2017年06月の記事 (1/10)

わび住まい

卓上四季 6/30

近くの公園でアジサイのつぼみが膨らみ始めた。周りでランドセルを背負った小学生たちが鬼ごっこをしている。もう少しで夏休み。新入生を持つ親なら、わが子は学校でうまくなじんでいるか気になるころだろう。

読者から手紙を頂いた。<誰もがいじめっ子にも、いじめられっ子にもなり得る。ちょっとした違いしかないと思うのですが>。お子さんが被害者から加害者に回ったのではないかと心配されていた。

東京の出版社「童話屋」の編集者、田中和雄さんの活動を思い出す。小中学校で「詩の授業」を続け、いじめを題材に子どもに創作させている。

<いじめている方はかわいそう…「いじめ」いがいに方法はないかな/だけど…「いじめ」は/みんなをかなしませる悪魔なんだ>。小学4年男子の詩である。子どもたちは意外と冷静に見ている。当人が一番分かっている。いじめる側のやりきれなさを。

大人の世界にもパワハラがある。政治も多数派が数の力で押し切る場面が増えている。攻守ところを変えるかもしれぬのに、相手の立場が想像できないのか。頭の片隅に他人の「住まい」があれば暮らしやすくなるのに。

小欄を担当して3年。ひととき雨露をしのぐ「わび住まい」になればと思って書いてきました。あすから筆者が変わります。立ち寄ってもらい、感謝に堪えません。どこかでお目にかかる日を楽しみにしております。

くまのパディントン

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中日春秋 6/30

二十七日に九十一歳で逝った英国の作家マイケル・ボンドさんが、そのクマに出会ったのは一九五六年のクリスマスイブのことだった。

家路を急ぐ彼の目に、売れ残って店先にぽつんと置かれたクマのぬいぐるみが、飛び込んできた。見捨てられたような姿に切なくなったボンドさんは、妻への贈り物として買い、自宅近くの駅にちなんでパディントンと名付けた。

このクマを見ているうち、ボンドさんの頭の中で物語が動き始めた。「クマがひとりぼっちで駅に現れたら、どんなことが起きるだろうか?」

そのときボンドさんの脳裏に、ある光景が浮かんだという。戦時中、空襲を逃れるために親元を離れ、スーツケース一つで迷子にならぬための札を首に下げ、列車で疎開した子どもたちの姿だ。

そうして生まれたのが、名作『くまのパディントン』。スーツケース一つ持ち、ひとりぼっちで未知の国にやってきて、「どうぞ このくまのめんどうをみてやってください。おたのみします」と書いた札を首から下げたクマ。その姿には、孤独や不安にたちむかう子どもたちへの、作家の思いがたっぷり詰まっているのだ。

『パディントン』は、半世紀にわたり三千五百万部も売れる人気シリーズとなった。売れ残りのクマのぬいぐるみが、世界中の子どもたちをわくわくさせ続ける贈り物となった。そんなすてきな物語である。

こんにちは

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諭吉と貧困


卓上四季 6/29

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり」。福沢諭吉の「学問のすゝめ」の有名な一節だ。平等主義の主張と理解する人が多いが、実は意味合いは少々異なる。

文章はこんなふうに続く。<人は生まれながらの貴賤(きせん)の別はないが、いつの間にか仕事や身分に差ができる。それは、学問をしたかどうかの違いだ>。どことなく現代の子どもの貧困と重なる。

厚生労働省の調査で、子どもの7人に1人が貧困家庭で暮らしていることが分かった。特にひとり親世帯は2人に1人と、主要国中最悪レベルだ。

やっかいなのは、貧困が次世代に連鎖することだろう。家庭の貧困のために十分な教育が受けられない。それによって生じる学力差が学歴の差となり、就職にまで影響する。非正規雇用や低就業率が収入の差として表れ、再び貧困を生む。

連鎖を断ち切るためにも、教育の無償化や学習支援、親を含めた生活支援など、あらゆる対策を検討しなければならない。財源の問題はある。だが、貧困を放置すれば15歳までの子どもたち全体の生涯所得は減り、国の財政収入が16兆円減少するとの試算も示されている。

これが、増税などの形で国民にのしかかることもあり得る。若者もお年寄りも無関係ではない。だからこそ、子どもを社会全体で支える仕組みを考えたい。学ぶ環境の違いによって「人の上」や「人の下」をつくらないように。

ひょっこり

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藤井四段

くろしお 6/28

 プロデビューから無敗のまま重ねた白星がついに29に達した。将棋界の連勝記録を30年ぶりに塗り替えた藤井聡太四段の強さの秘けつは詰め将棋できたえた終盤力だという。

 「名人候補」とうたわれながら若くして世を去った故村山聖九段の師匠、森信雄さんは「詰め将棋の基本は捨て駒にあり」という。歩や桂馬など小駒はもちろん飛車、角行でさえためらわずに打ち捨てて相手玉を追い詰める(森信雄著「あっと驚く 三手詰」)。

 救世主のようなホープの登場で活気づく将棋界とは違い、腹立たしいニュースが続く政界だ。豊田真由子衆院議員は自身の政策秘書だった男性への暴力行為などが明るみになったことを受け、事務所を通じて党本部に離党届を提出した。

 スクープした「週刊新潮」によると、豊田議員は5月、当時政策秘書だった男性が車を運転中、後部座席から罵声を浴びせ、頭や顔を数回殴ってけがを負わせた。「はげ」「死ねば」といった暴言も吐いたとされる。男性が録音した車内でのやりとりも掲載した。

 豊田議員は東大卒元キャリア官僚。厚生労働省課長補佐など経て2012年12月の衆院選で初当選した。被災地おんぶ視察、妻の妊娠中不倫などワイドショーネタの温床化している自民党2回生議員いわゆる安倍チルドレンのひとりだ。

 離党、議員辞職、政務官辞任と所属議員を切り捨てる安倍政権だが手持ち駒が多く優位は不動。支持率低下を気にして森友、加計絡み疑惑をあいまいにしたまま幕を引いた国会については釈明したが熱い棋界と冷めた政界の違いが際立つ。

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小社会  6/28

 29連勝の新記録を打ち立てた14歳の棋士、藤井聡太四段。ある対局が深夜までずれ込んだため、父親が対局場所まで迎えに来てくれた。その時の映像を見た作家、小川洋子さんのコメントが毎日新聞に載っていた。

 「この子はこんなすごいことをしているのに、まだ夜1人では帰れないぐらいの子供なんだな」。対局中の何事にも動じない集中力。「僥倖(ぎょうこう)」「望外」といった言葉を用いる大人びたコメントからはそうは見えないが、確かにまだ中学生。偉業とのギャップに改めて驚かされる。

 人工知能の時代。高段者の棋譜がデータベース化され、藤井四段も活用するコンピューター将棋ソフトも多彩だ。そうした材料を使い、誰も思いつかない新手をどう考案するか。それはひとえに人の力にかかっていよう。

 「新手一生」は、初の三冠(名人・王将・九段)となった升田幸三名人の言葉。幾多の天才が編み出した定跡から新手が生まれ、やがてそれが定跡となり、定跡を覆すような新手がまた生まれる。その道を究めようと一生努力する者を、プロの将棋指しと呼ぶのだろう。

 「単純にもっともっと強くなりたい」と藤井四段。一方で学校から帰るとおやつを食べながら新聞を読む。テレビはあまり見ないが、NHK「ブラタモリ」で息抜きもする。

 小欄のようなおじさんとも、うまが合いそうだ。ギャップも含めて、新手一生を志す天才棋士から目が離せない。

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鳴潮 6/28

 将棋界には、名人になる棋士は天に選ばれた者という考え方がある。最も若い21歳で名人位に就いた谷川浩司九段、7冠制覇を成し遂げた羽生善治3冠がすぐ頭に浮かぶ。史上最年少棋士の藤井聡太四段もその一人だろう。

 まさに日の出の勢いである。竜王戦決勝トーナメントで、30年ぶりの新記録となる29連勝を達成した。新鋭の増田康宏四段を投了に追い込んだ一手は、華麗な自陣飛車だった。才気にあふれる将棋がファンを魅了している。

 「自分でも本当に信じられない。非常に幸運でした」と至って謙虚だ。これまで「望外の結果」「僥倖(ぎょうこう)としか言いようがない」と連勝を続けても、おごるそぶりすら見せない。まだ14歳。なのに、風格は名人候補そのものである。

 藤井四段は小学校2年のころ、谷川九段との指導将棋で「引き分けにしようか」という提案を嫌がり、将棋盤を抱えるようにして泣いた。それから、わずか数年。もう、将棋界のみならず国民が藤井四段を離さない。

 過去の例もそうだが、実力がある四、五段クラスの若手は、上位の棋士に比べて、連勝しやすい環境にある。予選が多く、タイトル保持者ら強豪と対戦する機会が少ないからだ。

 それでも、勝ち進めば、いずれは羽生3冠との公式対局も実現しそうだ。選ばれた者同士の一戦を見詰める人垣の一人になりたい。

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明窓 6/28

 デビュー戦は昨年のクリスマスイブだった。将棋界を席巻する中学生棋士の藤井聡太四段(14)。以降、半年間負け知らずで公式戦の白星を29まで積み重ね、歴代最多の連勝記録を30年ぶりに更新した。

連勝記録と言えば、大相撲では横綱双葉山が戦前にマークした69が金字塔。7年前に白鵬が「あと6」まで肉薄した。プロ野球では楽天時代の田中将大投手(現ヤンキース)が2012~13年にかけて積み上げた28が最高だ。

ただ、この3人の不敗神話は、プロとしてキャリアを積んだ上で達成された。まだあどけなさが残る藤井四段の場合、プロ野球入りしたばかりの高卒投手が開幕からいきなり29連勝するような快進撃。そのすごさが際立つ。

敗れた対戦相手は、藤井四段の指し手には人工知能(AI)の影響が見えると指摘する。特徴は序盤から機先を制して攻めきる戦い方。人間と違って、王将を取られるという恐怖心を持たないAIならではの攻めで、勢いは止まりそうにない。

藤井四段は三段の頃から、AIを搭載した将棋ソフトを使い、弱点だった序盤と中盤の局面を研究しているという。もっともソフトは誰でも使えるだけに、もともとの棋力の高さに加え、研究熱心さや、負けん気の強さが人一倍なのだろう。

公式グッズの扇子に揮毫(きごう)したのは「大志」の文字。「もっと上を目指す」という気持ちを込めたという。この向上心はどこから生まれるのか。同じ中3の娘を持つわが身としては14歳棋士がどんな家庭環境で育ったのかが気になる。

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水鉄砲 6/28

 14歳、中学3年生の頃は毎日、昼休みには野球に興じ、放課後は新聞部。高校生と一緒の活動だった。

 高校生の指導で原稿を書き、広告集めにまちの商店を巡る。時々、先輩が「お疲れさん」といってあんパンやきつねうどんをおごってくれたことを思い出す。

 同じ14歳、中学3年生でも、将棋の藤井聡太四段は格が違う。プロ棋士としてデビューして半年。一度も負けを知らず、26日には公式戦29連勝を達成。従来の記録を30年ぶりに更新した。

 全国紙の伝える先輩たちの言葉がそのすごさを物語っている。「序盤、中盤も隙がない。終局後のコメントも落ち着いているし、慢心は見られない」と谷川浩司九段。デビュー戦で対戦し、敗れた加藤一二三九段は「ここまで連勝するとは予想できなかった。名人の座もすぐに視野に入ってくるだろう」といっている。

 一時は主要7タイトルを独占していた羽生善治3冠は「29連勝は歴史的な快挙。結果も素晴らしいが、内容も伴っている点でもすごみがあります。ひのき舞台で顔を合わせるのが楽しみ」と答えている。

 小学生の頃は人前に出るのが苦手で恥ずかしがり屋。でも、負けん気は強く、負けると大泣きした。将棋盤から引き離すのが母親の役目だったという。

 その負けん気が向上心につながり、頑固さが研究を深めさせたのだろう。きつねうどん一杯で喜んでいた中学生とはモノが違う。当分、彼からは目が離せない。


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越山若水 6/28

神奈川県の老舗旅館「元湯陣屋」に、癖字の色紙が残っている。「強がりが雪に轉(ころ)んで廻(まわ)り見る」。ヒゲの名棋士、故升田幸三九段からの詫(わ)びの品ともされている。

1952年の王将戦でのこと。木村義雄王将・名人に挑戦していた升田九段は第6局を戦うのを拒んだ。これが元で日本将棋連盟を二分する大騒動に発展した。

昭和の将棋史に残る「陣屋事件」である。対局拒否の真相は分からない。が、会場になっていた陣屋の困惑は察して余りある。色紙はやはり謝罪代わりなのだろう。

人間の業がぶつかり合うような昔と、同じ棋界の出来事とは思えない。ついに29連勝。30年ぶりの快挙と大騒ぎする世間をよそに平静を貫く、藤井聡太四段のスマートさに驚く。

強さの要因には人工知能(AI)の活用もあるようだ。自身の指した手をコンピューターソフトに評価させ形勢判断などに役立てる。ヘボ将棋の当方には想像のつかない世界だ。

それもそのはずで、第一人者の羽生善治3冠は「強くなるための高速道路が一気に敷かれた」と棋界の急激な変化を表現している(松本博文著「コンピュータ将棋」)。

陣屋事件までに、升田九段は木村王将・名人に3勝差をつけていた。当日は自駒の香車なしで指す規則。だが升田九段は名人に屈辱を与えたくなかったのだ、と推し量る声がある。人間臭い時代が妙に懐かしい。

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時鐘 6/28

 「二十歳(はたち)過(す)ぎればただの人(ひと)」というが、14歳(さい)で前人未到(ぜんじんみとう)の快進撃(かいしんげき)を続(つづ)ける将棋(しょうぎ)の藤井(ふじい)四段(よだん)はそうならないだろう。受(う)け答(こた)えが素直(すなお)だからだ。

勝負(しょうぶ)の世界(せかい)で個性的(こせいてき)な人物(じんぶつ)は一流(いちりゅう)にはなる。しかし「超(ちょう)一流」となるのは性格(せいかく)が穏(おだ)やかで素直な人が多(おお)い。棋士(きし)の才能(さいのう)を評(ひょう)した言葉(ことば)があった。過去(かこ)40年(ねん)で天才(てんさい)を三人(さんにん)あげている。「谷川(たにがわ)、羽生(はぶ)、藤井」。共通(きょうつう)するのは素直さである。

親(おや)が将棋をしなかったことも共通点(てん)だ。親が将棋マニアなら練習(れんしゅう)を強制(きょうせい)して子(こ)どもがやる気(き)を失(うしな)うことも多い。昨日(きのう)の本紙(ほんし)生活面(せいかつめん)「ほんでいいがや」のテーマは「習(なら)い事(ごと)」だった。二人(ふたり)のばあちゃんが答(こた)えている。

「わがの子やとおもうたら、うまくいかんと思わんのかな」。いや「わが子やからこそ、できると思ってしまうんや」。自分(じぶん)からやりたいと言(い)い出(だ)すまで待(ま)てと。親の欲目(よくめ)、それが習い事の敵(てき)である。が、だれかが「出会(であ)い」を作(つく)ってやらなければ才能は世(よ)に出(で)ないのも事実(じじつ)だ。

藤井少年(しょうねん)が将棋を覚(おぼ)えたのは、祖母(そぼ)が孫(まご)と遊(あそ)ぶために買(か)った将棋のおもちゃだった。案内役(あんないやく)は無欲(むよく)なおばあちゃん。ここが聡太(そうた)伝説(でんせつ)のカギだと思う。


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大自在 6/28

 将棋の奨励会試験に合格するのは、アマ五段レベルの棋力を持つ「地元で天才といわれる子」でも「たぶん3人に1人」。会員同士の対局で好成績を重ね、晴れてプロになれるのはそのうちの「6人に1人くらい」。

 焼津市出身の青野照市九段が著書「プロ棋士という仕事」に記す狭き門をくぐり、現役プロとして活躍する棋士は全国で160人。最年少と2番目に若い2人の対局が日本中の耳目を集めた。制したのは最年少の中学生藤井聡太四段。歴代単独1位となる29連勝を達成した一局だ。

 青野九段の弟弟子に当たる神谷広志八段(浜松市)が持っていた公式戦連勝記録を30年ぶりに塗り替えた。しかも昨年末のデビュー戦から、半年余りでの偉業。天才ひしめく棋界内部からも感嘆の声が相次ぐ。

 高い集中力。強い精神力。終盤の読みの確かさ。新記録の一局も、強さの理由とされる持ち味が発揮された。相手の増田康宏四段(19)も将来を嘱望される逸材だが、中盤以降の攻めの厳しさに舌を巻いた。

 同じ頭脳ゲームの囲碁にもプロの世界に29を超える連勝記録はない。前人未到の記録がどこまで伸びるか興味は尽きないが、「空前にして絶後」とも言われた記録を塗り替えた藤井四段には、他の「不滅」の大記録更新の期待も膨らむ。

 タイトル戦挑戦やタイトル奪取の最年少記録、藤井四段登場までプロ入り最年少記録を持っていた加藤一二三九段に並ぶ18歳でのA級昇級などだ。「一局ごとにさらに強くなっている」と評される14歳には、不可能と思わせない風格すら漂い始めている。

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いばらき春秋 6/28

梅雨空を吹き飛ばすような快進撃に列島中が湧いた。将棋で前人未到の連勝最多記録「29」を達成した藤井聡太四段である。最年少プロ棋士はいったい、どこまで勝ち続けるのだろう。

控えめな姿勢、淡々とした語り口、そして古風な言葉遣い…。対局を終えた藤井四段の物腰は柔らかい。丁寧な話し方と14歳という年齢にギャップを感じるが、そこが逆に新鮮だ。言葉の劣化が進む中、大人も見習うべきものがある。

幼稚園児の時、難解な詰め将棋に挑んだ際「考えすぎて頭が割れそう」と口にしたそうだ。小学生で司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」を読破したともいう。持ち味の集中力を裏付ける逸話である。

コンピューター将棋ソフトが名人を破る時代。全能ぶりを見せつける人工知能に人間はどう立ち向かうのか。そんな中で登場した天才少年の快進撃である。

活躍で将棋ブームが到来しているという。「礼に始まり礼に終わる」伝統的な作法や、思考力を培う将棋の効用が見直されているのかもしれない。

「望外の結果」といった古風な言葉だけでなく、落ち着いた受け答えは共感が持てる。勝ってもおごらず。強さの理由とされる謙虚な心が、同時にファンを引き付ける人間的な魅力と映るのだろう。


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雷鳴抄 6/28

 大人になろうと背伸びはしても、まだまだ子ども。反抗期でわがままし放題。筆者の中学生の頃を振り返ればこんなところか。大方もそう違いないのでは。

将棋の最年少プロ棋士で中学3年生の藤井聡太(ふじいそうた)四段(14)が前人未到の29連勝を達成した。多くのプロ棋士をうならせる棋風は、既にトップクラスの域に達しているとか。

それもすごいが対局後の感想で「僥倖(ぎょうこう)」という言葉を使ったり、先輩諸氏に極めて丁寧に接したりと、大人顔負けの振る舞いには心底舌を巻いた。どんな育て方をすればこんな中学生になるのだろう。

愛知県に生まれ育った藤井四段の師匠の師匠である大師匠は故板谷進(いたやすすむ)九段。名古屋を拠点に活動し、夢は名人などのタイトルを故郷に持ち帰ることだった。藤井四段もその遺志を引き継いでいるという。愛郷心まで兼ね備えているのである。

本県の将棋事情はどうか。子どもたちを指導する宇都宮将棋センター代表の門屋良和(かどやよしかず)(49)さんによれば、本県人は小山市出身でプロ直前の三段に宇都宮大生の長谷部浩平はせべこうへい)(22)さんがいる。過去をたどれば1985年に亡くなった佐野市出身の永沢勝雄(ながさわかつお)」八段がいたという。

「本県のレベルは上がっている。プロ棋士誕生も夢でない」と門屋さん。藤井四段の活躍が本県の将棋少年を大いに発奮させているのは間違いない。

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水や空 6/28

 1977年の夏、王貞治選手の本塁打世界記録更新がいよいよ秒読みを迎えた頃、ある航空会社がユニークな表彰を用意した。記念の756号目を打たれた投手に贈る「勇気ある投手賞」。副賞はサイパン旅行のペアチケット。

偉大な本塁打王の節目の一打の相手...逃げずに勝負を挑んだ証拠だ、決して不名誉ではあるまい。それでも、被弾したヤクルトの鈴木康二朗投手は決然と言った。「僕にも意地がある。サイパンへは行かない」。

40年前の名ぜりふを一昨日の夜、懐かしく思い出した。デビュー戦から無敗のまま、将棋界の連勝記録を塗り替えた14歳の前に、不本意ながら"新記録メーカー"になってしまった19歳の対局相手が座る。

彼も16歳で棋士になった逸材だ。ルーキーの快進撃に「将棋界はぬるい所と思われるのは悔しい」と闘志をむき出しに臨んだ一局。序盤の工夫が奏功して、狙いの力勝負に持ち込んだが。

終局後-。自分の負けを待ちかねたようになだれ込む取材陣。相手にばかり向けられるカメラ。マイクを持たされて語る敗戦の弁。しかし、まだ若い彼にはこの苦い経験がきっと財産になる。

王さんに手痛い一発を喫して唇をかんだ鈴木投手はこの年14勝。翌年も13勝3敗の好成績で、チームのリーグ優勝と初の日本一に大きく貢献した。

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大弦小弦 6/28

 この快進撃には爽快感さえ覚える。いま日本中で最も注目されている中学3年生といえば、最年少プロ棋士の藤井聡太四段(14)だろう。公式戦の新記録となる29連勝を達成した。

素人ながら、遠い昔に覚えた将棋を久しぶりに指してみたいと思わせるほど、その偉業にわくわくしてしまう。将棋ファン以外も虜(とりこ)にする魅力は何か。

専門家や棋士らによると、その強さは終盤にあるという。王手を連続して王将を詰める「詰め将棋」を数多くこなしてきた。コンピューターソフトを利用した練習方法もその強さを後押し。若者らしくていい。

将棋盤に向かう姿勢だけでは読み解けないが、その集中力には圧倒される。「僥倖(ぎょうこう)としか言いようがない」「望外な結果でうれしい」。対局を振り返るときの謙虚さと古風な言葉遣いが話題に上るが、それが逆に芯の強さと感じさせる。

将棋界は昨年秋、コンピューターソフトの不正使用疑惑を巡って揺れた。新星の誕生でイメージ回復につながった面もあるだろう。そんな外野の評価や期待も大きいと思うが、藤井四段には気負わず突き進んでほしい。

「もっと実力を高めて、タイトルを狙える棋士になりたい」。まっすぐ先を見据える中学生棋士はまぶしく、頼もしい。どんな世代にも元気を与えてくれる14歳の将来に心からエールを送りたい。


オンリーワン&ザ・スリー

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ゴロゴロ将棋

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好きこそ物の上手なれ

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凡語 6/27

 天才は誰と問われてまず思い浮かぶのは物理学者のアインシュタイン先生だが、「脳」力不足で相対性理論を説明できない。天才とはそういうものだし、こちらが凡語の書き手たる由縁といえる。

頭の悪い兄たちは東大へ、頭の良い自分は将棋指しに-と言い放ったのは永世棋聖の米長邦雄さん。棋士の頭には将棋盤が入っており、「トッププロになると3面から5面入る」(「不運のすすめ」角川書店)そうだ。

そんなことをして頭は大丈夫かと思っていたら、幼稚園児のころに難解な詰め将棋に挑み、「考えすぎて頭が割れそう」と言った人がいる。公式戦デビュー以来負けなし、前人未到の29連勝を成し遂げた藤井聡太四段である。

天才ぞろいの棋界にあって、ここまで勝ち続けるのは偉業に違いない。青いリュックを背負って対局場に現れ、かわいい笑顔を浮かべる中学生がその本人、とのギャップもまたすごい。

公式戦ではないが、第一人者の羽生善治3冠もすでに負かした。「ハブにらみ」と恐れられた視線が、なぜとばかりに中空をさまよった。

米長さんは、正座したままじっと考えている子が一番強くなる。要は集中力だ、と書く。「夢中になると他のことに注意がいかなくなる」と母はいう。好きこそ物の上手なれ、を地で行く天才なのだろう。


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「不運のすすめ」-米長邦雄
研鑽

二人の一流棋士から、易の原則「窮まれば変ず(陰陽転化の法則)」、「陰陽の二極性・相乗効果・バランス」に当てはまる表現を抜粋。まずは、日本将棋連盟会長 米長邦雄さんの著書「不運のすすめ」より、人生経験を積み重ねたベテランの味・・・


勝った時、負けた時に何をするか?
好調で精神的に落ちついて余裕のある時: 負けた将棋を並べて欠点を直す。心に余裕があるからこそ、自己を客観的に落ちついて吟味し、批判できる。逆に勝った将棋を並べると、慢心につながり、粗い将棋になりがち。
スランプ時: 長所を伸ばすこと、あるいは欠点を見ないこと。「まさかあんな相手に負けるとは・・・」と落ち込んでいるときこそ、自分の勝った将棋を並べ「俺は強いんだ」と鼓舞し、勢いづけること。
極意: 勝っている時に負け将棋を並べ、負けている時に勝ち将棋を並べる。これが勝利の女神に好かれ、貧乏神を遠ざける極意。大山康晴 15世名人いわく、「長考するのはうまくいきすぎている局面」。得意の形になった時こそ注意、あるいは勝っているときこそスランプの始まり。これには勝負師が拠って立つべき真理が含まれている。

既存概念を捨てれば道は開ける
40代半ばの頃、どうしても20代の棋士には勝てなかった。ある若手棋士に尋ねたところ、「先生と指すのは非常に楽。先生は、この局面・形になったら絶対逃がさない得意技をいくつも持っている。一方、対策を立てているこちら側は、自分のパターンに入ったと先生が思うときを待っている。あるいは誘導している者さえいる。それを先生はご存知ないから、僕らとしてはやりやすい」。

(ではどうすればいいのか)

その若手棋士いわく、「自分の得意技を捨てること」。これまでの将棋人生の中で無意識のうちにつくりあげてきた将棋観や指しなれた筋などの既存概念、それがサビついているのなら、「捨てて」新しい物と入れ替えよ。常に自己を客観視-> 否定-> 変革することが勝ち残る必要条件。

セブン&アイHD会長 鈴木敏文さんいわく、「プールの水をきれいにするには、汚れた水を抜いてから新しい水に入れ替えたほうが、確実で早い」


気を発すれば人が集まる
なぜ毎週土曜日に開かれる米長道場に、17歳の羽生義治など若き棋士20名前後が集まったのか。それは、私が「絶対にタイトルを取る」という気を発していたから。おおよそどんな世界でも、いつも有望な若手に囲まれている人は、そのようなオーラーを発している。この機会によって最盛期を過ぎていたものの、道場開校4年後、50歳を目の前にして、悲願の名人位を獲得。


迷いはなぜ生じるのか
「今の自分の力では結論が出せない」ということを認識できているかどうか。本人が気づかなければ、出るはずのない結論を捜し求めて、いつまでもただ考えているだけになる。様々なプロセスを経て「無理だ」ということになれば、自分の将棋哲学に基づいて次の一手を決める以外にない。人生の難問も、自己の人生観や価値観に即して、決める以外にない。自分で決断したなら、たとえうまくいかずとも納得できる。

そういう場合、直感を信じた方が良い。物事を深く考えること自体悪いことではないが、「深読み」は往々にして不幸な結果をもたらす。「長考に妙手なし」。


不運と幸運は表裏一体の関係
運のいい時とは、満開の桜の時期で、美しく華やかで人目を引く。一方、不運の時とは、桜の木が土の中に根付こうとしている時期。世間は根っこを張っているだけの木には目もくれず、役立たずとダメ出しもする。目に見えない土の中のことは無視され、花をつけていなければ敗者として処理されるのが世の中。だが、しっかりと根を張った桜は、やがて芽を出し、驚くほど豊かな花を咲かせる。

不幸とは幸運の根源で、考え方や心の置き所を少し変えるだけで幸運をもたらす。幸運も不運も川の流れのごとく動いている。


司馬さんの原稿

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水鉄砲 6/27

 朝日新聞社に在職当時、司馬遼太郎さんの原稿を一度だけ目にしたことがある。当時、親しくしていた司馬さんの担当記者から「これが生原稿ですよ」といって見せてもらったのだ。

 驚いた。最初の原稿は10行、200字分の用紙に3行から4行分。それがフェルトペンで何度も修正されていた。ペンの色は赤、青、茶色。たしか緑もあったように記憶している。少なくとも3度、場合によっては4度、自身の原稿に手を入れられた痕跡である。

 「最初の原稿は3行、60字でも、手が入った後で整理すると、大体200字になるんです」と担当者から聞かされ、また驚いた。これぞ名人芸、と感動したことを覚えている。

 思うに、第一稿は当初の構想に従って一気に書き上げる。その後、いったん頭を冷やして原稿を見直し、言葉の適否、表現方法などを丁寧に推敲(すいこう)する。その苦闘を物語るのが色の異なるフェルトペンの跡である。

 先日、司馬さんの代表作の一つ「竜馬がゆく」の最終回と「坂の上の雲」第1回の自筆原稿が見つかった。本紙や全国紙が伝える写真で推敲の跡も生々しいその原稿を見て、思わず当時のことを思い出した。

 こういう身を削る作業を通じて、読者を感動させ、その生き方にも影響を与える作品が生まれる。その一言一句が胸に突き刺さる。昨今、政治家や高級官僚が保身のためにまき散らしている薄っぺらな言葉とは、対極にある。 

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