2017年04月の記事 (1/28)

卒業

201704300523194c7.jpeg



中日春秋 4/30

米映画「卒業」の封切りは一九六七年というから今年で五十年である。サイモンとガーファンクルの主題歌を思い出す方もいるだろう。

結婚式当日の教会から花嫁を連れ去るダスティン・ホフマン。間違った結婚であることに気づき、その手を取ってともに逃げるウエディングドレスのキャサリン・ロス。有名なラストシーンである。

バスに飛び乗った二人は逃げ切ったことにはしゃぐ。だが、やがてその笑い顔が消えていく。言葉もなく、正面をじっと見ている。二人の表情に浮かぶのは、これからどうなるのかという不安と、おそれである。

あの場面が浮かんだのは大統領就任からの百日間が「ハネムーン」と呼ばれるせいか。トランプ米大統領が就任から百日目を迎えた。トランプ政権には当てはまらぬようだが、この期間、議会、メディアも批判を手控える傾向があるため「ハネムーン」という。

あの映画ではないが、最初は威勢の良いスローガンを口にしていた大統領もこの百日間で実際の政治の難しさを痛感し、とまどっているのではないか。支持率は低迷。百日以内に実現すると宣言した公約の大半は日の目をみない。シリアへのミサイル攻撃には驚いたが、その「力による平和」とて先行きは見えない。

ハネムーンは終わった。それでもバスは走る。これからどうなるのか。不安を抱えているのは乗客の方である。

20170430053243c2f.jpeg

20170430053242b70.jpeg

20170430053240eab.jpeg

空母

2017042915004371c.jpeg


中日春秋 4/29

「空」という字は、小学校一年で習う八十の漢字の一つだ。「母」という字は、二年で習う百六十字のうちの一つ。どちらも、この世界を成り立たせているものを表す大切な字だ。

ちょっと、想像してみていただきたい。私たちが漢字を覚え始めたばかりの子どもだとして、この二つの漢字の組み合わせを見て、どんなものを表していると思うだろうか。「空母」という二文字の意味である。

空の母。何かやさしい、のびやかなイメージがふくらんでいくような二文字だ。きっと、けんかやいやなこととは無関係の、すてきなことを表す言葉じゃないか、と思うのではないだろうか。

しかし、現実の「空母」は、航空母艦の略である。いま日本周辺では、この二文字が鋭い緊張感をはらんでいる。米軍の司令官は、原子力空母カール・ビンソンが「北朝鮮への攻撃射程内に入っている」と言った。中国は、アジアの海と空を制する力を得ようと、初の国産空母を進水させたという。

「雲母」と書けば、別名「きらら」とも呼ばれる鉱石。「水母」なら、水月、海月とも書かれる海の舞姫クラゲ。「空母」も、そんな自然の美しさを言い当てる名詞であってほしかったが、その二文字が産むのは、灰色の重苦しいイメージである

<屋上に洗濯の妻空母海に>は、金子兜太(とうた)さんの句。「空母」の空と母の字が、悲しそうに見えないか。

…………………………

小学1年生で習う漢字
80文字

一 右 雨 円 王 音 下 火 花 貝 学 気 九 休 玉 金 空 月 犬 見 五 口 校 左 三 山 子 四 糸 字 耳 七 車 手 十 出 女 小 上 森 人 水 正 生 青 夕 石 赤 千 川 先 早 草 足 村 大 男 竹 中 虫 町 天 田 土 二 日 入 年 白 八 百 文 木 本 名 目 立 力 林 六


小学2年生で習う漢字
160文字

引 羽 雲 園 遠 何 科 夏 家 歌 画 回 会 海 絵 外 角 楽 活 間 丸 岩 顔 汽 記 帰 弓 牛 魚 京 強 教 近 兄 形 計 元 言 原 戸 古 午 後 語 工 公 広 交 光 考 行 高 黄 合 谷 国 黒 今 才 細 作 算 止 市 矢 姉 思 紙 寺 自 時 室 社 弱 首 秋 週 春 書 少 場 色 食 心 新 親 図 数 西 声 星 晴 切 雪 船 線 前 組 走 多 太 体 台 地 池 知 茶 昼 長 鳥 朝 直 通 弟 店 点 電 刀 冬 当 東 答 頭 同 道 読 内 南 肉 馬 売 買 麦 半 番 父 風 分 聞 米 歩 母 方 北 毎 妹 万 明 鳴 毛 門 夜 野 友 用 曜 来 里 理 話


小学3年生で習う漢字
200文字

悪 安 暗 医 委 意 育 員 院 飲 運 泳 駅 央 横 屋 温 化 荷 界 開 階 寒 感 漢 館 岸 起 期 客 究 急 級 宮 球 去 橋 業 曲 局 銀 区 苦 具 君 係 軽 血 決 研 県 庫 湖 向 幸 港 号 根 祭 皿 仕 死 使 始 指 歯 詩 次 事 持 式 実 写 者 主 守 取 酒 受 州 拾 終 習 集 住 重 宿 所 暑 助 昭 消 商 章 勝 乗 植 申 身 神 真 深 進 世 整 昔 全 相 送 想 息 速 族 他 打 対 待 代 第 題 炭 短 談 着 注 柱 丁 帳 調 追 定 庭 笛 鉄 転 都 度 投 豆 島 湯 登 等 動 童 農 波 配 倍 箱 畑 発 反 坂 板 皮 悲 美 鼻 筆 氷 表 秒 病 品 負 部 服 福 物 平 返 勉 放 味 命 面 問 役 薬 由 油 有 遊 予 羊 洋 葉 陽 様 落 流 旅 両 緑 礼 列 練 路 和


小学4年生で習う漢字
200文字

愛 案 以 衣 位 囲 胃 印 英 栄 塩 億 加 果 貨 課 芽 改 械 害 街 各 覚 完 官 管 関 観 願 希 季 紀 喜 旗 器 機 議 求 泣 救 給 挙 漁 共 協 鏡 競 極 訓 軍 郡 径 型 景 芸 欠 結 建 健 験 固 功 好 候 航 康 告 差 菜 最 材 昨 札 刷 殺 察 参 産 散 残 士 氏 史 司 試 児 治 辞 失 借 種 周 祝 順 初 松 笑 唱 焼 象 照 賞 臣 信 成 省 清 静 席 積 折 節 説 浅 戦 選 然 争 倉 巣 束 側 続 卒 孫 帯 隊 達 単 置 仲 貯 兆 腸 低 底 停 的 典 伝 徒 努 灯 堂 働 特 得 毒 熱 念 敗 梅 博 飯 飛 費 必 票 標 不 夫 付 府 副 粉 兵 別 辺 変 便 包 法 望 牧 末 満 未 脈 民 無 約 勇 要 養 浴 利 陸 良 料 量 輪 類 令 冷 例 歴 連 老 労 録


小学5年生で習う漢字
185文字

圧 移 因 永 営 衛 易 益 液 演 応 往 桜 恩 可 仮 価 河 過 賀 快 解 格 確 額 刊 幹 慣 眼 基 寄 規 技 義 逆 久 旧 居 許 境 均 禁 句 群 経 潔 件 券 険 検 限 現 減 故 個 護 効 厚 耕 鉱 構 興 講 混 査 再 災 妻 採 際 在 財 罪 雑 酸 賛 支 志 枝 師 資 飼 示 似 識 質 舎 謝 授 修 述 術 準 序 招 承 証 条 状 常 情 織 職 制 性 政 勢 精 製 税 責 績 接 設 舌 絶 銭 祖 素 総 造 像 増 則 測 属 率 損 退 貸 態 団 断 築 張 提 程 適 敵 統 銅 導 徳 独 任 燃 能 破 犯 判 版 比 肥 非 備 俵 評 貧 布 婦 富 武 復 複 仏 編 弁 保 墓 報 豊 防 貿 暴 務 夢 迷 綿 輸 余 預 容 略 留 領


小学6年生で習う漢字
181文字

異 遺 域 宇 映 延 沿 我 灰 拡 革 閣 割 株 干 巻 看 簡 危 机 揮 貴 疑 吸 供 胸 郷 勤 筋 系 敬 警 劇 激 穴 絹 権 憲 源 厳 己 呼 誤 后 孝 皇 紅 降 鋼 刻 穀 骨 困 砂 座 済 裁 策 冊 蚕 至 私 姿 視 詞 誌 磁 射 捨 尺 若 樹 収 宗 就 衆 従 縦 縮 熟 純 処 署 諸 除 将 傷 障 城 蒸 針 仁 垂 推 寸 盛 聖 誠 宣 専 泉 洗 染 善 奏 窓 創 装 層 操 蔵 臓 存 尊 宅 担 探 誕 段 暖 値 宙 忠 著 庁 頂 潮 賃 痛 展 討 党 糖 届 難 乳 認 納 脳 派 拝 背 肺 俳 班 晩 否 批 秘 腹 奮 並 陛 閉 片 補 暮 宝 訪 亡 忘 棒 枚 幕 密 盟 模 訳 郵 優 幼 欲 翌 乱 卵 覧 裏 律 臨 朗 論

昭和

天地人 4/28

 昭和のイメージなのだろう。鴨下信一さんが『昭和のことば』(文春新書)のひとつに、リンゴを選んでいる。<終戦といえば、いまだって「リンゴの歌」だ>。『リンゴ追分』『リンゴ村から』と歌謡曲の記憶をつづる。そして自身が演出した『ふぞろいの林檎たち』にいたる。

 あすは「昭和の日」と暦にある。法律で<激動の日々を経て、復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いをいたす>「国民の祝日」と定められている。

 昭和天皇の逝去にともない、それまでの天皇誕生日(4月29日)が「みどりの日」となった。2005年の祝日法改正により、4月29日を「昭和の日」に、5月4日を「みどりの日」に変えた。昭和はもはや、年代表でくくられる、歴史のなかの、ひとつの「時代」になったのである。

 グルメ雑誌『おとなの週末』(講談社ビーシー)が<昭和の味>を特集したことがある。<心ときめく昭和のご馳走(ちそう)>はハンバーグ、オムライス、ナポリタンだったという。近ごろ、さまざまな昭和特集を見聞きするようになった。

 『北帰行』『北国の春』『北の宿から』…。鴨下さんは昭和歌謡の<北ブーム>についてもふれている。<昭和の終りで[北]も一つの役割を終った>との指摘である。リンゴも「北」もまだまだ元気ですよ、と主張しつつ、半島の「北」が元気なのは困ったものとも思っている。

着衣泳

20170428053926338.jpeg

2017042805392700d.jpeg


中日春秋 4/28
 
宮城県東松島市の野蒜(のびる)小学校の体育館は、その時、洗濯機のようだったという。大きな揺れの後、体育館には児童や住民ら三百人ほどが避難していた。そこを津波が襲ったのだ。

ピアノも人も津波が生んだ渦にのまれた。三人の子とともに避難していたお母さんは、死を覚悟した。だが、十二歳の長女の姿を見て、われに返った。まるでラッコのように、巧みに水面に浮かんでいたからだ。

あおむけになって手足をばたつかせず、靴の浮力を生かすため両足を大きく広げていた。肺の空気が減らぬよう、お母さんの呼び掛けに返事をしたのは、一回だけ。学校で教わった「着衣泳」を実践していたのだ。

野蒜小の体育館では住民ら多くの命が失われ、きのうは仙台高裁で学校の避難誘導のあり方についての判決があった。問うべき責任や学ぶべき教訓は多々あろうが、着衣泳指導がなかったなら、さらに犠牲は大きくなっていたかもしれない。

水難学会の斎藤秀俊会長によると、着衣泳を学ぶ小学校は八割ほどになった。その成果か、中学生以下は水難に遭っても助かる率が八割になった。しかし大人はまだ四割ほど。

「子どもは助かったが、親は助からなかった。そんな悲劇を防ぐために、水の季節を前にPTAの行事として親子着衣泳教室を開いてはどうでしょうか」と斎藤会長は提案する。「親子でラッコに」の勧めである。

20170428053928003.jpeg

海の声が知りたくて






空の声が 聞きたくて
風の声に 耳すませ
海の声が 知りたくて
君の声を 探してる

会えない そう思うほどに
会いたいが 大きくなってゆく
川のつぶやき 山のささやき
君の声のように 感じるんだ

目を閉じれば 聞こえてくる
君のコロコロした 笑い声
声に出せば 届きそうで 今日も 歌ってる
海の声にのせて

空の声が 聞きたくて
風の声に 耳すませ
海の声が 知りたくて
君の声を 探してる

たとえ僕が おじいさんになっても ここで 歌ってる
君だけを想って

海の声よ 風の声よ
空の声よ 太陽の声よ
川の声よ 山の声よ
僕の声を 乗せてゆけ


大弦小弦 4/27

〈海の声が知りたくて 君の声を探してる…〉。携帯電話のCMソングにもなってヒットした県出身グループ・ビギンの「海の声」の印象的なフレーズである。海に足を運べば自然に口ずさんでしまうだろう。

通信手段がなかった遠い昔、人は好きな人に会いたい時、風や波の音に耳を澄ませて相手の声を探し、自分の声を届けようとしたのかもしれない。恵みの海は、たくさんの記憶が残る場でもあった。

そんな「海」が、目の前で殺されていく。名護市辺野古での新基地建設に向け、袋に詰められた石材がクレーンにつるされ、大浦湾に次々と沈められていく光景をテレビで見ながら息を飲んだ。

目を疑ったのは、日米の関係者が石材を投入する前のセレモニーで、工事開始を告げるスイッチを笑顔で押していたことだ。「海を殺す」ことに心が痛まないのだろうか。いや痛むまい。所詮(しょせん)彼らにとって目の前の海は、工事現場でしかないのだから。

今後工事が進めば、護岸で埋め立て予定地の周りを囲み、年度内にも大量の土砂が投入される。貴重なサンゴの生態系は脅かされ、絶滅危惧種のジュゴンにも致命的な影響を与えるだろう。

壊されるのは自然だけではない。人々の記憶もそうだろう。「さようなら」「助けて」。静かな海に耳を澄ませば、そんな悲痛な声が聞こえてくる。

捨てる 捨てない

中日春秋 4/27

<捨てる。/捨てない。/忘れる。/忘れない。/戻る。/戻れない。/帰りたい。/帰れない。/遠い。/近い。/どうする。/どうしようもない。/陽炎の/向こうに。/ゆれて見える。/わが故郷。>

これは、福島県相馬市に住む根本昌幸さん(70)の詩集『荒野に立ちて』に収められた詩「わが故郷」だ。その故郷・浪江町は原発事故で全町避難を強いられた。

今春、避難指示は解除されたが、家は荒れ、先祖代々耕してきた田に汚染土を詰めた袋が積み上げられている。捨てる。捨てない。戻る。戻れない。この一つ一つの句点に、区切ることができない心の揺れが凝縮しているのだ。

だが、句点一つの重みも分からぬ人が復興相を務めると、こんな言葉が飛び出す。「古里を捨てるというのは簡単」「(震災が起きたのが)まだ東北で、あっちの方だったからよかった。」

ついに辞任に追い込まれたが、自民党の幹事長が「人の頭をたたいて血を出したっていう話じゃない」と擁護するような発言をしたという。時に刃物より危険な言葉の力が分からぬのなら、言論の府にいる資格が問われよう。

根本さんは、こういう詩も書いている。<人が人を/虫けらや獣のような/扱いをしたとき。/言葉はすくっと/立ち上がるだろう。/そして人に向かって行くだろう…>。政治に求められるのは、そんな言葉ではないのか。


20170427075626e73.jpeg


根本昌幸詩集
『荒野に立ちて ―わが浪江町』 
核災によって福島県浪江町の全町民はいまも避難生活を続けていて、その六割の人びとは数年後も帰還できないとされている。根本昌幸さんはそのひとりである。望まずして町ぐるみで故郷を追われ、暮らしを失うことがどういうことなのか。根本昌幸さんの悲痛な思いが読む者の心を撃つ。 帯文 若松丈太郎(詩人・南相馬市在住)


【目次】


序詩 望郷詩

一章「荒野に立ちて」

浪江町大字苅宿
ほたる
犬に写真を見せる
わたしすきな人ができました  
孫 と
待っている
瓦礫の海辺
ここから先
荒野に立ちて
眠れぬ夜に
わが浪江町

二章「バラバラ事件」

バラバラ事件
歩 く
津 波
福島県
死んだ町
わが故郷
誰もいない
ふるさとは
ふるさとがない
帰還断念
故郷喪失

三章「柱を食う」

飯舘村にて
柱を食う

散 歩
花と喋る
しあわせな時間
殺すな
白い鳥
遠いどこかの国で

四章「新しい朝に」

今日も
竹の子
苦 労

太 陽
言葉が暴力を
一 度
老い入る

星 空

新しい朝に

【解説】浪江町の悲しみと祈りを書き記す人 鈴木比佐雄
あとがき
略 歴



「荒野に立ちて」




荒野に立ちて
わが古里の町を見た。
ここにかつては
私たちの
町があったのだ。
楽しい暮らしがあったのだ。
緑の豊かな町
美しい川が流れていた町。
小鳥のさえずりがあって
目覚めて
それから
仕事へ出掛けた。
あれはすべて夢幻であったのか。
枯れた草におおわれて
何も見えない。
古里を追われた者の
大きな悲しみが
分かるか。
古里を追われた者たちの
胸の痛みが
分かるか。
今 荒野に立ちて
わが町を見る。
ここに この所に
人々の平凡な暮らしがたしかにあったはずだ?
しかし
あれはやはり幻だったのだ。
どこをどう見回しても
何も見えはしない。
荒野に立ちて
独り涙を流す。
青空と太陽だけが
しらぬふりして
ほほえんでいる。

共生

中日春秋 4/26

共生とは何か。動物生理学の研究者・本川達雄(もとかわたつお)さんは、近著『ウニはすごい バッタもすごい』(中公新書)で、こう定義している。

<異なる二種の生物が、同じ場所で互いに緊密な結びつきを保って生活していること>。共生することで、どちらの種も利益を得ることを「相利共生」と呼び、一方のみが利益を得れば「片利共生」と呼ぶそうだ。

その相利共生のすばらしい例が、サンゴと植物プランクトンの一種・褐虫藻(かっちゅうそう)の支え合いだという。サンゴは褐虫藻が安全に暮らせる丈夫な家を提供している。サンゴが動物なのに樹木のような形をしているのは、褐虫藻が光合成をしやすくするためだ。

褐虫藻が光合成でつくりだした酸素や栄養を使ってサンゴは生き、サンゴが吐き出す二酸化炭素などを使い褐虫藻は生きている。この絶妙な共生こそがサンゴ礁の豊かな生物多様性の礎(いしずえ)となっているのだ。

そういう豊かな海の中でも、日本生態学会や日本魚類学会など十九の学会が「我が国で最も貴重な海域の一つ」「世界に誇るべきもの」として保全を求めたのが、沖縄の大浦湾だ。だが、そこに基地を造るための埋め立て工事がきのう、始まった。

安倍首相はかつて国会で、日本全体を「多様性を尊重する共生社会に変えていく」と語っていたが、首相が言う共生とは、どんな意味なのか。潰(つぶ)されゆく「共生の海」は何を物語るか。

201704260523407ca.jpeg 201704260527235fb.jpeg

内容説明
ハチは、硬軟自在の「クチクラ」という素材をバネにして、一秒間に数百回も羽ばたくことができる。アサリは天敵から攻撃を受けると、通常の筋肉より25倍も強い力を何時間でも出し続けられる「キャッチ筋」を使って殻を閉ざす―。いきものの体のつくりは、かたちも大きさも千差万別。バッタの跳躍、クラゲの毒針、ウシの反芻など、進化の過程で姿を変え、武器を身につけたいきものたちの、巧みな生存戦略に迫る。

目次
第1章 サンゴ礁と共生の世界―刺胞動物門
第2章 昆虫大成功の秘密―節足動物門
第3章 貝はなぜラセンなのか―軟体動物門
第4章 ヒトデはなぜ星形か―棘皮動物門1
第5章 ナマコ天国―棘皮動物門2
第6章 ホヤと群体生活―脊索動物門
第7章 四肢動物と陸上の生活―脊椎動物亜門

著者紹介
本川達雄[モトカワタツオ]
1948年(昭和23年)、仙台に生まれる。1971年、東京大学理学部生物学科(動物学)卒業。東京大学助手、琉球大学助教授(86年から88年までデューク大学客員助教授)、東京工業大学大学院生命理工学研究科教授を歴任、東京工業大学名誉教授。理学博士。専攻は動物生理学(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


多種多様の生き物賛歌

 87万部のベストセラー『ゾウの時間 ネズミの時間』(中公新書)から25年。

 動物生理学者の著者が、ウニやヒトデといった自らの研究分野を、初めて一般向けの新書にした。「やっと書かせてもらえた」とうれしそうだ。

 紹介される色々な生き物の有り様にはうならされる。例えば砂の上に暮らし、砂粒の間の有機物を栄養にしているナマコ。ほとんど動かずとも生きられるから、摂取エネルギー量は少なくてすみ、筋肉はごくわずか。体の大部分は皮なので食べられる危険も少ない。昆虫も「クチクラ」素材の外骨格を持ったからこそ、体を乾燥から守り、羽を生やして飛べるようになった。貝もホヤも、確かにみんなすごい。「人間とは相当違うが、それぞれ地球上で大成功した。同じ地平で褒めてあげないと」

 だから各章の最後に自作の「褒め歌」を付けた。

 ♪見ない 耳ない 鼻もない 筋肉あっても 超少ない~~(ナマコ天国)

 生物学習に必要な知識をちりばめた歌を、これまでに約200曲制作し、大学の講義で披露してきた。「考えるための材料は、やはり丸暗記しないと。ならば覚えやすくなる方法を提供するのが教育者ではないか」と語り、現状の理科教育をチクリと刺した。

 1948年生まれ。日本が豊かになり、周囲が「役に立つ」学問を志向する中、「直接は役立たない」分野を専攻したくなった。そこでたたいたのが生物学の門。この分野では珍しく、生き物好きではなかった。その分、純粋な驚きが詰まった「生き物賛歌」が書けたのかもしれない。

 「人間は頭から自分たちを絶対と考え、『脳のない生物なんておかしい』などと、一方的にほかの生物を断罪する。それで『多様性が重要』なんて言えるのかなあ」


快進撃

2017043006071527e.jpeg

20170430060715468.jpeg

卓上四季 4/25

スポーツ大会で予想外の勝利を収めたとき、自分が中学生ならばどんな感想を述べるだろうか。「思いがけない」「信じられない」。あるいは本来の意味とは違うが、はやりの「やばい」が口をつくかもしれない。「望外」なんて言葉は、おそらく頭に浮かばない。

将棋の最年少プロ棋士藤井聡太四段(14)の言葉遣いは中学生離れしている。非公式戦ながら羽生善治3冠を破り、「自分の実力は出し切れたと思いますし、望外の結果だったと思っています」と語っていた。

昨秋のデビュー以来、公式戦13連勝中の実力は本物だった。羽生3冠も「どれだけ伸びるか。すごい人が現れた」と漏らしていた。対局中も浮かれたところはなく、落ち着いたしぐさは先輩たちへの気配りさえ感じさせる。

祖母の指導で5歳の時に将棋を始め、ひらがなより先に覚えた。スポーツ紙によれば、小学校4年時の関心事に「原発」「尖閣諸島問題」を挙げていた。ちなみに望外という言葉は夏目漱石の小説によく出てくる。愛読しているのか。今は気象庁のホームページに興味があるという。

今後、天才の対戦相手は人間に限らないだろう。トップ棋士も苦戦する人工知能(AI)ソフトへの挑戦である。

将棋の神様は期待を込めて、こう言うかも。<あなたの命令どおり動ける駒になれれば、それだけで「望外」の幸せなんだ>(川原礫(れき)著「アクセル・ワールド」

201704300551342f2.jpeg

あなたの命令どおり動ける駒こまになれれば、それだけで望外の幸せなんだ。 …
川原礫『アクセル・ワールド 01 -黒雪姫の帰還-』より

・望外の
→ 望外の喜び (11%) 望外の幸せ (10%) 望外のこと (8%) 望外の幸運 (7%) 望外の幸福である (3%) 望外の仕合せ (2%) 望外の幸い (2%)


アルプスから帰って、ジャン・バルネ氏にそれとなくこの計画を話してはみたが、アルプスから帰ったばかりなので、こっちは少々気がひけていたのだ。 それをこんなに早く行かせてくれるなんて、まったく望外の喜びだった。 九月二十三日、マルセイユからケニヤのモンバサ港行きの船、ラ・ブルドネ号に乗りこんだ。
植村直己『青春を山に賭けて』より引用

わずかに、島津、鍋島が現状を維持し得、上杉、毛利が削封だけでゆるされたにすぎなかった。 これは、望外の僥倖であり、渠かれらは、徳川氏に服事ふくじせざるを得なかった。
柴田錬三郎『(柴錬立川文庫2) 真田幸村』より引用

僕は下僕でいい。 あなたの命令どおり動ける駒こまになれれば、それだけで望外の幸せなんだ。 ここでその手を取ったら、僕はしてはいけない期待をしてしまう。
川原礫『アクセル・ワールド 01 -黒雪姫の帰還-』より引用

一人の著者のなかに異なる二人の語り手がいるともいえる。 それは著者が生きた時代のひとつの証言になっているとすれば望外の幸せである。 筑摩書房の山野浩一さんが学生時代に本書初版を手にとり、共感をもって読んでくださったことを二人の会話のなかで知り、私は大いに驚くと同時に、書物の役割の重要さを改めて感じたものである。
今村仁司『増補 現代思想のキイ・ワード』より引用

わたくし達は白鬚神社のほとりに車を棄て歩んで園の門に抵るまでの途すがら、胸中窃に廃園は唯その有るがままの廃園として之をながめたい。 そして聊いささかたりとも荒涼寂寞の思を味い得たならば望外の幸であろうとなした。 予め期するところは既に斯くの如くであった。
永井荷風『百花園』より引用

それも最近は食が進まない様子なので心配だった。 ジャックは望外の五十ポンドを何に使うか思案しながら帰途についた。 散々迷ったあげく、スーパーで緑の小さな林檎と干し無花果を買った。
縞田理理『霧の日にはラノンが視える3』より引用

そうかといってエジソンやワシントンなどと混ると、感じとして一寸変な気がするんだそうだ。 だがここに入はいらないとすると文学者として偉いことにされたことになるから彼にとっては望外の尊敬を受けたことになるんだそうだ。 魔利が変な人間だということは前に書いた他の二篇の中に既に歴然としているが、我輩から見た、もう一皮剥いた真実の彼女を描いてお見せしようというのが、この文章の主眼である。
森茉莉『贅沢貧乏』より引用
直属となれたことだけで、ダキラにとっては望外の幸福だったのだ。 九剣は、決して下位騎士内の精鋭部隊などではない。
九里史生『SAO Web 0406 第八章01』より引用

同時にまた本書と『誰がムッソリーニを処刑したか』の双方とも、在ワシントンのアメリカ議会図書館の蔵書に加えられた。 国際的にもお役に立っているとすれば望外の喜びである。 ところで五十年前のちょうどいまごろ、カステッラーノ将軍はローマで統帥逮捕の秘策を練っている最中だった。
木村裕主『ムッソリーニを逮捕せよ』より引用

ロレンスたちが包まっていたもの以外に、予備のものが一枚ある。 それを渡わたすと、少年は望外の喜びに出会ったように目を見開き、うなずいた。
支倉凍砂『狼と香辛料Ⅵ』より引用



…………………………

水や空 4/25


 〈若さは未完成で不確実で〉...日曜日のこの欄に書いたばかりの言葉は取り消した方がいいのか、この人が特別なのか。史上最年少、14歳のプロ棋士の快進撃が止まらない。将棋の藤井聡太四段。

23日に放送されたインターネットテレビ局の企画「炎の七番勝負」第7局で、第一人者の羽生善治三冠と対戦。「角換わり」と呼ばれる戦型の定跡形から思い切りよく踏み込むと、細い攻めをうまくつないでリードを奪い、羽生三冠の反撃を冷静に受け止めて勝ちきった。

公式戦では昨年12月のデビュー戦から無傷の13連勝中。高勝率の若手とタイトル戦の常連を並べた7人に挑むこの企画は公式戦ではないが、こちらも6勝1敗。詰め襟の学生服姿で将棋界の話題を独り占めにしている。

「すごい人が現れた」と局後の羽生さん。5局目に登場して敗れた深浦康市九段も「10代でタイトルを狙えるレベル」とスポーツ紙にコメントを寄せていた。

ただ、いつも思うことだが、立派なのは彼らの終局後の態度だ。親子ほど年の離れた相手に居住まいを正して「負けました」と頭を下げ、指し手を振り返る感想戦では率直に読み筋を披歴しあって最善の一手を追求する。

若い才能の輝きはもちろんだが、敗者のこうした美しさにも目を向けたい。将棋の魅力はここにもある。

ミサイル落下

20170425061529e09.jpeg


時鐘 4/25

 ミサイル落下(らっか)に備(そな)える行動(こうどう)なるものを初(はじ)めて知(し)った。ありがたい、と思(おも)うよりも不(ふ)安(あん)の方(ほう)が膨(ふく)らむ。

急(いそ)ぎ近(ちか)くの建物(たてもの)に避難(ひなん)せよ。室内(しつない)ならば窓(まど)から離(はな)れよ。行政(ぎょうせい)の指示(しじ)に従(したが)い、落(お)ち着(つ)いて行動(こうどう)せよ。相手(あいて)は雷(かみなり)や豪雨(ごうう)ではない。お手上(てあ)げです、とも聞(き)こえてきて、とても冷静(れいせい)さを保(たも)つ自信(じしん)はない。

あの戦(せん)争(そう)の時代(じだい)、空襲(くうしゅう)に備(そな)えた住民防火訓練(じゅうみんぼうかくんれん)を批(ひ)判(はん)した言論人(げんろんじん)のことを教(おそ)わった。木(き)と紙(かみ)でできた街(まち)が空爆(くうばく)されたら、防(ふせ)ぎようのない惨事(さんじ)が起(お)きるに決(き)まっている。火(ひ)の備(そな)え以前(いぜん)に、敵機(てっき)の襲来(しゅうらい)を許(ゆる)さぬのが先決(せんけつ)である。

その通(とお)りだが、突然(とつぜん)のように、北(きた)の空(そら)からミサイルが飛(と)ぶ事態(じたい)がやってきてしまった。いつ起(お)きても不思議(ふしぎ)ではない。地震学者(じしんがくしゃ)が得意(とくい)のせりふを、今度(こんど)はテレビでおなじみの識者(しきしゃ)が口(くち)にする。かつて、「戦争(せんそう)を知(し)らない子(こ)供(ども)たち」という歌(うた)がはやった。子供が大人(おとな)になり、そのままで終(お)わりたいという願(ねが)いは、「Xデー」で砕(くだ)かれるのか。

悪(わる)い夢(ゆめ)は早(はや)くさめよ、と布団(ふとん)をかぶって震(ふる)えて祈(いの)る。そんなミサイル対処(たいしょ)の心得(こころえ)を聞(き)かされても、「ふざけるな」と言(い)い返(かえ)す知(ち)恵(え)も勇気(ゆうき)も、わが身(み)にはない。

201704250615283f4.jpeg
20170425061526de9.jpeg

東京五輪と大阪万博

天地人 4/25

 小2のジミー大西少年は<宇宙人がつくったに違いない>と思いこんでいた。岡本太郎さんの大阪万博『太陽の塔』である。中1の、みうらじゅんさんは京都からよく通った。<自分たちの時代の一大イベントだった>という。2人とも『「新」太郎神話』(二玄社)で、47年前の思い出を語っている。

 2025年万博の大阪誘致が動きだした。松井一郎大阪府知事らがパリの事務局に立候補表明文書を提出した。仏もパリ郊外での開催をめざす。誘致活動は、仏が先行していると聞く。来年11月の総会で、加盟国の投票によって決まるという。

 誘致に成功すれば、日本での開催は05年の愛知万博以来、6回目となる。会場は大阪湾の人工島・夢洲(ゆめしま)になるという。経済再浮上を期待する大阪と、20年東京五輪に続く景気浮揚策をねらう政府との思惑が一致したらしい。

 半世紀前も、1964年の東京五輪から70年の大阪万博へと、高揚感は続いた。敗戦からの復興を、世界にアピールする絶好の場となった。昭和期を代表する二大イベントだったのである。

 東京五輪の「東京五輪音頭」、大阪万博の「世界の国からこんにちは」という二大イベントのテーマソングを、両方とも歌ったのが三波春夫さんである。明るい歌声と和服姿で親しまれた。決めぜりふは「お客さまは神様です」。乗客を引きずりおろした航空会社に聞かせたい。

20170426060508f17.jpeg

【本の内容】 横尾忠則、みうらじゅん、ジミー大西、日比野克彦、テリー伊藤、森村泰昌、永六輔、黒柳徹子など、各界の著名人15名が熱く語った「私と岡本太郎」。インタビューだから、それぞれの人の抱いている印象やエピソードが、次々と脈絡なく出てくる。実にいろんな見方がある。それがまた実感があって、楽しい。岡本太郎という人間の、ナマの魅力がそれらの語り口の間から立ちのぼってくる。 




「東京五輪音頭」
歌:三波春夫 作詩:宮田 隆 作曲:古賀政男

ハアー
あの日ローマで ながめた月が (ソレ トトントネ)
今日は都の空 照らす (ア チョイトネ)
四年たったら また会いましょと かたい約束 夢じゃない
ヨイショ コーリャ 夢じゃない
オリンピックの 顔と顔
ソレトトント トトント 顔と顔

ハアー 待ちに待ってた 世界の祭り (ソレ トトントネ)
西の国から 東から (ア チョイトネ)
北の空から 南の海も こえて日本へ どんときた
ヨイショ コーリャ どんときた
オリンピックの 晴れ姿
ソレトトント トトント 晴れ姿

ハアー 色もうれしや かぞえりゃ五つ (ソレ トトントネ)
仰ぐ旗みりゃ はずむ胸 (ア チョイトネ)
すがた形は ちがっていても いずれおとらぬ 若い花
ヨイショ コーリャ 若い花
オリンピックの 庭に咲く
ソレトトント トトント 庭に咲く

ハアー きみがはやせば わたしはおどる (ソレ トトントネ)
菊の香りの 秋の空 (ア チョイトネ)
羽をそろえて 拍手の音に とんでくるくる 赤とんぼ
ヨイショ コーリャ 赤とんぼ
オリンピックの きょうのうた
ソレトトント トトント きょうのうた




「世界の国からこんにちは」

歌:三波春夫
作詞:島田陽子
作曲:中村八大

こんにちは こんにちは 西のくにから
こんにちは こんにちは 東のくにから
こんにちは こんにちは 世界のひとが
こんにちは こんにちは さくらの国で
一九七〇年の こんにちは
こんにちは こんにちは 握手をしよう

こんにちは こんにちは 月へ宇宙へ
こんにちは こんにちは 地球をとび出す
こんにちは こんにちは 世界の夢が
こんにちは こんにちは みどりの丘で
一九七〇年の こんにちは
こんにちは こんにちは 握手をしよう

こんにちは こんにちは 笑顔あふれる
こんにちは こんにちは 心のそこから
こんにちは こんにちは 世界をむすぶ
こんにちは こんにちは 日本の国で
一九七〇年の こんにちは
こんにちは こんにちは 握手をしよう
こんにちは こんにちは 握手をしよう