2017年08月19日の記事 (1/1)

ニホンカワウソ

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河北春秋 8/19

 供え物をして先祖を祭るように、カワウソは捕った魚を並べるという。書物に囲まれて文を書く様になぞらえる「獺祭(だっさい)」の言葉が生まれ、諧謔(かいぎゃく)たっぷりに「獺祭屋主人」と号したのが明治の俳人正岡子規だ。当時はそれほど身近な存在だったのだろう。

38年前、高知県で目撃されたのが最後の確認例とされるカワウソが長崎県の対馬で見つかった。琉球大の研究者らが偶然に動画で姿を捉え、環境省の調査の結果、2匹分のふんもあった。

同省が絶滅種に指定する固有のニホンカワウソが生きていたとすれば奇跡。ふんの分析では大陸の近親種ユーラシアカワウソかもしれぬというが、ならば対岸の韓国から海を渡ったことにもなり、それまた奇跡。

「獺沢(おそざわ)川」の地名が仙台にあり、カワウソはもともと日本中にいた。絶滅させたのは人間。明治以後、毛皮を防寒具に珍重し乱獲した。戦後は川辺の生息地が護岸工事で失われ、農薬で汚され、海辺でも多くがナイロン漁網に掛かり死んだ。

子規の古里愛媛県は、カワウソが県獣。県独自に絶滅危惧種に据え置き、42年前に捕獲例がある宇和島周辺でカメラを据え、情報を募り続ける。同県自然保護課は「対馬からのニュースは心強い」。自然の守り手となった人間の改心を、対馬のカワウソに伝えられたら。

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正平調 8/19

むかし、カワウソありけり。「イチゴがある」とサルに連れてこられた山中で置き去りにされた。オオカミに追われる羽目になり、命からがら逃げたという話が兵庫北部に伝わる(喜尚晃子編纂(へんさん)「但馬・温泉町の民話と伝説」)

もう一話。魚捕りに秀でたカワウソに「たまには1匹よこせ」と声をかけた老人がいた。翌日、家の前には立派なクロダイが置かれてあったという。こちらは本紙姫路版に載っていた播磨・家島の昔語りである。

明治のころまで全国にいたというから、兵庫各地でも見られたのだろう。民話から思うに、食いしん坊で少し間が抜けてはいるが、愛嬌(あいきょう)があって憎めない生き物らしい。

事実は時に伝承の世界に勝るほどのロマンをかきたてる。長崎・対馬で野生らしきカワウソの姿がカメラにとらえられた。国内での目撃は実に38年前の高知以来という。

絶滅したはずのニホンカワウソが息を潜めて暮らしていたか。韓国から大陸系の種が泳いでやってきたか。何となく渡来説に分がありそうな気配だが、まだ分からない。

彼らには捕った魚を並べて楽しむ習性があるそうだ。そのさまを獺(かわうそ)の祭り、「獺祭(だっさい)」と呼ぶ。久しぶりの登場で人を驚かせ、してやったりの気分かもしれない。今ごろは祭りのさなかだろう。


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地軸 8/19

 一報に「えっ!」と声を上げた。長崎の対馬で、国内で38年ぶりとなるカワウソの生息が確認された。環境省が、ニホンカワウソを絶滅種としたのは5年前。カメラに写り込んだ姿は「元気だよ」とアピールしているよう。

 種類の判別には、さらなる調査が必要。しかし、環境悪化や乱獲で激減したカワウソが、日本で生きていたことを素直に喜びたい。

 全国で唯一、ニホンカワウソを県獣とする愛媛。環境省が絶滅種に指定した後も、県は絶滅危惧種に据え置き、調査を続ける。県内では1975年、宇和島市九島での情報が最後とされるが、人の手が入っていない自然は多く残り「再発見」へ期待が高まる。

 見掛けなくなった今も、宇和島市は出生届にイラストを載せ、愛南町はゆるキャラのモチーフにする。地元ゆかりの生き物に関心を持ってほしい、との思いがにじむ。

 7年前、山梨の西湖で70年ぶりに確認された淡水魚クニマスを思い出す。秋田の田沢湖にだけ生息し、絶滅種とされていたが、西湖に卵が放流されていたという。発見に関わった「さかなクン」の笑顔も印象に残る。田沢湖では今、クニマスが再びすめるよう水質改善が進む。

 四国南西部は、ニホンカワウソの生息が最も期待される地域。魚介類しか食べず、環境変化に対応できない彼らのために、きれいな水を取り戻し、自然の海岸や河川を守りたい。それはすべての生き物にとっても、望ましいはず。

加熱たばこ



「ぼくの好きな先生」

歌:RCサクセション
作詞:忌野清志郎 作曲:肝沢幅一

たばこを吸いながらいつでもつまらなそうに
たばこを吸いながらいつでも部屋に一人
ぼくの好きな先生
ぼくの好きなおじさん
たばこと絵の具のにおいのあの部屋にいつも一人
たばこを吸いながらキャンバスに向かってた

ぼくの好きな先生
ぼくの好きなおじさん

たばこを吸いながら困ったような顔して
遅刻の多いぼくを口数も少なくしかるのさ

ぼくの好きな先生
ぼくの好きなおじさん

たばこと絵の具のにおいのぼくの好きなおじさん

たばこを吸いながらあの部屋にいつも一人
ぼくと同じなんだ職員室がきらいなのさ

ぼくの好きな先生
ぼくの好きなおじさん

たばこを吸いながら劣等生のこのぼくに
すてきな話をしてくれたちっとも先生らしくない

ぼくの好きな先生
ぼくの好きなおじさん

たばこと絵の具のにおいのぼくの好きなおじさん

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有明抄 8/19

 ♪たばこを吸いながら…で始まるロックバンド「RCサクセション」の名曲「ぼくの好きな先生」は故忌野清志郎(いまわのきよしろう)さんの作詞である。歌は<いつでもつまらなさそうに/たばこを吸いながら/いつでも部屋に一人/ぼくの好きな先生/ぼくの好きなおじさん/たばこと絵の具のにおいの…>と続く。

清志郎さんには終生慕った高校の美術部顧問の先生がいた。歌のモデルだが、<劣等生のこのぼくに/すてきな話をしてくれた>と詞にあるように、忘れられない人だったのである。たばこの匂いが青春の日々を思い起こさせてくれたのだろう。

たばこの形態が変わってきた。電気で葉タバコに熱を加えて専用の器具で吸う「加熱たばこ」が増えている。煙や灰が出ない上、有害物質も大きく減るという触れ込み。だが、税額が紙巻きより小さいことと、たばこ離れもあって、今年のたばこ税が前年より500億円以上も減るとの予想が出た。

身近でも見かけるようになった加熱たばこ。スマートな喫煙スタイルがいいのか、市場のベクトルは次世代たばこへと向いている。禁煙は世の趨勢(すうせい)とされる中、愛煙家には共存の道とも映っているのだろうか。

歌人の寺山修司に一首ある。<煙草(たばこ)くさき国語教師が言ふときに明日という語は最もかなし>。同じたばこの匂いも受け取り方はさまざまなようだ。