2017年08月12日の記事 (1/1)

流星群の日に

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RPG

歌:SEKAI NO OWARI

作詞:Saori/Fukase 作曲:Fukase

空は青く澄み渡り 海を目指して歩く
怖いものなんてない 僕らはもう一人じゃない

大切な何かが壊れたあの夜に
僕は星を探して一人で歩いていた
ペルセウス座流星群 君も見てただろうか
僕は元気でやってるよ 君は今「ドコ」にいるの?

「方法」という悪魔にとり憑かれないで
「目的」という大事なものを思い出して

空は青く澄み渡り 海を目指して歩く
怖いものなんてない 僕らはもう一人じゃない
空は青く澄み渡り 海を目指して歩く
怖くても大丈夫 僕らはもう一人じゃない

大切な何かが壊れたあの夜に
僕は君を探して一人で歩いていた
あの日から僕らは一人で海を目指す
「約束のあの場所で必ずまた逢おう。」と

「世間」という悪魔に惑わされないで
自分だけが決めた「答」を思い出して

空は青く澄み渡り 海を目指して歩く
怖いものなんてない 僕らはもう一人じゃない
空は青く澄み渡り 海を目指して歩く
怖くても大丈夫 僕らはもう一人じゃない

"煌めき"のような人生の中で
君に出逢えて僕は本当によかった

街を抜け海に出たら 次はどこを目指そうか
僕らはまた出かけよう 愛しいこの地球(せかい)を

空は青く澄み渡り 海を目指して歩く
怖いものなんてない 僕らはもう一人じゃない
空は青く澄み渡り 海を目指して歩く
怖くても大丈夫 僕らはもう一人じゃない

…………………………

水や空 8/12

〈ペルセウス座流星群 君も見てただろうか/僕は元気でやってるよ〉...遠くの誰かを思いながら空を見上げる人もいるだろう。8月の夜を彩る流れ星はきょう辺りが出現のピーク。

冒頭に引いたのは人気バンド「SEKAI NO OWARI」の代表曲の一つ「RPG」。この曲の歌詞に〈「方法」という悪魔にとり憑(つ)かれないで/「目的」という大事なものを思い出して〉という印象的な言葉がある。

例えば「強くなるため」だったはずの部活動の猛練習が下級生への暴力を招くことがあるように、制度や方法や手段が最初の目的を見失ったまま自己目的化して、独り歩きや暴走を始めることがこの社会ではしばしば起きる。

戦前の治安維持法もそうだった。「世の中に標的はいなくなったのに、国家を正しく維持するため...と自任していた治安機関は、個人の意思や集団の意図を疑い続けた」-本紙の森永玲編集局長が少し前にこう書いた。

戦時中に反軍を唱えて逮捕され、歴史から消えた本県の医師・末永敏事の足跡を追った森永の長期連載「反戦主義者なる事通告申上げます」が一冊の本になった(花伝社刊)。

きりりとした肖像写真が表紙にある。あまりに律義な口調で軍務拒否を当局に告げた人。数奇な運命を思いながら星を見上げた夜もあったか。

命当番の重み

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地軸 8/12

 小学生のころの夏休みの楽しみは、小学校のプールに行くことだった。最近は地元に開放する学校は減ったと聞くが、子どもたちが自身の名前をかまぼこ板に書いた「命札」を持参するルールは一部でまだあるようだ。

 見守り役の保護者に札を渡し、帰る際に受け取る。全員がプールから上がったかを札で確認する。見守り役は休憩時間を知らせ、危ない飛び込みを注意する役割もあり、当時「命当番」と呼んだ。

 長崎の原爆の日、被爆者団体の代表者は日本の「命当番」の首相に満身の怒りをぶつけた。「あなたはどこの国の総理ですか」。核兵器禁止条約に批准しない方針を示したためだ。「失礼かと思ったが…」と言葉を添えた心の叫びに、やむにやまれぬ思いを感じた。

 首相は黙って聞くだけで、いたわりの言葉一つなかった。先日「国民の声に耳を澄ませる」と誓ったはず。民意をどのように実行に移すかが大事なのに。

 条約制定と批准は被爆者の悲願だ。実現のために思い出すのさえつらい光景を語り続けたのは、誰にも二度と悲しい思いをさせたくないから。生き残った者の役割とも聞いた。被爆の実相に触れた世界の多くの人を動かした。

 首相はいつまで被爆者に苦しみを強い続けるのか。「核なき世界を実現する」と繰り返すが、言葉に行動が伴わず、ただただむなしい。米国の顔色をうかがい、自国民の切実な願いに背を向ける人に命札を預けられようか。

ふたじょ

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正平調 8/12

初めて「ふたじょ」と聞いたとき、なんのことか理解できなかった。漢字で「蓋女(ふたじょ)」と教わっても、ピンとこない。「マンホールの-」と説明され、おぼろげながらやっとつかめた。

マンホールの蓋を愛する女性のことである。ときめくものを探して写真に収め、フェイスブックなどで伝える。ただし愛好家の裾野は広く、今では蓋女でなく、もっと幅広い層を指すマンホーラーと呼ぶそうだが。

自治体も力が入っている。兵庫県内だけを見渡しても、姫路駅近くではお城、神戸市立王子動物園付近ではパンダなどが観光客を出迎える。明石観光協会は関連の商品を作った。稲美町はふるさと納税の返礼品に実物を加えたと、先日の紙面にあった。

もはや、たかがではない。直径60センチのささやかな世界に市や町が工夫と感性を込める。いかにも日本的で繊細な蓋を楽しみにして、他の町から、いや海外からも人が来るというから意外な資源が路上で眠っていた。

例えれば、数年前まで寡黙で武骨な脇役だった。暑い日も寒い日もタイヤや足に踏みつけられても愚痴をこぼさず、下水道を支えた。それが照明の当て方一つで味のある個性派俳優になるのだから分からない。

上を向いて歩くのもいい。でも下を向いて歩けば小さな物語がある。

待った



笠碁(かさご)  落語

互いの意地の張り具合がいい味を出してる噺ですね。

碁敵のだんな二人。

両方ともザル碁で、下手同士だが、
ウマがあって毎日のように石を並べあっている。

仲がいいとつい馴れ合うから、
いつもお互いに待った、待ったの繰り返し。

そんなことでは上達しないからと、
今後一切待ったはなしということにしようと取り決めたのはいいが、
言い出しっ屁がついいつもの癖で
「そこ、ちょいと待っとくれ」

おまえさんが待ったなしを言いだしたんだからダメだ
と断ると、
それはそうだが、そこは親切づくで一回ぐらいいいじゃあないか
と、しつこい。

自分で作ったルールを破るのは身勝手だ
と「正論」を吐けば、
おまえは不親切だ、理屈っぽすぎる
と、だんだん雲行きが怪しくなる。

しまいにはかんしゃくのあまり、
昔金を貸したことまで持ち出すので、
売り言葉に買い言葉。

「その恩義があるから大晦日には
手伝いに行ってやれば蕎麦一杯出しゃがらねえ、
このしみったれのヘボ碁め」
「帰れ」
「二度と来るもんか」

……という次第で決裂したが、
意地を張っているものの、
そこは「碁敵は憎さも憎しなつかしし」。

雨の二、三日も降り続くと、
退屈も手伝って、
あの野郎、意地ィ張らずに早く来りゃあいいのに
と、そぞろ気になって落ちつかない。

女房に鉄瓶の湯を沸かさせ、
碁盤も用意させて、
外ばかり見ながらソワソワ。

一方、相方も同じこと。

どうにも我慢ができなくなり、
こっそり出かけて様子を見てやろうと思うが、
あいにく一本しか傘がないので、
かみさんが、
持っていかれると買い物にも行けない
と苦情を言うから、
しかたなく大山詣りの時の菅笠をかぶり、
敵の家の前をウロウロと行ったり来たり。

それを見つけて、待ったのだんなは大喜び。

「やいやい、ヘボ」
「なに、どっちがヘボだ」
「ヘボかヘボでねえか、一番くるか」

めでたく仲直りして碁盤を囲んだのはいいが、
なぜが盤に雨漏り。

それもそのはず、まだ菅笠をかぶったまま。

【うんちく】

◆「碁敵(ごがたき)は・・・・」

原話は古く、
初代露の五郎兵衛(1643~1703、→「おしの釣り」)作の笑話本で
元禄4(1691)年刊「露がはなし」中の「この碁は手みせ金」です。

マクラに「碁敵は憎さも憎しなつかしし」という
句を振るのがこの噺のお約束ですが、
この句の出典は明和2(1765)年刊の川柳集「俳風柳多留」(はいふう・やなぎだる)初編で、
「なつかしし」は「なつかしさ」の誤伝です。

◆円朝をうならせた小さんの至芸

明治に入ると、三代目柳家小さんが、
碁好きの緻密な心理描写と、
いぶし銀のような話芸の妙で、十八番中の十八番としました。
名人・円朝も、はるか後輩の小さんの芸に舌を巻き、
そのうまさに、もう決して自分は「笠碁」は演じないと宣言したといいます。

五代目小さん(永谷園の)も、もちろん得意にしましたが、
五代目の「笠碁」は、
大師匠の三代目の直系でなく、
三代目柳亭燕枝に教わったもので、
従来は、待ったのだんなが家の中から碁敵を目で追うしぐさだけで表現したのを、
笠をかぶって雨中をうろうろするところを描写するのが特徴でした。

◆「待った」はタブー

西洋のチェスでは、待った(Take Back)は即負け。
「将棋の殿さま」では、殿さまが家来に
待ったを強制する場面がありますが、碁盤、
もしくは将棋盤の裏側のくぼんだところは、
待ったをした者の首を乗せるためのものとか。

碁も、「いったん石を下ろしたら、もう手をつけることはできない」と
「笠碁」のだんなの一人が言っていますが、
これもチェスの"Touch and move"(触れたら動かせ!)の
原則と共通して、勝負事は洋の東西を問わず、
厳しいものという証でしょう。
しかし、そう豪語した当人がすぐ臆面もなく「待った」するところが、
落語の、人間の弱さに対する観察の行き届いたところです。

囲碁の出てくる噺はほかに
「碁どろ」「柳田格之進」があります。

◆志ん生の「雨の将棋」

楽屋内でも将棋マニアで知られ、
素人離れしてかなり強かったという五代目古今亭志ん生は、
「笠碁」を改作して碁を将棋に代え、
「雨の将棋」と題して、より笑いの多いものに仕立てました。

オチは、奮戦しているうちに片方の王様が消え、
あとで股ぐらから出てきたので、
「かなわないから、金の後ろへ逃げた」
というチン品です。

…………………………

斜面 8/12

毎日のように下手な碁を打つ2人の大旦那が「待った」の一言から売り言葉に買い言葉でけんか別れ。しばらくすると「早く来りゃいいのに」とお互い気になって仕方がない―。5代目柳家小さん師匠が得意とした落語「笠碁(かさご)」である。

 意地の張り合いの末、言いすぎたことを悔やんだり、仲直りのきっかけ探しに右往左往したり。長野市生まれの人間国宝が語る心理描写は目に見えるようでおかしかった。売り言葉に買い言葉は英語にも「悪口は別の悪口を招く」という似た表現がある。

 気心知れた旦那同士なら面白がっていられようが、軍事力を背景に敵対する国となれば危険極まりない。「米国を脅すなら炎と怒りを見ることになる」。北朝鮮に警告したトランプ大統領の物騒な物言いである。常に強硬姿勢の国が相手では、抜き差しならなくなる恐れもあろう。

 案の定、北朝鮮は日本を越えてグアム沖へミサイル4発を発射させる計画があると応酬。トランプ氏は「グアムに何かしたら、見たこともないようなことが起きる」とエスカレートさせた。民主国家の指導者らしからぬ言い方に、世界の市場も身構える。

 大統領選挙中は金正恩氏と「ハンバーガーを食べる」とも話していた。激しく発言が振れる真意は何か。米国の世論調査では、北朝鮮への軍事行動について「支持」が増えているという。荒々しい威嚇の言葉に民心は鈍くなり、やがて現実になる。忘れてはならない戦争の苦い教訓である。

壇蜜

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談話室 8/12

お隣秋田県出身のタレント壇蜜さんが、このところ何かと話題だ。お色気を買われ出演した宮城県観光PR動画が「品位に欠ける」と批判されたかと思ったら、今度は環境省の省エネ住宅推進キャラクターに選ばれた。

地球温暖化の防止に向けて、住宅の冷暖房エネルギーを減らすには「断(・)熱」と「高気密(・)」が決め手となる。そこで壇蜜さんの登場と相なった。リフォームの際などは、省エネ効果の高い建材にするクールチョイス(賢い選択)をぜひ-と冊子やポスターで訴えていくという。

秋田といえば、もう一人話題を集めるのが県政トップの佐竹敬久(のりひさ)知事だ。7月の大雨被害発生時、県外ゴルフで不在だった。説明もお粗末。当初「同行者は友人」と話していたのに、実は県の部長が2人いた。県外行を部下の秘書課に伝えていなかったことも後に判明した。

県議から辞職要求が出るなど、批判はやみそうにない。ならば知事さん、地元出身の壇蜜さんを起用したこんなPRはいかが。「信頼回復への決め手はやはり“断”と“密”。今後は県外でのゴルフを断念します。部下との連絡も密にします」。ふざけ過ぎ、と逆効果かな。

品格のある言葉

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長谷川如是閑の名言

外交官と幽霊は微笑をもつて敵を威嚇す。

初恋は麻疹の如し。何人も一度は免れずして経験し難し。

善き事を思へるは善き事を思へるに過ぎず、悪しき事を思へるは悪しき事を為したるなり。

囚人は前科を誇り、宗教家は懺悔を誇る。

女の子は売品なり、男の児は非売品なり、前者の売れざると、後者の買はれたるとは嘆きなり。

女子の涙は勝利の涙なり、男子の涙は降伏の涙なり。

女子は月経に支配せられ、男子は月給に支配せられる。

女性が英雄を好むのは、英雄に征服されようとしているのではない、英雄を征服しようとしているのだ。

少女の恋は詩なり。年増の恋は哲学なり。

己れを喪へる生は死よりも意義なし、己れを喪はざる死は生よりも意義あり。

戦争の前は憤怒なり、戦争の中は悲惨なり、戦争の後は滑稽なり。

捨てられたる政治家の壮語すると、破れたる靴の鳴るとは悲し。

生命は刹那の事実なり、死は永劫の事実なり。

男子は、一個の女性を礼賛するのにその全生命を以てするが、全体の女性を礼賛するには舌のみを以てする。

男子は結婚によつて女子の賢を知り、女子は結婚によつて男子の愚を知る。

男子は羽織より売り始め、フンドシに至りて窮まり、女は肉より売り始め、羽織に至りて窮まる。

聖人の死は自己の復活なり。豪傑の死は他人の復活なり。

…………………………

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ジョン・F・ケネディの名言

恐怖から交渉をしてはいけない。
しかしまた、
交渉するのを恐れてもいけない。

何といっても、
我々の最も基本的なつながりは、
誰もがこの小さな惑星に
住んでいるということにあるのです。

誰もが同じ空気を吸っているのです。
誰もが子供たちの未来を慈しんでいるのです。

我々は、望みに向かって進む時、
恐れに行く手をふさがせてはならない。

我々の問題は
人間によって作られたものだ。
それゆえ、人間によって解決できる。
人間の理知と精神は、
解決不可能と思われることも
しばしば解決してきた。
これからもまたそうできると
私は信じている。

私たちは、今までになかったものを、
夢見ることができる人々を必要としている。

人は死に、
国家は興亡するかもしれないが、
思想は生き続ける。

如何なる犠牲、
如何なる危険を伴おうとも、
すべての危険の中で最も大きな危険は、
何もしないということである。

人類は戦争を絶滅させなければならない。
さもないと戦争が人類を絶滅させるだろう。

成功は千人の方々のお陰です。
でも、失敗はあなた一人の責任です。

私は大統領になる時に
若すぎると言われた。
君は野球をするには
年を取りすぎだと言われた。
しかし今、どちらも
全く的外れであることがわかった。

我々には、この現代を人類にとって
史上最高の時代にする力がある。
それと同時に人類最後の時代にもできる事を
忘れてはいけない。

大きな失敗を恐れない者だけが、
偉大なことを成し遂げる。

中国語で書くと、
「危機」という言葉は、
二つの漢字から成り立っています。
一つは危険を表し、
もう一つは機会を表す。

知識が増えれば増えるほど、
自分がいかに無知であるかを
思い知らされることになります。

プレッシャーの下で優雅さを保てるかどうかが、
真のリーダーであるかを決める。

存在している物を見て、
それがなぜ存在するのかを
語ることは誰でも出来る。
私は存在しないものを夢見て、
それがなぜ存在しないのかを語りたい。

目標と計画が無いなら、
努力と勇気がいくらあっても駄目なんだよ。

我々は言葉だけでなく、
行為でそれを示さなくてはならない。

やらなければならないことをやる。
個人的な不利益があろうとも、
障害や危険や圧力があろうとも。
それが人間倫理の基礎なのだ。

互いに相違点があることは認めよう。
たとえ今すぐ相違点を克服できないにしても、
少なくとも多様性を認められるような
世界を作る努力はできるはずだ。

私たちみんなが、
才能を等しく持っている訳ではありません。
でも、自分の才能を伸ばしていく機会は、
等しく与えられているのです。

試みるのに、
早すぎるということはないのです。



…………………………

中日春秋 8/12

明治・大正・昭和を生きたジャーナリスト、長谷川如是閑(にょぜかん)は「外交家と幽霊とは微笑を以(もっ)て敵を威嚇す」と言い、彼と同時代を生きた米国のジャーナリスト、アイザック・ゴールドバーグは、「外交とは、ひどく不快なことを、すばらしく品のある形で言い、行うものである」と言った。

外交の妙とは、時に憤怒を笑顔で包み、刃(やいば)のごとき主張を花で飾るようなものなのだろうが、いま私たちが目にしているのは、それとはかけ離れた言動の応酬である。

トランプ米大統領が「米国を脅すなら、世界が目にしたこともない炎と怒りに直面することになる」と言えば、北朝鮮は「米国に重大な警告を送るため」のミサイル発射計画を公にした。むき出しの憎悪の、危険な化学反応を見るようだ。

心配なのは、トランプ氏がどれほど外交的な計算の基に強硬な発言をしているかだ。米国務長官は「大統領は金正恩(キムジョンウン)氏が理解できるよう強いメッセージを送ったのだと思う。彼が外交的な言語を理解できないからだ」と言ったが、トランプ氏自身が外交的な言語を理解しているのか、どうか。

核戦争の恐怖に包まれていた時代にケネディ大統領は、「恐れゆえに交渉してはなりません。しかし、交渉することを恐れてはなりません」と、外交による危機回避を、毅然(きぜん)とした口調で呼び掛けた。

いま必要なのは、そういう品格のある言葉だろう。

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