ことばの記事 (1/1)

スコップとシャベル

スコップとシャベル

 辞書を見て驚いた。スコップを調べると「小型のシャベル」(『日本国語大事典 第2版』)と書いてある。自分の知識の中では、スコップは大きいもの(子どもの用のおもちゃを除く)で、シャベルは片手で握る小さなもの、別名、移植ごて、というはっきりした区別があったから。
 ところが、辞書では、スコップもシャベルも同じものというような説明ぶりなのだ。
 『大辞林 第2版』のシャベルの項に「関西では移植ごてなど小形のものをいう」と注記してある。なるほど、東西で呼び方や指すものが異なっているのだ。
 1957年ごろにホッピングがブームになった。本物は手に入らないので、「スコップ」で代用していた。先端が折れ曲がってしまったこともある。
 スコップはschopというオランダ語に由来する外来語。シャベルは英語shovelから。今日ではパワーシャベルのような大きなものもシャベルと言うから、スコップは劣勢かと思えばそうでもなさそうだ。
 園芸用の小さなもの(移植ごて)がガーデンスコップの名前で売ってある。大きなものはガーデンシャベルとかフローラルシャベルと呼ばれている。
 半世紀に渡って認識してきたスコップとシャベルの区別が、ここにきて大きく揺らいだ。カタログを見ないで、電話だけで注文すると大変なことになるところだった。

さいころ

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さいころ

 漢字で賽子または骰子と書くさいころは何語なのか?インターネットで検索すると「さいころ」は143万件、「サイコロ」はその約2倍の226万件ヒットする。まさか外来語ではない。
 漢字の賽も骰も音読みがサイ。つまり漢語だ。では、「ころ」は何か? すぐに連想するのが「ころがる」「ころぶ」「ころり」「ころころ」の語根である「ころ」だが、これは和語だ。するとさいころは漢語と和語の混種語ということになる。あるいは、石ころ、犬ころ、あんころもちの「ころ」と同源か。あんころもちの「ころ」は、ころがすなどの語根と同じようにも思える。
 ところが、賽子の「子」を「こ」と読んで、接尾語「ろ」をつけたものという説もあるという。
 さいころの「さい」は単独でも使われる。さいを振る。この場合は「采」とも書くようだが、賽と采は形が異なる。別語かとも思うのだが、国語辞典には同じ見出しのもとに二つの異なる意味として説明されている。料理用語で、さいの目に切る。これは立方体だ。
 和英辞典を引いてみると、さいころはdieという名詞で、複数形がdice。これが外来語としてダイスの形で使われる。米大リーグに行った松坂大輔のアメリカでの愛称がDICE-Kだ。

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サイコロの1が赤いのは日本だけ。
外国のサイコロは基本1の目も黒です。ではなぜ日本だけなのでしょうか?

和歌山県のあるサイコロ製造会社が、「一目みて自社の製品だとわかる工夫が必要」と考え、そこで「1の目を赤にしよう」というアイデアが生まれたそうです。
1の目を赤にしたこの会社のサイコロはよく売れるようになりました。

しかしその後、他社のサイコロ製造会社もこれを真似してしまい、そもそもの目的だった自社製品の印としては、機能しなくなってしまいました。
それで、全国的に「サイコロの1の目は赤」という常識を広まったのです。


ポイント
日本製のサイコロでも外国への輸出用に作られたサイコロは基本的に1の目は黒

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サイコロ展開図

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ルーズ

ルーズ

 英語の‘loose’から。英語では濁らないルースだが、外来語としてはルーズと濁った形で取り入れられた。
 時代研究会編『現代新語辞典』(大正8年)に、ルーズの項があり、「弛き、緩慢なる、締りなき、放埒なる」との語釈がある。小林花眠編著『新しき用語の泉』(大正11年)にはルーズはないが、「ルーズ・リーフ式帳簿」が出ている。
 だらしがないといった精神的な意味で使うのが普通だが、近年は名詞として事物を表すこともある。和製英語のルーズソックスの略称である。たるませて履くおしゃれが10年くらい続いているようだが、ハイソックス姿の女子高校生も多い。
 部屋でくつろぐときには腰を締め付けないズボンが楽だと思う。だが若者が履くルーズパンツは外着になる。

アピールとPR

アピールとPR

 アピールは人々に訴えかけること、また、その結果、人の心に感銘を与えることである。強調する意味もあるのだろうか、アッピールの形でも使われる。

 PRは、耳で聞くとピーアールで、アピールに似た響きだが、「public relations」の略で、企業などの宣伝、広報活動である。

 アピールは個人の行動にも使われるが、PRは組織の活動である。アピールは一人の個人を相手に行うことも可能だが、PRは基本的に多数を相手に行う。

 どちらも日常的によく使う語だが、文学作品に使われることは少ないようだ。新潮文庫の100冊のうち、50数冊の日本語作品にはアピールとアッピールが各1例、PRは4作品に出てくるだけだった。宮本輝の『錦繍』には29例あるが、すべて「PR雑誌」だ。

「違法」「不法」「無法」など

「違法」「不法」「無法」など

 法律は憲法に基づいて国が制定するもの。地方自治体が制定するのは条例。法律も条例も秩序を守るためにある。しかし、守らないことが生じる。
 違法は法律の違反。反対語は適法。不法は違法に似ているが、法律及びそれより下の規則に違反すること。反対語は合法。不法侵入、不法監禁、不法所持などと言う。無法は、法が無視されることであり、さらに、常識に合わない乱暴なことをも指す。無法地帯、無法者などと言う。
 違法や不法ではないが、法の隙間をすり抜けて悪いことをすることを脱法という。
 いくら緻密に規定していても、必ずといっていいほど、抜け道がある。ザル法などと呼ばれる。
 国民にとって過酷な法律もあるが、悪法もまた法なり、である。

「失言」と「暴言」

「失言」と「暴言」

 「いうのはまずいなと思っていながら、こころにあるものだから、うっかりもらしてしまうのが、あるいはもらしてからすぐ気がつくのが失言。それに対して、ぜんぜん悪いと思っていないでいうのが暴言です」と作家のなだいなださんが書いている。(「人間、とりあえず主義」103)

 失言は、気が付いたり指摘されたりしたら、即座に撤回するのがよい。さもないと、舌禍になる。暴言は意図的で確信的だから批判にも抗弁するだろう。

 失言の撤回だけでは済まないとき、理由を述べる。そこには不適切な表現といったことばが使われる。さらに、謝罪も必要になる。政治家はなかなか謝罪しない。陳謝とか遺憾の意の表明とかいう、非を率直に認めているとは思えない表現を好む。

 潔い行為。なかなか難しい。