2017年03月の記事 (1/23)

Mステ



卒業

歌:尾崎豊 作詞:尾崎豊 作曲:尾崎豊

校舎の影 芝生の上 すいこまれる空
幻とリアルな気持ち 感じていた
チャイムが鳴り 教室のいつもの席に座り
何に従い 従うべきか考えていた
ざわめく心 今 俺にあるもの
意味なく思えて とまどっていた

放課後 街ふらつき 俺達は風の中
孤独 瞳にうかべ 寂しく歩いた
笑い声とため息の飽和した店で
ピンボールのハイスコアー 競いあった
退屈な心 刺激さえあれば
何でも大げさにしゃべり続けた

行儀よくまじめなんて 出来やしなかった
夜の校舎 窓ガラス壊してまわった
逆らい続け あがき続けた 早く自由になりたかった

信じられぬ大人との争いの中で
許しあい いったい何 解りあえただろう
うんざりしながら それでも過ごした
ひとつだけ 解っていたこと
この支配からの 卒業

誰かの喧嘩の話に みんな熱くなり
自分がどれだけ強いか 知りたかった
力だけが必要だと 頑なに信じて
従うとは負けることと言いきかした
友だちにさえ 強がって見せた
時には誰かを傷つけても

やがて誰も恋に落ちて 愛の言葉と
理想の愛 それだけに心奪われた
生きる為に 計算高くなれと言うが
人を愛すまっすぐさを強く信じた
大切なのは何 愛することと
生きる為にすることの区別迷った

行儀よくまじめなんて クソくらえと思った
夜の校舎 窓ガラス壊してまわった
逆らい続け あがき続けた 早く自由になりたかった

信じられぬ大人との争いの中で
許しあい いったい何 解りあえただろう
うんざりしながら それでも過ごした
ひとつだけ 解ってたこと
この支配からの 卒業

卒業して いったい何解ると言うのか
想い出のほかに 何が残るというのか
人は誰も縛られた かよわき子羊ならば
先生あなたは かよわき大人の代弁者なのか
俺達の怒り どこへ向うべきなのか
これからは 何が俺を縛りつけるだろう
あと何度自分自身 卒業すれば
本当の自分に たどりつけるだろう

仕組まれた自由に 誰も気づかずに
あがいた日々も 終る
この支配からの 卒業
闘いからの 卒業

…………………………


時代

歌:中島みゆき 作詞:中島みゆき 作曲:中島みゆき

今はこんなに悲しくて
涙もかれ果てて
もう二度と笑顔には なれそうもないけど

そんな時代もあったねと
いつか話せる日がくるわ
あんな時代もあったねと
きっと笑って話せるわ
だから 今日はくよくよしないで
今日の風に吹かれましょう

まわるまわるよ 時代はまわる
喜び悲しみくり返し
今日は別れた恋人たちも
生まれ変わって めぐりあうよ

旅を続ける人々は
いつか故郷に出会う日を
たとえ今夜は倒れても
きっと信じてドアを出る
たとえ今日は果てしもなく
冷たい雨が降っていても

めぐるめぐるよ 時代はめぐる
別れと出会いをくり返し
今日は倒れた旅人たちも
生まれ変って歩き出すよ

まわるまわるよ 時代はまわる
別れと出逢いをくり返し
今日は倒れた旅人たちも
生まれ変って歩き出すよ

今日は倒れた旅人たちも
生まれ変って歩き出すよ

ほぼほぼ

談話室 3/31

「この間頼んでおいた書類まだ?」。職場の若い後輩に聞いたら「ほぼほぼできています」。こんな答えが返ってきた経験をお持ちの方も意外に多いのではないだろうか。最近は国語辞典にも載る「ほぼほぼ」である。

でも「ほとんど終わりです」なのか「仕上がりまでもう少し時間がかかります」なのか、ニュアンスをくみ取るのは案外難しい。話し手によって意味合いが微妙に異なるからだ。日本語学が専門の今野真二清泉女子大教授が、研究室の20代大学院生2人に尋ねたことがある。

リポートを「ほぼほぼ完成」と表現する際の出来具合は? 「ほぼ」が到達率90%として「ほぼほぼ」は、片や完成により近い「95%」。ところがもう一方は「ほぼ」を下回る「85%」の意味で使っていると答えた。新しい言い回しだけにニュアンスの共有はまだのようだ。

つい最近もこの言葉を聞いた。大相撲春場所で奇跡の逆転優勝を果たした横綱稀勢の里関が、一夜明けた27日に臨んだ記者会見。13日目に負傷した左肩付近の痛みについて聞かれた横綱は「ほぼほぼないです」。ここはもちろん、痛みは100%近く消えていると信じたい。

…………………………

 辞書出版の三省堂は12月5日、「今年の新語 2016」を発表した。大賞は「ほぼほぼ」、2位は「エモい」、3位は「ゲスい」――という結果だ。IT関連では「VR」や「エゴサ」「IoT」も入った。

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「ほぼほぼ」の意味
 今年の新語は、その年を代表する言葉で、今後の辞書に掲載されてもおかしくないものを三省堂の辞書編集者が選ぶもので、今年で2回目。一般から候補語を募り、応募総数2834語(異なり1192語)からベスト10を選んだ。

 大賞は「ほぼ」を重ねて強調した「ほぼほぼ」。1949年の「国会会議録」にもあるなど古くから使われていたが、今年に入って「ほぼほぼ」という名のテレビ番組ができたり、書籍名に使われるなど「長い時間をかけて、日常会話のことばとして定着した」としている。

 「『ほぼ』を2回繰り返す形が嫌だ」という意見について編集部は、「古代から『いと』を強調して『いといと』と言うなど、日本語には繰り返しことばが多い」と、ほぼほぼの語形を“弁護”している。

 2位の「エモい」は、エモーショナル、つまり感情が高まった状態になっていることを表す形容詞。3位の「ゲスい」は「下品」「やり方があくどい」などの意味。

 IT関連では、Virtual Realityの略語である「VR」が7位に、エゴサーチの略語の「エゴサ」が9位に、Internet of Thingsの略語「IoT」が選外に入っている。

 昨年の大賞は「じわる」、2位は「マイナンバー」、3位は「LGBT」だった。

イップス

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三山春秋 3/31

 スポーツ選手を悩ませる「イップス」という症状がある。絶対に失敗できないという緊張や不安から脳に大きなストレスがかかり、それまで何も考えずにできていた動作ができなくなってしまうことを指す 。

 野球の送球やゴルフのパットで急に動きがぎこちなくなり失敗してしまうのは典型例。楽器の演奏などスポーツ以外の場面にも現れる。かつての国会の証人喚問で、極度の緊張から手が震え、宣誓書への署名ができない証人がいた。これも書痙しょけいという同様の症状だ 。

 野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で、強豪キューバチームのケアを担当した伊勢崎市出身のスポーツトレーナー、石原心しんさん(34)は先月、イップスに関する本を発行した 。

 野球部の投手だった高校時代、練習中の暴投をきっかけに微妙な距離を投げるのが怖くなり、一人で悩んだ。自らの体験を基に早稲田大で研究し、今の仕事にもつなげている 。

 「メンタルが弱い」「練習不足だ」と一言で片付けられがちな現状を嘆く。「誰にでも起こる病気」だとし、さまざまな大きさのボールを投げたり、笑顔を心掛けたりと適切に対処すれば改善すると強調する 。

 選抜高校野球で本県代表の健大高崎、前橋育英の両校は大舞台の緊張と向き合い、それぞれの持ち味を発揮した好ゲームを繰り広げた。きょうは決勝戦。

人の世を教え導く

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日報抄 3/31

 「さあアンタら、これから大学生ヨ」。新入生向けに、しょっぱなからこんな調子だ。「大学教師の言うことを聞いたらいかん。ところで、しゃべっとるオレ、なにを隠そう大学教師、さあどうする?」

こんな謎かけをしたのは森毅(もりつよし)さんだ。京都大で教える数学者だった。自身もサボり派であったから、サボれ遊べと教えた。「授業に出席したのに出来が悪いと容赦なく落とすぞ」とまで言った。

人の世を教え導く。多くの先生の中に、こういう人もいるから、面白い若者が世に出ていく。森さんは、型にはめる教育政策を嫌った。「人間というものは目的を明確にしてしまうと、たいてい目的の部分しか達成しえない。創造とはむしろ、思いもしなかったことが出てくることにある」

大学における創造がどれほど社会に役立っているか数えるまでもない。医学や科学、文学や法学。こうした大学の教育・研究機能が衰えたとき社会の歩みもおぼつかなくなっていく。

新潟大が、大幅な人件費削減を検討している。教授60人分の人件費に相当する。国からの交付金が減るからだ。青息吐息の現場に若者を遊びに導く余裕はあるか。研究の失敗も許されない。粘って耐えての発見よりも、スピードが求められそうだ。

教育者であり研究者である人々は、もの申す人である。安全保障や共謀罪、その危うさに警鐘を鳴らし、抗議する。交付金削減は、そうした人々を減らし、意に沿わぬ言論を封じる策か。文系不要論も同じ道につながっている。

…………………………
No.001

自分とちがった考えを持つ他人がいるというのは、とても貴重なことだ。
それは、少しもケシカランことではない。



No.002

今も君が、生きていくために、夢を持てばよい。
それが実現できなくっても、それはその時、また別の夢を持てばよいではないか。



No.003

僕は、目的に向かって一直線というよりは、多少は目的に達するのが遅れても、適用に脇道に入り、その道草を楽しんでいて、結果的には目的に達してしまう方が、結局は楽しくて得ではないかと考えている。



No.004

先が決まってないから不安と思うか、先が決まってないから気楽と思うか、暗いよりは明るい方がいいではないか。



No.005

「できない子」に、何かを教えようとして、逆に君が、彼から何かを学ぶことの方が、君にとって大事なことだ。




No.006

未来は、人間のちっぽけな創造の枠を超えているからドラマチックなのだ。



No.007

元気になれ、がんばれというメッセージが多すぎる。
・・・みんなが毎日ハイになることないやんか。
元気がない人もいてええんや。



No.008

今の教育で何より必要なのは、どんな不確定な変動にもツブシの利く人間を育てることだろう。
それを教師というツブシの利かぬ人間に委ねるところが困ったところ。
もっと悪いのは、未来が不確定になればなるほど、当面の制度を安定化しようという図式である。



No.009

正しさは伝染(うつ)らないけど、楽しさは伝染(うつ)る。



No.010

即戦力なんて、自分を食いつぶすからね。
あんまり即戦力になると、時代が変われば途端についていけなくなるからな。
時代の変わり結構早いからね。



No.011

年配者に好かれるコツは、要するに砂糖と塩の加減の問題やねん。
「生意気の芸には愛嬌のスパイス、愛嬌の芸には生意気のスパイス」。
生意気だけでも、ベタベタ甘えてばかりでもいかん。



No.012

若いうちから、もっとムダせい、言うの。
ムダがどれだけ身につくかで、教養が広がるんやからね。



No.013

論理的なことや正しいことばかり追わず、とにかく何でも面白がるようにしています。



No.014

楽しいことが広まるというのは、社会がよくなるということです。



No.015

人生20年。
体の物質も頭の配線も、20年もすればすっかり変わるんやから、20年前のオレは赤の他人やと思えと。
人生は20年ずつやったら、80年でも4回あるやないの。
4回あったら1回やそこらどうなろうと、まだ次があるやないの。



No.016

英単語を覚えるのが受験勉強で、知らなくてもでっちあげるのが受験技術。



No.017

いいことには、必ず悪いことがくっついてくる。



No.018

傷つけないやさしさなんて 偽物じゃないやろか。



No.019

バラバラに逃げることやね。
集団にいると「安心」はできるが「安全」ではない。



No.020

賢(かしこ)に教わるぐらいアホでもできるわ。
アホから教わるのがほんまの賢や。



No.021

ひとりで渡ればこわくない。



No.022

学びは人間関係の中に成立する。



No.023

学力低下が社会問題になってますが、本当に大事なのは、学力がなくとも 何とかする力をいかに育てるかです。



No.024

ムリやムダを省いて答えを出そうという、効率主義の教育ではだめ。



No.025

分からんことを楽しむのも、立派な能力です。



No.026

おじさん度というのは「誰でもこうするものだ」とか「みんなこうしてきたのだ」とかの言葉を、日常にどれだけ口にするかで計られる。



No.027

今の教育で何より必要なのは、どんな不確定な変動にも、ツブシの利く人間を育てることでしょう。



No.028

違うことはいいことだ。
アハハって面白がってればいいのよ。



No.029

失敗しても、またやり直したらええやんか。



No.030

最近の人は、予定表に空白があると落ち着かへん「空白脅迫症」みたいなのが多いね。
山登りでも、すぐ目的地へ行きたがる。
僕は、山の上へ無駄なく行くより、谷の方でデレッとしてるのが好きなんや。
そうするとね、シャキシャキしてたのでは見えないものも見える時があるよ。



No.031

60パーセントぐらい幸せだったら、相当に幸せだと思うことにすればいいと思うよ。



No.032

新しいことを始めるには優等生だけではだめ。
突拍子もないことを言い出すのは、たいていはスカタンですわ。



No.033

エエカゲンがおもしろい。



No.034

まあ、ええやないか。



No.035

ぼちぼちいこか。




No.036

予定通りの人生なんて、そうあるもんやないよ。



No.037

エリートは育てるもんやない、勝手に育つもんや。



No.038

たしかに、家へ帰ると、いくらかは外の社会を離れて自在にふるまえるよさがある。
ただし、塀に閉ざされた内部だけで、庭の花を自分だけで楽しむというのでは、閉ざされすぎる。
道を行く人がふと目にとめて、心を楽しませるぐらいのほうが、庭の花にはふさわしい。



No.039

一人っ子で協調性は弱いけど、社交性はあるんや。



No.040

確かに僕はずぼらだったけれど、先生がぶざまな姿を生徒に見せることも大事なんだよ。


No.041

ぜんぜんつかまらないタクシーが、その時だけバカに間がよくつかまったりするとか、はかない幸福もあったりする。
そんなもんだろう、と僕は思う。



No.042

何を選んでも、完璧な幸福というわけにはいかない。

国鉄民営化30年

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「思えば遠くへ来たもんだ」

歌:海援隊 作詞:武田鉄矢 作曲:山木康世

踏切の側に咲く コスモスの花ゆらして
貨物列車が走り過ぎる そして夕陽に消えてゆく

十四の頃の僕はいつも 冷たいレールに耳をあて
レールの響き聞きながら 遥かな旅路を夢見てた

思えば遠くへ来たもんだ 故郷離れて六年目
思えば遠くへ来たもんだ この先どこまでゆくのやら

筑後の流れに小魚釣りする人の影
川面にひとつ浮かんでた 風が吹くたび揺れていた

二十歳になったばかりの僕は 別れた女を責めながら
いっそ死のうと泣いていた 恋は一度と信じてた

思えば遠くへ来たもんだ 今では女房子供持ち
思えば遠くへ来たもんだ あの頃恋しく思い出す

眠れぬ夜に酒を飲み 夜汽車の汽笛を聞くたびに
僕の耳に遠く近く レールの響きが過ぎてゆく

思えば遠くへ来たもんだ 振り向くたびに故郷は
思えば遠くへ来たもんだ 遠くなる様な気がします
思えば遠くへ来たもんだ ここまで一人で来たけれど
思えば遠くへ来たもんだ この先どこまでゆくのやら

…………………………

凡語 3/31

 ツクシが顔を出すと、実家裏の線路沿いで摘んだ幼い日を思い出す。♪レールの響き聞きながら遥(はる)かな旅路を夢見てた-口をつくのは海援隊の「思えば遠くへ来たもんだ」。レールの彼方の故郷を思う歌だ。

全国をつなぐ鉄路が分割民営化された国鉄最後の日からきょうで30年になる。「親方日の丸」の万年赤字からJR東・西日本、東海、九州が上場企業となり、今や函館から鹿児島まで新幹線が延び、京都駅など巨大複合ビルがにぎわう。

だが、強い光がつくる影は濃い。民営化後に赤字ローカル線約1100キロが廃止され、地元の足を守ろうと引き継いだ第三セクターも苦境が続く。

30年を前にJR北海道は、約半分の10路線を単独で維持困難と訴えた。本州の大動脈と切り離され、当初から採算が疑問視されていたが、止まらぬ人口流出と営業赤字にSOSを発した形だ。

人減らしで北海道、四国両社の無人駅は8割前後に上り、乗降介助や転落の注意もままならない。利益重視の圧力が、信楽や尼崎での大惨事に至ったことを忘れるわけにはいかない。

故郷と結ぶ鉄路を支える仕組みを断ち、重荷を地方に押し付けた上、巨額の公費を投じる整備新幹線、リニア計画が進む。北陸新幹線の全線開業は約30年後という。鉄路をつなぐ意味を改めて考えたい。

不法投棄

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正平調 3/31

ずいぶん前なので題名を失念したが、異色の近未来小説を雑誌で読んだ。テーマはごみ問題、舞台は処理できなくなった大都市。

困った企業は職場のごみを社員に持って帰らせた。近隣の町は市境でピケを張って防ぐ。行き場を失って舞い戻ったごみが腐臭を放ち、感染症が広がり、地価は暴落。かくして華やかな大都市も…。

ごみを侮ってはいけない。地域を崩壊させもする。そう警鐘を鳴らす物語が印象に残ったのは、前後して、瀬戸内海の豊島(てしま)(香川県)で産業廃棄物の不法投棄問題が噴き出したからだ。持ち込まれたごみで美しい島がうめく。心の痛む光景だった。

兵庫県警が業者を摘発したことで事態は動いたが、気掛かりは残るごみ。やっと運び終えたと、先日の紙面で知る。県警摘発から27年、撤去を始めて14年。要した費用700億円。愚かな不法投棄のツケはかくも大きい。

住民運動を支えたのは弁護士中坊公平さんだ。神戸での集まりでこう説いた。「不法投棄されるごみは、すべて都会から過疎地へ流れている」。なのに「都会の住民は、ごみが目の前から消えれば解決した気になっている」

豊島の問題は多くの教訓を残した。中坊さんの弁を踏まえれば、悲しい物語は都市の無関心が生むことがその一つ。次の幕が開いていないか、目をこらさねば。

奈良のシカ

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国原譜 3/31

 奈良市の奈良公園で見掛ける鹿は「奈良のシカ」。だが奈良公園から遠く離れた京都府境近くの鹿も「奈良のシカ」だと言えば、驚く人がいるかも。

 60年前に国の天然記念物に指定された際、「奈良市一円」にいる鹿全てを対象とした。もちろん野生動物で、農作物も食べるから農家から苦情が出て、訴訟にもなった。

 文化庁は奈良公園中心部、その少し外側、外縁部などと4地区を設定。鹿の保護と管理の目安を示した。だが、農林業被害や鹿と人との事故は続いてきた。

 奈良公園中心部にいる鹿は約1200頭といわれるが、全体でどれくらいいるかはっきりしていない。外縁部の鹿は捕獲してもいいと認められているが、捕獲されたことはない。

 悩ましい事態が続く中で、県は「100年後の鹿の幸せと人との共存」を願って本格的な取り組みを始めた。鳥獣保護法の改正なども受け、ついに一部の捕獲に着手する。

 「奈良のシカ」は特別だ。それはそうだが、特別に飼育されてはいない。人のペットでもない。多くの課題を抱える中で、将来の共存の姿を実現する責任は県民にある。

野菜電球

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鳴潮 3/31

 ハロウィーンのカボチャ、のようなものか? 本紙「情報とくしま」面で見かけた「野菜電球」なる語句にひかれ、阿南市科学センターへ出掛けた。実験を見せてくれるという

 この日の担当は、白衣の指導員、稲井俊道さん。実験台で、キュウリに金属フォークを2本突き刺し電気を通す。光らない。次はニンジン。これもだめ。同じキュウリでも漬物なら-。おや、バチバチと音を立てて明滅し始めたよ

 一番きれいな光を放ったのは「たくあん」だった。なるほど「野菜電球」である。何やら難しいことが起きている。漬物の塩分がポイントらしい。アーク放電と呼ばれる現象だそうだ

 原理を応用したアーク灯の歴史は古く、街路灯や探照灯に使われた。鳴門市の板東俘虜(ふりょ)収容所の正門を照らしたのもこれだ。たくあんの焦げるにおいをかぎながら、科学だねえ、と感心ひとしきり

 春休み中、センターでは毎日、現役とOBの教員が交代で「おもしろ科学実験」を開いている。「今も昔も、子どもたちはわくわくしたがっている。きょう見てくれた子の中から、いつかノーベル賞学者が出るかも」

 と言いつつ元理科教師の稲井さん。「国が教育にお金をかけずにおいて、10年、20年後はどうなりますかね」。日本の教育機関への公的支出は、OECD加盟国で最低水準(GDP比)だ。


…………………………

野菜電球

夢中は疲れない?

水や空 3/31

「サラダ記念日」の歌人、俵万智さんのツイッターから。宿題を少しやっては「疲れた~」と投げ出す低学年の息子さんに、遊んでるときは全然疲れないのにね、とイヤミを言ったら言い返されたそうだ。「集中は疲れるけど、夢中は疲れないんだよ!」

この母にしてこの子。思わずうなりたくなる言語感覚の鋭さに舌を巻きながら、そういえばこの1年、何かに夢中になったことがあったかな、と考える。きょうは年度の終わりの日。

きょう限りで通い慣れた職場に別れを告げる人がいる。長い間、お疲れさまでした。趣味、特技、ボランティア...夢中になれる何かをゆっくりと見つけて、どうか充実した日々を。

昨春の新入社員は「大人になると疲れる夢中もあるんだよ」と俵ジュニアに教えてあげたい気分かもしれない。無我夢中のうちに過ぎた新しいことだらけの1年。いよいよ初心者マークが外れて「後輩」ができる。準備はいいかな。

ジュニアの"名言"をもう一つ。〈先生ってさあ、よく「前を見なさい!」って言うよね。でもさあ、オレにとっては見ているほうが前なんだよね〉。

それぞれに前を向いて、あすからは新しい年度。ゴールはいつも次のスタートとセットになっている。平年より6日遅れの"お待たせ桜"に彩られて、いざ進め進め。


…………………………

はじめに

以前、電車で女子中学生に「教科書で見ました!まだ生きてたんですね!」と握手を求められたことがあるけど、ツイッターを始めて、似たようなことを、ちょいちょい言われる。うん、まだ生きてるよ~。


歴史上の人物じゃないですよ。笑
息子さんは2011年時点で8歳


息子が八歳になった。多くの人に温かくお祝いしてもらった。震災以来いろいろあった(ありすぎた)けれど、彼が今いきいきしていることが何よりだと思う。 「バンザイの姿勢で眠りいる吾子よ そうだバンザイ 生まれてバンザイ」

「先生ってさあ」と息子。「よく、前を見なさい!って言うよね」。まあ、あんたがよそ見ばっかりしてるからじゃない?「でもさあ、オレにとっては、見ているほうが前なんだよね」…ん?


息子「オレが子どもだったころ…」と何かを言いかけて「まあ、今でもじゅうぶん子どもなんだが…」と恥ずかしそうにフェイドアウト。子どもだったころ、なんだったのかな?

息子が、世話になっている遠縁のおじさんに「コインのような人ですね。おもてとウラが全然ちがう」と爆弾発言し、場が凍りつく。が、よくよく聞いてみると「優しいときは優しく、厳しいときは厳しい」と言いたかったらしい。日本語って、むずかしい。そしてドキドキする。


息子が小遣い制にしてほしいと言う。「じゃあ小学三年生だから、300円ね」息子、涙目で訴える。「おかあさん!そんな決め方、そんな決め方…古い!」古い?


息子が、あまりに偉そうな口をきくので「ナニ様のつもり?」とたしなめたら「…お子様」との返し。あのねえ。


息子の作文。「虫にくわしくて、せいかくのいい人になりたいです。虫にくわしいと、虫とふれあえるからです。せいかくがいいと、みんなに虫のことを教えてもらえるからです」結局、虫なのね~。


今ごろ息子が「お年玉ちょうだい」と言うので「はい、ご縁がありますように」と五円渡したら「…おじいさん?」と言われた。


息子と話していると「ネタか!?」と思うことが、しばしば。今日も夕飯のとき、キュウリの漬物を手で食べたので注意したら、「は・し・や・す・め」と言われました。


ちなみに、息子の新作は「4×8(しわ)たくさん」…やかまし!.


今朝の息子との会話。「おかあさん、寒いね」「うん、寒いね」「……こたえる人がいても、やっぱり寒いね」「う、うん!?」


ときどき出る息子の不思議な質問。今朝は「太平洋に地主っているの?」だった。「ん?地主は地面持ってる人のことだよ」「じゃあ、かいぬしは、いるの?」


昨日の母の日、息子から「感謝状」をもらった。「学校にいくお金をだしてくれてありがとう」と書いてある。まだ義務教育なんだけど、たぶん「偉人伝 野口英世」の影響。


今朝の息子との会話。「お母さんは、目立ちたがりや?」「ん~初めて本を出したときに一生ぶん目立ったから、もういいや」「でも、たまに新聞とかに載って、いい気になることはあるでしょ?」なんだろう、この微妙に鋭いものの言い方!


トイレできばっていた息子。戻ってきて、またすぐにトイレへ。どうしたのかと聞くと、「追伸のうんこ」だそうです。食事中だったら、スミマセン。


与那国では洗濯物たたみも息子の仕事だったらしい。「じゃあ、これからはウチでもやってね」「一回十円!」「ダメ、お手伝いは気持ちでしょ」「お願い!」「ダメ」「…じゃあ、初回無料で!」どこで覚えた?そんな言葉。


算数の宿題をしている息子に「答えは一つでも、やりかたはいくつもあるよ。山のてっぺんは一つでも、いくつもの道があるようにね」と教えてやりました。そうしたら「うまいこと言ったね!」とほめられました。


映画「もののけ島のナキ」を鑑賞。息子に感想を聞くと「目からヘンなものが出た」と一言。そのぶっきらぼうな言い方に、目からヘンなものが出た。


お彼岸で、近所のかたから、手作りのおはぎをいただいた。息子の感想。「地味に、うまい」。


内緒にしていたはずのことを、息子が知っていた。「何でわかったの?」「…野性のカン!」。そう言われると、追及できないよなあ。


問題「72枚のクッキーがあります。8人でわけると、どうなるでしょう」息子「おなかがいっぱいになる」…なるほど!?


ウィーのピンポンやりすぎて二の腕が筋肉痛。試合の終盤、息子が必ず言う。「おっ!たわらマッチポイント」…オヤジか、君は。


歩くような歩かないような微妙な動きをしてみせる息子。真剣な表情で「アルキメデスって、こんな感じかな?」…歩きめデス? ネタじゃありません(T_T)


タゴールか板垣退助かっていうぐらい立派な髭のかたに遭遇。息子は「…すごいね!どんなしゅぎょうしたんだろうね!」と囁き、興味津々で見つめていた。


「クワガタとりに行こう」と誘われて、連れて行かれたのはパイナップル畑。収穫されずに熟れきったパインの中に、クワガタがいるんです。「いいなあ…パイナップルのアパートだ」と息子(←パイン好き)は、うっとり。


息子、帰宅する中学生についていって、先方のお母さんと交渉したらしい。「今晩、泊めてもらうことになったから!」…生きる力?


息子、ひたすら消しゴムのカスを集めて丸めて、目をキラッキラさせて言う。「また消せるよ!エコだよ!」こういうことに熱中していたころが自分にもあったような、なかったような。


息子に懇願されてウィーを買ってしまった。「お母さんはつなぎませんよ(つなげませんよ)」と突き放したら、またたくまにテレビに接続して、もう踊りまくっている。


朝、息子が鏡に向かって、真剣にグーとかチョキとか出している。まさかとは思ったが……「かがみとジャンケンしてるんだから。じゃましないで!」。あやうく遅刻するところでした。


トイレに向かう息子「読むものがないと落ち着かない。ペットボトルのラベルでもいいから読みたい」。私の母は、読むものがないと電話帳を読んでいました。似てるなあ。


きゅうり好きの息子が、きゅうりをつまみに、きゅうりを食べている。


ラムネ菓子を食べながらマンガを読んでいる息子。「それ食べ終わったら宿題ね」「はーい!」。味がしないんじゃないかというくらい、ちびちび食べている。25分経過。


息子が同級生と取っ組み合いのケンカ。「なんでそうなったかは忘れちゃったけど、今までで一番激しかった!」と勲章のように言う。そこまでやっておいて、「なんで」を忘れられるのが不思議。それが子ども?それが男?


iPadのWiFi環境を、ちゃっちゃと整えてくれた息子(小三)。「目に見える線でつながっているのが有線、WiFiみたいのは無線だよ」と教えてやったら、寝る前に「有線で、お願いします」と手をつないできた。


息子、インフルエンザで出席停止中。「今日だけは学校に行きたかったなあ」チョコレート、もらう気まんまんだったようです。


息子、インフルエンザで出席停止中。「今日だけは学校に行きたかったなあ」チョコレート、もらう気まんまんだったようです。……とツイートした昨日。放課後になって、チョコを持ってきてくれた女子が三人も!お見舞いをかねてでしょうが、嬉しいバレンタインでした。


なんと、昨日インフルエンザで休んでいた女子から、追加のチョコレートが届いた。受け取った息子のひとこと。「…すごい気迫だな」。モテキ!?


ホワイトデー。もらっていない子にも、おかえしを用意する息子。カードに何て書いているのかと思ったら「らいねんは、チョコください」…前向きだ。


仲良しの女の子が転校することになった。彼女は、ウチの息子だけは連れていきたいと言ったらしい。「でも、オレは、オモチャじゃないから…」。


息子のプリけつがあまりに可愛くて、なでなでして癒されていたら「せくはら?」と言われてしまった。夏休みで北海道に来ています。


息子が「友達に会いたい。外でご飯を食べたい」と盛んに言うので、久しぶりに外食。「ご予約二名様ご案内!」と威勢よく言われると「すごいね!ごひゃくにめい様だって」とマジで驚いていた。今時そんな繁盛店もないだろうと、力なく笑う。早く友達にも会わせてやりたいのだけれど。


息子、ことわざの勉強中。「絵にかいた餅」の意味を聞くと「…おいしそう?」、「じゃあ、棚からボタモチは?」「…痛い!」。小学二年生の想像力、まあこんなものかな。


息子、白い絵の具をパレットに絞りだし、ちょちょっと黒い絵の具で色づけ。いわく「ハトの落し物♡」……頼むから描いて!「夏の思い出の絵」を描いて!


朝、息子が学校に行きたくないと言う。理由は「今日の防犯訓練に来る『ふしんしゃ』が、ものすごく怖いんだって。毎年、六年生も泣いちゃうんだって」。な、なまはげ?


夏休みでダラダラしている息子。「早く、やることやりなさい!」と声をかけたら、ハッとして「なめこ栽培」をはじめた。私のアイパッドで育てているらしい。やることって、それか~。


学校から石を蹴りながら帰宅する息子。愛着のある石には名前をつけている。今日蹴ってきたのは「一直線」と「ど根性」だそうです。


拾う。拾えば振り回す。男って、そういう生き物なんだなあ。石もね、よく拾います。今日も息子は「うん、いい石だ!」とポケットをふくらませて帰ってきました。


定年退職

有明抄 3/31

 <定年って生前葬だな>。脚本家で作家の内館牧子さんの小説『終わった人』は、刺激的な書き出しで始まる。大手銀行の出世コースをはずれて子会社に転籍させられ、そのまま定年を迎えた主人公。仕事一筋の人生が区切りを迎え、その後に生きがいを求め、居場所探しをするというストーリーだ。

華やかに送られ、別れを告げるという意味で「生前葬」という言葉が使われるが、読めば決して「終わってない」ことを教えてくれる。恋に仕事にと悪戦苦闘しながらも、人生を楽しむ姿が描かれる。

年度末のきょうで定年を迎える人も多かろう。節目にはなるが、これで終わりではなく始まるのである。何らかの形で継続して働く人もいれば、地域の活動や仕事以外のコミュニティーに参加する人、趣味に打ち込む人もいる。

舞台が変われば「幸せの物差し」が違ってきてもいい。持ち物を減らしての身辺整理、孤独にならない程度の人付き合い、家族から自立するための一歩として料理を身につける…。さまざまな計画を立てての再スタートだろう。

くだんの小説の後書きで、内館さんは「定年になったら誰もが横一線」と書いている。どんなに地位や肩書きがあろうと、そこからは衣を脱ぎ捨てて、人として歩き始めるということだろうか。目の前の道を前向きに、そんなに無理せずに。


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内館牧子著「終わった人」 定年後の男心を丸裸に
2016/7/27付 日本経済新聞 夕刊

 定年を迎えた男性が新たな生きがいを求めて奮闘する「終わった人」が、売り上げを伸ばしている。昨年9月の刊行からじわじわと人気を集め、発行部数は12刷10万部に達した。世間から見向きもされなくなったむなしさや、心の奥底にくすぶる野心が生々しく描かれ、男性だけでなく女性からも支持されている。

税抜き1600円。すでにテレビドラマ化や映画化の打診があるという。著者は1948年秋田市生まれ。これまでも脚本のほか、小説、エッセーなど幅広く執筆している。
 主人公は盛岡市出身で、東大法学部卒、大手銀行勤務のエリートだ。順調に出世を続け、役員就任も目前というところで、同期との出世競争に敗れてしまう。子会社に転籍させられ、63歳で専務として会社人生を終えたところから、物語が始まる。

 エリート意識が強く、気力も体力もある自分が「終わった人」だと受け入れられない。気を取り直して妻を旅行に誘うが相手にされず、大学院受験を思いついても、のめりこめない。仕事の第一線で活躍することへの未練が断ち切れず、あがき続ける。

 著者はテレビドラマを中心に活躍する脚本家。20年以上前から定年をテーマにした小説を構想していたという。過去にも渡辺淳一「孤舟」や重松清「定年ゴジラ」などがあるが、「主人公を甘えさせない。女性著者ならではのドライさが魅力」と編集を担当した講談社の小林龍之氏。主人公に次々と困難が降りかかり、飽きさせない。企画段階で「強烈なタイトルを聞き、これは売れると思った」と語る。

 初刷りは1万部で静かな滑り出しだったが、風向きが変わったのは昨年11月。岩手県の有名書店、さわや書店が選ぶ「年間おすすめ本ランキング2016」の1位に選ばれてからだ。「男の虚栄心、野心、下心が丸裸にされていて、40代の私もドキッとした」と竹内敦・本店店長。「覚悟して読んで下さい」と店頭販促(POP)に書き、大々的に売り出した。これを契機に出版社も改めて販促に力を入れ、東北のほか、サラリーマンの多い東京都心の書店で売り上げが伸びていった。

 深刻な状況に陥っていく主人公だが、最後には救いもある。読者は60代以上の男性が中心で、リアルで身につまされる、勇気づけられたなどの感想が多い。最近は、働く女性や、主人公の妻に共感する女性、主人公の子ども世代にも読者が広がっている。