2017年04月14日の記事 (1/1)

輝ける場所

談話室 4/14

小学1年生で留年を経験し、中学校は登校拒否、高校受験も失敗の繰り返し―。8歳でADD(注意欠陥障害)と診断されたモデルの栗原類さん(22)が自著「発達障害の僕が輝ける場所をみつけられた理由」に綴(つづ)った。

テレビの仕事が増えた頃、不本意ながら「ネガティブ」キャラで人気を博した。簡単なことも覚えていられない、表情に乏しく他人に関心が持てないといった彼の「脳のクセ」が、芸能界では「個性」ともなった。2年前に生番組で発達障害を告白し、大きな反響を呼んだ。

本書は彼の著述だけでなく、同じ成長過程を母親の泉さんも語っており興味深い。「人と比べることなく長い目で見守る」「本人が好きなことを伸ばす努力を惜しまない」―子育てへの信念が伝わる一節だ。主治医や友人の言葉も周囲の理解がいかに大切かを示唆している。

新年度、県内の小学生はようやく1週目を終える。新入学児や転校生の親はわが子が学校になじめているか、友達はできたかと日々、心配を募らせているかもしれない。一人一人の「個性」を周囲が理解し長い目で見守り、その子なりの「輝ける場所」を見つけてあげよう。

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●栗原 類:1994年生まれ。イギリス人の父と日本人の母を持つ。8歳のときNYで発達障害と診断される。中学時代にメンズノンノなどのファッション誌でモデルデビュー。17歳の時バラエティ番組で「ネガティブタレント」としてブレイク。19歳でパリコレのモデルデビュー。21歳の現在は、モデル・タレント・役者としてテレビ・ラジオ・舞台・映画などで活躍中。2015年に情報番組でADDと告白し話題となる。


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■「できた」ことをよしとする

 栗原類くん、22歳。イギリス人の父、日本人の母をもち、竹久夢二が描く少女のように儚(はかな)げな目をした面長の美青年だ。パリコレのモデルのほか、タレントや俳優として活躍している。
 類くんが自らの障害をテレビで打ち明けた時、一番驚いたのは芸能界だったと思う。表情に乏しく抑揚のない話しぶりから、当時「ネガティブすぎるイケメンモデル」としてバラエティー番組で人気だった。ところがキャラクターと思われたその言動はADD(注意欠陥障害)の表れだったのだから。診断されたのは8歳。シングルマザーとなった母・泉さんとニューヨークで暮らしている時だった。
 「僕は、小さい頃から、特に物音に敏感でした」。手記はそんな一文で始まる。聴覚過敏の症状だ。保育園では幼児のがなり立てるような声が耐えられず教室を飛び出した。注意力は散漫で忘れ物の常習犯。暗記もののテストは全滅だった。11歳で日本に帰国。中学ではいじめに遭い、受験も失敗。高校時代、「今何時ですか?」と尋ねてようやく友だちができたというエピソードに泣けてくる。
 日本には米国のように充実した支援体制はない。泉さんは類くんにとってのベストを探った。同級生が簡単にできることに何倍もの時間がかかるため、早めにできるのではなく「できた」ことをよしとする。文章を書くことや時間を守ることが苦手なため、スマホやパソコンを存分に使わせる。場の空気が読みづらい時は言葉ではっきり伝えてもらうなど、周囲にあらかじめ障害を説明してトラブルを最小限に抑えた。できる子より、好かれる子。奮闘の末に二人が探り当てた目標地点だ。
 主治医曰(いわ)く、類くんは「スーパー謙虚」「スーパー思いやり」の人。本書で自らを差し出し、障害と共に生きる手がかりを与えてくれたのもまさにそのやさしさゆえだろう。編集スタッフの温かさも随所から伝わってくる。幸せとは何かと考えずにはいられない。
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 KADOKAWA・1296円=7刷15万部 16年10月刊行。友人の又吉直樹さんの言葉も収録。「発達障害に限らず、子育てに困難を抱える親御さんに読まれている」と担当編集者。


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この本はネガティブタレントとしてバラエティなどに出演している栗原類くんの自伝であり、彼を温かくも厳しい助言で支えてきたお母様、そして主治医の先生との共著でもあります。
笑顔一つ見せず淡々とインタビューなどに応じている類くんをテレビで見て、ネガティブを売り物にしているわりにはきちんと話ができる人だと思っていました。そのうち彼が映画の内容を交えながら海外の映画俳優にインタビューをするのを見て、シナリオ通りでない自然な英語が話せる人なのだとますますその存在が気になり始めました。またあるとき、お母様と一緒に出演している番組を見たのですが、キャリアを持ちながらしっかりした子育ての意見をお持ちのお母様だったという印象をもちました。その彼が書いたのが表題の本。子どもの頃から赤ちゃんモデルとして大人の世界で仕事をし、お母様の仕事の関係でニューヨークを拠点として日本と海外を往復しながら生活をした理由は彼の「発達障害」にありました。
現在21歳になる類くんは小さい頃から感覚過敏、注意散漫で忘れ物が多い、二つの動作が同時にできない、記憶力が弱い、感情表現が苦手で無表情に見えがちなことから、ニューヨークの小学校時代に「発達障害」(ADD)と診断されます。小学校での面白いエピソードがあります。類くんの障害に気付いたサンドラ先生は、人とのコミュニケーションにはユーモアのセンスが重要だと話し、見るように勧めたのがお笑い番組なのです。当時の子どもたちの間で流行っていたのが「シンプソンズ」や「サウスパーク」、どちらもブラックジョークや差別用語・卑猥な表現がでてくる、大人が子どもには見せたがらない種類のアニメですが、類くんはそういったドタバタ喜劇から笑いの壺を理解したそうです。日本の先生だったらそのようなポジティブな指導ができるでしょうか。
類くんは日米を行き来しながら、その端麗な容姿と人とは違った特異なファッションからいじめにあい、帰国子女枠のほうが有利だからと海外生活をしながら中学を受験するもことごとく失敗、通信制の高校に入学してはじめて自分の居場所を見つけたこと、英語が話せることが幸いして(というより、英語を話せることが自信になり)、次第にモデルや俳優としても認められるようになったことなどが彼の言葉で綴られています。それと同時に、類くんの最大の理解者であったお母様と、小学校の校医で、その後彼の主治医にもなった高橋先生からみた類くんの生い立ちが語られています。
モデルをしていた小学校時代にお母様が言ってはいけないと彼に言った言葉は「今何時?」「疲れた」「まだ?」の三語、モデルは主役ではなく、チームで仕事をしているからには子どもだからといって自分勝手は許されないとの教えでした。また人には個性があり「十人十色」であること、そして人と比べないことを教えたのもお母様でした。「苦手な勉強を強制せず、自主性を尊重してくれた」、「他人の役に立つ」よりも「自分がされて嫌なことは、人に絶対にしない」、「好きなことを掘り下げて、得意なことを伸ばす」なども、ことある毎にお母様が彼に言い聞かせたことでした。
主治医の高橋先生は「発達障害」は早期発見が第一だが、類くんの場合、適切なケアでコミュニケーション能力が育っていたこと、彼がつまづくたびにお母様がその理由を理路整然と説明したことがよかったといいます。その結果、類くんは「スーパー謙虚で思いやりがある人格」を持つようになり、それというのもお母様が「我が子の幸せの価値観を柔軟にもっていたから」だと結論づけています。
この本は風貌も性格もどことなく似た類くんと又吉直樹さんの対談で終わっていますが、類くんが、この浮沈みの激しい芸能界で仕事をしている理由がなんとなくわかったような気がします。類くんはお母様と主治医の高橋先生の適切なケアを受けながら、モデルや俳優という「人に見られる職業」を選んだことによって、障害を持ちながらも輝ける場所をもつことができることを証明しました。最初は「ネガティブタレント」などとレッテルを貼られた類くんでしたが、彼のまっすぐで正直な生き方は、同じ障害を持つ人にも、その家族にもきっと勇気を与えてくれると思います。

公認会計士

中日春秋 4/14

 なぜ、公認会計士という仕事は生まれたのか。歴史学と会計学を研究するジェイコブ・ソール氏の『帳簿の世界史』によると、公認会計士を生んだのは鉄道だという。

世界初の蒸気機関車が試験走行に成功したのは、一八〇四年。それから四十年もたたぬうちに英国の鉄道の総延長は九千七百キロになった。米国では一八七〇年までの三十年間に総延長が一万一千キロから八万二千キロになった。

当然、莫大(ばくだい)な資金が注ぎ込まれたが、鉄道会社では粉飾決算がまかり通っていた。それでは安心して投資できぬし、鉄道の経営が破綻すれば、経済や国政にも大混乱をもたらしかねぬ-との危機感から、公的に認められた会計士の集団が生まれたという。

そんな草創期からの伝統を持つのが、世界四大会計事務所の一つプライスウォーターハウスクーパース(PwC)。そのPwCが「まだ解明すべき疑惑がある」と指摘しているのに、決算の発表に踏み切ったのだから、東芝の闇は深い。

原発事業がとてつもないリスクをはらんでいることに目をつぶってのめり込み、ついには会社そのものが炉心溶融を起こしたかのようだ

鉄道建設をめぐる不正が横行していたころ、作家のマーク・トウェインは、こう書いたという。「鉄道は嘘(うそ)に似ている。建設し続けないと維持できない」。鉄道を原発に置き換えれば、今でも通じる警句ではないか。

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■国家の繁栄と没落、分ける法則

 教会法で金貸しが禁じられていた一四世紀のイタリアで、最後の審判を恐れる商人や金融業者が少しでもその罪を軽くするために会計の透明性を高めようとしたという歴史的事実には微笑を誘われる。粉飾のない会計帳簿と生前の罪を告白する懺悔(ざんげ)はまさに表裏一体だったのである。利益と損失の厳密な記録である帳簿は会社の経営や国家の統治の実態を如実に示す証拠になる。不都合な真実は隠蔽(いんぺい)したがるのは人間の常だが、赤字だらけの帳簿もその一つだ。財布を握っている者が権力を持つことは自明だが、権力者はしばしば粉飾の誘惑に駆られるようである。本書ではローマ帝国からルネッサンス期のメディチ家、一六世紀のスペイン、東インド会社、ブルボン朝、建国期のアメリカ、ナチスドイツ、大恐慌、リーマン・ショックに至るまで豊富な破綻(はたん)例をフォローし、繁栄と没落を分ける法則を帳簿の扱い方に見出している。
 国家存亡の危機は侵略や戦争、内乱、失政によってもたらされるが、いずれの場合も会計の破綻が直接的な引き金になっている。施政者が国庫の状態を顧みず、借金を重ねれば、どれだけ繁栄を謳歌(おうか)した国家でも没落する。この歴史的法則を踏まえれば、施政者に最も求められる資質とは、何はさておき会計に対する健全な感覚や知識であるということになる。目下の日本の財政は国債依存度が突出していて、税収が五十兆円ほどなのに、GDPの二倍、一千兆を超える借金を抱えている。年収が五百万しかないのに借金が一億円以上ある家庭と同じ状態だ。財政的にはすでに国家存立の危機に瀕(ひん)しているが、さらに地震、津波、火山などの災害、原発事故がそれに追い討(う)ちをかける。そんな中で、他国の戦争の応援に駆けつけるカネが何処(どこ)にあるというのか? 増税と福祉の削減は覚悟しなければならないが、国民の貯蓄まで供出させられることになりかねない。
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 村井章子訳、文芸春秋・2106円/Jacob Soll 68年、米国生まれ。南カリフォルニア大教授(歴史学・会計学)。



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