2017年05月の記事 (1/10)

魔法使い

中日春秋 5/21

高校演劇コンクールに「アラジンと魔法のランプ」で挑むことになったが、「魔法使い」の役が見つからない。悩んでいると、ふと隣にいた級友の顔が目に入った。「こいつなら魔法使いのメーキャップさえいらない」

「魔法使い」は級友の誘いに演劇部に入り、以降、長い七十年近い芝居の道を歩むことになった。亡くなった俳優の日下武史さん。八十六歳。自然と耳に入ってくる味わい深い声。明瞭にして説得力あるせりふを思い出す。

高校演劇部の部長となった日下さんは「野球部か演劇部か」で悩んでいた新入生の勧誘に成功する。やがて日下さんとともに劇団四季を結成した演出家の浅利慶太さんである。不思議な糸が日下さんの道には張りめぐらせてあったか。その糸は日本を代表する大劇団にまでつながっていた。

最後の舞台は「思い出を売る男」。高校時代、日下さんに芝居を教えた劇作家加藤道夫の作品である。これも不思議な糸のようである。

敗戦直後、戦争に傷つき、荒廃した生活に悲しい心を抱えた人間に幸福だった頃の思い出を見せる男の話である。戦争で恋人を失った街の女に男がこうささやく。「だから、君の思い出は人一倍美しいのさ」。

家業が傾いたことを苦に芝居の道をあきらめかけたことがあるそうだ。長い長い芝居に幕が下りるとき、「魔法使い」はどんな思い出を見ていらっしゃるか。


共謀罪

天地人 5/20

 度々利用する大手通販サイトから「おすすめ商品」を知らせるメールが届く。探していた本などをタイミングよく薦めてくることもある。「おすすめ商品はお客様がこれまで購入された商品に基づいて紹介させていただいています」。こうしたサービスは便利だが、個人の趣味、好み、知りたいことの傾向など、ネット上ではほぼ野ざらし状態になることの、その先を想像したい。

 2013年、米政府が、米国民のネットの検索履歴を含めた膨大な通信データを違法に収集し、市民監視を行っていた実態が、CIAの元職員により暴露された。

 元職員からもたらされた機密文書を前に、ジャーナリストが言う。「これはすべて発表しよう。国家の監視能力をみんなが理解するためだ」「政府に監視されたいか、国民が議論すべきだ」(ドキュメンタリー映画「シチズンフォー スノーデンの暴露」)。

 多くの懸念が解消されないまま、日本では、テロなどの犯罪を計画段階で処罰する「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案が、衆院法務委員会で強行可決された。

 テロ対策は重要だろう。だが成立すれば、犯罪の準備を取り締まるために、市民生活を広く監視し、心のうちにも立ち入るような捜査が横行するのではないか。「安心」と引き換えに、私たちは「政府に監視されたい」のか。議論が深まったとはいえない。

戯(ざ)れ文

小社会 5/20

 昔の人ならこんな戯(ざ)れ文でも作ったのではないか。わが国に「霞が関文学」というものあり。官僚として出世を志す者は、この文学の骨法を習得し、法案や文書の作にいそしむこと。

 一、文章の基調は玉虫色を旨とすべし。どうとでも取れる曖昧さが命なり。持って回った言い方で難解な用語をこねくり回し、一文はできるだけ長いをよしとする。カタカナ語で読む者をケムに巻くのも有用なり。

 一、拡大解釈の余地を残すべし。法案には「○○等」「その他」などを巧みに織り込むこと。「等」とあれば後々、いかような文言でも追加でき、すこぶる重宝なり。恣意(しい)的な解釈ができる点では、「…の恐れがある場合」も便利なり。
 
 一、言葉の置き換えを多用すべし。例えば「できない」という否定的表現も、「慎重に検討する」といえば柔らかくなる。反対意見を丸め込む際などに効果あり。役人の世界で「検討する」は「やらない」の同義語なり…。

 このへんで置くが、きのう衆院法務委員会で可決された共謀罪法案も、戯れ文の骨法を十分に受け継いでいる。新設される罪名自体、「テロ等準備罪」だ。捜査当局の拡大解釈や恣意的運用で、監視社会を招く懸念も解消されていない。なのに安倍政権は採決を強行した。

 なぜそう成立を急ぐのか。安倍首相は東京五輪のテロ防止を強調し、共謀罪と言葉を置き換えた。永田町文学の悪質さも相当なものである。


スープの問題

談話室 5/20

残ったスープを眺め丼を置く。しばし考え、両隣の客と店主の隙をうかがってもう一口飲み、思い惑った末に全部啜(すす)り込む-。漫画家でエッセイストの東海林さだおさんはラーメンを食すたび「スープの問題」に悩む。

「全部飲みたい」が「世間が許さない」。でも結局は「エエイ、もうこうなったら世間も常識もないッ」。平らげるなり「せわしなくお勘定をし、深く傷ついて店を出る」。東海林さん編著「ラーメン大好き!!」から引いた。愛してやまない好物ながらも複雑な思いが絡む。

日本人の食塩摂取源の食品は1位がカップ麺で、スープを飲み干すと仮定して1日当たり5.5グラム。2位はインスタントラーメンで5.4グラム-。国立研究開発法人の医薬基盤・健康・栄養研究所が発表した。「食塩の取りすぎは血圧の上昇と関連がある」と注意を喚起する。

国の家計調査の品目別年間支出額ランキング(2014~16年の平均)で都道府県県庁所在地と政令指定都市の計52市中、山形市は中華そば(外食)が断然トップ。カップ麺も青森、新潟両市に続く3位で根強い需要を物語る。お好きな皆さま、どうぞご自愛ください。

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小さい頃からラーメンが好きだ。一日三食ラーメンでもいいくらいだ。そば、うどん、など麺類は皆好きだが得にラーメンは別格である。

「日本人が愛してやまない食物、ラーメン。ラーメンの魅力とは何だろう?編者の発したこの命題に、26名のラーメン愛好家たちが取り組んだ。ある者は具について考え、ある者はスープについて、またある者は戦後日本社会との関係を考察する。
さらに人気ラーメン屋の店主6名へのインタヴュー、在野グルメ諸氏による座談会などを加え、多角的にその魅力に迫る、ラーメン探求の書」そのエッセンスを紹介しよう。

【人は何故にラーメンで興奮するのか】

なにかのはずみで、ふと食べたくなると、もう矢も盾もたまらぬ、という食物がある。
雑誌のラーメンのカラーグラビア写真などがあると、ぼくは、「ウム、もうどうにもならぬ、今すぐ待ったなし、この場で、たとえ相手を押し倒しても」と興奮してしまう。

考えてみれば、ラーメンは実に単純な食物である。
容れ物は丼一つ、これだけでこと足りる。
寿司のように、醤油の小皿もつかない。
カツ丼のように、おしんこの皿もつかない。
威風堂々丼一つ、これだけで勝負しているのである。
丼の中には、スープと麺、そして具、これだけである。
具にしても、基本的には。シナチクと焼豚だけである。
たったこれだけの食物に、人々は大騒ぎするのである。
本書のごとく、一冊の本が出来上がるほどに人々は騒ぎに騒ぐのである。
これはなぜであろうか。

同じ麺類であるきつねうどんでは少しも騒がぬ男たちが、ことラーメンとなるとかくも
騒ぎ始めるのはなぜであろうか。
たしかに、きつねうどんで騒いでいる人々を見たことがない。
油揚げの厚みがどうのとか。煮具合がどうのとかいう議論を聞いたことがない。
たぬきうどんでも、鴨南蛮でも変わりはなかろう。
日本そば、うどんのたぐいは、むしろ人々をして沈黙せしめるところがあるように思う。
精神の沈静化をうながすところがあるように思う。
一杯のきつねうどんを前にすると、人はなにかこう、しみじみとした気持ちになり、心静まる。すすっているうちに敬虔(けいけん)な気持ちになって念仏の一つもとなえたくなる。
ところがラーメンとなると事態は一変するのである。

ラーメンを食べているときは、精神はラーメンのみに集中していて他のことは一切考えられない。没入、集中、熱中という点からいえば、ラーメンの右に出るものはないのではないか。それほどにラーメンは、人を熱中させるものなのである。忘我の境に陥れるものなのである。これほどまでに、人の精神を没入せしめるラーメンとは一体何か。
その魔力は一体どこにあるのか。
本書が、その開明の一助とならんことを祈るばかりである。

30年前の本だけど、いまでも通じる所がたくさんあるなあ…!(・o・)

高等遊民

北斗星 5/20


夏目漱石の小説に「高等遊民」と呼ばれる人種がしばしば登場する。高学歴のエリートながら受け継いだ財産があるので仕事に就く必要がなく、趣味の世界で生きていける。世俗の泥にまみれていない分、現実を冷静に見極めることができる。

高等遊民の典型は「それから」の主人公代助(だいすけ)だろう。世話係として一緒に暮らす書生は「いい積(つも)りだなあ。僕も、あんな風に一日(いちんち)本を読んだり、音楽を聞きに行ったりして暮(くら)して居(い)たいな」とうらやむ。

漱石が後藤宙外(ちゅうがい)に宛てた手紙が、あきた文学資料館の「夏目漱石と秋田」展(9月10日まで開催中)で公開されている。さすがと思わせる流麗な筆致で、1911(明治44)年1月5日の消印がある。

その中で漱石は、天下の浪人ほど気楽なものはない、私も財産を有した浪人でありたいと願っている―と書き、前年に文芸誌「新小説」を辞して浪人となった宙外を気遣っている。「天下の浪人」とは、「高等遊民」を穏便に言い換えた漱石流の新表現なのだろうか。

払田(ほった)村(現大仙市)生まれの宙外は作家や編集者として中央文壇で活躍し、漱石から手紙をもらった4年後、48歳で六郷町(現美郷町)に隠退した。請われて町長を2期務めた後、地方史の研究に没頭、1938(昭和13)年に71歳で没する。

この間に「明治文壇回顧録」を著し、古代城柵(じょうさく)「払田柵(ほったのさく)」の発見と調査に情熱を注いだ。ただの浪人や遊民で終わることなく、晩年まで古里に尽くした知識人であった。

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切り取り犯

卓上四季 5/19

19世紀後半、英国ロンドンで5人の女性が次々に襲われる事件があった。のどを切られ、臓器をえぐられる―。残忍な手口は共通していた。

ジャックを名乗る犯行文が通信社に届き、「切り裂きジャック事件」と呼ばれた。容疑者には犯行の手口から医師や肉屋が浮上したが、犯人は捕まらず、迷宮入りした。

時代は大英帝国の絶頂期。海外で植民地支配が進む一方、国内では貧富の差が深刻になる。庶民は憂さ晴らしもあって、この事件に関心を寄せ、報道する新聞を先を争って購入した。今でいえば劇場型犯罪に当たる。

犯人は単なる変質者なのか。時代背景との関わりはないのか。今も真相を探る著作の出版が絶えない。節目の年には、特集番組や関連商品の販売もある。事件から130年たつ来年は、どうなるだろう。

国内に目を向けると、人をあやめたわけではないが、思い出という大切な心の財産をずたずたに切り裂くような出来事が相次ぐ。各地の図書館で所蔵の学校史や記念誌が切り取られる被害である。主に生徒の集合写真や学校行事の様子を撮影した写真が狙われているというから、愉快犯だけではくくれない。学校生活に恨みがあったのかもしれない。

広範囲にわたるため模倣犯がいる可能性がある。むろん、切り取りは殺人とは違う。でも、そこに怖さを感じるのは、心の闇がゆがんだ形で表に出ているように見えるからか。

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【切り取り被害】図書館で広がる学校史・記念誌切り取り被害 全国で250冊2千ページ超 目的不明、模倣も?

 図書館が所蔵する学校史や記念誌が切り取られる被害が、中部地方を中心に全国で相次いで発覚している。

 11日には群馬、山梨両県の図書館も、関東地方で初めて同様の被害を公表した。公立図書館の8割が加盟する日本図書館協会(東京)は緊急調査の実施を決定。写真掲載ページに被害が集中するなど共通点はあるものの、目的が見えないだけに、関係者らに不安が広がっている。

 一連の被害は、岐阜県図書館(岐阜市)で、毎月最終金曜日に行われている蔵書整理がきっかけで発覚した。

 4月28日に作業を行っていた職員が、ある学校の記念誌を閉じた状態で見たところ、途中のページが抜き取られているような隙間が空いているのを発見。ページをめくると数十ページが切り取られていた。これを受け所蔵する県内の小中高校の学校史、記念誌など計462冊を調査した結果、10冊から計134ページが切り取られていることが分かった。

 保管されていた郷土資料コーナーでは、1週間ほど前から本の並び順の乱れが目立っていたという。別の職員は「学校史、記念誌も後世に残すべき貴重な資料。誰が何の目的でやったのか全く見当が付かない」と戸惑った様子だった。

 岐阜県図書館での被害発覚後、同県内や近隣県の図書館も調査を実施。岐阜市立中央図書館(岐阜市)や愛知県図書館(名古屋市)などで次々と被害が見つかり、11日現在で被害が確認された学校史、記念誌は250冊以上、ページ数は2千ページ以上に達した。当初は中部地方が中心だったが、秋田、群馬、静岡、香川などでも被害が確認された。

 切り取られた部分は、集合写真や学校生活の様子など写真をメインにしたページが比較的多く、刃物で切り取ったり、手で破ったりしたような形跡があるという。各図書館では、閲覧に申請が必要な場所に学校史や記念誌を移したり、警察に被害届を出したりするといった対応を行っている。

 切り取り行為の目的について、筑波大の原田隆之教授(犯罪心理学)は「同一人物が複数カ所で切り取ったとすれば、自身の学校生活や学校教育に対するネガティブな感情に基づいた暗い攻撃性の表れではないか」と分析する一方、「被害地域に広がりがあるため、ネットなどを介してつながった複数の人物によるいたずらや模倣犯も考えられる」と話している。

記述式問題

河北春秋 5/19

フランスの大学入試問題。「夜更けのセーヌ川の岸を通りかかった君は、娼婦(しょうふ)が川へ飛び込もうとするところに出会う。君は言葉だけで彼女の自殺を止められるか」。井上ひさしさんが随筆で紹介している。

難解である。変なことを言って身投げでもされたら…。実は満点をもらった受験生がいた。答えは「『わたしと結婚してください』と説得するしかありません」。後に小説『王道』『人間の条件』を著すアンドレ・マルローだったという。

大学入試センター試験が今の中3から対象に衣替えとなる。難しい女心を読めとまで求めはしないだろうが、実施案は国語と数学に記述式問題を加えた。四角いマスを塗りつぶすマークシート式で知識量を測り、文章で思考力や表現力をみるらしい。

この実施案、遠藤周作さんが聞いたらさぞ喜んだろう。かつて自作小説が入試に出題され、主人公の心理状態を考える問題に挑戦。悪戦苦闘して四つの選択肢全てに○を付けたら正解は一つだった。「抗議する」と怒った様子が『狐狸庵(こりあん)閑談』に書かれている。

でも、待てよ。国語で3問ほど出題される記述式に答えるのは最大120字。「こんな程度で表現力を問われてもな~」と作家の皆さんは少々戸惑うかもしれない。そこはマルローに倣ってビシッと。

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忖度(そんたく)問題

北斗星 5/19

ある国会議員の子女は教員志望だったが、地元の採用試験を受けず、縁もゆかりもない他県の採用試験を受けた。たとえ実力で地元の試験に合格しても「どうせ親の威光でしょ」と言われるだろうと思ったからだ。

独立心の強い見上げた娘さんである。父親の議員も娘の思いを尊重した。彼女は文字通り実力で試験に合格して他県の教員となった。議員は亡くなって久しいが、生前に本人からこの話を聞き、感動したことを覚えている。

親の威光で試験結果が左右される時代があったかどうかまでは知らないが、やっかみ半分であれこれうわさする人はいる。娘を手元に置きたいというのが親心なら、無理にとどめて不愉快な思いをさせるのは気の毒だというのも親心だ。

愛媛県今治市への私大獣医学部新設計画は、森友学園に続く「忖度(そんたく)問題」第2幕の様相を見せている。大学の経営者と安倍晋三首相が親しい間柄で、国家戦略特区の対象事業として特例的に新設が認められた背後に首相の意向があったのでは、と疑われている。

首相は以前「私と付き合いがあったら国家戦略特区に指定されないということになるのか。これはおかしな話になる」と国会で答弁しているが、親しい友人となれば、双方にその気がなくても疑われるのはやむを得ない。歓迎して建設用地を無償提供した今治市にとっても迷惑な話だろう。

むしろ「私が首相であるうちはやめた方がいい」と助言するのが親心であり真の友情ではなかったか。

ウエルシュ菌

滴一滴 5/19

 前の晩に残ったカレーが翌朝にも出る。向田邦子さんが脚本を書いた往年の人気テレビドラマ「寺内貫太郎一家」にはそんな家族の食卓が描かれていた。

向田さん本人もカレーが好物で、子どものころ、前夜のカレーの残りを朝食のご飯にかけたいと親にねだったそうだ。「子どもは前の日のカレーを食べたいわけですよ」。生前の対談で語っている。

特に昭和の時代に子どもだった人には、似たような思い出があるに違いない。鍋のカレーがたくさん残ると、しばらくは食べられるのがうれしかった。一晩寝かせれば味もよくなった気がしたものだ。

作り置きしたカレーなどが食中毒の原因になるとして、厚生労働省が注意を呼び掛けている。今年3月には都内の私立幼稚園で、園児や教職員ら70人以上が嘔吐(おうと)や下痢などの症状を訴えた。園の行事で出たカレーを食べたのが原因とみられる。カレーは前日に調理し、室内に置いていた。

悪さをするのはウエルシュ菌という細菌だ。いったん加熱されると熱に強くなり、常温で放置すると急速に増殖する。再加熱しても菌が生き残る場合があるという。

カレーを保存するにはできるだけ早く冷ますことが大事らしい。面倒でも小分けし、冷蔵か冷凍する。2日目のカレーが好きだった向田さんが健在なら、現代の食卓の風景をどう描くだろうか。

C・エレガンス

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【C・エレガンス】

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【アニサキス】

南風録 5/19

 映画「007」でおなじみの英国諜報(ちょうほう)員ジェームズ・ボンドの名は実在した鳥類研究者に由来するという。「鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。」(新潮社)で知った。

 ボンドの生みの親であるイアン・フレミングが地味な名前にしたいと愛読書の著者名を拝借した。おしゃれでハンサムなすご腕スパイとして自分の名が世界に知れ渡るとは、当の本人は思いもよらなかったに違いない。

 人類の危機を幾度となく救ったボンドよろしく、「C・エレガンス」という耳慣れない生き物も人知れず危険と闘っている。体長1ミリ程度の線虫である。動きが優雅で美しいからと、100年ほど前にこの名を授かったと伝えられる。遺伝子研究では長く重宝されてきたらしい。

 気品ある名前からは想像しにくいが、犬並みといわれる嗅覚を備えているから侮れない。人ががんにかかっているかどうかを、尿のにおいでかぎ分ける。これを“武器”に使った検査装置の開発が進んでいて、メーカーは2019年にも量産態勢を整えるという。

 9割の確率でがん患者を見分けたとする鹿児島市の病院の報告もある。検査に伴う体への負担は少なく、費用も安上がりと聞けば、一気に身近に感じられる。

 この世は人の胃や腸にへばりついて激痛をもたらすアニサキスのような線虫ばかりではないようだ。小さなすご腕の活躍ぶりに期待したい。