2017年05月09日の記事 (1/1)

早く寝なさい

南風録 5/9

 視聴率が50%を超えたこともあるというからテレビ史に残る昭和の人気番組だった。土曜の夜8時から放送されていたザ・ドリフターズの「8時だョ!全員集合」である。多くの小学生が楽しみにしていたものだ。

 「お風呂入れよ、頭洗えよ、歯磨けよ、宿題やれよ」。1時間近い番組の終わりに加藤茶さんがこう呼びかけると、子どもたちは現実に引き戻された。「早く寝なさい」と言われているように聞こえた。

 40年以上前のことを思い出したのは、本紙連載の「眠らない子どもたち―鹿児島でいま」を読んだからだろうか。夜9時までが子どもの時間という時代が確かにあった。「大人と子どもの時間の境界線が薄れている」と元校長が心配するのはもっともだ。

 夜の飲食店で幼い子ども連れの客や、スポーツ少年団の打ち上げを見かけてもさほど珍しい光景ではなくなった。共働きや核家族世帯が増え、夜に子どもと出歩くことに抵抗感が薄れているのかもしれない。

 スマホやゲームへの依存も睡眠時間を奪っている。友人とのSNS(会員制交流サイト)でのやりとりにのめり込むケースもある。脳が興奮してなかなか寝付けず、昼夜逆転の生活に陥れば大変だ。子どもだけでなく家族の苦しみも大きい。

 脳をつくり、育てる睡眠は健やかな心身の成長の土台であろう。「寝る子は育つ」という昔の教えをもっと大切にしたい。

動物園園長

 動物園に関係する人なら、増井光子さんの名を知らない人はいないだろう。獣医師で、東京・上野動物園や横浜市の動物園「ズーラシア」の園長を務めた。長く男社会だった動物園界にあって、上野でもズーラシアでも、増井さんは初の女性園長だった。
 9年前の冬、ズーラシアの園長室で、初めて増井さんに会った。それまで動物園には関心がなかったから、増井さんのことは全く知らなかった。先輩記者に「そういうことならまず増井さんと話したら」とアドバイスを受けて出かけたのである。
 「そういうこと」とは、当時、子ども向けの記事を充実させたいという社の方針があり、その企画として「動物園長のリレー連載」を提案して採用されたものの、どう具体化していくか思いあぐねていたのだった。
 増井さんに企画の趣旨を説明し「トップバッターをお願いできないか」と依頼した。うなずきながら聞いていたのに、増井さんの返事は意外だった。
 「それはあなたが自分で書いた方がいい。園長に書かせたって面白くない。現場の飼育係はそれぞれ、生きものとの関わりの中で、いろんな経験をして、いろんな思いを持っている。彼らにインタビューして発掘した方が絶対面白くなります」
 それは「言うは易く行うは難し」ではないか。第一、私は生きものについては無知だ。自分で書くとなると手間暇もかかる。いったいどこの動物園に行き、誰に話を聞き、どう書けばいいというのか。
 「園長の連載」にこだわって粘る私を、増井さんが逆に説得する形になった。いわく、園長は現場の人ではないので、いま起きている現場の話を生き生きと書くことはできない。生きものの専門家であることもネックになる。専門家が専門家の視点で書くものは、一般の人には往々にしてつまらないからだ。
 とどめは動物園で長く働いてきた人の実感だった。「お客さんが一番求めているのは飼育係と会話することです。初めは動物の姿やしぐさを見たいと思って来てくださるが『もう一回行こう』とか『動物園って楽しい』と思わせるのは飼育係なんです。それも動物園が用意したガイドツアーなんかじゃ駄目、一方的でしょ。そういうのじゃなくて、そのへんに飼育係の姿が見えてて、その人とちょっと動物にまつわる会話をしたいわけですよ」
 単なる生きものの紹介という枠を超え、飼育担当者の姿が見え、声が聞こえるような記事にするべきだ。増井さんの言うことを、私はそう理解した。生きものの間近にいる人間を通して、生きものと人の関わりの機微に触れるような記事を書いてほしいと。
 最近の動物園の記事は詰まらないと、増井さんは嘆いた。「動物園から記者クラブに発表文と写真を提供する。それを一斉に横並びで記事にするだけ。だからどの社も同じです。以前はみなさん、動物園に来ていた。現場をまわり、現場の人に話を聞いて、それではっと思う話を書いていました」。聞いていて耳が痛かった。ことは動物園に限らない。
 増井さんは当時、兵庫県豊岡市の「コウノトリの郷公園」の園長も兼ね、コウノトリの野生復帰に取り組んでいた。それを熱っぽく語った。それきりお目にかかる機会がないまま時が過ぎ、2年後、英・ケンブリッジで客死したとの報に接した。
 コウノトリに限らず、動物園や生きものについて、書きたいこと、伝えたいことがいっぱいあったと思う。それなのに自分を抑えて、なぜ私に書くことを強く勧めたのか。増井さんの求めた記事を私はいま、書けているのか。
 増井さんからの宿題によって、自然と生きものと人の関わりや、動物園とメディア・社会との関係について学び、考えるようになった。問いは思いの外、深く難しく、簡単には答えが見つからない。宿題を抱えながら、動物園や水族館を歩き続けている。 

「長嶋茂雄の人生は七転び八起き」

【巨人】長嶋さん教科書になる!小学5年道徳で「人生は七転び八起き」

 巨人の長嶋茂雄終身名誉監督(81)=報知新聞社客員=が、来年4月に新設される小学校の「道徳」の教科書に登場することが8日、分かった。教育出版株式会社が、長嶋さんの歩みを4ページにまとめた教材を出版する。

 タイトルは「長嶋茂雄の人生は七転び八起き」で小学5年生向けの教科書となる。文部科学省の検定に合格した教科書にプロ野球関係者が登場するのは初めて。長嶋さんの人生を通じて「希望と勇気、努力と強い意志」が実感できる新しいタイプの教科書になる。

 国民的スーパースターの人生が、教科書となって、日本の将来を担う子供たちの背中を後押しする。
 長嶋さんが登場するのは来年、創立70周年を迎える教育出版の道徳の教科書だ。小学5年生の来年4月使用開始に向け、3月に文科省の検定に合格したばかり。現在、北海道から沖縄まで全国の教育委員会の審査を経ての採用を待っている状態だ。
 長嶋さんの人生をつづった4ページには「長嶋茂雄の人生は七転び八起き」という見出しとともに、1958年のデビュー戦で国鉄・金田正一投手に喫した4連続三振、2013年の国民栄誉賞受賞などが取り上げられている。

 小学生時代に自分たちで手作りした道具を使い、三角ベースに熱中していたことからスタート。高校、大学で実力を磨き、鳴り物入りでプロ入りしたが、デビュー戦で4連続三振の屈辱を味わったことで奮起した。
 天覧試合でのサヨナラ本塁打、球団史上初となる最下位に沈んだ監督1年目、翌年のリーグ制覇、そして、04年の脳梗塞とその後のリハビリ。何度も試練を乗り越え、今でも戦い続けるミスターの生きざまは、子どもたちに「希望と勇気、努力と強い意志」を伝えるのにピッタリだ。「努力は人の見ていないところでするものだ。努力を積み重ねると、人に見えるほどの成果が出る」という本人の言葉にも重みがある。

 関係者によると、93年に亡くなった広島の「炎のストッパー」津田恒実さんが副読本に登場したケースなどはあるが、これまでに現役、OBも含めてプロ野球関係者が文科省の検定に合格した教科書に登場したことはないという。また、日本ハム・大谷翔平投手(22)が他社の道徳教科書に取り上げられて、採用を待っている段階だという。ー


 通常、1冊の教科書を作るのには、内容決定から使用開始まで4年の歳月が必要。準備を進めてきた同社道徳出版部は「今も昔も変わらないスーパースターの長嶋さんですが、生まれついてのスーパースターではない。常に陰の努力があった。その人生には、挫折しても乗り越えられるという道徳で伝えたいすべてがある。長嶋さんの生き方そのものの中に、子どもたちに学び取ってほしいものが詰まっているんです」と話している。


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◆“教科書”に採用された主な著名人
 野球ではイチローやダルビッシュ有らが道徳の副読本や英語教材で。今年4月に現役を引退したフィギュアスケートの浅田真央も来年度、光文書院の「小学道徳」に登場する。他教科では卓球の福原愛、ゴルフの宮里藍、テニスの錦織圭、バスケットボールの田臥勇太らの名前も。音楽の教科書ではSMAPや森山直太朗の楽曲が定着。また、今回長嶋さんが載る教科書にはソフトボール女子・上野由岐子らも登場している。

人権宣言の国

中日春秋 5/9

フランス語で最も長い単語は長らく、二十五文字を要するこの言葉とされてきた。anti(アンティ)constitutio(コンスティテュシオネ)nnell(ル)eme n(マン)t。書き写すのもいやになるが、和訳すれば、わずか六文字で済む。「憲法に反して」という意味である。

この長い長い単語の出番が増えるのではないか。そんな心配もあったのが、仏大統領選である。決選投票を戦ったルペン氏は改憲を公約にしていた。憲法に「フランス人を優先する」との文言を加えようとしていたのだ。

一七八九年のフランス人権宣言は第一条にうたう。<人は、自由で権利において平等なものとして生まれ、かつ、自由で権利において平等なものであり続ける>(『世界憲法集』岩波文庫)。

あくまでも主体は、「フランス人」ではなく「人」である。すべての人の自由と平等をうたい上げたからこそ、人権宣言はフランスのみならず人類の共通遺産となった。

そしてこの宣言はフランスにあって今なお憲法の一部として生きているから、ルペン氏が当選したら「フランス人優先」をめぐり違憲論議が起きたに違いない。

ルペン氏は敗れたとはいえ、グローバル化の中で広がる格差にあえぐ人たちによる異議申し立ては、今回の選挙でも大きな声となった。私たちは本当に自由で平等なのか。そういう問い掛けが「人権宣言の国」をこれからも突き動かしていくのだろう。


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フランス人権宣言(全文) 1789年8月26日、フランス国民議会で可決

前文 国民議会として構成されたフランス人民の代表者たちは、人の権利に対する無知、忘却、または軽視が、公の不幸と政府の腐敗の唯一の原因であることを考慮し、人の譲りわたすことのできない神聖な自然的権利を、厳粛な宣言において提示することを決意した。この宣言が、社会全体のすべての構成員に絶えず示され、かれらの権利と義務を不断に想起させるように。立法権および執行権の行為が、すべての政治制度の目的とつねに比較されうることで一層尊重されるように。市民の要求が、以後、簡潔で争いの余地のない原理に基づくことによって、つねに憲法の維持と万人の幸福に向かうように。こうして、国民議会は、最高存在の前に、かつ、その庇護のもとに、人および市民の以下の諸権利を承認し、宣言する。

第1条(自由・権利の平等) 人は、自由、かつ、権利において平等なものとして生まれ、生存する。社会的差別は、共同の利益に基づくものでなければ、設けられない。

第2条(政治的結合の目的と権利の種類) すべての政治的結合の目的は、人の、時効によって消滅することのない自然的な諸権利の保全にある。これらの諸権利とは、自由、所有、安全および圧制への抵抗である。

第3条(国民主権) すべての主権の淵源(えんげん=みなもと)は、本質的に国民にある。いかなる団体も、いかなる個人も、国民から明示的に発しない権威を行使することはできない。

第4条(自由の定義・権利行使の限界) 自由とは、他人を害しないすべてのことをなしうることにある。したがって、各人の自然的諸権利の行使は、社会の他の構成員にこれらと同一の権利の享受を確保すること以外の限界をもたない。これらの限界は、法律によってでなければ定められない。

第5条(法律による禁止) 法律は、社会に有害な行為しか禁止する権利をもたない。法律によって禁止されていないすべての行為は妨げられず、また、何人も、法律が命じていないことを行うように強制されない。

第6条(一般意思の表明としての法律、市民の立法参加権) 法律は、一般意思の表明である。すべての市民は、みずから、またはその代表者によって、その形成に参与する権利をもつ。法律は、保護を与える場合にも、処罰を加える場合にも、すべての者に対して同一でなければならない。すべての市民は、法律の前に平等であるから、その能力にしたがって、かつ、その徳行と才能以外の差別なしに、等しく、すべての位階、地位および公職に就くことができる。

第7条(適法手続きと身体の安全) 何人も、法律が定めた場合で、かつ、法律が定めた形式によらなければ、訴追され、逮捕され、または拘禁されない。恣意的(しいてき)な命令を要請し、発令し、執行し、または執行させた者は、処罰されなければならない。ただし、法律によって召喚され、または逮捕されたすべての市民は、直ちに服従しなければならない。その者は、抵抗によって有罪となる。

第8条(罪刑法定主義) 法律は、厳格かつ明白に必要な刑罰でなければ定めてはならない。何人も、犯行に先立って設定され、公布され、かつ、適法に適用された法律によらなければ処罰されない。

第9条(無罪の推定) 何人も、有罪と宣告されるまでは無罪と推定される。ゆえに、逮捕が不可欠と判断された場合でも、その身柄の確保にとって不必要に厳しい強制は、すべて、法律によって厳重に抑止されなければならない。

第10条(意見の自由) 何人も、その意見の表明が法律によって定められた公の株序を乱さない限り、たとえ宗教上のものであっても、その意見について不安を持たないようにされなければならない。

第11条(表現の自由) 思想および意見の自由な伝達は、人の最も貴重な権利の一つである。したがって、すべての市民は、法律によって定められた場合にその自由の濫用について責任を負うほかは、自由に、話し、書き、印刷することができる。

第12条(公の武力) 人および市民の権利の保障は、公の武力を必要とする。したがって、この武力は、すべての者の利益のために設けられるのであり、それが委託される者の特定の利益のために設けられるのではない。

第13条(租税の分担) 公の武力の維持および行政の支出のために、共同の租税が不可欠である。共同の租税は、すべての市民の間で、その能力に応じて、平等に分担されなければならない。

第14条(租税に関与する市民の権利) すべての市民は、みずから、またはその代表者によって、公の租税の必要性を確認し、それを自由に承認し、その使途を追跡し、かつその数額、基礎、取立て、および期間を決定する権利をもつ。

第15条(行政の報告を求める権利) 社会は、すべての官吏に対して、その行政について報告を求める権利をもつ。

第16条(権利の保障と権力分立) 権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法をもたない。

第17条(所有の不可侵、正当かつ事前の補償) 所有は、神聖かつ不可侵の権利であり、何人も、適法に確認された公の必要が明白にそれを要求する場合で、かつ、正当かつ事前の補償のもとでなければ、それを奪われない。

(条文は、樋口陽一・吉田善明編『改定版 解説世界憲法集』-三省堂-より引用)