2017年08月10日の記事 (1/1)

納豆の茶漬け

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納豆の茶漬け

北大路魯山人


 納豆の茶漬けは意想外に美味いものである。しかも、ほとんど人の知らないところである。食通間といえども、これを知る人は意外に少ない。と言って、私の発明したものではないが、世上これを知らないのはふしぎである。

納豆の拵え方
 ここでいう納豆の拵こしらえ方とは、ねり方のことである。このねり方がまずいと、納豆の味が出ない。納豆を器に出して、それになにも加えないで、そのまま、二本の箸でよくねりまぜる。そうすると、納豆の糸が多くなる。蓮から出る糸のようなものがふえて来て、かたくて練りにくくなって来る。この糸を出せば出すほど納豆は美味くなるのであるから、不精をしないで、また手間を惜しまず、極力ねりかえすべきである。
 かたく練り上げたら、醤油を数滴落としてまた練るのである。また醤油数滴を落として練る。要するにほんの少しずつ醤油をかけては、ねることを繰り返し、糸のすがたがなくなってどろどろになった納豆に、辛子を入れてよく攪拌する。この時、好みによって薬味(ねぎのみじん切り)を少量混和すると、一段と味が強くなって美味い。茶漬けであってもなくても、納豆はこうして食べるべきものである。
 最初から醤油を入れてねるようなやり方は、下手なやり方である。納豆食いで通がる人は、醤油の代りに生塩を用いる。納豆に塩を用いるのは、さっぱりして確かに好ましいものである。しかし、一般にはふつうの醤油を入れる方が無難なものが出来上がるであろう。

お茶潰けのやり方
 そこで以上のように出来上がったものを、まぐろの茶漬けなどと同様に、茶碗に飯を少量盛った上へ、適当にのせる。納豆の場合は、とりわけ熱飯がよい。煎茶をかけ、納豆に混和した醤油で塩加減が足りなければ、飯の上に醤油を数滴たらすのもいい。最初から納豆の茶漬けのためにねる時は、はじめから醤油を余計まぜた方がいい。元来、いい味わいを持つ納豆に対して、化学調味料を加えたりするのは好ましいやり方ではない。そうして飯の中に入れる納豆の量は、飯の四分の一程度がもっとも美味しい。納豆は少なきに過ぎては味がわるく、多きに過ぎては口の中でうるさくて食べにくい。
 これはたやすいやり方で、簡単にできるものである。早速、秋の好ましいたべものとして、口福を満たさるべきではなかろうか。

納豆のよしあし
 納豆には美味いものと不味いものとある。不味いのは、ねっても糸をひかないで、ざくざくとしている。それは納豆として充分に発酵していない未熟な品である。糸をひかずに豆がざくざくぽくぽくしている。充分にかもされている納豆は、豆の質がこまかく、豆がねちねちしていないものは、手をいかに下すとも救い難いものである。だから、糸をひかない納豆は食べられない。一番美味いのは、仙台、水戸などの小粒の納豆である。神田で有名な大粒の納豆も美味い。しかし、昔のように美味くなくなったのは遺憾である。豆が多くて、素人目にはよい納豆にはなっているが。
(昭和七年)

…………………………

魯山人納豆400回説?

ちなみに農林水産省食品総合研究所における実験では、納豆のアミノ酸と甘み成分は混ぜるほど多くなるそうです。
混ぜる前をそれぞれ1とするとアミノ酸は100回で約1.5倍、300回で2.5倍になります。
甘み成分は100回で2.3倍、200回で3.3倍、400回で4.2倍になります。
うまみを、その経験から追求していたのが魯山人なのですね。

では、魯山人納豆400回説はどこから出てきたのか。
この検証については、やはりマスコミから発信されたものが伝聞を経て変形したものであるようです。
本来の放送では、魯山人の星岡茶寮で料理長をされていた松浦沖太氏による納豆の拵え方が紹介されていたようです。  
松浦氏は、湯飲み(ずんどうでやや大振りなもの)で納豆を拵えます。
まず294回かき混ぜてカラシを加え、さらにかき混ぜて、362回から醤油を少しずつ2回加え、448回かき混ぜました。

できあがった納豆は糸を引かないもの。
……で、この松浦氏の拵え方が、どうやら魯山人納豆400回説の元になっているみたいですね。

タニシ

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天鐘 8/10

 本の中にタニシに関する一章を見つけて、懐かしく感じた。酢みそあえは、少年時代の味である。今では、すっかり昔の食べ物になってしまったのでは。寂しさを覚える。

田んぼや用水路で見つけては持ち帰った。貝殻をきれいに洗ってから、清水に入れ泥を吐かせる。こんな下準備だった気がする。それからゆで、身を取り出してあえる。

薬用にもなるようだと言うのは、美食家で知られた北大路魯山人(ろさんじん)。「毎日食べていると、なんだか体の具合が良い」(『魯山人味道』中公文庫)と、手放しで礼賛する。

というのも少年時代に腸カタルにかかり、医者3人にさじを投げられた。余命がわずかな場面で、台所からタニシを煮る匂いが―。最後の願いだから一口というわけだ。

最後どころか、元気を取り戻す食事となった。「めきめき元気が出て、危うい命を取り留め、日ならずして全快した」と回顧している。魯山人には効果てきめんだった。

タニシと人との関わりは俳句でも深い。面白い事に鳴く淡水生物として扱っている。一句を挙げれば〈夕月や鍋の中にて鳴く田(た)螺(にし) 小林一茶〉がある。貝が鳴くはずはないが、季語を意識しつつ遊び心も交えて詠んだのだろう。タニシをはじめ多くの生物を育む田んぼ。その豊かさも改めて思った。ただ農薬の散布などで生息する環境は、厳しくなるばかり。改善を求めてタニシが鳴きだすかもしれない。


…………………………

魯山人の名言・人生訓と価値観

ものさえ分かって来ると、おのずから、趣味は出て来るものである。趣味が出て来ると、面白くなって来る。面白くなって来ると、否応なしに手も足も軽く動くものである。
出典
魯山人味道 料理の妙味

(略)どうせ私どもはとか、われわれ階級はとか、直ぐみな言いますが、あれがそもそも悪いんですね。自分から卑下するなんて、そんな馬鹿な事がどこにありますか。あんな事を平気で言っているのを聞くと、腹が立って来て殴りたくなりますね。自分の尊いことを知らないで何が出来ますか。
出典
魯山人味道 料理一夕話

食道楽も生やさしいものではない。とにかく、かつての日本人の衣食住は、すべて立派であった。国外に遠慮するものあったら、それは間違いだ。
出典
魯山人味道 美食と人生

(略)人間は純理にのみ生きるものではないということを考えねばならない。
出典
魯山人味道 日本料理の要点

(略)書でも絵でも陶器でも料理でも、結局そこに出現するものは、作者の姿であり、善かれ悪しかれ、自分というもの
が出てくるのであります。一度このことに思い至ると、例えばどんなことでも、他人任せということはできなくなります。全くほんとうのことが判って来ると、恐ろしくて与太はできないのであります。
出典
魯山人味道 食器は料理の着物


魯山人の名言・食について
飽きるところから新しい料理は生まれる
出典
名言格言集 北大路魯山人語録

料理は自然を素材にし、人間の一番原始的な本能を充たしながら、その技術をほとんど芸術にまで高めている
出典
名言格言集 北大路魯山人語録

料理というのは、どこまでも理を料ることで、不自然な無理をしてはいけないのであります。
出典
魯山人味道 日本料理の基礎概念

いいかね、料理は悟ることだよ、拵(こしら)えることではないんだ
出典
名言格言集 北大路魯山人語録

味に自信なき者は料理に無駄な手数をかける
出典
名言格言集 北大路魯山人語録

低級な人は低級な味を好み、低級な料理と交わって安堵し、また低級な料理を作る。
出典
魯山人味道 味覚馬鹿


魯山人の名言・美とは
(略)われわれはまず何よりも自然を見る眼を養わなければならぬ。これなくしては、よい芸術は出来ぬ。これなくしては、よい書画も出来ぬ。絵画然り、その他、一切の美、然らざるなしと言える。
出典
魯山人味道 味覚の美と芸術の美

山鳥のように素直でありたい。太陽が上がって目覚め、日が沈んで眠る山鳥のように……。この自然に対する素直さだけが美の発見者である。
出典
魯山人味道 料理一夕話

富士山には頂上があるが、味や美の道には頂上というようなものはまずあるまい。仮にあったとしても、それを極めた通人などというものがあり得るかどうか。
出典
魯山人味道 道は次第に狭し


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原爆詩

中日春秋 8/10

きのうも長崎では、午前十一時二分に、サイレンの音が響きわたった。原爆投下のその時に合わせ黙祷(もくとう)をするためのサイレンだ。

長崎県内に住む吉田美和子さん(66)は三十三年前、その音を夏風邪で伏せっていた床で聞いた。静かに目を閉じ、合掌をしていると、おなかの中で日に日に大きくなるわが子が動き始めた。思わず両の手でおなかを包んだ。

そのとき…<ふいに サイレンの響きとはちがう/無数の唸(うな)りが/私の耳の中を 揺さぶっていく/あの日 あの時/母の温(ぬく)もりの中で/守られていた 小さな生命が/声ひとつ あげる間もなく/吹き飛ばされ 風と化していった…>(『原爆詩一八一人集』)

産声を上げることもなく、風になった赤ちゃんが何人いたことか。きのうの平和祈念式典で長崎市長は、各国の指導者らに、語り掛けた。

「遠い原子雲の上からの視点ではなく、原子雲の下で何が起きたのか、原爆が人間の尊厳をどれほど残酷に踏みにじったのか、あなたの目で見て、耳で聴いて、心で感じてください。もし自分の家族がそこにいたら、と考えてみてください」

吉田さんは<ピカドンによって生まれた 小さな風たちよ/…この世のすべての人を 揺さぶる風になれ/…おろかなあの日を 知らしめる風になれ>とうたった。「もし自分の家族が…」と考えれば、小さな風の声が聞こえるはずだ。


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<目次>
序文 「核」と人間との対峙を 御庄博実…12
1945~59年
峠 三吉 『原爆詩集』の序…16 仮繃帯所にて…16 微笑…17
栗原貞子 生ましめん哉-原子爆弾秘話-…18
原 民喜 原爆小景…19
大原三八雄 茶わん…23
福田須磨子 忌(い)まわしき思い出の日に…24 原爆のうた…25
大平数子 慟哭…26
小倉豊文 紙の墓-亡き妻に-…28
湯川秀樹 原子と人間…30
御庄博実 原子の歌「盲目の秋」より…32
嵯峨信之 ヒロシマ神話…34
白鳥省吾 ボロボロの神…35
永瀬清子 滅亡軌道…36 廃墟はまだ冷えていない…37
長谷川龍生 追う者…38
浜田知章 太陽を射たもの…40
木島 始 起点-一九四五年-…42
木下夕爾 火の記憶-広島原爆忌に際し-…45 長い不在…45
深川宗俊 冴えた眠から…46
堀ひろじ 小止みなく雨が…47
真壁 仁 みどり幼く…48
米田栄作 川よ とわに美しく…50 八月六日の砂…51
長津功三良 広島にて 二篇…52
小野十三郎 原爆十周年に…53
大木惇夫 ヒロシマの歌…54
井上究一郎 樹木のない街はさびしい-広島(一九四七-四九)…56
イリヤー・エレンブールク 長崎の雨…57
ナーズム・ヒクメット 死んだ女の子…58
1960~69年
犬塚昭夫 冬-胎内被爆者の手記…60
大原三八雄 破誠…61
岡 隆夫 太田川…62
さかもと ひさし 冬の眼球…64
田中喜四郎 憤怒…66
風山瑕生 ヒロシマはわがもの…68
深川宗俊 小さな骨…69
堀ひろじ 凍てつく大地に…70
1970~79年
諫川正臣 コスモスの花…72
伊藤勝行 水牢-久しぶりに写真の整理をした…73
石川逸子 ヒロシマ連祷 41…74 ヒロシマ連祷 42…75
上滝望観 ハイビスカス物語…76
金丸桝一 一枚の服…77
北畠 隆 僕は広島の旅人だけど…78
栗原貞子 ヒロシマというとき…79
四国五郎 かたまり…80
ジャック・ゴーシュロン ヒロシマの星のもとに…81
津田定雄 ヒロシマにかける虹…85
山田かん ロスアラモス…86 地点通過…87
1980~89年
葵生川 玲 傘のある私信…90
有馬 敲 ヒロシマの鳩…91
伊藤眞理子 たずねびと-昭和の聞き書-…92 名簿…93
伊藤瑞子 八月の空に…94
入江昭三 かんざし…95
石村柳三 春の風(昭和四八年初春・広島市平和公園を訪れて)…96
金丸桝一 みんなもういちど新しいのだ…98
桜井さざえ 閃光…99
近野十志夫 園井恵子の広島-あるタカラジェンヌの死まで…100
趙 南哲 座布団…104 炭…105
新川和江 ヒロシマの水…106
中 正敏 空の鍵…107 石…107
鳴海英吉 被爆…108
西岡光秋 その朝…110 苦い記憶…110
吉田美和子 小さな風…111
1990~99年
うおずみ千尋 八月 蝉しぐれ-被爆五○周年に-…114
大井康暢 ビキニ…115
理田昇二 ヒロシマ-造形 ライトボックス 片瀬和夫「夜に寄せて」…116
高 炯烈 『長詩 リトルボーイ』終焉…118 草の葉…119
崔 龍源 はじらい…120
柴田三吉 さかさの木-ヒロシマにて…122 ヒロシマのピアノ…123
下村和子 「こわれもの 注意」…124 微香…125
鈴木比佐雄 海を流れる灯籠…126
辻元よしふみ 戦争ってヤツ…127 みだらな銃口…127
津田てるお コーヒーはブラック…128
豊岡史朗 20世紀…129
中間末雄 五十年日の八月六日…130
芳賀章内 垂らしている…132
浜田知章 弄御子(らぬさい)…134
平原比呂子 ボタン…137
福田万里子 危険物埋蔵地…138
松尾静明 さあ-アメリカが臨界実験をした日に-…139
みもと けいこ フロッタージュ…140
御庄博実 変貌する河辺で僕は…142
柳生じゅん子 形見…143
よしかわ つねこ ヒロシマ発・他人の街-死んだ少女の声-(戦争を起こす世界中の政治家たちに)…144
2000~07年
秋村 宏 海へ…146
秋山泰則 原爆の痕…147 戦死…147
朝倉宏哉 祈り…148
安藤元雄 夏の花々…149
李 美子 蓮の花…150
飯嶋武太郎 二つの出版記念会…151
池山吉彬 ヨード液色の夜…152
石下典子 六十三年後の夜…153
伊藤眞司 少女二体の蝋人形に-広島平和資料館にて-…154
伊藤眞理子 秋望…155
伊藤芳博 世界の終わりに(映画「ヒバクシャ」より)…156
井野口慧子 水蜜桃…157
上田由美子 ガラスのかけら…158 夾竹桃…159
岩崎和子 母の戦争…160
有働 薫 六歳の夏 広島駅を通った…161
江口 節 朝顔…162
大掛史子 最初のみどりはスギナだった…163
大崎二郎 笑い 三つ…164
大塚欽一 慰霊祭が終った後で…166
大原勝人 火の中の誓い…167
大山真善美 probably>might(多分>かもしれない)…168
沖長ルミ子 振り向くと…169
奥 重機 暴虐のあと…170
尾内達也 August…171
片岡 伸 黒い雨…172
加藤 礁 ムルロアの白い波…173
金子以左生 解(ほつ)れぬ…174
川村慶子 恐竜夫妻の小さな近況報告…176
河村信子 噂…178
北畑光男 木の魚 丸木美術館にて…179
金 水善 黒い爪(八月六日以後 廣島はヒロシマになった)…180
北村 均 ぶらんこ…182
木村淳子 彼女は黙っていた-被爆のマリア像によせて…183
草野信子 爪の先まで…184
葛原りよう 出口はどこだ…185
くにさだ きみ アカイ背をもつ被爆の記録-広島・長崎・原子爆弾の記録から-…186
くりはら すなを 臨界…190 ばくはつはもう終った…190
倉岡俊子 痛恨…192
黒羽英二 終りの始まり…193
甲田四郎 ゴジラ…194
河野俊一 キャッチボール-非核のねがい…195
腰原哲朗 ミリユウ 花は花でも…196
小島禄琅 ぬくもりと共に哀しさを描くもの…197
酒井 力 白い記憶…198
近藤明理 世界の共通語…200
坂上 清 八月は消滅した <犯罪者は裁かれなくてはならない>…201
相良蒼生夫 野の草の花・核…202
佐川亜紀 ヒロシマの眼…203
佐相憲一 長崎…204
真田かずこ 空…205
重光はるみ 見る…206
島田陽子 あの日 わたしは…207
白河左江子 今 ふつふつと心にたぎるもの…208
杉本知政 義兄(あに)の夏…209
国子英雄 沈黙…210
鈴木茂夫 現実と幻想…211
鈴木比佐雄 相生橋にもたれて…212
鈴木文子 へいわをつくろう…213
瀬野とし 宝蒸し…214
高梨早苗 あの日の空を誰が知っていたか…215
滝 和子 誕生日は…216
竹内美智代 花の顔…217
田中詮三 あの上空-目覚める悲歌-…218
円中眞由美 ひそかに…219
千葉 龍 ヒロシマ・ナガサキの落穂…220
塚本月江 身代わり…221
津坂治男 人百倍…222
遠山信男 詩もまた行動します かがやく青い地球のために…223
徳沢愛子 あ・鳩が-長崎報告-…224
鳥巣郁美 原子力の行方は…225
中 正敏 星ではない…226 エピック・トピック「余聞」…226
中岡淳一 みどりが滴り…227
長津功三良 八月・そして白刃…228 歩く…229
長沼士朗 マグロ塚 「第五福竜丸」を忘れない…230
中原澄子 一九四五年八月九日十一時二分・長崎…232
中原道夫 赤い背中-それは、魔性と化した長崎の-…234
苗村吉昭 渇き…235
なんば・みちこ 戦争…236
西村啓子 祭典…237
原 圭治 スミソニアンの誤算…238
馬場晴世 八月の道…240
原田勇男 叔母への手紙…241
日高てる 水ヲクダサイ-原爆記念日朗読ノタメニ…242
日高のぼる セミ-校歌断章…244
扶川 茂 八月のうた-孫娘に-…246
福谷昭二 ただようもの…247
藤元温子 美しく 核実験に…248 妹が哭く…249
本多照幸 ポロニウム…250
前原正治 夏の幻想的なメモから…252
増岡敏和 鳴る…254
御庄博実 童女を抱くあなたと…255
水崎野里子 シンガポールの原爆資料館にて…256
宮崎 清 時間の関節…258
宮本智子 もしも あの…260
村永美和子 電飾…261
森 哲弥 数値残照…262
森田海径子 壬生発 広島行き…263
柳生じゅん子 菜の花…264
安永圭子 忘れてはいけない…266
楊原泰子 母の悲しみ…267
山佐木 進 声…268
山下静男 戸板の人は…269
山田輝久子 お土産…270
山本 衞 食べなかったお弁当…272
山本聖子 それからの…273
山本倫子 何も知らなかった何も…274
山本十四尾 飛翔 出発…276
結城 文 原爆のことをはじめて聞いた日…277
吉川 仁 告発…278 報告-広島にて…278
横田英子 夾竹桃の花よ…280
吉田博子 あかるいあかるい光の中で…281
吉田義昭 科学狂時代…282
若松丈太郎 死んでしまったおれに ジョー・オタネル撮影「焼き場にて、長崎」のために…284
解説・編者あとがき
解説1 ヒロシマが告げるもの 石川逸子…288
解説2 原子爆弾でも負けんもの、川の水-解説にかえて- 長谷川龍生…292
解説3 「ヒロシマの哲学」に呼応する詩人たち 鈴木比佐雄…295
編者あとがき
 決して風化しない証を世界に 山本十四尾…299
 原爆詩集のことなど 長津功三良…300
 編註…301