コラムの記事 (1/116)

風向き暗号

中日春秋 5/29

「風向き暗号」とは天気予報を利用した暗号方法で、太平洋戦争前に使用されたそうだ。短波ラジオで「東の風、雨」が二回繰り返されれば、それは日米関係の危機であり、同様に「北の風、くもり」であれば、日ソ関係の危機だったという

外交の問題ではないが、「どの方向も全部、風、雨」。二回どころか何度でも繰り返したほうがよいかもしれぬ。この「暗号」は今週以降の安倍政権の先行き予報である。

秘密の「暗号」でも何でもない。首相の友人が理事長である学校法人加計学園の獣医学部の新設計画をめぐる問題で、安倍一強の風向きは誰が見ても乱れつつあるだろう。

先週の小欄でこの問題を実在しない幽霊と主張するのなら、首相官邸は証拠を示せと書いたが、幽霊どころか、その怪物は実在する可能性がさらに高くなっている。文部科学省の前事務次官がその怪物を見た、触ったと証言している。

首相官邸側はその証言者を悪所通いの信用ならぬ人物と宣伝することに躍起のようだが、サスペンス作家も顔を赤らめる、安っぽいやり方こそが怪物の実在を認めている証拠としか世間には映るまい。前次官の証人喚問を拒む自民党の姿勢もまたしかり。そして風は強まる。

<風が吹く時 ゆりかご揺れる 枝が折れたら ゆりかご落ちる>(「マザー・グース」)。風を吹かせているのは、当の首相官邸である。


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(4) Hush-a-bye, Baby

Hush-a-bye, baby, on the tree top,
When the wind blows the cradle will rock;
When the bough breaks the cradle will fall,
Down will come baby, cradle, and all.

おやすみ 赤ちゃん 木の上で
風が吹いたら 揺りかご揺れる
枝が折れたら 揺りかご落ちる
揺りかごごとに 赤ちゃん落ちる

<解説>
英米で歌われる子守唄 の代表的なものです。native American が赤ちゃんを木の枝につるした揺りかごであやしているのを見て作ったという説もあります。イギリスの絵本画家Raymond Briggsが、核戦争をテーマにした『風が吹くとき』( When the Wind Blows ) という絵本のタイトルは、この唄から取 ったものです。




子どもたちへの詫(わ)び状

いばらき春秋 5/28

「分からないなら黒板に聞け」。授業で質問に答えられないと、髪の毛をつかまれ、黒板に頭を打ち付けられた。小学2年時の担任は特異な指導法を実践する女性だった。

ある帰りの会で担任は男子児童の1人を立たせ、この児童が同級生に送ったという手紙をゆっくりと読み上げた。淡い恋心をつづった内容だった。

担任の振る舞いに嫌な気持ちになった。「先生は人間として許されないことをしている」。40年以上も前のことだが、よく覚えている。

福岡県の中学校で教員を務めた村上通哉さんの著書「子どもたちへの詫(わ)び状」を手にしたのは、大学生の頃だ。教え子に宛てた手紙47通が収録されている。読んでいて何度もこみ上げるものがあった。

中学卒業後に小学校時代の出来事を打ち明けた女子生徒への手紙も胸を打つ。女子生徒は、教室でなくなった現金を盗んだと当時の担任に決めつけられた経験を2回も持っていた。著者は教育に携わる一人として謝罪の言葉を記した。

同書には子どもたちとしっかり向き合い、それでも痛恨の思いを抱き続ける教育者の誠実さがあふれていた。最後の教え子たちに向けて、著者は語り掛ける。「一歩でも近い所にいて、一緒に歩いていたかったのだ」 


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暑い夏の季節が来ると、教員採用試験を思い出します。個人的なことですが、30 年以上 も前、私自身も皆さんと同様に苦闘した日々を過ごしました。教育実習を終え、採用試験 の勉強が本格化していく方も多いと思います。皆さんの今の努力が秋にむくわれることを 祈念しています。
「夜スペ」の講義中に何度となく皆さんにお伝えした『教師としての不十分さ』*1を忘 れないでいてください。教師としての不十分さを常に意識していないと、生徒の表層だけ を見て誤った判断をしたりすることがあります。マイナス 200 度の氷がマイナス 100 度の 氷になったとしても、外見上その形状に変化はありません。マイナス 100 度の氷が 0 度に なった時に、氷は解け出します。前者の営みは長い。皆さんが教壇に立っている間に、そ の 100 度の変化を見ることはできないかもしれません。その長い営みの中で、『教師として の不十分さ』をいつまでも持ち続けてください。
そして、100 度の変化のためのたゆまぬ努力と 100 度の変化をただ待つだけの姿勢が、 皆さんの心から消滅してしまう時がきたなら、その時は、潔く教壇を去ってください。私 が皆さんにお伝えできるのはそれぐらいのことなのです。
ともに、がんばりましょう。

*1村上通哉「子どもたちへの詫び状;電気がない」より

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東山魁夷と子どもたちとの心温まる交流を中心に画伯との出会いを綴った実話。教科書の「花明り」の作者に子どもたちが手紙を書いたことに始まり、絵本館の成立まで、独創的な教育を実践したひとりの教師の感動の記。


<目 次>

序 東山すみ

1 はじめに――人間・東山魁夷との出会い――

2 「風景との出会い」

3 文化祭「国語教科書原作者生原稿展」
 1 夢の文化祭
 2 原作者の先生方へ手紙を書く
 3 原作者の先生方から原稿が届く
 4 東山魁夷先生より原稿が届く
 5 さらに原稿が届く
 6 国語教科書原作者生原稿展
 7 文化祭、その後

4 「唐招提寺への道展」
 1 東山画伯より招待状が届く
 2 記念講演会
 3 東山画伯と会う
 4 子どもたちの感動

5 修学旅行
 1 「花明り」の桜と「唐招提寺」を見たい
 2 感動を追う修学旅行 
 3 ロダンと須田国太郎
 4 東山画伯へお願いの手紙を書く
 5 東山画伯からの返事
 6 日程
 7 東山画伯からの電話I
 8 東山画伯からの電話II
 9 新聞社の同行取材
 10 東山画伯より速達が届く
 11 「花明り」の“しだれ桜”を見る
 12 生きている教科書
 13 唐招提寺の障壁画を見る

6 修学旅行の後で
 1 東山画伯の教え、そして“しだれ桜”
 2 文化祭を新聞社主催で公開する
 3 思ったこと

7 市川へお礼に伺う

8 子どもたちの卒業
 1 「花明り」の“しだれ桜”が届く
 2 贈る言葉
 3 「花明り」の“しだれ桜”が咲く

9 東山魁夷装画『子どもたちへの詫び状』
 1 病休か退職か
 2 『子どもたちへの詫び状』

10 筑豊絵本館
 1 東山魁夷常設コレクションとなる
 2 子どもたちの家
 3 東山画伯からの贈り物
 4 残されていた子どもたちの手紙と車椅子の写真

11 東山すみ夫人筑豊絵本館来訪

12 訃報 5月6日、8日、そして、11日

13 東山魁夷先生をしのぶ旅
 1 善光寺花岡平霊園
 2 長野県信濃美術館 「東山魁夷館」
 3 木曽路「心の旅路館」

 あとがき

特別支援学校

大観小観 5/28

障害児のリハビリなどを支援する「県立子ども心身発達医療センター」の開設記念式典で、「永続性」の花言葉を持つハナミズキを記念植樹した。「障害のある子どもを支援する中心的な役割」としてのセンターの永続性を祈念してだろうが、特別支援学校の「草の実校」と「あすなろ校」も隣接地に移転開校し、近くの緑ケ丘特別支援学校を本校に県立かがやき特別支援学校の各分校となるというから、何ともややこしい。

学校教育法の改正で、視覚、聴覚、知的などの障害ごとの学校が特別支援学校に統一された。「特殊学級において教育を行うことが適当なもの」から「その他教育上特別の支援を必要とする児童・生徒及び幼児」へ、法の文言も変わった。隔離教育から、障害のある子もない子もともに学ぶインクルーシブ教育へという国際的な流れが背景にある。

同改正で盛り込まれた特別支援教育とは、個別に教育的ニーズを把握して適切に指導・支援することで、従来の障害ごとの教え方を意味しない。取りあえず障害ごとに分けずに統合して教育することを目指し、やがて障害のある児童もない児童もともに学ぶインクルーシブ教育とする考え方が「特別支援学校」への名称変更にはある。

長く隔離教育をよしとしてきた日本で急な転換は難しい。障害ごとに「分校」とする分かりにくい名称となったのはやむを得ない過度的措置だろうが、県では特別支援教育の浸透で特別支援学校の入学希望者が増えている。分校の移転開校も、学校種が実質固定し、隔離教育の延命にならないか、気がかりなことではある。

指さし

天地人 5/28

 人を指名したり、人数を数えるときの「指さし」のしぐさは、日本人はさほど失礼に思わない。だが、外国人にはひどく嫌がられ、下手をしたら喧嘩(けんか)になりかねないとか。「常識の世界地図」(文春新書)に教わった。

 親指を立てるサインは「よくやった」「OK」の意味。欧米から日本に伝わり一般的になったが、中東などでは侮辱を表すことがあるという。何げないしぐさ、サインも、国によっては別の意味として伝わってしまうことがある。よく気をつけなければならないようだ。

 人さし指と中指でつくるおなじみのVサイン。写真撮影のときにほとんど無意識にこのポーズをする人も多いのでは。ただ、このサインもギリシャでは「くたばれ」の意味となる。手の甲を相手に向けた裏がえしのVサインは、イギリスでは侮辱になるそうだ。

 Vサインをする際は気をつけて-こちらもそんな話か。インターネットに掲載した写真のVサインから、「指紋を盗まれる」かもしれないという記事が、先日の本紙にあった。デジタルカメラなどの進歩により、指の写真から指紋を読み取れるようになったからという。

 指紋情報が悪用されかねず、国立情報学研究所が盗難を防ぐ方法を開発中だそうだ。と、聞いたはいいが、恥ずかしながらアナログ人間にはなかなかピンとこない。技術の進歩とその影をつくづく感じるばかりだ。

笑いは人の薬

天地人 5/27

 笑いは人間に不可欠の原初的な健康法-とフランス文学者の多田道太郎さん。「しぐさの日本文化」(講談社学術文庫)で次のように書いている。<もちろんうれしいから笑うということもあるが、逆に、笑っていると元気がつき、活気がでてくるという面もある>。

 ことわざも笑いの良さを説く。「笑う門には福来(きた)る」や「笑う顔に矢立たず」「笑う顔は打たれぬ」「笑って損した者なし」。ずばり「笑いは人の薬」ということわざもあり、薬と同じく笑いは心身の健康に役立つ、と言い切る。

 青森市内で先日行われた小社主催の東奥情報懇談会では、福島県立医科大学主任教授の大平哲也さんが「笑ってストレス解消! 生活習慣病予防!」と題し講演。笑いが心や体に及ぼす効果や健康との関係について解説した。

 落語や漫才による笑いが、がん患者にどんな影響を及ぼすか-。大阪国際がんセンターは今月からそんな研究を始めたという。2週に1度、落語家や漫才師の公演を患者に見てもらい、免疫力や生活の質の向上につながるか探る。

 初回は桂文枝さんらが病院内のステージで落語を披露した。患者たちは声を上げて笑い「嫌なことを忘れて無になれた」「軽く運動したような爽快感が得られた」と喜んでいたという。研究結果は来春までに発表される。多くの人を笑顔にしてくれるような成果を聞きたいものだ。

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「しぐさの日本文化」
多田道太郎 著
講談社学術文庫 

しぐさは社会の集団につたわる伝承の文化である。本書では様々なしぐさの文化的な意味を紹介している。
日本人特有のしぐさとして筆者が例に挙げているものに「あいづち」がある。
あいづちは聞き手が話者に関心を持ち、理解していることを示すアクションである。私の所持する会話術に関する自己啓発本には、会話で適切なあいづちを打つ方法が書かれていることも多い。日本人にとってあいづちはコミュニケーションツールとして重要なものである。
アメリカ人の教師に「会話中に日本人はたくさん頷づくので、内容を理解していなくても理解しているように見える」と言われたことがある。アメリカは「イエス・オア・ノー」が前提となる社会であいづちが少ない。
日本人は多くあいづちを打つ。その理由を筆者は、共同の前提となる統一された文化があり、相手の感情をいたわることができるためと述べている。
グローバル化が進む現代だからこそ、しぐさの文化的意味を知り、日本の社会的文化を理解するべきだろう。

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12月15日(月)、棚倉町保健福祉センターにて

今回の講演会は、「第2回棚倉町保健協力員研修会・健康づくり講演会」として、棚倉町の健康推進員、民生委員、町民の皆さん約60名を対象に、笑いのある生活から、認知症予防や生活習慣病予防の知識を得て普段の生活から予防をすること、その知識を町全体へ広めることを目的として開催されました。

当日は、「笑いと健康について~笑ってストレス解消!生活習慣予防・認知症予防!~」をテーマに、疫学講座 の 大平哲也 教授に講演いただきました。

講演の中で大平先生は、
● 認知症予防には1時間の歩行や運動
● 食べ物は緑茶やカレーが良いということ
● お酒も飲む量の加減で予防効果になり、ビール1本または酒1合、ワイン2杯程度は認知症になりにくくなること、などをお話ししました。

今回のテーマである「笑い」は、“笑う人に比べて笑わない人は3.75倍認知症になりやすい”ということでした。

ポエトリーエンジェル

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水鉄砲 5/27

 「詩のボクシング」と聞くと「何それ」と思う人が多いかもしれない。リングに見立てた舞台で2人が自作の詩などを朗読して対戦、どちらが観客の心に届いたかを競うイベントである。私も「実物」を映画で初めて見た。

 映画とは、田辺・弁慶映画祭実行委員会が企画、制作支援した「ポエトリーエンジェル」。昨夏、田辺市上芳養の梅畑や天神崎、田辺駅前商店街などで撮影され、先週末から市内の映画館で上映されている。

 「中高年が見ても面白いだろうか」と迷ったが、一足早く試写会で見ていた社内の後輩に薦められて映画館に足を運んだ。

 封切りしたばかりなので詳しくは紹介できないが、実家の梅農家を手伝いながらも仕事に満足を得られない青年と、人と上手く話せない少女の成長物語である。見慣れた田辺の風景が随所に登場し、当地に引き付けた内容で上映時間の95分が短く感じた。笑いとほろりとさせる場面があり、登場人物が魅力的に演出されていた。

 真夏の田辺での撮影。8日間という日程で、暑くて体力の消耗も激しい中、早朝から深夜まで出演者とスタッフが努力したという。パンフレットには、梅干し作業のハウス内が40度以上だったことや梅畑の下草の伸び具合を調整した撮影秘話が記されている。ロケ地を訪れてみたくなった。

 映画は今後、全国各地で上映される。面白いと感じるかどうか、人それぞれだろうが、田辺が大好きな人はぜひ。

人間の将棋

鳴潮 5/27

 将棋の対局で独創的な手を指して相手を翻弄(ほんろう)する。それは、羽生善治3冠ら才能ある棋士の専売特許だった。「新手一生」とは故升田幸三実力制第4代名人のモットーだ。定跡破りの指し手に一生をかけた姿は世の共感を呼んだ
 
 ところが、今では人工知能が人間の考えつかない手を連発して、プロ棋士を打ち破る。ついに、将棋界トップの佐藤天彦名人がコンピューターソフト「PONANZA」に2番勝負で完敗した
 
 ソフトの指し手は縦横無尽で正確無比。将棋はまだまだ進歩する可能性を持っていると、人間に教えているようでもある。折しも佐藤名人は名人戦7番勝負のさなか。人間対人間の勝負が色あせないでもない
 
 ソフトにかなわない将棋界の未来はどうなるのか。そんな不安を吹き飛ばしそうなのが、14歳の最年少プロ棋士、藤井聡太四段の大活躍だ。公式戦19連勝中。実力派棋士を一方的に攻め倒すこともある鋭い着想が持ち味である
 
 プロ資格を得る四段昇格を決めた奨励会三段リーグの成績は13勝5敗。プロ入り後の快進撃が、急速な伸びを物語る。昨年12月のデビュー戦で下したのは、くしくも、”元祖最年少棋士“で最年長の加藤一二三・九段だった
 
 藤井四段の出現は、天の配剤なのか。独創的な将棋で「人間の将棋ここにあり」と、満天下に示してもらいたい。


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四季風 5/27

子ども時代に将棋の面白みを知ったが、長じてからは「マッタ」連発のなれ合い将棋ばかりで上達とは無縁だった。19連勝の中学生棋士・藤井聡太四段の活躍は、彼の将棋に対する純粋な姿勢や勝負に賭ける執念が伝わり、たくましさを感じる。

その折、将棋界で最も権威のある名人が将棋ソフトに完敗。囲碁ソフトは世界最強とされる中国人棋士に勝ち越した。チェスやオセロを含む全てのボードゲームで人間が敗北する結果となった。

「人間の直感力はコンピューターに勝る」とチェスの名人は負け惜しみを言ったそうだが、人工知能(AI)研究者によると、膨大な情報からAIが自ら学習し、判断能力を高める深層学習という技術に強さの秘密がある。その手法で人間の直感力も数式化されつつあるという。

将棋や囲碁には定石がある。将棋の名人は「自分の手順が分からなかった」と嘆いた。AIが定石を超えた一手を常に生み出しているのであれば、人間の勝ち目はなくなるばかり。

現代の人間世界のありようは、学習能力を失ったかのように本来の定石が通用しないことが多い。いっそのこと人間の将来をAIの直感力に委ねることも新たな一手なのかもしれない。

忘れられた人々

中日春秋 5/27

「忘れられた人々」という言葉を使って、変革の理念を語ったのは、フランクリン・ルーズベルトである。大恐慌に米国民があえぎ続けていたとき、大統領の座を目指していた彼は一九三二年春の演説で、「経済的なピラミッドの底辺にいる忘れられた人々」のための政治を説いた。

大統領となった彼は矢継ぎ早に政策を打ち出した。大型公共事業で雇用を生み出し、労働者の権利や最低賃金を保障し、「忘れられた人々」の力を復活の原動力にした。

この歴史的重みのある言葉を大統領選の勝利演説で使ったのが、トランプ氏だ。半年前、彼は上気した顔で宣言した。「忘れられた男たち女たちが忘れ去られることはもはやないだろう」

そんな言葉を忘れたのかどうか。このほど発表された「予算教書」では、国防費の増額などが盛り込まれる一方で、貧しい人たちへの支援は大幅に削減する構えである。

一九三〇年代には、政治に使い捨てにされた人々の思いを代弁したこういう歌があったという。<私の忘れられた人を覚えていますか…/彼を戦場に送り出したのはあなただ/「万歳!」とあなたは叫んだ/それなのに今の彼を見てみよ!>(シュレーズ著『アメリカ大恐慌』)

失業などにあえぎ、既存の政治への憤りから、トランプ氏に投票した「忘れられた人々」も、「私たちを見てみよ」と叫び始めるかもしれぬ。

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こんなはずでは

国原譜 5/26

 奈良労働局によれば、今春卒業の県内大学生の3月末での就職内定率は過去最高らしい。5月が過ぎ去る中、新社会人はいわゆる「5月病」をうまくかわしただろうか。

 仕事内容や職場環境、人間関係など、思い描いた世界との差違は少なからずあったのでは。「こんなはずでは」のつぶやきが出たかもしれない。

 目標を見失い、心が折れそうなときは、先人の姿をたどる方法もある。「僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう」(文藝春秋)では、各界の先導者がかつて味わった挫折や悩みを講演、対談を通して語る。

 山中伸弥、羽生善治、是枝裕和、山極寿一各氏。学生に偉人も自分と変わらぬと気付かせ、挑戦する心を持ってもらおうと、永田和宏京都大名誉教授が企画した。

 失敗を重ね、焦り、自分の道に疑問を抱く姿は、現在の先駆者とのイメージからは遠い。一方で苦境から抜け出す思考、すべは、各人各様で示唆に富む。

 壁にぶつかった際の対処法のヒントはほかにもあるだろう。なにより新社会人には、売り手市場の中で選んだ道を大事にしつつ夢に挑み続けてほしいと願う。


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どんな失敗をしてもいい。学生時代にやった失敗は絶対に無駄にならない。
――第一章・山中伸弥

ある種の小さな挑戦とか、冒険、あるいは身近で未知なるものに出会うという機会を求めていくことは、非常に大切なのではないかと思います。
――第二章・羽生善治

僕はこの仕事を始めたころ、なぜ撮るんだろうという、すごく根本的なことで悩んだことがありました。
――第三章・是枝裕和

自分にしかできないことは何だろうと、思っていたほうがいい。あなたというのは、この世にひとりしかいないんだから。
――第四章・山極壽一

あんな偉い人でも、なんだ自分と同じじゃないかということを感じ取ってほしい
――永田和宏

担当編集者より
ノーベル賞受賞者の山中伸弥さんは、米国での研究生活から帰国後、自分の理想と現実のギャップに押しつぶされそうになったことがあったそうです。そこからいかに「世界の山中」にまで駆け上がったのか。あるいは天才将棋棋士の羽生善治さんは、コンピュータの発達、さらには若手が台頭してくる中、どうやってチャレンジ精神を維持し続けているのか。また、カンヌ国際映画祭など海外での評価も高い是枝裕和監督からは、映像を撮ることが自己表現ならば、なぜカメラを自分に向けないのかと悩んだ苦い青春時代が語られます。そして、京大総長の山極壽一さんは、前人未到の研究分野を切り拓く苦労を、ゴリラとチンパンジーの興味深い生態とともに披露してくれます。世界をリードする4人の講演の後に行われた対談で、さらに刺激的な話を引き出すのが、歌人にして細胞生物学者の永田和宏さん。あんなに偉大な人たちにも、挫折の時代があった。そこから彼らが踏み出した一歩に、今を生きるヒントを得て欲しい。そんな思いからできたこの一冊は、若い人だけでなく、ルーティーンに流されがちな大人の心にも響くはずです。

サヤエンドウ

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四季風 5/26

サヤエンドウの旬である。プランターで育てた苗が実をつけ、ささやかながら、夕げの点景になってくれる。元は畑を持つご近所さんが「自由に育ててください」と添え書きで並べた苗である。

子どもの頃はどこでも目にしたものである。エンドウ豆のつるを竹にからませた懐かしい風景が目に浮かぶ。学校帰りに、ちょいとつまんでみた思い出もある。夏目漱石は『こころ』の中で畑ばかりの中に住宅が見え始めた、その描写にエンドウを使った。

田山花袋は『田舎教師』で、農村風景を「畠には豌豆(えんどう)と蚕豆(そらまめ)、麦笛を鳴らす音が時々聞こえて、燕(つばめ)が街道を斜めに突っ切るように飛びちがった」と描いた。いま、散歩途中に見る光景そのものである。

サヤエンドウ、キヌサヤ、グリーンピースと多彩な名前を持ち、エジプトのピラミッドから紀元前のものが発掘されたことでも知られ、世界最古の豆とも言われる。平安時代の辞書「和名抄」の野豆とあるのはエンドウ豆のこと。当時は食べる習慣はなかったらしい。

若いさやごとのバター炒めは食べ出したらもう止まらない。あえ物でもテンプラでも吸い物でもうまい。五目ずしにも、あの初夏の緑が映える。旬を味わう妙味である。

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それでも所々ところどころ宅地の隅などに、豌豆えんどうの蔓つるを竹にからませたり、金網かなあみで鶏にわとりを囲い飼いにしたりするのが閑静に眺ながめられた。

〔出典〕こころ(新字新仮名)/夏目漱石(著)

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農家の垣には梨の花と八重桜、畠には豌豆えんどうと蚕豆そらまめ、麦笛むぎぶえを鳴らす音が時々聞こえて、燕つばめが街道を斜めに突つっ切きるように飛びちがった。

〔出典〕田舎教師(新字新仮名)/田山花袋(著)

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ジャックの愛した海

有明抄 5/26

 「そこにはブルーしかない。私の体は重い水の塊にのしかかられ、しだいにまわりのブルーに溶けていくようだった」(『イルカと、海へ還る日』講談社)。映画「グラン・ブルー」は、唐津の海を愛したことでも知られるフランス人ダイバー、ジャック・マイヨール(1927-2001年)をモデルに、素潜りを競う若者たちを描く。

舞台になったイタリア・シチリア島の街タオルミナの海は、どこまでも深い青をたたえている。そのタオルミナで、きょうから先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)が始まる。

1年前の伊勢志摩サミットは安全保障分野でG7の存在感を印象づけたが、今回は一枚岩とはいきそうもない。4カ国の首脳が代わり、顔ぶれはすっかり様変わりした。もちろん、今年の主役は米国のトランプ大統領である。

「米国第一」を掲げ、各国に排外主義が広がるきっかけともなった。外交でも「取引」という言葉を好んで使うトランプ氏だ。損得勘定を自らの行動基準に据えているだけに、どんな要求を突きつけられるか、各国首脳も戦々恐々だろう。

唐津を訪れたジャックは高校生に語った。「欲望に満ちている人間と比べ、イルカはすべてを楽しんで生きている」と。イルカのような友好を望みたいが、トランプ氏を迎えるタオルミナの海には高波の予感が漂う。

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海が好きになる"グラン・ブルー"の美しいラストシーン

実在の人物を基に描かれたリュック・ベッソン監督の『グラン・ブルー』。"人に生まれたイルカ"という表現がまさにぴったりで、3時間弱のほとんどが海でのシーン。見ているだけで癒される名作です。



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イルカと、海へ還る日
「講談社」(1993/02) ジャック・マイヨール(著)

故ジャック・マイヨールの海への想いやイルカへの限りない愛情を通して、人々の海への接し方について警鐘を鳴らす一冊。

フリー・ダイビングの元チャンピオンであり、映画「グラン・ブルー」の主人公のモデルとしても有名で、 1960年代から70年代にかけてライバルのエンゾ・マイオルカと閉塞潜水の世界記録更新を激しく争った ジャック・マイヨール。エンゾ・マイオルカが深海の水圧にも耐えられるだけの強靭な肉体をつくり上げて記録を目指した のとは対照的に、ヨガの実践により呼吸と気をコントロールし、水に順応し融合することにより深みを目指したマイヨール。

彼にとって海とは、人間も含めたあらゆる生命の源であり、人間の身体の奥深くに宿っている水棲機能を呼び覚ましてくれる もの。彼がなぜ海の深みへ潜ることを目指したのか、本書を通して理解できるような気がします。

イルカのようになりたかったジャック・マイヨールが我々に残したメッセージ-つまり人間の体に眠っている水棲機能を 呼び覚まし、水に適応した人類をつくることにより水中での活動範囲を広げるといった考えは、一見とっぴに感じるかも しれませんが、地球温暖化による環境破壊が叫ばれる今、彼の主張が我々に貴重な示唆を与えてくれているような気が します。

2001年12月に自らの命を絶った今となっては、本書は彼の貴重な遺作ともいえる一冊です。要所々々に水中科学の 学者でもある訳者による解説が挿入されており、フリーダイビングに馴染みのない人にも理解しやすいよう構成されています。

休職する教職員

大観小観 5/26

精神神経系疾患で休職する教職員が二年連続増。十年間で最多となったのに、県教委はその理由について「分からない」「明確に回答できない」

昨今の勤務状況は「非常に超過している」と市議会で答弁したのは名張市の教育長。その延長戦で自殺者が県全体で年二十―三十人。「もちろん県教委も把握している」と続けたので県教委に聞くと「原因は調べていないし、調べるつもりもない」。対策は何も考えていないということだろう。

にもかかわらず「職場復帰の支援に努めたい」と恐ろしいことを言う。名張市で平成二十四年、休職三カ月と診断された校長は入院を拒んだ。責任感が強かったが、三カ月の校長不在という事態が自分をどんなに追い詰めるか、よく承知していたこともあろう。診断以前に、退職への不安を口にしていたこともあるという。

市教委は「本人のため」の名目で医者と家族との話し合いの場に介入した。当然一層激しく入院を拒む校長を説得する形で「とりあえず一カ月」へ導いた。このやりとりで医者は一カ月がスムーズに職場復帰できる常識的期間と捉え「本人のため」と了解したという。校長は一カ月後に職場復帰して六日後自殺した。

責任感が強く、一日も早い職場復帰を願う教師が、復帰直後再発、自殺した例は珍しくない。休職教職員増の理由も自殺の原因も分からぬ県教委が「職場復帰の支援」をしては、自殺の背中を押すことにもなりかねない。

「休職者の時間外労働が特に多いという訳ではない」とも。うつの教職員を追い詰める言葉だなどとは思いもしないに違いない。


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  名張市教育委員会は10月29日、名張市内の市立小学校の男性校長(58)が自宅で、死亡しているのが見つかったことを公表した。名張署は自殺とみている。
 市教委によると、校長は22日に1か月間の入院治療から職場復帰したばかりで、28日午後に発見された。
 校長は2010年から同校に勤務。子どもをとても可愛がり、市陸上競技協会内の陸上教室で指導者としても活躍していた。職場復帰を前に市役所で上島和久教育長と面会した際には 「一日も早く学校に行きたい」と話していたという。
 市教委は自殺の原因について調べたが、いじめ問題や職員間の目立ったトラブルは確認できなかった。児童には口頭で保護者には文書で事実を公表するという。 d

2012年10月29日(伊賀タウン情報 YOUより抜粋)

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>>いじめ対応の校長自殺か…津市教育委員会は「因果関係不明」

 津市教育委員会は18日、市立明小学校の伊勢野賢二校長(54)が、自宅近くの雑木林で首をつった状態で死亡したと発表した。遺体は16日朝見つかり、自殺とみられる。校長は校内で起きたいじめ問題への対応に追われていたが、市教委は「遺書がなく、因果関係は分からない」としている。
 市教委によると4月中旬、保護者から「遠足の時に、子どもが仲間外れになりそうだ」などと相談が学校側にあり、いじめが発覚。校長は担任らと協議する一方、6月上旬に教委へ報告していた。市教委はカウンセラーなどを学校に派遣、校長は自ら家庭訪問も行った。
 市教委は「校長が対応について、悩んでいたとの報告を受けたことはない」とし、学校側が把握していたいじめはこの1件のみという。
 校長は今月15日午後、普段着のまま自宅を出て行方が分からなくなった。4月にこの学校の校長に就任したばかりだった。
 小学校は17日、校長の死を児童に説明し、保護者にも文書で伝えた。
 市教委の岡野俊担当理事は「(市教委の)支援態勢を検証し、県教委と連携して早急に学校運営を整えたい」と述べ、早急に関係者から聞き取りを行い、市内すべての公立小中学校の校長から意見を聴くとした。

( 2012年7月18日 スポニチより抜粋)

ミスター文科省

中日春秋

高度経済成長を支えた官僚らの姿を活写した城山三郎さんの小説『官僚たちの夏』の主人公・風越(かざごし)信吾は、巧みに天下り先まで見つけて人心を握り、「ミスター通産省」と呼ばれた男だ。

「おれたちは、国家に雇われている。大臣に雇われているわけじゃないんだ」と公言し、官邸の意向に歯向かい左遷されたこともある。

国会運営に行き詰まり解散総選挙に打って出ようとした首相に、紙の供給を担当する課長として「総選挙をやられるとしても、そのため必要な紙の割当は、一切いたしません」と直言した。総選挙には膨大な紙が必要だが、一内閣の延命のために学用品などに回す紙を犠牲にしてはスジが通らぬと信念を貫いたからだ。

文部科学省前次官の前川喜平氏も、今は禁じ手の天下り問題で処分されたくらい部下の面倒見がよく、「ミスター文科省」と評されたという。ただ、小説の主人公とは違い、役人としてのスジを通せなかったと悔いておられる。

安倍首相の友人が理事長を務める学校法人の獣医学部新設をめぐり、「総理のご意向」に沿う形で、「行政が歪(ゆが)められた」と衝撃の告白をしたのだ。

自身の力不足のために「まっとうな行政に戻すことができなかった」とも言っている。ぜひ、国会で真相を語っていただきたいが、自民党は国会への参考人招致を拒んでいるという。それが「まっとうな政治」なのか。






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城山三郎『官僚たちの夏』(新潮文庫)

 本作はあまりに世評が高く、いまや経済小説の古典といっても好いほどの作品なので、いまさらながらとも思いましたが、念のために記しますと、昭和49年6月から12月まで連載された「週刊朝日」が初出誌です。
 その際のタイトルは『通産官僚たちの夏』でしたが、連載翌年の刊行時に上記のように改題されました。

 世評が高いことの例証として、第1巻に川端康成を戴き、最終の第80巻に古井由吉を据えた“新潮現代文学”という、新潮社から全80巻にわたって刊行された文学全集のうち、城山三郎が担った第56巻に収録されているのが『落日燃ゆ』と、この『官僚たちの夏』であるというトピックをひとつ挙げさせていただきます。

 本書が連載されていた当時は、『通産官僚たちの夏』というタイトルが冠せられていた通り、現在の経済産業省がまだ通商産業省(通産省)と呼ばれていた当時、その次官にまで上り詰めた実在の官僚を主人公に頂いたのが、この小説です。

 本書は上記のように、モデル小説ですが、文中に実名が出ることはありません。けれど容易に、実在の人物を特定することができます。たとえば、元首相の池田勇人や佐藤栄作、田中角栄と思しき政治家が出てきますが、すぐにそれと分かるように著者は書いています。
 昭和40年に亡くなる池田勇人がモデルの一人となっているのですから、本書の時代設定は昭和30年代です。

 その当時から10年以上の時を隔てて執筆された本書はまた、今から30年以上も前に書かれた小説となっています。

 その小説をいま手に取ったその理由は、今春学士入学した早大で「行政学」を担当する辻隆夫教授の参考文献リストのなかに《番外》として、本書が掲示されていたからです。

 本書は唐突に始まるので、その時代設定が判別しにくいのですが、読み進むうちに上記のように昭和30年代のそれも前半であることが、次第に分かってきます。
 今日の行政機関と当時の行政機関とでは、かなり大きな違いがあることでしょう。それが証拠に、上述のようにいまや通商産業省という名称もなくなりました。
 同じようにその当時の官僚と現在の官僚とでは、内実にかなり大きな違いがあるのでしょうが、もちろんぼくにその実際のところが分かろうはずが、ありません。

 たとえば所轄大臣に対し、〈無定量・無際限〉に働き続けた秘書官が出てきますが、そういう秘書官が今でもいるのかどうかは、確かめようがないからです。

 ただ、そういう働き方を大臣が秘書官に強要し、それを反撥しながらも結局は受け容れる官僚が、当時ならばいてもそれは、ごく当然のことである、と思わせる熱気が当時の通産省には、間違いなくあったことは、容易に納得できるのです。
 それは善悪の問題ではなく、世界的な競争に参加し、ライバルと拮抗できる力を持った民間企業がまだまだ少なかった当時の日本の産業界では、通産省の役割が今と比べて段違いに重要だったために、ある意味で当然のことだったのです。

 翻って、今日の官僚の実態を著した作品に見るべきものが少ないとぼくが思うのは、ぼくが出版界の実情を知らないためなのか、それとも実際に優れた著作がないためなのか、あるいは小説のモデルを担えるような、個性的で有能な官僚が今日の霞が関からいなくなってしまったためなのか、それを知りたいと強く感じたのは、他ならず本書が描いた官僚の大半が極めて魅力に富んだ逸材揃いだった、という好き証拠となるのです。

 なによりも、当時の中央政府官僚は日本という国家のことを真率に考えていたことは、否定できない事実です。

 それに較べて今日の官僚は国民にどのように思われているのでしょうか。こんなデータがあります。
 人事院による、平成16年度第3回「国家公務員に関するモニター」アンケート調査結果によれば、国家公務員に対して信頼感を持っていると答えたモニターが12.1%しかおらず、なんと85%のモニターが、国家公務員の一部または全般に不信感を抱いているのです。

 ちなみに、国家公務員の信頼感をテーマにしたアンケートを採ったのは、今回が初めてということですが、そんなアンケートをとらなければいけないと人事院が判断するほどに、国家公務員を信頼している人が減ってきているのです。

 実際のところ、ぼくもこのときのモニターとして、回答したのですが、そのときは“職員の一部には信頼感を持っているが、全般的には持っていない”の欄にマルを付けました。
 21世紀初頭の国家公務員が、国民からこれほどまでに信頼感を持たれていないことを当時の公務員が知ったら、さぞや嘆いたことでしょう。

 最後に、著者の年譜を見ていて、城山三郎が大学在学中にキリスト教の洗礼を受けていた事実を、初めて知ったことを付記します。

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あやまちを許すには 疲れすぎた





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春秋 5/25

 1985年に発売された「口唇からショット・ガン」という歌がある。〈あやまちを許すには 疲れすぎた〉と、突っ張り少女役で人気を博した女性アイドルが歌っていた。後に政界に転じた自民党参院議員の三原じゅん子氏である。

「(がん患者は)働かなくていい」。同じ党の衆院議員大西英男氏の口から放たれた言葉は、ショットガンの銃弾のように、がんと闘う人たちの心を撃ち抜いた。

飲食店の客や従業員の受動喫煙をどう防ぐかを論議した同党厚生労働部会。がんを克服した自らの経験を踏まえ、三原氏が「治療しながら働く患者は仕事場を選べない」と話していたところに飛んで来たやじ。「(働く場所が限られるがん患者が)やっと見つけた職場が喫煙可ではたまったものではない」と三原氏は憤る。

がん患者団体も強く反発。大西氏は「患者や元患者の気持ちを傷つけた」と謝罪した。だが、真意は「受動喫煙のないところで働いていただいた方が、その方のためだ」として発言自体は撤回しなかった。

本当に反省しているか。何しろ、大西氏は失言、暴言の“常習犯”だから。「マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなることが一番だ」「みこさんのくせに、なんだ」。そのたびに反省を口にするのだが。

〈あやまちを許すには 疲れすぎた〉と言いたくなる。あなたこそ、国政で「働かなくていい」-というやじが飛び交っていよう。

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ぼくがラーメンたべてるとき

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滴一滴 5/25

同じ時、隣の家で、町で、国で子どもたちは何をしているか。長谷川義史さんの絵本「ぼくがラーメンたべてるとき」は想像を外へ外へと広げていく。

テレビのチャンネルを変える。野球のバットを振る。そんなのんびりした身の回りの様子は世界が広がると、変わる。水くみをしたり、牛をひいたり。働く子が現れ、やがて荒廃した町の中、「おとこのこが たおれていた」と。

今、この時も、卑劣な暴力に倒れる子がいるかもしれない。英国のテロは、子どもも犠牲になった。ナイジェリアでは、少女が拉致され、自爆テロをさせられるケースが急増し、今年に入り約40件に上るという。

戦闘員との結婚を断ると、テロを命じられた―。起爆せずに助かった14歳の少女が証言している。銃を持った戦闘員に押さえられ、体に爆弾を巻かれた。逃げたかったが、銃撃が怖くて、指示された軍の施設へ歩いた。「ドン」。爆音とともに、数十メートル前にいた同行の女性の体がばらばらになった。

テロを行う過激派のボコ・ハラムは3年前、学校から多くの女子生徒を拉致した。今月、82人が解放されたが、110人余は今も行方不明で、自爆テロで命を落とした子もいよう。

好きな物を食べる楽しみも好きなことをする自由も奪われ、テロを強いられる。その恐怖を想像すると、猛烈な怒りがこみ上げる。




「ぼくがラーメンたべてるとき」長谷川義史

 ぼくがラーメンたべてるとき、となりでみけがあくびして、となりのみっちゃんがチャンネルかえて……。
 そうやって、ぼくがちょうどラーメンを食べている同じ時刻、その一瞬に起きた出来事が、どんどんどんどんと語られていく。
 テレビのチャンネルを変えるように、そう、一枚一枚ページをめくるごとに違う場面が現れる。転がり出した小さな雪の玉が次第に大きくなっていくように、その描写は日本を飛び出していく。
 隣の国の男の子は自転車に乗り、そのまた隣の国では女の子が赤ちゃんを背負い……。
 そして最後、山の向こうのその国で、瓦礫の中で男の子がひとり倒れている。
 たった一人。
 周りには誰もいない。

 この国はどこだろう。
 この絵本を最初に読んだとき、地図帳を思わず開いた。
 日本の隣は中国。中国が広すぎるから、中国の隣の国がどこかはよくわからないけど、ミャンマーだろうか、そう考えていくと、最後の男の子はアフガニスタンあたりの子ではないのか?

 風が吹いている。
 昔のテレビのノイズのような背景の中に男の子がひとり倒れている。

 そして場面はラストで一気に日本へと戻る。
 僕はまだラーメンを食べていて、風が、ぼくの部屋のカーテンを揺らした。
 そう、その時風は吹いていた。

 ソファに乗った猫が、開け放された窓の向こうを眺めている。
 窓の向こうには、あの何もない瓦礫と砂嵐が見えはしないか?

 読み終わり、最後に本を閉じたとき、裏表紙に描かれたイラストに救いを感じた――――。

 小学校高学年くらいの子に、手に取って、読んで、考えて欲しい絵本だと思う。

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 さて、この絵本を書いていらっしゃる長谷川義史さんは「ダジャレ日本一周」や「いいから いいから」などといった、クスリと笑ってしまうようなとても面白い絵本もたくさん書いていらっしゃる。
 どんなときにも「いいから いいから」と、のんびり受け入れてしまうおじいちゃんに癒されたという人も多いはず。
 一方で。本書のように難しい言葉を全く使わずに、深く考えさせられるお話も書いている。

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誤審

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正平調 5/25

スポーツには間々、無情の判定がある。誤審もある。文句の一つも言いたくなるだろうが、そこをぐっと抑えた敗者の一言は、勝ち負けの結果より記憶に残るものだ。今日はそんな話を。

48年前。大鵬の連勝が45で止まった。相手の足が先に出た「世紀の誤審」といわれたが、横綱は言った。「あんな相撲を取った俺が悪い。圧倒して勝つのが横綱だ」。

35年前。ラグビー大学選手権で同志社が敗れた。選手を退場させた疑問の笛について、率いた岡仁詩(ひとし)さんは「満員の観衆の中で勇気あるジャッジを下されたレフェリーに敬意を表します」。後藤正治さんの本から。

昨年。社会人と学生代表とのアメリカンフットボールの大一番で誤審があった。敗者立命の米倉輝(あきら)監督は「ゲームは終わっている。運営や審判の方々に支えられて試合ができたことに感謝の気持ちしかない」。

5日前。世界ボクシング協会(WBA)のミドル級王座決定戦で村田諒太(りょうた)選手が敗れた。WBA会長が「村田の勝ち」と思うほど不可解な判定だったが、当の村田選手は翌日、自身のフェイスブックに書き込む。「大切なことは、2人がベストを尽くしたこと」。これは僚紙デイリースポーツから。

好漢の弁は涼風に似る。胸の中を清めるように吹き抜けていく。

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六分の侠気(きょうき)四分の熱

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中日春秋 5/25

政界用語で「大臣病」といえば、良い意味ではあまり使われない。そのポストを手にしたいという欲望と計算。関心は大臣になって何をしたいか、どんな仕事をしたいかではなく、大臣になること。悲しい「患者」は大勢いる。

珍しい症例もある。その政治家の症状は例の病に似ているが、とにかく仕事がしたいのである。仕事がないことが許せぬ。だから自分を使ってほしいと願う。胸を張るべき「大臣病」の政治家が亡くなった。与謝野馨さん。七十八歳。博識と自信の政治家であった。

経験した閣僚は兼務も含め十以上。聞いたことのない数である。国会で官僚との二人羽織よろしく、耳元で答弁を教わる大臣は珍しくないが、その必要の一切ない本物の大臣だった。

「自分はアウト・オブ・ポリティクス(政治の外側)」。長い間口癖になっていた。政争や権力闘争だけの政治屋にはならぬ。政策と仕事の政治家になる。そうご自分に、言い聞かせていたか。

その分、自民党の野党転落や落選で仕事ができなくなると、ひどく気落ちしていた。自民党を離れ、民主党政権でも閣僚になったのはただ仕事がしたいの熱のせいかもしれぬ。

<六分の侠気(きょうき)四分の熱>。祖父与謝野鉄幹の「人を恋ふる歌」。国会運営に長(た)け、野党の切なさも理解した。今の自民党に最も欠ける部分である。侠気と熱の政治家が人生という議場を去る。

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与謝野晶子 「みだれ髪」 青空文庫

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人を戀ふる歌                 
     (三十年八月京城に於て作る)


妻(つま)をめどらば才たけて
顔うるはしくなさけある
友をえらばば書を讀んで
六分の俠氣四分の熱

戀のいのちをたづぬれば
名を惜むかなをとこゆゑ
友のなさけをたづぬれば
義のあるところ火をも踏む

くめやうま酒うたひめに
をとめの知らぬ意氣地あり
簿記(ぼき)の筆とるわかものに
まことのをのこ君を見る

あゝわれコレッヂの奇才なく
バイロン、ハイネの熱なきも
石をいだきて野にうたふ
芭蕉のさびをよろこばず

人やわらはん業平(なりひら)が
小野の山ざと雪を分け
夢かと泣きて齒がみせし
むかしを慕ふむらごころ

見よ西北(にしきた)にバルガンの
それにも似たる國のさま
あやふからずや雲裂けて
天火(てんくわ)ひとたび降(ふ)らん時

妻子(つまこ)をわすれ家をすて
義のため耻をしのぶとや
遠くのがれて腕(うで)を摩す
ガリバルヂイや今いかん

玉をかざれる大官(たいくわん)は
みな北道(ほくどう)の訛音(なまり)あり
慷慨(かうがい)よく飲む三南(さんなん)の
健兒(けんじ)は散じて影もなし

四たび玄海の浪をこえ
韓(から)のみやこに來てみれば
秋の日かなし王城や
むかしにかはる雲の色

あゝわれ如何にふところの
劍(つるぎ)は鳴(なり)をしのぶとも
むせぶ涙を手にうけて
かなしき歌の無からんや

わが歌ごゑの高ければ
酒に狂ふと人は云へ
われに過ぎたる希望(のぞみ)をば
君ならではた誰か知る

「あやまらずやは眞ごころを
君が詩いたくあらはなる
むねんなるかな燃(も)ゆる血の
價すくなきすゑの世や

おのづからなる天地(あめつち)を
戀ふるなさけは洩すとも
人を罵り世をいかる
はげしき歌を秘めよかし

口をひらけば嫉みあり
筆をにぎれば譏りあり
友を諌めに泣かせても
猶ゆくべきや絞首臺(かうしゆだい)

おなじ憂ひの世にすめば
千里のそらも一つ家
おのが袂と云ふなかれ
やがて二人(ふたり)のなみだぞや」

はるばる寄せしますらをの
うれしき文(ふみ)を袖にして
けふ北漢の山のうへ
駒たてて見る日の出づる方(かた)


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新禁演落語

中日春秋 5/24

東条英機内閣が発足した一九四一年の十月、落語家たちは月末の興行の売り上げを、軍部に献納することにした

名付けて「高射砲献納興行」。当初は飛行機を献納しようとしたが、落語に欠かせぬ「落ち」は、飛行機には禁物。「落とす」のが稼業の落語家なら高射砲を…と決めたらしい。

その月の終わり、落語家らは「はなし塚」の除幕式も営んだ。戦時下に好ましからぬと思われる廓話(くるわばなし)などを「禁演落語」として葬り、塚に弔ったのだ。当局の明白な命令が出たわけではなく、意向を忖度(そんたく)しての自粛である。

今、お上におもねる空気が満ち満ちて、「新禁演落語」を選ぶということになったなら、「万金丹(まんきんたん)」あたりが候補となろうか。江戸で食い詰め、山寺に流れ着いた男二人がたわむれに「和尚を絞め殺そうか」という話をする。

それを和尚に聞きとがめられた二人は「いや、ただそうしようかって話をしただけでね。あらかたまぁ、絞める方に話がまとまりました」とあっけらかんと言い放って笑わせるのだが、共謀罪の三文字がちらつけば、その笑いに変な苦味が加わるかもしれぬ。

落語家の立川談四楼(たてかわだんしろう)さんはツイッターで禁演落語の苦い歴史に触れつつ、こう書いている。<私は共謀罪に反対している。ただ単に落語を自由に演(や)りたい一点に尽きる。一度やったことはきっとまたやる。我らの学習能力は高くないのだ>


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万金丹(まんきんたん) 落語
音の響きが心地よい、上方生まれの噺です。

江戸を食い詰めた梅吉と初五郎の二人連れ。

道中で路銀が底をつき、水ばかり飲んで腹は大シケという、
餓死寸前の大ピンチ。

とある古寺に、地獄にホトケとばかり転がり込む。

いざとなればタコの代わりくらいにはなるから、
坊主でも食っちまおう、というひどい料簡。

やっと食い物にありついたと思ったら、
先代住職の祥月命日とやらで、
精進物(しょうじんもの)の赤土と藁(わら)入り雑炊を食わされる。

これで左官をのみゃあ、腹ん中に壁ができらァという大騒ぎの末、
同情した和尚の勧めで、先の当てもないこともあり、
しぶしぶ出家して、この寺に居候同然の身とはなった。

梅坊、初坊と名を変えた二人、
ひっきりなしにこき使われ、
飲酒も女郎買いも厳禁というひどい境遇に、はや不満たらたら。

その折も折、
和尚が京都の本山に出張で、一月は帰れないという。

留守番を頼まれた梅と初、さあこの時とばかり、
「それ酒だ」
「網がねえから麻衣で鯉をとってこい」
「金がなきゃァ阿弥陀さまから何から一切合切 売っ払っちまえ」
というわけで、飲めや歌えのドンチャン騒ぎをし始める。

そこへやって来たのが檀家(だんか)の衆。

近在の大金持ち、
万屋(よろずや)の金兵衛が死んだので
「葬式をお願え申してェ」
と言う。

「どうしよう、兄貴、経も読めねえのに」
「なに、かまうこたァねえ。
経なんざイロハニホヘトでゴマけて、
どさくさに香典かっつァらってずらかっちめェ」

りっぱな坊主があったもので、
香典目当てに金兵衛宅に乗り込んだ二人、
さっそく怪しげな読経でケムにまく。

「いーろはーにほへと、富士の白雪ャノーエ、おてもやーん、チーン」

なんとかかんとか終わったはいいが、
どうぞ戒名をいただきたい
と言われて、さあ困った。

「何か字のあるものは…」
と探すと、和尚の部屋を掃除していて
たまたま見つけた薬の効能書き。

「あー、戒名、官許伊勢朝熊霊法万金丹」
「坊さま、こんな戒名聞いたことがねえ」
「なに、上等だ。ホトケのニンにあってらあな。
棺の前で経を読むからカンキョ、
生きてるときは威勢がいいが死んだら浅ましくなるから、
イセイアサマ、死んだら幽霊になるから霊宝、
おまけにホトケが万屋金兵衛だから万金だァ。
何? 屋根から転がり落ちて死んだ? 
それならゴロゴロゴロゴロ落っこったんの丹だ。
…リッパなカイミョウじゃねえか」
「それじゃあ、わきに白湯にて用うべしとあるのは何だね」
「このホトケはお茶湯をあげるにゃ及ばねえ」

【うんちく】


ルーツは「醒睡笑」

直接の原話は延宝3(1675)年刊の笑話本「軽口曲手毬」
中の「文盲坊主戒名付る事」ですが、さらに遠い原型は
安楽庵策伝著「醒睡笑(寛永5=1628年稿)」巻一の小咄
『無智の僧』その六です。

これは、バクチに負けて取り立て逃れのため、
にわか坊主になった男が、葬式で読経させられるハメに。
困って、若いころ薬屋に奉公したとき覚えた
漢方薬の名をでたらめに並べ立てますが、
たまたま列席していた薬屋の主人が勘違いし、
「あらありがたや。われわれが売買する薬の名は、
すべて法華経の経文にあったのか」
と感激、ニセ坊主を伏し拝むというお笑いです。

上方で旅の噺として落語化され、「鳥屋坊主」
または「鳥屋引導」として親しまれたものが、
幕末か明治初期に東京に移植されたと思われます。

元は「七度狐」の一部

上方の演出は、長編シリーズ「東の旅」で、
清八と喜六の極楽コンビが寺(または尼寺)で狐に化かされる
「七度狐」の前半、住職に赤土と藁のベチョタレ雑炊を
食わされるシーンの後に、入れ込み噺(別ヴァージョン)として
挿入されるのが普通です。

東京のとさほどやり方は変わらず、「お茶湯」の
オチも同じですが、「霊法」のこじつけで、
「幽霊になって出んよう、法で押さえてある」
とするところが異なります。

なお、上方の演題「鳥屋坊主」は元々は「頭屋(とうや)坊主」
で、頭屋とは西日本の田舎で、葬儀を取り仕切る村の長老のこと。
旅の噺になり、旅回りの芸人が楽屋で寝泊りするのを
「鳥屋につく」といったのを誤用したのでは、というのが
故・宇井無愁の説です。

金さんは「要解剖?」

古くは「戒名万金丹」と題した明治23年1月の
二代目柳家(禽語楼)小さんの速記があり、さらに
孫弟子にあたる三代目蝶花楼馬楽(狂馬楽)が、
明治43年4月の「文藝倶楽部」に速記を載せていて、
それ以来ずっと小さん系の噺です。

二代目小さんでは、坊主に化けるのは一人で、
江戸を出てすぐの出来事としてあります。

また、「丹」のこじつけでは、二代目や馬楽、
四代目小さんあたりまでは単に「落っこったんのタンだ」
としていましたが、五代目小さんや現・談志は

「痰がからんだんで」
「だめだい、屋根から落っこちて死んだ」
「だから、落っこちたんさ」

と、細かくなっています。

また、「白湯にて用ゆべし」を、「おぼれ死んだから
水には懲りてる」としたり、効能書きに
「食物いっさい差し支えなし」と加え、だから
「精進には及ばない」とこじつけるサゲもあります。

万金丹って?

目まい、癪(しゃく)、下痢、痛みなどの
万病に効くとされる常備薬です。

元々、「丹」は中国で不老不死の霊薬を指し、
丹薬の形状は練り薬ですが、「万金丹」は
「仁丹」と共に例外的に丸薬で、
わらべ唄などにも唄われ、悪童どもの
「鼻くそ丸めて万金丹」という囃し言葉にもなりました。

お茶湯って?

先祖の仏前に供えるお茶です。
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ゆでたまご

談話室 5/23

脚本家の向田邦子さんに昭和14年頃、小学4年当時の思い出を綴(つづ)ったエッセー「ゆでたまご」がある。足が不自由で勉強が苦手、暮らし向きが楽でなさそうな同級の女子「I」にまつわる逸話。脳裏に刻まれた光景だ。

遠足の朝。校庭に集まると級長の向田さんにIの母親が近づいてきて「これみんなで」。風呂敷包みを手渡した。ポカポカ温かい大量のゆで卵。歩きだした列を母親は1人離れていつまでも見送っていたという。仲良くしてね。お願いの印だったか。いじめなどないように。

痛ましい命が失われた。仙台の中2男子が命を絶った問題。背景に学校でのいじめが言われていたが、加えて頭をたたく、口に粘着テープを貼るなど先生による体罰も明らかになった。最近いじめ自殺が毎年のように起きている。守られるべき命が危機に晒(さら)されていまいか。

前述のエッセーには運動会も出てくる。徒競走で1人遅れたI。走るのをやめかけた時、女の先生が飛び出し一緒に走り始めた。向田さんは、愛という字を見ていると温かいゆで卵と見送る母親と徒競走の光景が浮かぶという。時代は変わっても学校から愛は失いたくない。

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            ゆでたまご

小学校4年の時、クラスに片足の悪い子がいました。名前をIといいました。Iは足だけでなく片目も

不自由でした。背もとびぬけて低く、勉強もビリでした。ゆとりのない暮らし向きとみえて、襟があかで

ピカピカ光った、お下がりらしい背丈の合わないセーラー服を着ていました。性格もひねくれていて、

かわいそうだとは思いながら、担任の先生も私たちも、ついIを疎んじていたところがありました。

たしか秋の遠足だったと思います。

 リュックサックと水筒を背負い、朝早く校庭に集まったのですが、級長をしていた私のそばに、

Iの母親がきました。子供のように背が低く手ぬぐいで髪をくるんでいました。かっぽう着の下から

大きな風呂敷包み出すと、

「これみんなで」

と小声で繰り返しながら、私に押しつけるのです。

古新聞に包んだ中身は、大量のゆでたまごでした。ポカポカとあたたかい持ち重りのする

風呂敷包みを持って遠足にゆくきまりの悪さを考えて、私は一瞬ひるみましたが、頭を下げている

Iの母親の姿にいやとは言えませんでした。

 歩き出した列の先頭に、大きく肩を波打たせて必死についてゆくIの姿がありました。

Iの母親は、校門のところで見送る父兄たちから、一人離れて見送っていました。

 私は愛という字を見ていると、なぜかこの時のねずみ色の汚れた風呂敷とポカポカとあたたかい

ゆでたまごのぬく味、いつまでも見送っていた母親の姿を思い出してしまうのです。

 Iにはもうひとつ思いでがあります。運動会の時でした。

Iは徒競走に出てもいつもとびきりのビリでした。その時も、もうほかの子供たちがゴールに

入っているのに、一人だけ残って走っていました。走るというより、片足をひきづってよろけていると

いったほうが適切かもしれません。Iが走るのをやめようとした時、女の先生が飛び出しました。

 名前は忘れてしまいましたが、かなりの年輩の先生でした。叱言の多い気むずかしい先生で、

担任でもないのに掃除の仕方が悪いと文句を言ったりするので、学校で一番人気のない先生

でした。その先生が、Iと一緒に走りだしたのです。

 先生はゆっくりと走って一緒にゴールに入り、Iを抱きかかえるようにして校長先生のいる天幕に

進みました。ゴールに入った生徒は、ここで校長先生から鉛筆を1本もらうのです。校長先生は

立ち上がると、体をかがめてIに鉛筆を手渡しました。

 愛という字の連想には、この光景も浮かんできます。

 今から四十年もまえのことです。

 テレビも週刊誌もなく、子供は「愛」という抽象的な単語には無縁の時代でした。

 私にとって愛は、ぬくもりです。小さな勇気であり、やむにやまれぬ自然の衝動です。

「神は細部にやどりたもう」ということばがあると聞きましたが、私にとっての愛のイメージは、

このとおり、「小さな部分」なのです。      (「男どき女どき」所収)

                              

東大話法

北斗星 5/23

 「自分の立場の都合のよいように相手の話を解釈する」「都合の悪いことは無視し、都合のよいことだけ返事をする」「どんなにいい加減でつじつまの合わないことでも自信満々で話す」

以前も紹介した「東大話法」の一端である。経済学者で東大教授の安冨歩(やすとみあゆむ)さんは、原発事故に直面してなお安全神話を説く専門家(多くは東大卒)の「ごまかし」の理屈と言葉遣いを、東大話法と名付けた。

組織犯罪処罰法案(共謀罪法案)を審議する先週末の衆院法務委員会で民進党の山尾志桜里(しおり)氏が、17日付の小欄を引用して金田勝年法相に感想を求めたが、その答弁が見事なまでに東大話法だった。

小欄は、金田氏の高校時代の恩師の言葉で氏が座右の銘とする「汝(なんじ)、何のためにそこにありや」を引き合いにして、共謀罪を巡る国民の不安解消に法案の提出責任者として役割を果たしていないと指摘したつもりだ。

ところが答弁は「私の地元の新聞のコラムを読んでいただき光栄である」「私の地元の新聞を読めば地元の課題も伝わってくると思う」「私の地元のためにお力を貸していただければありがたい」「汝、何のために…は私の最も好きな言葉の一つであります」

最新の世論調査では共謀罪法案の政府説明が不十分とする回答は77%に達する。国会論戦はまだ続くが、法相が東大話法に終始するようでは法案への信認は得られない。加えて敵役キャラが全国的に固定されることになりはしないか地元としては心配だ。

…………………………

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安富 歩という東大の先生が書いた「原発危機と東大話法~傍観者の論理・欺瞞の言語~」という本が「東大話法」という言葉を一部で流行させている。

確かに、311福島原発事故以降、専門家と言われる人たちが、多くの嘘を平気で放言していたことは、安富氏が指摘するように、私たちの記憶にも新しいところである。この本は、その背後にある根深い日本社会に根付いた精神構造を分析したものである。はっきり言っておもしろい。特に香山リカ氏の小出裕章助教批判や、池田信夫氏の原発に関するブログ記事が、いかに「東大話法」的かをこと細かに論証している部分は、「なるほど」と納得のいく内容となっている。

 是非、これから、テレビを中心とする大手マスコミで流される、この手の話法に騙されないためにも読んでおきたい本である。



それでは、著者の言う「東大話法」とは、どう言うものなのか。それは以下の規則である。

(1)『自分の信念』ではなく、『自分の立場』に合わせた思考を採用する。

(2)自の立場の都合のよいように、(自分勝手に)相手の話を解釈する。

(3)(自説にとって)都合の悪いことは無視し、(自分にとって)都合の良いことだけを返事する。

(4)都合の良いことがない場合には、関係ない話をしてお茶を濁す。

(5)どんなにいいかげんでつじつまが合わないことでも(タレント政治家橋下徹のように)自信満々で話す。

(6)自分の問題を隠すために、同種の問題を持つ人を、力いっぱい批判する。

(7)その場で自分が立派な人だと思われることを言う。

(8)自分を傍観者と見なし、発言者を分類してレッテル貼りし、実体化して属性を勝手に設定し、解説する。

(9)『誤解を恐れずに言えば』と言って、うそをつく。

(10)スケープゴートを侮辱することで、読者・聞き手を恫喝し、迎合的な態度を取らせる。

(11)相手の知識が自分より低いと見たら、なりふり構わず、自信満々で難しそうな概念を持ち出す。

(12)自分の議論を『公平』だと無根拠に断言する。

(13)自分の立場に沿って、都合の良い話を集める。

(14)羊頭狗肉。

(15)わけのわからない見せかけの自己批判によって、誠実さを演出する。

(16)わけのわからない理屈を使って相手をケムに巻き、自分の主張を正当化する。

(17)ああでもない、こうでもない、と自分がいろいろ知っていることを並べて、賢いところを見せる。

(18)ああでもない、こうでもない、と引っ張っておいて、自分の言いたいところに突然落とす。

(19)全体のバランスを常に考えて発言せよ。

(20)『もし○○○であるとしたら、おわびします』と言って、謝罪したフリで切り抜ける。 

この中で、重要なポイントは、(1)、(2)、(8)、(13)、(20)の規則である。特に「東大話法」というものを理解するのに重要な概念が「立場」という考え方である。

著者はそのことを解説するために「「役」と「立場」の日本社会」という章を書いている。

 それでは、「東大話法」の実例を紹介しよう。

『思考奪う 偽りの言葉 高慢 無責任な傍観者』

安冨歩(東京新聞 2月25日より)



着想は福島原発事故後、NHKに出ずっぱりだった関村直人(原子力工学)の話しぶり。

関村教授は不安でテレビにかじりつく視聴者に向かって、ずっと楽観的な『安全』を強調し続けた専門家。1号機爆発の一報にも『爆破弁を作動させた可能性がある。』と言い切り酷い学者不信を招いた。

『過酷事故が目の前で起こっていても、官僚や学者は原発を安全と印象づける「欺瞞言語」を手放さなかった。東大で見聞きする独特の話しぶりにそっくりだと思った。』

『東大話法』は東大OBが最も巧みに操るが、出身大学とは関係ない。

爆発事故を『爆発的事象』と繰り返した東北大出身の枝野幸男官房長官も、典型的な東大話法。

『正しくない言葉で、まず騙しているのは自分自身。目の前で爆発が起こっている現実を直視できなくなり、正気を疑うようなことも平気でできるようになる。』

経済学博士の安冨歩教授はバブルに突き進んだ銀行の暴走と、戦争に向かってひた走った昭和初期の日本社会の相似に気づき、既存の学問分野を超えて『なぜ人間社会は、暴走するのか』を探求してきた。

安冨歩教授は、『最も恐ろしいことは、危機的な事態が起こった際、正しくない言葉を使うこと。それは一人一人から判断力を奪う』と強調する。

『危険なものを危険といわず』戦前、戦時中に『日本は神の国だ』などと言い続けたことが、客観的な現状認識を妨げ、いたずらに犠牲者を重ねた。

そんな『言葉の空転』が原子力ムラでも蔓延。『危険』なものを『危険』と言わない東大話法が偽りの安全神話を支え、事故を招いた。



『上から目線の話しぶりに潜む東大話法のウソ』

規則1:自分の信念ではなく、自分の立場に合わせた思考を採用する

『原子力関係者がよく使う言い回しに、「わが国は・・・しなければなりません」がある。

「私」ではなく、往々にして国や役所などを主語にするのが「立場」の人です。』

日本人のほとんどは、立場に合わせて考え、『立場上そういうしかなかった』といった言い訳もまかり通りがちだ。

『責任から逃げている「立場」がいくつも寄り添い、生態系のように蠢いているのが日本社会。しかし、「立場の生態系」がどこにいくのかは、誰一人知らない。』



高慢 無責任な傍観者

周囲もあぜん 『記憶飛んだ』

規則8:自分を傍観者と見なし、発言者を分類してレッテル張りし、実体化して属性を勝手に設定し、解説する。

原子力ムラでは自分を『傍観者』とみなしたがる。

『客観的であることと傍観することをはき違え、なんら恥じるところがない』傍観者ぶりが際立っているのが、原子力安全委員会の斑目春樹委員長。

国会の原発事故調で『一週間寝ていないので記憶が飛んでいる。(官邸に)どんな助言をしたか覚えていない』と、当事者とは思えない言い訳をして、周囲を唖然とさせた。

『原発に反対し続けた京大原子炉実験所の小出裕章さんが、講演のたび「原子力に、かかわってきた者として謝罪したい」と繰り返しているのと比べると驚くばかりの傍観者ぶりだ。』

規則3:都合の悪いことは無視し、都合のよいことだけを返事する。

規則5:どんなにいい加減でつじつまの合わないことでも、自信満々で話す。

九州電力の『ヤラセ討論会』の大橋弘忠東大教授(システム量子工学)も典型的な東大話法。

小出助教授の『人は間違うし、想定外の事態も起こり得るので、安全余裕をなるべく多くとるのが、原子力のようなものを扱うときの鉄則だ』に対して、大橋教授は『安全余裕を完全に間違えて理解している方の考え方』と冷笑。

水蒸気爆発の心配をする市民団体にも、『私は水蒸気爆発の専門家』と胸を張り、見下す。



『プルトニウム拡散の遠因』

『原子炉を四十年間、研究をしてきたのは小出さんの方。ところが、大橋教授が討論会を仕切ってしまった。その結果、九州電力の玄海原発には危険なプルトニウム混合燃料が投入された』。

福島第一原発でもプルサーマルが始まり爆発事故でプルトニウムが飛び散った遠因に、大橋教授の『プルトニウムを飲んでもすぐに排出される』東大話法が貢献した。

『東大話法』にだまされないために安冨教授は、『自らの内にある東大話法に向き合い、考えることから逃げない姿勢が大切。東大話法を見つけたら、笑ってやること』と提案する。

笑われて、恥ずかしいことだと気づくことで東大話法から抜け出せる。どこに向かうかわからない『立場の生態系』については、パイプに詰まったごみのような存在が迷走を止める役割を担うこともある。

『官僚にも学者にも、あるいはメディアにも、自分の言葉を持つ人たちがわずかにいる。そんな一人一人の存在でかろうじて社会がもっている。もし、人間社会が卑怯者の集団になったら、社会秩序は維持できない。』



『東電の〝派遣教員〟東大教授〝逆ギレ〟反論の東大話法』サンデー毎日」4/1号



『プルトニウムは飲んでも大丈夫』のセリフで有名な東大大学院の大橋弘忠教授(59)。九州電力玄海原発へのプルサーマル導入の安全性を問う(第三者委員会が九電の『やらせ』と断定した)公開討論会。大橋氏は、余裕の笑みとも受け取れる表情を浮かべ、持論を展開。

『事故の時にどうなるかは、想定したシナリオにすべて依存する。(原子炉の)格納容器が壊れる確率を計算するのは、大隕石が落ちてきた時にどうするかという起こりもしない確率を調べるのと一緒。専門家になればなるほど、格納容器が壊れるなんて思えない』

『プルトニウムは実際には何にも怖いことはない。水に溶けないので飲んでも体内で吸収されず、体外に排出されるだけだ』

ところが福島第1原発事故では『想定したシナリオに依存どころか、制御不能に陥る。

プルトニウム混合のプルサーマルに否定的な京大原子炉実験所の小出裕章助教(62)らに対して、〝上から目線〟で安全性を強調する大橋教授。

『都合の悪いことは無視し、都合のよいことだけ返事をする』

『どんなにいい加減でつじつまの合わないことでも自信満々で話す』

『誤解を恐れずに言えば、と言って嘘をつく』

安富歩教授は『国内初となる玄海原発へのプルサーマル導入に、大橋氏の〝原発推進トーク〟がひと役買ったと言われても仕方がない。その延長線上で10年9月には福島第1原発の3号機にMOX燃料が投入され、半年後にその3号機が水素爆発で大量の放射性物質をばらまいた』

大橋教授は、東大原子力工学科から東電。現在は同大学院工学系研究科システム創成学の教授で『東電の派遣教員』(東大関係者)。

大橋教授は、原発推進の立場から国策の一翼を担って、保安院原子炉安全小委員会委員長や総合資源エネルギー調査会委員など政府の委員を歴任。昨年10月には北陸電力の志賀原発運営に助言する『原子力安全信頼会議』委員。



プルトニウム発言や、『大隕石が落ちる確率と同じ』はずの格納容器の損傷が確実となった今、大橋教授が自らの発言に対する説明責任は完全無視。

事故の反省も、避難住民や国民への謝罪は無いが、『説明責任』『プルトニウムは飲めるか』『話し方について』『やらせ事件』などの6項目を、自身のホームページで『身内』にはこっそりと反論、『プルトニウムは飲んでも安全』に関しては>『プルトニウムは水に溶けにくいので、仮に人体に入っても外へ出ていく、と述べたのが、それならプルトニウムは飲めるのか、飲んでみろ、となっているらしい。文脈を考えればわかるのに、いまどき小学生でもこんな議論はしないだろう』と開き直る。

安冨教授は呆れながら、『これは「スケープゴートを侮蔑することで、読者・聞き手を恫喝し、迎合的な態度を取らせる」という東大話法の典型例です。しかも、水に溶けないから安全というのは、それこそ文脈を考えてみれば、むちゃくちゃな議論であることは

明らかです。プルトニウムを吸い込めば肺の中にとどまり、放射線を出し続けるおそれがあるからです』



『この人は学者ゴロにすぎない』

九電の『やらせ問題について』では、第三者委員会委員長を務めた郷原信郎弁護士(57)に対する〝暴言〟も。>『私は佐賀県から依頼されてた・・・この種の討論会は、推進派も反対派も動員をしてそれぞれの立場から質疑を行うのは当然・・・国会答弁でも何でも同じ。

目立ちたがり屋の弁護士さんが「やらせやらせ」と言い出し、それに社会全体が翻弄された』傲岸不遜を地でいくような発言に、郷原氏も『大橋氏は小出氏らの発言に噛み付き、ケチをつけているだけ。学者ではなく「学者ゴロ」「原発ゴロ」にすぎない』。

『論外です。発言がデタラメすぎる。我々は徹底した調査で巧妙なやらせのカラクリを解明したわけで、大橋氏がまともに反論できることがあれば、堂々と私に反論したらどうか。自分の身分、立場を隠して世論を誘導する質問を仕込んだ推進派と他の聴衆は一緒にできない』

公開討論で大橋教授と対峙した小出助教は、『(反論を読んで)ただただ、あきれました。こんな人が東大教授なのですね。もともと東電の人だから、こんなことをやってきたのでしょう。「技術的」「客観的」など何の根拠も示さないまま、自分勝手な論理を主張するだけで、「いまどき小学生でもこんな議論はしないだろう」と彼に言葉を返したい。

福島原発の事故が起きてしまっている現実をまず見るべきだし、自分がどういう役割を果たしてきたのか、胸に手を当てて考えるべきでしょう。』

大橋教授は『多忙につき取材(面談、書面とも)はお受けできない』と拒否、向き合うべきは、学内の身内ではなく国民ではないのか。



『東大から起きた「原子力ムラ」内部批判』

東大原子力工学の学者の欺瞞が凝縮。事故を矮小化し、反省もせず、国民を欺く姿悪質。

福島第一原発爆発後、核燃料サイクル、放射性廃棄物が専門で、産官学『原子力ムラ』の中心の日本原子力学会会長の田中知東大教授は、『今一度、我々は学会設立の原点である行動指針、倫理規定に立ち返り、己を省みることが必要であります。すなわち、学会員ひとりひとりが、事実を尊重しつつ、公平・公正な態度で自らの判断を下すという高い倫理観を持ち、(中略)社会に対して信頼できる情報を発信する等の活動を真摯に行うことができるよう会長として最大限の努力を致す所存であります』と原発事故後、高邁かつ誠実な精神を謳い上げた。

しかし田中東大放射線管理部長の『環境放射線対策プロジェクト』が、多数の東大教員から、『まったく信用できない』批判される。

田中教授は原発事故後東大キャンパスの放射線量を調査し同時期の本郷キャンパスと比べ格段に高かったが、柏キャンパスの線量が高い理由は>『測定値近傍にある天然石や地質などの影響で、平時でも放射線量率が若干高めになっているところがあります><結論としては少々高めの線量率であることは事実ですが、人体に影響を与えるレベルではなく、健康になんら問題はないと考えています。』

ところが柏市の高線量『ホットスポット』は文部科学省調査などから明らか。低線量被曝の仮説は、放射線による発がんリスクには放射線量の閾値はなく、放射線量に比例してリスクが増える。

不正確な『東大話法』に対して、東大人文社会の島薗進教授など東大教員有志(理系より文系が多い)45人で改善要請文を大学側に大学側に提出。

『東大は「放射能の健康被害はない」との立場を明確に示したことになりますが、「健康に影響はない」と断定するのはおかしい。多様な意見を考慮せず、狭い立場で一方的な情報を出しているとしか思えない。より慎重なリスク評価を排除するのは適切ではありません』

『低線量でもそれに比例したリスクは存在するとした標準的な国際放射線防護委員会(ICRP)モデルに基づいた記述とし、「健康に影響はない」という断定は避ける』など、『東大の原子力ムラ』に対して東大内部から批判が公然化し『健康に影響はない』を削除。

濱田純一総長から『さまざまな角度からの幅広い議論が必要な問題と思いますので、引き続き忌憚のないご意見をいただきたい』『担当者に速やかな検討の指示』の返信。

しかし総長の思いとは裏腹に、田中教授を責任者とするプロジェクト側には、『非を認めて謝るのではなく、単に表現が悪かったので修正した』との姿勢が窺える。東京電力寄付講座は一部が消滅。トップを動かしたとはいえ『巧妙に非を認めようとしない言い逃れだ。こうした思考法は「東大話法」という独特のものです』と安冨教授。

放射線の人体への影響について放射線防護の専門家の多くが安全論に傾いたのは、全国の大学で電力会社や原子力産業の資金で研究が進められたことが背景にある。



『傍観者を決め込む御用学者』

東電との『産学連携』の東大の原子力ムラに関して安冨教授は、『たとえ東電からカネをもらって研究するにしても、東電ではなく公共に尽くす。そうした研究の独立性をいかに維持するかが重要なのだ。東電のカネで行っていた過去の東大の研究が、学問としての独立性を保っていたかどうかをきちんと検証する必要があります。独立性がなかったと認められたならば、被災者に還元する。検証をせずズルズル状態のままでは東大の権威と信頼は守れません』

安全神話の神髄こそが『東大話法』だ。



『原発事故をめぐっては数多くの東大卒業生や関係者が登場し、その大半が同じパターンの欺瞞的な言葉遣いをしていることに気付いたのです。東大関係者は独特の話法を用いて人々を自分の都合のよいように巧みに操作しています。言うならば、原発という恐るべきシステムは、この話法によって出現し、この話法によって暴走し、この話法によって爆発したのです』。



東大話法の根幹は『自らを傍観者と見なしたがること』。

学者は常に客観的でなければならないとの信条を盾にして、『だから自分はいつも傍観者でいることが正しい』と、自分に好都合な結論を引き出す。

『原発事故では、明らかに大きな権限を持つポストにいる御用学者が、完全に傍観者を決め込んでいます。その代表格が東大工学部出身で原子力安全委員会の斑目春樹委員長(元東大教授)です』。

『原子炉格納容器が壊れる確率は1億年に1回』と発言し、事故後もこれを撤回していない大橋弘忠東大教授も『東大話法』の使い手で規則9、15,20以外はすべて該当する。



大橋教授は玄海原発ヤラセ討論会での無責任暴言が有名。

『北陸電力は昨年10月、志賀原発運営に助言する原子力安全信頼会議を設置し、委員に大橋教授を選任したのには心底驚きました。「格納容器が壊れる確率は1億年に1回」とした発言の誤りが明らかになった現状で委員を引き受けたのもあまりにも無責任です』(押川教授)

『徹底した不誠実さと高速計算』

安冨教授は、『東大話法使い』の資質をこう定義する。

『徹底した不誠実さを背景として、高速回転する頭脳によって見事にバランスを取りつつ、事務処理を高速度でやってのける。多少なりとも良心がうずけばボロが出ます。そういうものを一切さらけ出さないほどに悪辣かつ巧妙であるためには、徹底した不誠実さと高速計算とがなければできません。東大にはそういう能力のある人材がそろっているのです』



「原子力ムラ」への改善要求について、東大医科学研究所の上昌広特任教授は、『柏キャンパスの放射線量をめぐる議論は結論が出ない神学論争』?であるとして事実上、科学論争を拒否。

(なるほど、徹底した不誠実さと素晴らしい高速計算ぶりである)

*(以上、サンデー毎日2012/03/04号より)



 ところで、第四章の「「役」と「立場」の日本社会」の章が、著者の本当に言いたいことだと思われるので簡単にその考えを紹介しておく。

 この章において、悪辣な「東大話法」というものが日本社会全体に行き渡ってしまった理由を分析している。

「「東大話法」「東大文化」の中では、「立場」という概念が大きな役割を果たしている。」と、指摘している。そして、この日本社会における「立場」という概念を理解することが、今回の事故のあり方、日本の原子力発電のあり方を理解する上で、決定的に重要だとも指摘している。

 そして、夏目漱石の作品群を分析し、次のように説明している。

「漱石は、純日本的な「立場」、つまり、「世間的な夫の立場」からして、というようなの「立場」にpositionやstanceを統合し、それが自分の人格をそのものである、という「立場主義」の思想を的確に表現しているのです。これは近代日本社会に形成されつつあった人間を統御し、抑圧するシステムを、明確に言語化するものであったと思います。」

そして、先の大戦で、死んでいった英霊の手紙を分析して次の結論に到るのである。

「日本社会では、「義務」と「立場」がセットになり、立場に付随する義務を果たすことで、立場は守られ、義務を果たさないと、立場を失うことになります。立場を失うと言うことは、生きる場を失う、ということです。

それゆえ、日本人の多くは、義務を果たすことに邁進し、うまくできれば、「安らかさ」を感じるのです。」

著者は、先の大戦を経て、日本社会は、人間ではなく、「立場」で構成されるようになったと、指摘する。その結果、「無私の献身」と「利己主義」が不気味に共存する。ある面、道徳的でありながら、果てしなく、不道徳である戦後日本社会が完成されたのだと分析している。

 そう言えば、作家の瀬戸内寂聴氏が、90年の人生の中で、戦争中に比較しても「こんなに悪い時代はなかった」と原発反対のハンガーストライキのインタビューで答えていたが、このことを直截に表現した言葉と受け止めてもいいのではないか。

 そして、「役」という概念が日本社会を根底から支える哲学だと安富氏は指摘する。

「役を果たせば、立場が守られる、立場には役が付随する。役を果たさなければ、立場を失う。」

この原理は、戦後、日本社会で、国・企業をはじめ、あらゆる組織で明確に作動している。

そして、昨年から詭弁の象徴となった原子力御用学者の「役」と「立場」の分析をしている。原子力業界では、ほとんどすべての論文が「我が国」で始まる。

なぜか。原子力の「平和利用の推進」は、原子力基本法で定められた「国策」で、原子力の研究や推進は、すべてこの「国策」に発する事業の一部である。だから、彼らは、「御公儀」の配分する「役」を担うことで、自らの「立場」を守っているのである。

そして、著者は、この「役と立場」の概念から次のように分析するのである。



「海外の人々は津波の衝撃を受けながらも、自分のやるべきことをやり、絶望したり、自暴自棄になったりしない日本人を、驚嘆の目で眺め、賞賛しました。日本人のこの尊敬すべき行動は、「役と立場」のゆえだと考えます。

 そしてまた、原発事故に際しては、どう考えても危険極まりのない状況で、政府が「安全」だと言っているからといって悠然と日常生活を続けている日本人を見て、海外の人々は吃驚しました。しかし今度は、賞賛していたのではなく、あきれていたのです。これもまた、「役と立場」のゆえなのです。」

 「東大話法」ということばが適切かどうかは、わからないが、勉強になる本である。


<安冨 歩(やすとみ・あゆむ)プロフィール>

東京大学東洋文化研究所教授

1963年大阪府生まれ。86年京都大学経済学部卒業。京都大学大学院経済学研究科修士課程修了。博士(経済学)。住友銀行勤務を経て、京都大学人文科学研究所助手、ロンドン大学滞在研究員、名古屋大学情報文化学部助教授、東京大学東洋文化研究所教授。09年より現職。著書に『生きるための経済学』、『原発危機と東大話法』など。