2017年08月の記事 (1/11)

何があっても生きろ

鳴潮 8/31

 青森の中学2年生が昨年、2学期の始業式の翌日、自ら命を絶った。原因はいじめ。父親の葛西剛さんは訴える。「いなくなっていい人なんていない。生きているだけで価値があるんです」

 あすから新学期という学校も多かろう。内閣府の調査では、18歳以下の自殺者数は、1年のうちで9月1日前後が突出している。

 長期休暇の明けるか明けないころは、気持ちが沈みやすくなる。「嫌だなあ、行きたくないなあ」。誰しも覚えがあるだろう。子どもたちは今、そんな気分の中にいる。

 葛西さんの娘りまさんが、亡くなる3カ月前につづった、「幸せ」と題した詩の中にある。「いつもの生活が一番幸せ」。揺れる心を静め、いつもの日々に戻るまで、手助けの必要な子が少なくない。

 学校は大事な場所だけど、「安全で安心できる場所じゃなければ意味がありません」。「不登校新聞」の記者小熊広宣さんが、本紙「阿波っ子タイムズ」に書いていた。りまさんのような激しい苦しみの渦中にいるなら、本当につらいのなら、逃げても構わない。学校に命を懸けることはない。

 悩んでいる子どもたちへ-。周囲に相談しにくければ、24時間子供SOSダイヤル<電0120(078)310>、いのちの希望<電088(623)0444>など、窓口はいくつもある。何があっても生きろ。

宿題

三山春秋 8/31

 夏休みが終わる8月31日になるたび、切なさを覚える。何ということはない、夏休みの宿題に追われただけなのだが、その焦りの記憶は鮮明だ。

 小学3年生だったか。手間の掛かる作文と読書感想文が残っていた。この日のセミが夏で一番やかましいと思った。セミが夜の虫の鳴き声に変わると心細くなって、鉛筆を持つ手で何度も涙を拭った。

 宿題で崖っぷちの思い出を、低迷にあえぐ民進党になぞらえたら失礼だろうか。あす1日の臨時党大会で前原誠司元外相(55)と枝野幸男元官房長官(53)のいずれかが新代表に選ばれる。

 民主党政権時代に国民の信を失って下野して以降、党勢回復の兆しは見えない。安倍政権の支持率が急落しても、7月の東京都議選は批判の受け皿となれず大敗した。次世代リーダーと目された細野豪志元環境相をはじめ、離党者も相次ぐ。

 保守系からリベラル系までの「寄り合い所帯」と言われる。党内不和を敬遠し、憲法問題をはじめ、安全保障やエネルギーといった重要政策の議論を先送りし続けてきた。

 新代表は解散総選挙を見据えた野党間の再編や共闘でかじ取りをする。野党第1党として自民党との対抗軸を示す覚悟が不可欠だ。積み残してきた党内議論という宿題はどうするのだろう。提出の期限は遅れてもいいから、涙を拭って仕上げるほかない。

いきていてこそ

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「いきていてこそ」

いまつらいのも

わたしがいきているしょうこだ

いきているから つらさがわかる

しんでいったともだちは

もうにどと ともにつらさをあじわえない

いまのつらさもかんどうも

すべてはいきていてこそ

どんなにつらいげんじつでも

はりついていきる




…………………………

斜面 8/31

人さし指にペンを結び付ける。介助者が手を添え、指先の小さな動きを感じ取ってノートに平仮名をつづる。息を合わせた共同作業がよどみなく詩を生み出す。東京都の堀江菜穂子さん、22歳。生まれて間もなく重い脳性まひを患った。

 手足が動かず寝たきりの生活。言葉も話せない。特別支援学校の中学部のときに自主スクールで筆談の練習を始める。最初はパソコン画面から文字を拾う方法だった。〈なおこかわいーよ、きれいな、ままですよ、えらいぱぱ〉。初めて表現した言葉だ。

しばらく後「詩を書いたことありますか」と先生に聞かれた。文字を拾いパソコン画面に紡いだのは一編の詩。〈きたのそらからきこえている こえにむかって/わたしは さけぶ/すてきなくには どこにありますか〉。今夏発刊した詩集「いきていてこそ」につづられている。

 編集者の平沢拓さん(33)は新聞で堀江さんのことを知った。平仮名の限られた文字が表現する命の重さや生きる意味。その言葉の力に心が救われるほどの感動を味わい、出版にこぎつけた。詩集にはこれまでに書いた約2千編から、54編を選んで収めた。

 〈いまつらいのも/わたしがいきているしょうこだ/いきているから つらさがわかる……どんなにつらいげんじつでも/はりついていきる〉=「いきていてこそ」。堀江さんにとって詩作は〈わたしじしんをかいほうするこうい〉=「はたちのひに」。その言葉からは勇気さえもらえる。

自然の美と牙

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徒然草「木登り名人」の原文です

高名の木登りといひしをのこ、人を掟てて、高き木に登せて梢を切らせしに、いと危ふく見えしほどは言ふこともなくて、降るるときに、軒たけばかりになりて、「過ちすな。心して降りよ。」と言葉をかけはべりしを、「かばかりになりては、飛び降るるとも降りなん。いかにかく言ふぞ。」と申しはべりしかば、「そのことに候ふ。目くるめき、枝危ふきほどは、己が恐れはべれば申さず。過ちは、やすき所になりて、必ずつかまつることに候ふ。」と言ふ。

あやしき下臈なれども、聖人の戒めにかなへり。鞠も、難きところを蹴いだして後、やすく思へば、必ず落つとはべるやらん。

「木登り名人」の現代語訳です。

有名な木登り名人と世間の人が言った男が人を指図して、高い木に登らせて梢を切らせた時にたいへんあぶなそうに見えた間は、何も言わないで降りててくるときに軒の高さくらいになって「間違いをするな。気をつけて降りろ」と言葉をかけましたので、
私は、「これくらいの高さになってからでは、飛び降りても、きっと降りることができるだろう。どうしてそのように言うのか。」と申しましたところ、

木登り名人が「そのことでございます。目が回り、枝が危ない間は、自分が恐れておりますから申しません。間違いは易しい所になって、必ず起こすことでございます」という。

この木登り名人は身分の低いものではあるが、中国の聖人教えにかなっている。蹴鞠も難しところをうまく切り出し後、易しい思うと必ず鞠を落とすと申すようです。
一口解説です。

この章段は一道に携わっているものはたとえ身分が低くても、自分の体験から身につけた素晴らしい知恵を持っているものであるという驚きの気持ちや感嘆の気持ちが込められている。ということであります。

徒然草においては、しばしば一つの道に邁進している人の素晴らしさを称えることがしばしば書かれています。それもこれもその一つであります。また、ここに出てくる教訓というのは、失敗というのは、油断するときに生まれるので気をつけたいというこがとであります。四字熟語で「油断大敵」

…………………………

卓上四季 8/31

木登り名人が指図し、人を高い木に登らせて枝打ちをさせた。危なそうに見えたときは何も言わなかったのに、飛び降りても大丈夫な高さまで降りてきたところで「気をつけて降りなさい」と注意した。

「この程度の高さでなぜ注意するのか」と尋ねると名人は答えた。「危ないときは自分で気をつける。失敗は安全なところで必ず起こる」。徒然草の一節だ。事故は気が緩んだときに発生する。そんな教訓か。

日高管内平取町の幌尻(ぽろしり)岳で亡くなった3人は、登山のベテランだった。油断はなかったと思うが「もう少しで下山できる」と、はやる気持ちがあったのかもしれない。先日は小樽市の海で高校生3人が溺れて亡くなった。現場は遊泳区域外だった。「泳いでも大丈夫」と判断してしまったのだろう。残念でならない。

美しく雄大な自然の中で心身を解放するのはこの上なく心地よい。だが、自然の魅力の隣には常に危険が存在する。厄介なことには危険度が増せば増すほど、その魅力は輝きを放つらしい。

これから本格的な秋の登山シーズンを迎える。すでに計画を立てて、楽しみにしている人も多いに違いない。だが、自然はときに思わぬ牙をむく。忘れてはなるまい。

株式投資の世界に「もうはまだなり、まだはもうなり」という有名な格言がある。自然を楽しむときも同じだ。「もう大丈夫」と油断せず、「まだ行ける」と過信せず。

選手は激怒した

春秋 8/31

一気に峠を駆け降りたが、さすがに疲労し、折から灼熱(しゃくねつ)の太陽がかっと照ってきて、幾度となくめまいを感じた。気を取り直しては、よろよろ2、3歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。立ち上ることができぬのだ。天を仰いで悔し泣きに泣きだした…。

太宰治の「走れメロス」。疲れと暑さでくじけそうになる場面だ。身代わりになった友の命を助けたい。その思いがメロスを支えた。だが、ひどい走りを強要された高校生は、もっと泣きたかったに違いない。

岐阜県内の高校で、硬式野球部のコーチに100メートルを約120回走らされた男子生徒が熱中症で倒れ、救急搬送された。1週間入院したが、命に別条がなくてよかった。

監督の話を聞く生徒の態度が悪かったからという。それが、暑さの中でろくに給水もさせずに走らせる理由になるのか。教育的指導どころか、命にかかわる理不尽な体罰だ。関係者の猛省を促したい。

暑さ、理不尽といえば、真夏に開催される東京五輪が浮かぶ。灼熱の太陽、ビルからの冷房の排熱、道路の照り返し、湿度の高さ。ひどい条件の都心でマラソンが行われる。がくりと膝を折るランナーの続出が心配だ。沿道の観衆もつらい。

真夏の開催は多額の放送権料を払うテレビ局の意向が大きいという。小説は「メロスは激怒した」で始まる。暴虐な王への怒りだ。むちゃな五輪運営に「選手は激怒した」とならないか。

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原爆とはなんてひどいものか

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日本の戦後70周年を期に昨年アメリカで発売され話題 NY在住日本人イラストレーターによる 長崎原爆被災者 谷口稜曄氏の“その時と今”を語る絵本『生きているかぎり語りつづける』発売
16才の時に長崎で被爆した谷口稜曄(すみてる)の悲惨な被爆体験とその後の人生を、 ニューヨーク在住のイラストレーター、 舘林愛が明るさと暗さを織り交ぜたイラストレーションで綴る!「生きるための闘い」とそれに導かれる「希望」を伝えるストーリー


本書は、16才のときに長崎に投下された原子爆弾で背中に大やけどを負った谷口稜曄さんに、アメリカ在住のイラストレーター、舘林愛が直接インタビューを実施し描き起こしたものです。

決して癒されることのない体を抱え、原爆投下から71年経った今でも、原爆と戦いながら生きている谷口さん。 その様子を本書では、妻の栄子さんとの暮らしぶりを織り交ぜながら描きます。 原爆の脅威を語るためだけでなく、絶望から立ち上がり、「懸命に生きようとすること」の素晴らしさを伝えており、複雑な日常社会につかれた現代人にも普遍的なメッセージとして届きます。

谷口さんの不屈の精神が、己の家族愛や平和活動を生み出しているように、各個人の生きる力は希望と平和に繋がることを教えてくれる一冊です。

『生きているかぎり語りつづける』

著者:舘林 愛
構成協力:Justin Neely(ジャスティン・ニーリー)
発行:主婦の友社 


プロローグ:著者の長崎訪問。 谷口夫妻との対面。
第1章:栄子さん、日本帰国・・・妻、栄子さんとのインタビューに基づく、栄子さんの戦後の生活と稜曄さんとの出会い、そして結婚に至るまでのストーリー。
第2章:稜曄さんの話・・・稜曄さんの被爆経験と生存をかけた闘病生活
第3章:ふたりの生活・・・夫婦の現在を取り巻く環境や生活、そして支え合い

…………………………

中日春秋 8/31

谷口稜曄(すみてる)さんと栄子さんが結婚したのは、一九五六年の春。新婚旅行の夜、新郎は「風呂で背中を流して」と頼んだ。

風呂場で、新婦は泣きだしてしまったという。目の前にあったのは、長崎に落とされた原爆で焼かれ、赤くただれて健康な皮膚を失い、筋肉の上に薄い膜が張っているだけの異様な背中だったのだ。

栄子さんは「だまされた」と思い、怒りもおぼえた。だが、涙を流すうち「原爆とはなんてひどいものか」との思いがわいてきたという。

稜曄さんの背中の皮は、ちょっと太ると裂けてしまうほど、もろかった。だから食事に気を配り、毎日、その背中に保湿クリームを塗るのが、栄子さんの日課となった。そして、核廃絶運動に奔走する稜曄さんの背中を、こう言って押したそうだ。「裸になってみんなに見せてこい」(舘林愛著『生きているかぎり語りつづける』)

稜曄さんは国連本部で、背中が赤くただれた自らの写真を掲げて、核廃絶を訴えた。「私はモルモットではありません。もちろん見せ物でもありません。でも、私の姿を見てしまったあなたたちは、どうか目をそらさないで、もう一度見てほしい」

稜曄さんはきのう、八十八歳で逝った。今は昨春八十六歳で逝った栄子さんに背中をさすってもらっているかもしれぬ。しかし、その背中のうずきが消え去るのは、核が廃絶されるその日だろう。

学校に行きたくないあなたへ

学校に行きたくないあなたへ

8月30日
夏休み終わりだね。

長かった夏休み、どうだった?

楽しいこと、あったかな?

久しぶりに学校が始まるけど、友だちに会うの、楽しみ?

「学校に行くの、いやだな…」って思っている人もいるかもしれません。「ずっと夏休みが続いてくれたらなぁ」って思ってる人も、きっといるでしょう。
ネットを見ても、8月の終わりが近づくにつれて、こんな書き込みが増えてきました。

「学校いきたくねえ。。真面目に嫌だわ」

「どうしよう 学校行こうかな 行かんと怒られるしな どうしようかな でも行きたくないな」

「明後日から学校だけどみんなに会うのが嫌…無理…会いたくない…めんどくさい…」

大変なことが起きてるんだ
2学期が始まるこの時期、実はとっても悲しいことが起きてるんだ。これまでの40年ほどを調べてみたら、9月1日とその前後に、自分で命を絶ってしまう子どもが多かったんです。夏休みが終わるこのころ、生活のしかたが変わるよね。それで、気持ちがゆれ動いたり、しんどくなったりするそうなんだ。
大変なことが起きてるんだ
しんどかったら 学校 行かなくていいんだよ
お父さんやお母さん、まわりの大人たちからは、「学校にちゃんと行きなさい!」と言われているかもしれないね。

学校に行けば勉強できるし、友だちとも会えるし、いろんな体験ができるよね。学校が楽しいと一番いいんだけれど、楽しくないという人もいると思います。いじめられたり、いやがらせをされたりしているかもしれません。学校に行くのがほんとうにいやで、もう、どうにもしんどかったら「行かなくったっていいんだよ」と、いろんな人が呼びかけています。
しんどかったら 学校 行かなくていいんだよ
新学期がゆううつなみんなのために、いま、NHKがキャンペーンをやっていて、いじめのことをよく知っている荻上チキさんは、こんなメッセージを寄せてくれました。

荻上チキさん
「いじめがつらかったので、学校が何かの理由でつぶれてくれないかなと思ってました。帰宅後のゲームやテレビ番組が好きだったので、学校は「人生のサブの場所」、テレビの前が「人生のメインの場所」という感じ」


お笑いコンビ「流れ星」のちゅうえいさんも、こんなことを書いています。

ちゅうえいさん
「こんなオモシロイ俺でも、いじめられてたときあったよ。夏休みは一人、図書館で本読んでた。で、学校の誰かが来たと思ったら確認もせず裏口から飛び出すの。でもいいこともあったな。足音を聞き続ける事で耳がよくなったよ!がんばっちゅうえい!」
みんな、しんどいときがあったんだね。それでね、学校や教育のことをすごくよく知っている尾木ママさんは、こんなことばを寄せてくださいました。

尾木直樹さん
「学校って絶対に行かなきゃいけない場所? 学校は休んじゃいけないの?学校が安心して過ごせる場所じゃないなら行かなくてもいいのよ。緊急避難だもの。休むのも自分を守る大切な権利。大丈夫! 安心してね」
ほんとうにつらかったら、学校行かなくてもいいんだ、って呼びかけているんだ。
“居場所”があるよ
「学校に行かなかったら、どこにいればいいんだろう?」

そうだね、不安に思うよね。夏休み終わったのに、ずっとおうちにいるのもしんどいし…。

実は、そんなときにすごせる場所があるんだよ。

フリースクール
1つは「フリースクール」っていうところ。自分にあったペースで勉強したり本を読んだり、楽器や工作で遊んだりして、自由にすごすことができるんだ。気軽に相談できる大人もいて、悩みや気持ちを受け止めてくれるはずだって。全国に470ほどあって、夏休みの前後には、無料ですごせるようにしているところもあるらしいよ。
“居場所”があるよ
「フリースクール全国ネットワーク」のHP
「フリースクール全国ネットワーク」というグループの事務局長、松島裕之さんも、小学4年生のころから中学校を卒業するまで、いじめなどのせいでずっと不登校になったんだって。松島さんは「学校に行っていたかどうかなんて、大人になるとあまり大きな差にはならないよ。学校以外で体験できることや出会える仲間もいるから、学校に行けないだけで将来に絶望しないで。つらいときは学校以外の選択肢があることを知っておいてくださいね」と話していたよ。

児童館
ほかにも、「児童館」という施設があるんだ。卓球台とか一輪車とか、けん玉などの、いろんな遊び道具がそろっていて、子どもたちと一緒にいるのが得意な大人の人もいてくれるんだ。「いるところがなかったら児童館にいってみよう」とか、「しんどくなったらおいでよ」などとメッセージも出していて、気軽に顔を出せると思う。全国で4600か所以上もあるらしいからすごいね。きっと近くにもあるんじゃないかな。

図書館
あとね、身近なところだと、図書館っていう方法もあるんだ。一日いても怒られないし、見守ってもらえるから、覚えておいてね。

相談できるところもあるよ
こういう施設に行く前に、まずは電話などで気軽に相談することもできるんだ。苦しいことや悩みがあったら、ひとりで抱え込まず、打ち明けてみるのが大事だよ。

チャイルドライン
電話0120ー99-7777(月~土:午後4時~9時)

全国70か所に拠点があって、ふつうのおうちの大人や、学生、学校の先生をやめた人などが相談にのってくれるんだ。電話代が無料でかけられるよ。9月6日までは、チャットでも相談にのってくれるらしい(午後4時~6時)。相談するときは名前を言わなくていいし、話したことはないしょにしてくれるそうです。

24時間子供SOSダイヤル
0120-0-78310(24時間)

夜中も含めて24時間相談できるんだ。先生をやめた人や、心の問題についてよく知っている人たちが電話に出てくれます。電話代無料です。

いのちの電話
0570ー783ー556(午前10時~午後10時)

自殺を防ごうと、ずいぶん前から活動しているところなんだ。ふだんは電話代がかかるけれど、毎月10日の午前8時から次の日の午前8時までは、電話番号0120ー783ー556で、電話代無料で相談できます。

フリースクール全国ネットワーク
03-5924-0525

さっき紹介した「フリースクール」のことは、ここに聞いてみてね。近くにあるといいね。

それから、NHKの「Eテレ」は、学校のことを考えると気持ちが沈んでしまうというみんなのために、8月31日の夜、いろんな番組を放送します。「#8月31日の夜に」というサイトものぞいてみてね。http://nhk.jp/831yoru
相談できるところもあるよ
生きていることが大事だよ
居場所がないなと思ったとき、つらいよね。しんどいよね。「ずるい」って思われても、かっこ悪くても、できが悪くったって、いいんだよ。生きていることが大事なんだよ。忘れないでいてね。

保護者のみなさんへ
この時期、子どものちょっとしたサインに気付いてあげることが大事だということです。

神奈川県川崎市のフリースクール「フリースペースえん」を運営するNPO法人の理事長で、長年、不登校の子どもや保護者の相談に応じてきた西野博之さんによりますと、子どもにとって自分を取り巻く状況や気持ちを言葉で説明するのは難しく、また、心配をかけないよう、気持ちを口に出さず我慢する子どもも多いそうです。このため、子どもの“SOS”に周りの大人が早く気付いてあげることが何より大切だということです。
注意が必要なサイン

西野さんや子どもの支援活動を行う団体によりますと、次のような兆しは要注意です。

・「学校に行きたくない」「学校が嫌だ」などと話す。
・頭痛や腹痛、それに、思うように体が動かないなどの体の不調を訴える。
・何度も肩をすくめたり、まばたきをしたりする。
・長時間、繰り返し手を洗ったり、長い時間、風呂に入ったりする。
・急にイライラしたり、落ち込んで話さなくなったりする。
・逆に、急に明るくなる。

こうした変化が見られるときは、学校や、子どもの支援にあたる団体などに相談し、学校を休んで心と体を休めることが大切だということです。

さらに、子どもと向き合うときの姿勢について、NPO法人「チャイルドライン支援センター」の理事で、長崎市でフリースクールを運営する中村尊さんは、次のように指摘しています。

「SOSを発する子どもに『それぐらいのことで…』と返したり、『行かなくてどうするの』と責めたりしないでください。まずは子どもの思いに気付けるよう言葉をかけ、命を守ってあげてください。そして、どうすれば笑顔で個性を伸ばしていけるか、子どもと一緒に考えていきましょう」

命の孤独を癒やす

地軸 8/30

 「一人になりたい」「孤独な時間が欲しい」。テレビでそう語っていたのは小学生だった。「つながり疲れ」―会員制交流サイト(SNS)の、希薄なのに過剰な人間関係に縛られる子のつぶやきが切ない。

 四六時中つながっていても寂しい、困難な時代。たまにはスマホを手放し、夏休みの終わりの無為な時間を大切に、思いを巡らせたい。息苦しい「風景」がわずかでも変わるかもしれない。

 「『孤独は良いものだ』とわれわれは認めざるを得ない。しかし『孤独は良いものだ』と話し合える相手を持つこともまた、一つの喜びである」とは文豪バルザックの言葉。孤独を糧にしつつ、一人でいても「一人じゃない」と感じられれば、人はまた歩きだせる。

 殊につらいのは病を得たとき。「なぜ自分だけが」。その痛みは「仲間」の存在を知ることで、少し和らぐ。自分と同様に孤独に病と闘っている人が、そして支えてくれる人がこんなにもいる―そう実感できるのが「リレー・フォー・ライフ」

 松山で9月2~3日、患者や家族、医療者が、がんへの理解や支援を訴える。今年は初の2部制で初日の昼は経験者らが語り合い、夕刻から城山公園で夜通し歩き続ける。

 「ここに来ると天につながってて、夫に届く気がする」と、会場を飾る明かりに手紙を貼った人がいる。久しぶりの再会に、黙って涙する人がいる。目に見えない強く優しいつながりが、命の孤独を癒やす。

寝床





談話室 8/30

面倒見はいいのだが趣味の義太夫をやたらと聞かせたがる。そんな大店(おおだな)の旦那がいた。ところが腕前はからっきしときた。旦那の独演会に呼び出される店子(たなこ)や店員は何とか逃げ出したい。ご存じ、落語「寝床」である。

この落語の枕によく使われる狂歌が「まだ青き素人(しろと)浄瑠璃玄人(くろと)がり、赤い顔して黄な声を出す」。浄瑠璃は三味線伴奏の語り物の総称で義太夫を含む。青に白、黒、赤、黄と五つの色をうまく詠み込んで、四苦八苦しながら他人迷惑な声を聞かせる旦那をずばり表している。

北朝鮮の弾道ミサイルが北海道の襟裳岬上空を通過した。日本の上空を通るミサイルの発射は5回目だが、日本政府は「これまでにない重大な脅威」と危機感を募らせる。大店の旦那が鬱陶(うっとう)しいのはたまさかなのに対し、こちらの若旦那は始終武器を振り回すから質(たち)が悪い。

本人は玄人がっているのかもしれないが、核・ミサイル技術をかざして他国を挑発する行為は、外交戦略上まだまだ素人である。「若旦那さま、何とかご勘弁を」とひれ伏す国はあるまい。赤い顔して進める強硬路線がやがて頓挫し、青ざめる前に現実を見つめたほうがよい。

…………………………

寝床(ねどこ) 落語

だんなの義太夫を聴く長屋の連中の七転八倒ぶり。文楽のおはこです。

ある商家のだんな、
下手な義太夫に凝っている。

それも人に聴かせたがるので、皆迷惑。

今日も、
家作の長屋の連中を集めて
自慢のノドを聞かせようと大張りきり。

番頭の茂造に
長屋を回って呼び集めさせ、
自分は小僧の定吉に、
晒に卵を買ってこい、お茶菓子はどうした、
料理は、見台は、
と、うるさいこと。

ところが茂造が帰ると
雲行きが怪しくなる。

義太夫好きを自認する提灯屋は、
お得意の開業式で三百五十ほど請け負ったので来られず、
小間物屋はかみさんが
臨月で急に虫がかぶり(産気づき)、
鳶頭はごたごたの仲裁と、
口実を設けて誰も来ないとわかると、
だんなはカンカン。

店の一番番頭の卯兵衛まで、
二日酔いで二階で寝ているというし、
他の店の者もやれ脚気だ、
胃痙攣だと、仮病を使って出てこない。

「それじゃ、おまえはどうなんだ?」
「へえ、あたしはその、
一人で長屋を回ってまいりまして……」

しどろもどろで言い訳しようとすると
だんながにらむので
「ええ、あたしは因果と丈夫で。
よろしゅうございます。
覚悟いたしました。伺いましょう。
あたしが伺いさえすりゃ」
と、涙声。

だんなは怒り心頭で
「ああよござんす、
どうせあたしの義太夫はまずいから、
そうやってどいつもこいつも
仮病を使って来ないんだろ。
やめます。
だがね、義太夫の人情がわからないようなやつらに
店ァ貸しとく訳わけはいかないから、
明日十二時限り明け渡すように、
長屋の連中に言ってこい」
と大変な剣幕。

返す刀で、
まずい義太夫はお嫌でしょう、
みんな暇をやるから国元へ帰っとくれ
と、言い渡してふて寝。

しかたなく店の者がもう一度長屋を回ると、
店だてを食うよりはと、
一同渋々やってくる。

茂造が、
みんなさわりだけでも聞きたがっていると、
うって変わってお世辞を並べたので、
意地になっていただんな、
現金なものでころりと上機嫌。

長屋の連中、
陰で、横町の隠居がだんなの義太夫で
「ギダ熱」を患ったとか、
佐々木さんとこの婆さんは七十六にもなって
気の毒だとかぶつくさ。

だんな、
慌ただしく準備をし直し、
張り切ってどら声を張り上げる。

どう見ても、人間の声とは思えない。

動物園の脇を通るとあんな声が聞こえる、
この家の先祖が義太夫語りを絞め殺したのが祟ってるんだ
と、一同閉口。

まともに義太夫が
頭にぶつかると即死だから、
頭を下げて、
とやっているうち、
酒に酔って残らずその場でグウグウ。

だんな、静かになったので、
感動して聞いているんだろう
と、御簾内から覗くとこのありさまで、
家は木賃宿じゃないと怒っていると、
隅で定吉が一人泣いている。

だんなが喜んで、
子供でさえ義太夫の情がわかるのに、
恥ずかしくないか
と説教し、定吉に
「どこが悲しかった? 
やっぱり、子供が出てくるところだな。
『馬方三吉子別れ』か? 
『宗五郎の子別れ』か? 
そうじゃない? 
あ、『先代萩』だな」
「そんなとこじゃない、あすこでござんす」
「あれは、あたしが義太夫を語った床じゃないか」
「あたくしは、あすこが寝床でございます」

【うんちく】

日常語だった「寝床」

上方落語「素人浄瑠璃」を、
「狂馬楽」と呼ばれた奇人・三代目蝶花楼馬楽が
明治中期に東京に移したとされますが、
明治22年の二代目柳家(禽語楼)小さんの速記が残るので、
それ以前から東京でも演じられていたのでしょう。

古くから東西で親しまれた噺で、
少なくとも戦前までは、「下手の横好き」のことを「寝床」といって
普通に通用したほどです。

昭和5年、雑誌「キング」に連載され、
古川ロッパ主演で舞台や映画でも人気を集めた
佐々木邦原作の「ガラマサどん」では、
ビール会社のワンマン社長が、社員相手に
「寝床」をそっくり再現して、笑いを誘いましたが、
これもむろん落語が下敷きになっています。

原話と演者など

江戸初期の寛永年間(1624~44)刊行の笑話本
「醒睡笑」(→「子ほめ」「てれすこ」「幇間腹」「寄合酒」)や
「きのふはけふの物語」にすでに類話がありますが、
最も現行に近い原話は安永4年(1775)刊
「和漢咄会」中の「日待」で、オチも同じです。

三代目三遊亭円馬が上方のやり方を踏襲して演じ、
それを弟子筋の八代目桂文楽が
直伝で継承、十八番としました。

主人公がいかに下手くそとはいえ、
演じる側に義太夫の素養がないとこなしきれないため、
大看板でも口演できるものは限られます。

近代では、文楽のほか六代目三遊亭円生が
子供義太夫語りの前身を生かして
「豊竹屋」とともに自慢ののどを聞かせ、
三代目金馬、八代目三笑亭可楽も演じました。

異色の志ん生版「寝床」

五代目古今亭志ん生は、「正統派」の文楽・円生に対抗して、
ナンセンスに徹した異色の「寝床」を演じました。

前半を短くまとめ、後半、だんなが逃げる番頭を追いかけながら
義太夫を語り、「獲物」が蔵に逃げ込むと、
その周りを悪霊のようにグルグル回ったあげく、
とうとう蔵の窓から語り込み、中で義太夫が渦を巻いて、
番頭が悶絶というすさまじいもの。
オチは、「今ではドイツにいるらしい」という奇想天外。

実はこれ、師匠だった大正の爆笑王・初代柳家三語楼のやり方を
そのまま踏襲したものです。
三語楼は、英語まじりのギャグを連発するなど、
生涯エログロナンセンス、異端児で通した人でした。

むろん、このやり方では「寝床」の題のいわれもわからず、
正道とはいえませんが、
無頼の青春を送り、不遇な時期が長かった志ん生は、
師匠の反逆精神にどこか共鳴し、
それを引き継いでいたのでしょう。

円生などと違い、義太夫の素養がなかったので
こういう行き方を選んだのかもしれません。
現在、このやり方で演じるのは、橘家円蔵ら少数です。

義太夫って?

大坂の竹本義太夫(1651~1714)が貞享2年(1685)ごろ、
播磨(はりま)流浄瑠璃から創始、
二世義太夫(1691~1744)が大成し、
人形芝居(文楽)とともに、上方文化の礎として興隆しました。

噺に登場する「千代萩」など三編はいずれも
今日も文楽の重要なレパートリーになっている代表作です。
義太夫が庶民間に根付き、必須の教養だった
明治期までは、このほか「釜入りの五郎市」
「志度寺の坊太郎」などの子役を並べました。

だんなの強権

この噺の長屋は通りに面した表長屋で、おそらく二階建て。
義太夫だんなは、居附(いつ)き地主といって、
地主と大家を兼ねています。

表長屋は、店子は鳶頭など、比較的富裕で、
今で言う中産階級の人々が多いのですが、
単なる賃貸関係でなく、店に出入りして
仕事をもらっている者が大半なので、 
とても「泣く子とだんな」には逆らえません。

加えて、江戸時代には、引越しして新しい長屋を借りるにも、
元の家主の身元保証が必要な仕組みで、
二重三重に、義太夫の騒音に命がけで耐えなければならない
しがらみがあったわけです。

アリの理屈

卓上四季 8/30

昆虫の中でもアリは好戦的だ。縄張り争いや餌の奪い合いは暴力団の抗争以上で、敵のアリの巣を乗っ取ったり、さなぎを連れ去って奴隷として使役したりする種もいるそうだ。「昆虫はもっとすごい」(光文社新書)に学んだ。

ハシリハリアリの仲間は、音を出して敵を威嚇する。共著者の丸山宗利さんは「人間で言えば『ミサイル発射するぞ』『そんなこと言うなら経済制裁するぞ』と牽制(けんせい)し合うような感じ」と説明する。まるで北朝鮮と米国だ。

その北朝鮮がきのう、再び弾道ミサイルを発射した。これまでと異なり、襟裳岬上空を通過し太平洋上に落下した。国連安保理決議に明確に違反する暴挙だ。到底許されない。

安倍晋三首相は「さらなる圧力の強化を国連の場で求めていく」と語った。確かに、国際協調による経済制裁などは重要だ。だが、圧力のみでは北朝鮮を刺激するだけで、逆に緊張を高めかねない。

いまこそ冷静に対話の道を確保して、粘り強い外交努力で解決を模索してほしい。軍事衝突は絶対に避けなければならない。私たちも冷静に情報を見極めて、いたずらに不安に踊らされないよう気をつける必要がある。

ハシリハリアリは互いに威嚇し合っても、結局は撤退するそうだ。直接戦うことで、けがをしたり死んだりするのは得策ではないとの判断が働くらしい。アリにも分かる理屈だ。人間に分からないはずがない。

…………………………

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昆虫はもっとすごい
丸山宗利/著 養老孟司/著 中瀬悠太/著

アリと共生する昆虫が専門の人気学者・丸山先生、無類の虫好きでお馴染み養老ハカセ、生態が謎だらけの寄生虫研究者・中瀬クンによる夢の“虫屋”トリオが、昆虫ワールドの魅力を語りつくす。アリの匂いや動きを真似て巣に居候しダタ飯を食うハネカクシ、交尾のためにわずか数十分の命を懸ける雄と寄生先から一生外に出ない横着な雌のネジレバネ、何の意味や役割があるのか全く分からない奇妙キテレツな形をしたツノゼミ……。小さき生き物の多種多様なあり様から、彼らを取り巻く植物や自然環境まで、虫屋の白熱トークは縦横無尽に展開。面白さ太鼓判!


 著者・丸山宗利さんと養老孟司さん、中瀬悠太さんとの鼎談で、虫の生態や生きる知恵、環境などについての面白い話は当然だが、虫と人とのかかわりについても縦横無尽に語られていて、興味深いものとなっている。

 まず3人の著者について、奥付から紹介しておく。


丸山宗利(まるやま むねとし)
 1974年東京都出身。九州大学総合研究博物館助教。北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。博士(農学)。アリと甲虫の研究が専門。著書は『ツノゼミ ありえない虫』(幻冬舎)、『昆虫はすごい』(光文社新書)など。

養老孟司(ようろう たけし)
 1937年鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。専門は解剖学。無類の昆虫好きで、暇さえあれば昆虫採集に出かける。著書は『唯脳論』(青土社)、『バカの壁』『「自分」の壁』(以上、新潮新書)、『虫の虫』(廣済堂出版)など。

中瀬悠太(なかせ ゆうた)
 1985年三重県出身。国立科学博物館特別研究生。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。博士(人間・環境学)。ネジレバネという生態がほとんど明らかになっていない寄生性昆虫と、その宿主である虫の研究が専門。


 目次を眺めるとおおよその内容がわかるので、紹介してみる。

序文 養老孟司
はじめに 丸山宗利

第1章 昆虫の面白すぎる生態
 なぜ今、昆虫なのか?/すべてが謎のネジレバネ/虫好きも嫌いな虫/「寄生」研究はひと苦労/「寄生」も「共生」の一種/知らないことを知りたい欲望/虫屋トリオの少年時代/デジカメが起こした出版革命/SNSでも昆虫は大盛況/虫屋の世界にも変化が/近年は昆虫少年もマニアックに/実は虫屋もいろいろ/飼育センスがあるのは女性⁉/虫屋は植物に弱い⁉/非科学と見下されてきた学問/なぜ幼児はイヌとネコを区別できる?/独自の名づけは日本のお家芸/日本人と昆虫の距離/養老ハカセの疑問/「無駄毛」なんてない/社会的な虫は脳が発達/変な形の王様・ツノゼミ/結局、人間が変に感じているだけ/アリ好きのアメリカ/オーストラリアはすごすぎる/違う生物でも同じ色彩になる地域も/島の宝庫・東南アジア~オセアニア/生物学者が軍やIT系に就職/虫の翅に工学デザインのヒント

第2章 社会生活は昆虫に学べ!
 認めることから始まる/子孫を残せない働きアリの悲哀/種を残すため個は犠牲⁉/モテない雄は交尾できない/1週間交わり続けるカメムシ/男女逆転⁉ 雌が雄に挿入/雌を束縛し自らは浮気する雄/雌だけで子供を生める昆虫たち/弱そうな雄も陰でしっかり交尾/雄と雌で形が違うのはなぜ?/広大な環境でどうやって出会う?/人には見えない「道」がある/ゴキブリはしっかり子育てする/カメムシの健気な子育て/子を想って資産形成/実は難易度が超高い「アリの巣キット」/抗菌剤で部屋をキレイに/虫たちはいろんなものを食べている/変なものも食べるから生き残る/海で生きるヤツらは面白い/昆虫界でもバブルははじける

第3章 あっぱれ! 昆虫のサバイバル術
 交尾だけに生きる数十分の命/昆虫の性は多様/戦略なんてない⁉/大量発生は環境破壊の証拠/世代交代が早いから新種が生まれる/アリの世界は格差社会/経済制裁や諜報戦も/人も失明するほどの蟻酸/逃げるが最強/カの羽音が聞こえるのは進化のおかげ?/「計画」ができる農業技術/ほとんどの共生は不公平/人の暮らしも寄生の典型/「退化」という「進化」/姿、匂い、声…なんでも真似る!
第4章 昆虫たちの生きる環境は今?
 コンビニが昆虫の生活を乱す/「清潔化」で虫が減った/カブトムシは人がいないと生きられない⁉/造園業とともに国内を巡る/昔は岐阜も箱根もハゲ山だった/すっかり見なくなった赤トンボ/失って初めて気づくのが人間/公園づくりは間違いだらけ/日本の森の回復力は強い/次世代の虫屋を育てるには?
おわりに 中瀬悠太


 いろいろ面白い話題があることが、わかると思う。
 さて、何箇所か引用・紹介してみることにする。


 中瀬さんが寄生性昆虫の研究を始めたのは、「今までに誰も明らかにしてこなかったことを知りたい、新しい発見をしたい」という欲求を満たしたかったからだ、という話から“研究者とは何か?”という話題になる。

<養老 それが本質だよね。その根本の欲を失ったら、もはや科学者ではないでしょう。昆虫は一種一種ユニークな存在で、まだまだ未知のことがたくさんある。この時代に「解明されていないことがある」ということ自体が、面白くてやめられない。もちろん、すでに解明されていることでも自分が知らなかったらそれは未知のことで、やっぱり面白い。
丸山 おっしゃるとおりです。
養老 でもさ、それって、「誰も知らないことを知りたい」ともまた違うんだよね。これ、一般の人たちが誤解していることなんだけど、研究者って世間の評価や名声がほしいとか、威張りたいとか、そんな気持ちで動いているわけじゃなくて、ただ純粋に、「自分が知らないことを知りたい」だけ。さっきもちょっと言ったけれど、人から教わろうが、本を読もうが、知らなかったことを知ったらびっくりするんだよ。当たり前だけど、本なんて、すでに誰かが見つけたことしか書いていないじゃない。それでも興奮するし、嬉しくなるの。「発見」という言葉の主体は、自分だけ。「もうわかっていることを知って何が嬉しいんだ」って思われるかもしれないけど、そういう人だって、ハワイだのエジプトだのフランスだのの手垢がついたような定番の観光地に行くのは、そこに自分なりの発見があるからでしょ。たぶん、研究者のマインドはそれに近いんだよね。もちろん、未踏の地を見つけたときの喜びったらないけど。>


 昆虫の“和名”の話で、「メクラチビゴミムシ」などは差別語が入っているから変えろという声がある。
 でも、それは「非論理的で不当な言葉狩り」だというような話から……

<中瀬 和名が修正された事例も、ないわけではありません。かつてメクラカメという名前のカメムシがいたのですが、これはドイツ語で「目のないカメムシ」という名前がついていたのをそのまま日本語に訳して呼んでいたんですね。もともと単眼のない種が多かったために、そういう名前がついたようですが。とはいえ複眼、いわゆる眼があることは一目瞭然でしたから、科の名前自体がメクラカメムシ科からカスミカメムシ科に改名されました。まあ、メクラチビゴミムシは本当に目がないわけですから、残しておいてもいいんじゃないかとおもいますが。
養老 あとさ、和名はニセクロホシテントウゴミムシダマシみたいに要素をつなげたものが多いんだよね。見やすく分けると、ニセ/クロホシ/テントウ/ゴミムシ/ダマシ。これは、ゴミムシに似ている種を集めたゴミムシダマシ科のなかのテントウムシによく似た種をテントウゴミムシダマシと呼んで、さらにそのなかの黒斑を持ったものをクロホシテントウゴミムシダマシと名付けた。さらに、このクロホシテントウゴミムシダマシによく似た昆虫が発見されて「ニセ」がつけられた……という散々な由来なんだけど。でもこうした命名のされ方は、動物でも一緒かな。マダガスカルにいるネズミキツネザルも、だいたい同じような名前の由来だろうから。
丸山 でも、どんなに悪口みたいな名前のゴミムシだって、種の重要性としてはジャイアントパンダと変わらないんだっていつも僕は言っているんです。公平なんですよって。なんか笑われちゃうんですけど。
養老 それはそうだよね。大きいから偉いとか、たくさんいるから偉くないとか、そんなのおかしな話だから。あと、和名がひどいのは植物だって同じだね。ヘクソカズラなんて、本当にひどいと思う。>


<丸山 前作の「人間がしていることは、すべて昆虫がやっている」というキャッチコピーを見て、「そんなわけないだろう」と思われた方も多いと思います。もちろん、昆虫が検索エンジンをつくったわけでも、宇宙に飛んでいったわけでもありません。しかし、巨大建築をつくりもするし、結婚詐欺だってするし、農業だってする。生活の基本は、倫理部分を除けば、だいたい昆虫は人間の先を行っています。
中瀬 集団生活もするし、カーストもつくるし、子育てだってしますよね。「なんでもしている」と言っても過言ではないな、とあらためて感じました。
丸山 でも、私が伝えたいのは、そういうひとつひとつの事象で先駆けているということはもちろん、昆虫をとおして生き物はこういうものなんだ、そして人間も例外ではないんだ、と知ることです。知るというか、「認める」姿勢が必要なのではないか、といつも感じていて。
(中略)
中瀬 私は、昆虫から何を学ぶか、そして何を学ばないかが重要なんじゃないかと思います。まずは昆虫が何万年も昔からどんなことをしているのかを知って、単なる「虫ケラ」ではないことからあらためて理解できれば、と。
丸山 恋愛も、農業も、戦争も、人間が今の形に進化するずっと前から地球のどこかで昆虫が済ませている。われわれがしていることを先取りしている「生物の先輩」として昆虫がどのようなことをしてきたのか、家族、住まい、恋愛、男女関係、食べ物といった暮らしや、「社会関係をどう生きていくか」という課題を中心にしつつ、昆虫の生態をなぞっていきたいと思います。>


 “寄生”や“寄生性昆虫”の話から。

<養老 あと、国家に寄生している人だって、たくさんいるでしょう。
丸山 国家に寄生?
養老 それを人は福祉国家と呼んでいるんですよ。こんなこと言ったら怒られちゃうかもしれないけどね。ただ、読者に知っておいてほしいのは、寄生や居候って、されるほうにも意味があるということ。言葉だけ取り上げるといかにも一方的に利益をむさぼっているように見えるかもしれないけれど、決してそうではない。それに、Aという昆虫に居候しているBという昆虫だって、Cという昆虫にとってまた意味があるはずでしょ。二者の関係だけで考えるから「けしからん」なんて話になる。全部つながっているんだから、その二者間を飛び超えてまた違う個体に影響があるんだよね。
中瀬 さらに、状況が変わってくれば、何がどういうふうに役に立つかわからないですしね。
養老 そのとおり。少し話が違うかもしれないけど、盲腸のところにある虫垂って、なんの役にも立たないでしょう? 役に立たないどころか、ときどき虫垂炎を起こすから「こんなものないほうがいいよ」って腹が立つじゃない。
丸山 ハハハ、たしかに。
養老 でも、人間が違う暮らしをするようになったら? 住む環境がガラッと変わるようになったら? もしかしたら、必要になるかもしれないよね。草だけ食っているウサギやパンダの虫垂は大きいんですよ。つまり、人間が草だけ食べて生きていかないといけなくなったとき、ないと困るかもしれない。口蓋垂(こうがいすい)だって「役に立たない体のパーツ」とか言うけれど、状況が変わったらどうなるかわかりません。宇宙人が攻めて来たら、ものすごく役に立つかもしれない。今の僕たちが持っている貧困な想像力がすべてではないんだから。>


 昆虫の順応性とか進化、退化の話から。

<中瀬 そして、一度なくしてしまった機能や器官を再び得るのは不可能と言われています。
養老 そう。再び得られなかった姿として、ハチやアリの幼虫がある。幼虫に足がないのだって、退化という進化でしょ?
丸山 はい。肉食、凶暴というイメージのあるハチですが、進化の歴史で最も原始的な段階では葉っぱを食べて生きていたんです。その弱いハチから寄生性のハチは生まれて、ほかの昆虫の体内を食い荒らすようになったわけですが、昆虫の体内を泳ぐために足が不要となり退化していったんですね。あらゆる退化という進化を遂げたハチが、スズメバチやミツバチやアリのようなものに進化していったんです。けれど、幼虫が足を失った状態はそのまま引き継がれていて、だから、ハチもアリも幼虫は足がないまま、というわけです。
中瀬 あまりにも便利に生きていると、それがなくなったときに滅びるだけの存在になるというのは怖い教訓ですよね。今、突然「人類のみなさん、これから狩猟採集で生きていくことになりました。文明はすべて取り上げます」と言われても対応できないでしょうから。でも、もしかしたら、現代社会で落ちこぼれと呼ばれるような人たちが真価を発揮して、あらゆる環境に適応して生き残っていくかもしれない。そうしたら、その人たちが強者として子孫を後世に残していくでしょう。
養老 そう。環境が変われば、強者と弱者がガラッと入れ替わるってことだよ。>


 昆虫を好きな方も嫌いな方もいるでしょうが、昆虫やその生態はとっても面白い。
 そして、それらから人はいろんなことを学べそうである。
 子どもたちにもっと自然や虫に親しませてやりたいと思うのだが、いかがだろうか?(^^ゞ