいか」と続く。荒海を越えて、やっとたどり着いた小池「新島」は果たして…。

ばんぜい

天地人 9/29

 長い間雨が降らないので、雨ごいをした。桓武天皇みずからである。庭に出て祈ると、恵みの雨が大地をうるおしたという。群臣みな「万歳」と唱えたと『続日本紀(しょくにほんぎ)』にある。延暦7(788)年のことと記す。

 「ばんざい」は明治になってからの読み方らしい。古くは「ばんぜい」と言った。中国では紀元前から、万歳の用例が文献にのこる。慶賀、歓呼の表現として、皇帝に用いられた最初の例は、始皇帝に対するものだったという。

 「先生」と呼ばれる人たちも、祝いや喜びの気持ちをこめて唱えたのだろうか。衆院本会議場にきのう、万歳の声がひびいた。野党再編の動きを加速させながら、総選挙への号砲である。解散時の万歳三唱は1897(明治30)年、松方正義内閣のときの速記録にのこっているのが最初という。由来は「天皇陛下万歳」「ときの声」「やけっぱち」など諸説ある。

 「バカヤロー解散」(1953年)「ハプニング解散」(80年)など語りつがれる俗称がのこる。安倍晋三首相は今回「国難突破解散」と命名、野党は「疑惑隠し解散」と批判した。はたして、どのようなネーミングが定着していくか。

 この3年間の通信簿を点検してみる。<政治屋は次の選挙を考え、政治家は次の時代のことを考える>。『世界名言大辞典』(明治書院)でみつけた言葉が選択の指針となろう。選ぶ側の1票が重い。

何ぞ、何ぞ

地軸 9/29

 「枕草子」には、貴族が問題を出し合って楽しむ言葉遊びの様子が描かれている。問題を出すと「何ぞ、何ぞ」と相手に答えを催促する。「謎」「なぞなぞ」の語源とされる。

 半世紀も謎だった「正体」が先週、判明した。日清食品が「カップヌードル」のさいころ状の具材の原料は大豆と肉などを混ぜ合わせているものだと発表。肉とは微妙に違う味と食感だと思っていただけに、ようやくすっきりした。

 十数年前からインターネット上では「謎肉」と称され話題に。日清が販促活動に活用したこともあって、消費者から「真相解明」を求める声が強まり、正体を明かさざるを得なかったのかも。

 「謎の肉」は今後も増えそう。東京のある会社は、大豆で作った「代用肉」の開発を急いでいるという。今後、肉を使わない焼き肉やカツサンドといった「なんちゃって料理」の需要が高まるとの読み。理由は家庭の収入減。全国で年収400万円未満の世帯が、現在の約半数から3年後には6割に増加すると独自に予測する。

 政府は今、景気回復が続き、戦後2番目に長い「いざなぎ景気」に並んだとする。首相は自身の経済政策の成果だと胸を張るが、給料は上がらず、実感ゼロ。政策への疑問しか浮かばない。

 きのう、首相が衆院を解散した。多くの疑惑や問題の真相解明をうやむやにしたいのだろう。だが有権者から「何ぞ」の問いは続く。いくら逃げようとも謎は消えない。