2017年05月13日の記事 (1/1)

赤ちゃんポスト10年

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有明抄 5/13
 
<ぼくが ここに いるとき/ほかの どんなものも/ぼくに かさなって/ここに いることは できない/もしも ゾウが ここに いるならば/そのゾウだけ/マメが いるならば/その一つぶの マメだけ/しか ここに いることは できない>。

詩人まどみちおさんの「ぼくが ここに」である。人間だけでなく、象も豆も等しく命は育まれ、それぞれに尊いとうたっている。国内で唯一、親が育てられない子どもを匿名で預かっている熊本市の施設「赤ちゃんポスト(こうのとりのゆりかご)」は、設置から10年がたった。

2015年度までに託されたのは125人。そこにたどりつく理由はさまざまだが、望まない妊娠でも、赤ちゃんの命の重さに差などありはしない。誰かが力を貸さねば生きられない、かけがえのない命である。

確かに匿名ゆえ、親を知らずに育つ苦しさは想像を超えたところにあるだろう。そこに人権上の課題を抱えていて、育児放棄を助長するとの批判もあるが、人の命とはかりに掛けることなど到底できない。一民間施設まかせにしてきた国の無策こそが問題である。

くだんの詩は<ああ このちきゅうの うえでは/こんなに だいじに/まもられているのだ>と続く。一人一人の命が大切にされる。その一点だけでも、この施設の存在意義はある。

…………………………

ぼくが ここに

まど・みちお

ぼくが ここに いるとき
ほかの どんなものも
ぼくに かさなって
ここに いることは できない

もしも ゾウが ここに いるならば
そのゾウだけ

マメが いるならば
その一つぶの マメだけ
しか ここに いることは できない

ああ このちきゅうの うえでは
こんなに だいじに
まもられているのだ
どんなものが どんなところに
いるときにも

その「いること」こそが
なににも まして
すばらしいこと として

出典
詩「ぼくはここに」



オオバコ

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天鐘 5/13

 職場近くの駐車場で、フェンス際に生えている植物が目に留まった。葉の形には見覚えがあるが、どこか様子が違う。記憶の糸を手繰ってようやく、その雑草がオオバコだと気付いた。

昔、子どもたちは花茎を絡ませ、引き合って遊んだものだ。駐車場の片隅で見掛けたオオバコは花茎が見当たらない。でも、葉に丈夫な葉脈が通っている特徴から判断できた。花茎はこれから夏に向けて伸びるはずだ。

ありふれた雑草なのに、オオバコが特異な進化を遂げた植物であることはあまり知られていない。地面から葉が出るので背の高い植物と競合しては勝ち目がない。そこで踏まれても平気なようになった。

花茎の先に無数の小花を咲かせるが、雌しべが萎(しお)れた後で雄しべは姿を現す。自分の花粉で授粉しない雌雄異熟という性質を備えている。種子は濡(ぬ)れると粘りが出て、靴の底や車輪にくっついて遠くへ運ばれる。

中国では車前草。和名は大葉子と漢字を当てる。葉を死んだカエルに載せると生き返る俗説から、カエルッパと呼ぶ地方もあるとか。八戸地方の方言集『南部のことば・第3版(増補改訂)』には、「びっきば」などが載っている。

メジャーリーガー上原浩治投手の座右の銘は「雑草魂」。プロ入りしてから変わらない。新語・流行語の大賞に選ばれた。何度踏まれてもたくましく生きていくオオバコ。けなげで、いとおしく思えてくる。

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オオバコ相撲
 オオバコってわかりますか?河原を歩くとすぐ見つけられます。花のついた茎を根元から引き抜いて、茎をからませて友達とひっぱりっこ。さあ、茎の太いオオバコを探してトライしてみましょう。

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 オオバコ〔オオバコ科 オオバコ属〕は、日本各地の道ばたや空き地、山野によく見られる多年草です。葉が広くて大きいので、「大葉子」といいます。踏みつけに強く、花茎や葉には丈夫な維管束が発達しています。花茎をからませて引っぱり合い、草相撲をして遊んだり、上手に葉脈を抜いて、誰が1番長いか競争したりします。
※多年草:毎年冬になると地上の葉や茎は枯れるが、地下の根は生き残っていて、春に芽を出して生長する植物。



オオバコのおみくじ
オオバコの葉っぱを使った、ハラハラドキドキのおみくじごっこです。

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1
オオバコの葉っぱを用意します。

2
葉っぱの根元を親指と人差し指ではさんで、爪を立てます。

3
「もう少しで切れる!」くらいになったら、中のスジを切らないようにそうっと引っ張ります。

4
茎の方を引き抜いたら...

5
切れずに残っているスジの数を数えます。

6
0本なら大凶。
1本なら凶。
2本なら吉。
3本なら中吉。
4本以上なら大吉。

ほぼほぼ

天地人 5/13

 「ほぼ」を二つ重ねた「ほぼほぼ」という言葉を近ごろたまに耳にする。「ほぼ」を強調する言い方のようだが、なんだかあいまいな言葉だ。日本語・フランス語教師の野口恵子さんは、強調なのか婉曲(えんきょく)表現なのか本当の意味が私にはよくわからない-と述べている(光文社新書『「ほぼほぼ」「いまいま」?!』)。

 2014年発行の三省堂国語辞典で「ほぼ」の項を見ると「俗に、重ねて使う」との解説がある。「俗に」という断りがあるが、辞典に取り上げられているのだから、一般的な言葉としてだいぶ使われているのだろう。

 最近では、大相撲の横綱稀勢の里がこの言葉を使っていた。3月の春場所で負傷しながら強行出場、劇的な逆転優勝を飾ったのは記憶に新しい。今月初め、その負傷の具合について「ほぼほぼ問題ない」と話していた。

 「ほぼほぼ」とは、どの程度の回復具合なのだろう、と気になっていたが、あす始まる夏場所出場を決断した。稀勢の里効果で大相撲人気は沸騰中だ。やはり「主役」の活躍なしに盛り上がらない。「ほぼほぼ」は「ほぼ万全の状態」と思いたいところだ。

 その稀勢の里との取組を望んでいるのが、本県出身力士では4年ぶりの新入幕となる中泊出身の阿武咲(おうのしょう)。「魂の入った相撲をファンに見せたい」と熱く語っている。土俵盛り上げへ「ほぼ主役」クラスの奮闘を期待したい。


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「ほぼほぼ」「いまいま」?!クイズ おかしな日本語
野口恵子/著

この本では、もっぱら現代日本語の口語の「正誤」を問題にしている。取り上げた間違いはすべて実例だ。(中略)
日本語に関しては、目上の人への丁重な文体あり、親しい人への話し言葉ありで、実に多様な日本語に接することができる。同時に「日本誤」にもたくさん出会う。そのようにして集まった日本語の誤用を基に、この本を書くことになった。言葉の意味と使い方、表記、文法、敬語に関するクイズを出題するが、正解は一つでないことが多い。現代標準日本語の口語をできるだけ正確に理解し、よりよく使用することを目指して、一緒に考えていきたい。(「まえがき」より)

目次

第一章 語彙・意味 編
第二章 表記・文法 編
第三章 敬   語  編

著者紹介

野口恵子(のぐちけいこ)
1952年愛知県生まれ、東京育ち。日本語・フランス語教師。青山学院大学文学部フランス文学科卒業後、パリ第八大学に留学。放送大学「人間の探究」専攻卒、東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻博士課程単位取得退学。フランス語通訳ガイドを経て、90年より大学非常勤講師。文教大学、東京富士大学、国立看護大学校で教鞭をとる。著書に『かなり気がかりな日本語』(集英社新書)、『バカ丁寧化する日本語』『失礼な敬語』(以上、光文社新書)、『日本語力の基本』(日本実業出版社)がある。

…………………………

「お帰りになられます」、その日本語、正しいですか?
『「ほぼほぼ」「いまいま」?! クイズ おかしな日本語』


 日本語は難しい。正しいと信じ込んで、知らないうちに誤用している言葉が実はたくさんある。自分が思っていたものと意味が全く違っていた単語も多い。新しい概念を含んだ、聞き慣れない日本語も多く生まれている。光文社新書の『「ほぼほぼ」「いまいま」?! クイズ おかしな日本語』を読むと、そうしたことに気づかされ、クイズ形式で自分の日本語力を判定することができる。著者の野口恵子さんに執筆の動機などを聞いた。

――本書を書かれた動機は。

『「ほぼほぼ」「いまいま」?! クイズ おかしな日本語』
(野口恵子、光文社)

野口:文化庁の調査に基づいて、日本語にどんな誤用が起きているのかを調べました。例えば、「おざなり」と「なおざり」という言葉がありますが、間違って使っているのにそれを正しいと思っている人もいます。私は外国人学生のほか、社会に出る前の日本人学生にも日本語を教えていますので、やはり正しい言葉を身につけたほうがいい。そういう思いから本書でいろいろと考えてみました。

――恥ずかしながら記者である自分も気をつけないと誤用することがよくあります。

野口:言葉は美醜ではなく、正誤、つまり正しいか正しくないかだと思います。例えば「お前バカだなあ」という言葉は一見、乱暴なようですが、誰がどこで言っているか、その状況によってずいぶん変わります。場合によっては非難でなく、愛情の表現だったりもします。ですから、言葉は美醜よりも正誤だと私は考えています。いろんな意見があるでしょうが、私は外国人にも教えていますので、現代口語の正しい言葉を教えたいと思っています。彼らも正しい言葉を知りたいと思っていますから。

――正しい日本語とは何を基準にされていますか。

野口:標準語をベースにして、口語の場合は文法とか、単語の意味、使い方です。辞書も一冊や二冊だとなかなかわからないので、多数を参照するなどして判断します。

――間違いのパターンというのはありますか。

野口:さきほどの「なおざり」と「おざなり」は普段若い人が使っていないのでよく意味がわかっていません。ある程度知識のある人でも、「すべからく」という言葉を「全て」のように使ってしまうこともあります。また政治家とか、地位の高い人の話を聞いていてもずいぶん間違っているなあと思うことがあります。間違えるぐらいなら、こんな堅苦しい言い方をしなくてもいいのにと思う時もあります。あとは街のいろんなアナウンスでも敬語の間違いは多いです。

――言葉に関して、最近はこれが正しい使い方ですよと言ってくれる人が実はあまりいないのではないでしょうか。

野口:特に若い人は言葉をよく知らないということもあって自信がないので、周囲の人が使っているのをまねる。そうした人が言葉を間違っていると、まねた人も間違う。やはり教える人がちゃんといないのではないかと思います。ですから、日本語学校に通っている外国人の方がきちんとした日本語をしゃべります。日本語学校ではあまり複雑でなく、シンプルな言葉しか教えません。外国人は余計なことを知らないということもあるかもしれません。

――本書で力を入れたのはどの分野ですか。

野口:文法と表記と敬語については、比較的苦労せずに書けましたが、それ以外は自分も含めてよく間違えやすいものをとりあげました。正しい使い方はどうなのか、どうしてこういう間違いをおかしてしまうのかを書く時にいろいろ調べました。例えば、「スケジュール感」「スピード感を持つ」などの言葉がありますが、よく考えると違和感があります。自分で気になる言葉は普段から細かく記録していますが、変だなと思うことをどう説明するかについては苦労しました。

――敬語も間違えやすい分野です。

野口:最近気になるのは過剰な敬語ですね。最近多くなったような気がします。敬語は丁寧にしておけばいいという風潮があるようですが、そうではありません。

 例えば「お帰りになられます」は二重敬語です。正しくは「お帰りになります」か「帰られます」ですね。「お亡くなりになられました」というのも同じパターンで、正しくは「お亡くなりになりました」、あるいは「亡くなられました」です。

 敬語は長くないと丁寧でない、丁寧にしないとよくないといった強迫観念みたいなものがあるのでしょう。ごく普通の丁寧な言葉とか、シンプルな敬語でいいのではないかと思いますが、自分と敬意を表する相手との距離感がつかめないから、妙に遠い言い方をしてしまうのかもしれません。

 選挙で当選した人が「息子も応援してくださいました」などと言ってしまう。どうしてそんな言葉を使うのかと思いますが、記者会見などの場で丁寧に話さないといけないという思いからつい言ってしまう。「息子も応援してくれました」と言えばいいところを、何か勘違いしているのですね。

――最近気になる言葉の使い方はどんなことですか。

野口:読者からもお手紙をいただいたのですが、ビジネス関係の方々がよく使う、開口一番の「おつかれさまです」は気になります。別れる時はまだいいですが、会ったときに言う「おつかれさまです」や、メールの冒頭から「おつかれさまです」となっているのはやはり気になります。日本語教師の中にもそうした使い方をする人がいます。夕方一日の仕事が終わってからならいいですが、ビジネス関係の人の中には、「普通に使っているからいまさら指摘されても」といった雰囲気はあります。

 また、「おはようございます」に関しては、一日のうちで初めて会った時に使うなら、昼でも夕方に使ってもいいと主張する学生もいます。彼らはアルバイト先で夕方でも「おはようございます」と言うそうです。

 確かに日本語の場合、「こんにちは」は使いにくい言葉なのですね。「おはようございます」は敬語ですし、「おはよう」は親しい人に言えますが、「こんにちは」にはそうした言い方がない。すごく親しい人には使えないし、目上の人にも使えない。街中で会った家族に向かっても言えない。親しい人にも遠い人にも使えない言葉なんです。ですから「おはようございます」や「おつかれさまです」を使いたくなる気持ちもわかります。私は余り使いたくありませんが。何か他の言い方がないものかと考えているところです。


五月雨

越山若水 5/13

「五月雨」と書いて「さみだれ」また「さつきあめ」と読む。本来は陰暦5月ごろに降る長雨、つまり梅雨のこと。やや時期尚早であり、今月下旬以降の話になる。

一方で「さみだれ」の「さ」は早乙女や早苗など田植えに関する古代語、「みだれ」は「水垂れ」を意味するという説もある。であれば、今の時節にふさわしい。

「露座(ろざ)仏の田植の泥を流す雨」。山口青邨は野にたたずむ仏様を俳句にした。「降り出して田植いよ??賑(にぎや)かに」。長山秋生は雨中でも作業が続く光景を詠んだ。

県内の水田地帯に目をやると、既に早生(わせ)の田植えが済んで緑の早苗が順調に伸びている。これからは福井生まれで日本を代表するブランド米・コシヒカリの田植えが本格化し、農家は繁忙期を迎える。

さらに今年はもう一つトピックスがある。6年かけて開発した「いちほまれ」の田植えがいよいよ始まる。認定された農家が120ヘクタールで栽培し、計600トンの収穫を見込む。

その名の通り、目指すは「日本一おいしい、誉れ高きお米」。新潟県魚沼産のコシヒカリ、北海道産のゆめぴりかなど人気米をしのぐ最高品質である。

目標達成にはやはり天気の力が大きく影響する。日本には雨の名前が多いけれど、程よい雨を期待する。早苗に優しい「田植え雨」、田畑を潤す「慈雨」や日照りの後の「喜雨」。秋の実りが早くも待ち遠しい。

不思議な力

水や空 5/13

 声のトーンだけで心を読んでしまう、そんな直感力への驚きと敬意だろうか。〈神ってる/ただいまだけで/読む母さん〉。ギフト専門サイトが募った「母の日川柳」にある。「ただいま」の声はちょっとだけ弾んでいたのか、沈んでいたのか。

それとなく察してしまう。おいしい物をさっと作ってしまう。酒造会社の昔の広告コピーに〈母は、魔法つかいだった。〉とある。お化粧で顔が変わるとか、例えばそんな"魔法"も指すのかしら。

神ってる、魔法使い。母親とは、何かと不思議な力の持ち主として語られがちだが、その胸の内はどうだろう。耳の痛い五行歌を思い出す。〈息子が洗濯をして/娘がパスタを茹(ゆ)でて/夫が掃除機をかけている/夢を/見た〉秋桜。

あすは、思い立ったが「母の日」。〈突然の、親孝行をお許しください〉。こちらは百貨店の広告コピー。日頃の魔力に感謝を込めて、多少のお返しもいいかもしれない。

先日の県内経済面に、母の日向けに食事券が載ったカタログギフトが人気とあった。贈るだけでなく、親子や夫婦で思い出を共にする趣向らしい。

〈母という字は/女の中に二つの点/乳房を加えた形なりと/ものの本に書いてある〉。詩人吉野弘さんの一編「母・舟・雨」から。不思議な力を宿す「母」という字を見詰めてみる。

…………………………

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吉野弘さんの「漢字喜遊曲」です。

一つひとつの漢字から連想して世界を広げていった作品で、漢字の形の微妙な違いをその漢字の意味と結びつけながら、詩想を膨らませて行っています。

「母」と「舟」、「幸」と「辛」、「舞」と「無」、そして「器」と「哭」。

喜遊曲は、ディヴェルティメントのことであり、 明るく軽妙で楽しい曲のことを指します。


この作品を読むだけでなく、実際に自分で書いてみたいと思われた女性の気持ち、わかるような気がします。

「母は 舟の一族なのだろうか。
こころもち傾いているのは どんな荷物を
積みすぎているせいか。

幸いの中の人知れぬ辛さ そして時に
辛さを忘れてもいる幸い。
何が満たされても幸いになり 何が足らなくて辛いのか。

舞という字は 無に似ている。
舞の織りなすくさぐさの仮象
刻々 無のなかに流れ去り
しかし 幻を置いてゆく。

ーかさねて
舞という字は 無に似ている。
舞の姿の多様な変幻
その内側に保たれる軽やかな無心
舞と同じ動きの。

器の中の 哭。
割れる器の嘆声か
人という名の器のもろさを
哭く声か。」

未来を殺し続ける兵器

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中日春秋 5/13

<♪戦争の親玉どもよ/銃を造る者たちよ/死の飛行機を造る者たちよ/強力な爆弾を造る者たちよ…>と、ギターをかき鳴らしながら、ボブ・ディランさんは歌った。「戦争の親玉」と名指しされたのは、ベトナム戦争などで潤っていた軍需産業のことだ。

<安心してこの世に/子供たちを産み落とせない恐怖を/未だ生まれず名もつけられていない/子供たちを脅かしている>(『ボブ・ディラン全詩集』中川五郎訳)

戦争が終わっても、その恐怖は次世代の子どもたちを脅し続ける。そんな兵器の一つが、一発の親爆弾から数百の子爆弾が拡散するクラスター爆弾だ。

ベトナム戦争時に米軍がクラスター爆弾を雨と降らせたラオスでは八千万発もが不発弾となり、二十一世紀になってからも子どもらの命を奪い続けた。「未来を殺し続ける兵器」である。

製造・使用を禁止する条約が七年前に発効し、欧州などでは製造企業への投融資を禁ずる動きも広がった。なのに、日本の公的年金を運用する組織は、この爆弾を製造する企業の株を大量に保有しているという。

老後の安心のための私たちの大切なお金を「戦争の親玉」に使わせていいのか。<おまえは人に銃を持たせて/…自分は安全な場所に引っ込んで見物しているだけ/その間にも死者の数はうなぎ登りに増えて行く…>というディランさんの歌が、痛烈に響く。

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◆翻訳した『全詩集』は歌を聞くためのテキスト

  
加えて小説家や詩人がノーベル文学賞を受賞すれば、まさにその作品である本が脚光を浴びるというのはよくわかる話だが、ボブ・ディランの場合、作品 はあくまでもその歌で、厳密には実際にコンサートで歌われる生の歌そのものなのではないかという気がぼくにはする。アルバムはその生の歌を録音し、記録し たものだから、それもまた作品だと言えそうだが、ぼくが翻訳した『全詩集』がいわゆる受賞作品のひとつと見做されるのには、かなり抵抗がある。
書影『ボブ・ディラン全詩集1962‐2001』
 『ボブ・ディラン全詩集1962‐2001』
ソフトバンク・クリエイティブ刊

ボブ・ディランが詩人ならば、その全詩集はまさに受賞作品ということになるだろう。しかしディランは歌手で作詞作曲家で、彼が書いているのはポエト リーの詩ではなく、リリックスと呼ばれる歌詞なのだ。これはジャンルやカテゴリーにこだわっているということではなく、ボブ・ディランの言葉はそれだけで は作品ではなく、メロディやリズム、さまざまな楽器の音、そして彼の歌声とひとつになって初めて作品になるということだ。その歌を聞かずして、ボブ・ディ ランの歌詞だけを読んで彼の世界を知ったように思うようなことはゆめゆめあってはならない。
翻訳を手がけたぼくとしては、『全詩集』は、きちんとした作品でもなければ詩集でもなく、彼の歌という作品を聞く時のひとつの手引き、テキストなの だと思っている。もちろん詩もそうだが、歌詞も聞き手や読み手によってさまざまな解釈ができる。そしてボブ・ディランの歌詞の場合、意味が明確だったり、 揺るぎのないメッセージが歌われていたりして、誰が聞いてもひとつの解釈しかできないものもあるが、気まぐれなイメージや心象風景、頭の中の世界など、曖 昧で複雑で人それぞれどんな受け取り方でもできるものもある。酩酊したり、幻覚体験をしている時に書かれた歌詞など、本人以外、もしかすると本人すら理解 できないと思えるものもある。
歌詞を翻訳する場合、いろんな解釈ができる作品であっても、本に収録できるのはたったひとつの解釈だけだ。そしてともすればそれが決定訳だ、それが 正しいものだとぼくが主張しているように読者に誤解されてしまうこともある。しかしぼくが『全詩集』に掲載したのは正解でも結論でもなく、あくまでもぼく 個人のひとつの解釈で、ぼくとしてはそれをひとつの叩き台にして、読む人それぞれが実際にその歌詞を歌っているディランの歌に耳を傾け、英語の原詞にもあ たって、自分なりに解釈してほしいと願っている。歌というディランの作品に触れるためのテキストなので、それゆえソフトバンク・クリエイティブから出版さ れた『全詩集』は、英語の原詞を収めた本と日本語に翻訳された歌詞を収めた本の2冊組となっている。
たとえばボブ・ディランが作った曲の中でも最も有名な曲のひとつ、1962年の「風に吹かれて/Blowin’ In the wind」のいちばん有名なリフレインのフレーズ、「The answer is blowin’ in the wind」は、直訳すれば「その答は風に吹かれている」で、ぼくもそう訳して本に収めたが、ディランの歌に耳を傾けると、答は風に吹かれているからいつに なっても見つけることができないとも解釈できるし、答は風に吹かれているからいつかは自分のもとに舞い降りて来るとも受け取れる。そんなふうに聞く人に よって、あるいは聞く時の気持ちによって、イメージがどんなふうにも広がって行く。それがボブ・ディランの歌の面白さであり、素晴らしさだとぼくは思って いる。そしてその体験は単に文字を追いかけることによってはできず、歌として聞いて初めて味わえるものなのだ。

◆アメリカの大衆音楽が達成した最高峰のひとつ

  
ボブ・ディランは1941年5月24日にミネソタ州のダルースという町に生まれ、10代の頃から フォーク・ソングやブルース、ロックン・ロールなどの影響を受けて音楽の道に進み、アメリカ・フォーク・ソングの父と呼ばれるウディ・ガスリーに一目会い たいと、はたちになる直前にニューヨークに出てきて、その頃芽吹き始めたニューヨークのグリニッチ・ヴィレッジを中心とするフォーク・シーンの中で歌い始 めた。フォークやブルースを下敷きにして作ったオリジナル曲の数々で彼は注目を集め、たちまちのうちに時代の寵児となった。
1960年代前半のディランの歌はベトナム戦争や人種差別に反対する直截的なメッセージ・ソングが多かったが、やがて自分の内面や複雑な人間関係の綾を歌うようになり、60年代中頃にはロック・バンドを率いて活動し、その歌詞は難解でシュールなものとなっていった。
その後70年代後半には信仰の道に深く入り込み、聖書を熱心に読んで、ゴスペルと呼ばれる宗教的な歌ばかり歌うようになったこともあったが、歌い始 めてから半世紀、フォークやブルースなどアメリカの民衆音楽に範を取りながらも、幾重にも解釈できるディランにしか書けない深く鋭く重い歌詞を書き続け、 ディランにしか歌えない唯一無二の歌を歌い続けている。
仮にボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞するようなことがあれば、それは彼一人の名誉や功績ではなく、大衆芸能、エンターテインメント、娯楽、商 業音楽と芸術や文学のひとつ下に置かれて低く見られることが多かったアメリカのポップ・ソングがその真価を認められたことにもなるのだとぼくは思う。
もっともこんな尊大な賞を受賞しなくても、ボブ・ディランの音楽がアメリカの大衆音楽が到達した最高峰のひとつであるということは、彼の音楽をずっ と聞き続けてきた人にはわかりすぎるほどわかっていることだろう。しかし受賞がきっかけとなって、それまで彼の音楽に興味を抱かなかった人たちが、その存 在すら知らなかった人たちが耳を傾けるようになるのだとしたら、それはとても素晴らしいことだとぼくは素直に思う。そしてぼくが翻訳した『全詩集』が、今 はどこの書店でも見かけることができないが、増刷されたり、あるいはもっと手頃な価格となり、「ノーベル文学賞受賞」のオビを付けられて多くの書店の店頭 に並ぶとすれば、こんなに嬉しいことはない。もっともこの本は作品ではなく、あくまでも歌を聞くための手引きでありテキストだと最後にもう一度念を押して おくが。


中川五郎 (なかがわ ごろう)
1949年大阪生まれ。フォークシンガー、訳詩家、翻訳家、作家。
訳書に『ボブ・ディラン全詩集1962‐2001』ソフトバンク・クリエイティブ(品切)、ほか著書、翻訳書多数。