発達障害の記事 (1/10)

自閉症の僕が跳びはねる理由

自閉症の僕が跳びはねる理由

 東田直樹『自閉症の僕が跳びはねる理由~会話のできない中学生がつづる内なる心~』(エスコアール)より。

 僕は、今でも、人と会話ができません。声を出して本を読んだり、歌ったりはできるのですが、人と話をしようとすると言葉が消えてしまうのです。必死の思いで、1~2単語は口に出せることもありますが、その言葉さえも、自分の思いとは逆の意味の場合も多いのです。
 また、人に言われたことに対応できないし、精神的に不安定になるとすぐにその場所から走って逃げ出してしまうので、簡単な買い物さえも、一人ではできません。
  まずは、その人のできないことを知る必要があります。できないことを知らないからこそ、できないことをしないことと周りが誤解し、まちがった対応をしてしまうのです。

 人は見かけだけでは分かりません。中身を知れば、その人ともっと仲良くなれると思います。
 これを東田直樹さんを扱った授業の最後に持ってこようと思います。

 僕たちは、自分の体さえ自分の思い通りにならなくて、じっとしていることも、言われた通りに動くこともできず、まるで不良品のロボットを運転しているようなものです。いつもみんなにしかられ、その上弁解もできないなんて、僕は世の中の全ての人に見捨てられたような気持ちでした。
 これを授業で見せる2つ目の文章にします。

 側にいてくれる人は、どうか僕たちのことで悩まないで下さい。自分の存在そのものを否定されているようで、生きる気力が無くなってしまうからです。
 僕たちが一番辛いのは、自分のせいで悲しんでいる人がいることです。
 自分が辛いのは我慢できます。しかし、自分がいることで周りを不幸にしていることには、僕たちは耐えられないのです。
 自閉症児に付き添う先生が、悩んでる姿をその子の前では見せてはいけないのです。その姿こそが、その子を追い詰めていたりするのです。
授業で最初に提示する東田さんの文章は、『跳びはねる思考』から選びました。

 僕は、植物に嫉妬することがあります。
「嫉妬するというのは、うらやましいということです。なぜ、この人は、植物をうらやましいと思うのでしょうか。」
 そして、前に引用した次の文を示します。

 僕が植物をうらやましいと感じるのは、考えなくてよいからではありません。植物は、どのような環境の中にあっても美しく咲こうとし、種を残そうとするからです。
 それは遺伝子に組み込まれた形態なのかもしれませんが、僕はその姿に圧倒されるのです。
 東田さんの文章に圧倒される自分がいます。

理解できないのが当たり前

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理解できないのが当たり前

 東田直樹『続・自閉症の僕が跳びはねる理由~会話のできない高校生がたどる心の軌跡~』(2014,9㈱エスコアール)は、短い質問に、東田さんが答える形で書かれています。

24 こだわりはやめられませんか?
 こだわりは、とても辛いものです。
「こだわりを好きでやっている」と思っている人がいるなら大間違いです。(中略)
 僕は、いつもこだわりと必死で闘っています。にもかかわらず、それをやるのが好きだと言ったり、迷惑をかけているのもわからないと非難したり、ひどい罰を与えたりするなど、追い討ちをかけるようなことはしないで欲しいのです。
 やりたくないのにやってしまうのが「こだわり行動」なのです。
 やっている本人は、その行動を止めようと闘っている、ということに、私たちは気付けないわけです。目に見える行為のみに反応してしまうわけです。

31 すぐに行動できないのはなぜですか?
 指示されたことをすぐにやりたいと思ってはいますが、指示された行動をイメージしないと自分の行動に結びつきません。どうやればそれができるのかがわからず、すぐに体を動かすことができないのです。動くために、自分の中で成功体験として残っている記憶をイメージします。そのイメージを頼りに、どう動けばいいのか思い出そうとするのです。
 指示したあと、固まってしまう子がいます。
 教師としては、指示にサッと反応して行動してほしい、と思ってますが、そういかない子はいるのです。
 そんな場合は、見本を示す必要があるのでしょう。
 その見本が、行動へのイメージとなるのです。
 また、成功体験を積ませることで、いろんな行動を取れるようになっていくのでしょう。

34 お手伝いはできますか?
 時間に縛られるのは苦手ですが、自分が納得した決まり事をするのは嫌ではありません。
 残念ながら僕は、人が困っているのを見ても自分から手伝うことはできません。それは、その人のために何をしてあげればいいのか、思い付かないからです。だからといって、お手伝いが嫌いなわけではありません。むしろ人の役に立ちたいと、いつも願っています。ですから、日課としてお手伝いを入れてもらえると、自分の役割がはっきりして嬉しいです。
 人の役に立ちたくても、何をしていいか分からないわけです。1人1当番のようなお手伝いを与えることは、人の役に立つチャンスを与えることにつながりそうです。お手伝いなんて嫌いなんだとか、できないんだとか、決めつけてしまわないようにしないといけないですね。

44 笑い出すのは気持ちが楽しいときですか?
 問題は、悲しくてどうしようもないときにも笑い出すことです。おかしいと思われるかも知れませんが、辛いのに笑い出してしまいます。なぜ怒られているのか不満に思うことが多い中で、怒られている状況が自分でもよくわかったとき、ついそれが嬉しくて笑い出してしまうのです。
 こちらが怒っているときに、その対象が笑い出したら、余計、腹が立つのが普通です。でも、そんなときに笑うのは、別の意味があるんだ、と考えないといけないのです。自分には理解できない行動であるなら、自分なりの解釈はすでに当てにならないということなのですから。

53 目で見てわかりやすい環境づくりは大切ですか?
 目で見てわかりやすい環境づくりは、視覚優位な自閉症の人にとっては動きやすいと思います。(中略)
 第一、僕はロボットではありません。どうせ説明してもわからないと思われることは、説明している内容が理解できるかどうか、ということ以上に傷つくのです。
 どうせ理解できないだろう、どうせできないだろう。そう決めつけて、その人に接してしまえば、その人はそう思われてることで傷つく場合があるのです。
 相手の立場になることは、難しいことです。むしろ、相手を理解できてないことを前提に、理解していく努力をしていくべきなのでしょうね。

発達障がいの子どもがパニックになる理由とは?

子どものかんしゃくとパニックについて

発達障がいの子どもがパニックになる理由とは?
こんにちは、平良です。

みなさんはなぜ、自閉症やアスペルガー症候群、広汎性発達障害など発達障がいの子どもがパニックになるか知っていますか?

今日は、発達障がいの子がパニックを起こす理由について書きますね。

発達障がいの子はなぜパニックになるのか?

パニックは、自閉症の子どもたちが一時的な混乱に陥ってしまった状態です。
自閉症の教育に従事していると、自閉症児のパニックにまれならず直面することになります。
大声で泣き叫ぶならまだしも、激しい自傷を生じて、変形するまで顔をたたき続けてしまったり、まわりの小さい子どもへ攻撃するといった行動が生じたりとなると、こちらも必死で止めざるをえず、今度は先生のほうがかみつかれたり、つかみかかられたり、格闘する結果となり、互いにあざだらけになるということも起きてきてしまいます。
いつまでもなく、パニックを避けることができるなら、それにこしたことはありません。
(自閉症児への教育/杉山登志郎著より)
杉山先生も著書で述べているとおり、パニックは一時的に混乱した不安と恐怖の状態だといえます。

私も数々のパニックに遭遇しました。

保育園・幼稚園に入りたくないと泣き叫び、暴言をはき暴れる子。小学校で友達に「こっちに来ないで」と言われてパニックになり、机やイスを投げて友達を殴り暴れる子。

先生に否定的な言葉を言われてパニックになり、暴言を吐きまわりのものを投げまくる子など、たくさん経験しました。

服が破れたり、めがねを壊されたり、あちこち噛まれて血が出て青くなったり・・・本当に大変な時もありました。

パニックは子どもにとってつらいこと

パニックは、自閉症の子が自分でどうしたらいいかわからなくなり、思考が混乱している状態です。その混乱の裏には、強い不安や恐怖があるのです。

発達障がいの子どもたちは、園や学校でたくさんの刺激や情報を受け、時には混乱しながら、その子なりに処理をして学校生活を送っています。

そういった基礎的なストレスにさらされながら生活している子どもがパニックを起すということは、私たちには想像し難い身体的、精神的な負担がかかっているんです。


よくあるパニックの原因

パニックは、主にどのような時に起こるかというと、
子どもが夢中になって遊んだり何かをしているときに、急に終わりなさいと言われたとき。
急に予定を変更されたとき。
感覚過敏に原因があるとき(こちらの記事を参考にしてください)。
子どもがやりたくないことを無理にさせたとき。
子どもに我慢をさせたとき。
否定的な言葉・態度で接したとき。
自分の思い通りにならなかったとき。
強い不安や恐怖感を抱いたとき。
子どものこだわりと違う結果になったとき。などです。

パニックはクセになることもある?

私たち人間には、右利きの人、左利きの人がいるように、パニックを頻繁に起こさせることは、パニックを練習させ、パニックを起こしやすいクセを脳に学習させているのと同じだといわれています。

ですから、パニックを頻繁に起こさせることは、子どもにとってもよくありませんし、小学校高学年になっても、中学生になってもパニックを起こしやすい子どもに成長する可能性が高くなるんですね。


パニックへの効果的な対処方法

一番良いパニックへの対処方法は、パニックを起こさせないことです。

パニックを起こさせないためには、パニックを起こす原因を見つけそれを取り除くか、軽減するしか方法はありません。

中には厳しく叱ったり説教をしたりする方もいますが、特に10歳以下の子どもは自分が考えていることを客観的に見て、自分で自分がパニックを起こしたことを修正することは、はっきり言って難しいです。

子ども自身の責任で対処・修正させることは絶対にやめた方がいいでしょう。

子どもの脳がまだ未成熟なときは、パニックを起こさせない配慮をすることが絶対に必要なんですね。

パニックを起こさせてしまったときの対応

子どもがパニックを起こしたときは、あまり刺激するのはよくありません。パニック状態のときに刺激をすると、さらにパニックが増幅してしまうからです。

また、叱ったり、「どうしたの?」「何があったの?」「話さないとわからないでしょ」など、無理に話しかけたりすることもNGです。

無理やり抱きしめたり押さえつけたりすることもしない方がいいでしょう。

対応のポイント
むやみに話しかけない。
周りに子どもがいる時は、速やかに落ち着ける部屋や場所へ移動させる。
その場で収まる程度のパニックのときは、周りから少し遠ざけて落ち着くまでそっとしておく。
少し落ちついてきたら、子どもの好きな話題や遊びなどで気持ちの切り替えの手助けをしてあげる。
できれば、パニックになったときに子どもが落ち着ける部屋や場所を用意して、子どもの好きなおもちゃや絵本、グッズなどを準備しておくといいでしょう。

誤ってパニックを起こさせたときは、とにかく早く落ち着くまで刺激をしないこと。落ち着いてきたらタイミングをみて、子どもの好きなことや好きな話題などで、気持ちの切り替えの手助けをすることが子どもにとって一番いいことです。

パニックを起こさせないために。

パニックは、甘えやわがまま、性格の問題ではなく、脳の機能がうまく働かないことから一時的に思考が混乱し、不安と恐怖に陥っている状態です。

感覚過敏の問題からくるパニックしても、思考の柔軟性の問題やこだわりで起こるパニックにしても、私たち大人が、原因となるものを除去したり軽減したり、パニックを起こさせない配慮をすることが一番大切なんですね。

とはいえ、自分の子どもが毎日のように激しいかんしゃくやパニックを起こすと、お母さんやお父さんもどう対応したらいいか悩み、気分が落ち込んでしまうことも、たくさんあると思います。

特に発達障がいの子どもをもつお母さんは、日々の子育てに疲れ、また誰にも相談することができず、1人で悩んでいる方がたくさんいます。

子どもの激しいパニックに対して冷静に対応できるようになるためには、お母さんやお父さんがストレスを抱え過ぎないことが、まずは大切です。

心に余裕がなくなったり、子育てで行き詰ったときは、誰かに悩みを話してみたり、自分で自分を抱きしめて、自分で自分をたっぷり褒めてあげることから始めてくださいね。




発達障がいの子どもが質問にうまく答えられない理由



保育園・幼稚園・小学校での支援と方法

発達障がいの子どもが質問にうまく答えられない8つの理由と支援のポイント。

発達障がいの子どもたちの中には、質問をされてもうまく答えられない子がいます。

お父さんやお母さんから「今日幼稚園でなにをしたの?」「学校で楽しいことはあった?」と聴いても、答えられない子。

幼稚園や小学校で、先生が授業中に質問をしても、答えられなかったり、黙り込んだり、全く関係のない返答をしたりする子がいます。

なぜ、質問にうまく答えられないのでしょうか?

質問に答えられない主な理由。

そもそも話しを聞いていない。
話の内容が理解できない。
質問の内容を覚えていない。
記憶を呼び出すことができない。
視覚的優位な思考のため。
想像力の問題。
実行機能の問題。
人前で話すことが苦手。
以上の8つが、主な要因です。1つひとつ説明していきますね。

Checkそもそも話しを聞いていない。
発達障がいの中でも、特にADHDの子どものように(自閉症・広汎性発達障害・アスペルガー・LDの子にもみられます)、集中力が続かない・次々に興味が移り変わっていく子どもは、親の話し、人の話し、先生の話をきちんと最初から最後まで聞いていないことがあります(正しくは聞いていれらない)。

※興味が移り変わりやすい子・例えば、積み木で遊んでいたのに、そばにあったブロックが目に入るとすぐり興味が移ってしまう子のような特性を、「転導性」といいます。転導性が高い子は、ひとつのことに集中することが苦手で、次々に興味が移ります。

Check話しの内容が理解できない。
発達障がいの子、特に自閉症スペクトラムの子どもは、たくさんの情報を脳で処理することがとても苦手です。個人差や年齢によっても違いますが、ひとつひとつ具体的に、明確に、短く、イメージできるように話さないと、話の内容を理解することができないんですね(イメージ化することについては想像力の問題です)。

話が長くなりそうなとき、質問が長くなりそうなときは、必ず短く区切って、ひとつひとつ具体的に、明確に、子どもがイメージできるように質問することが大切です。

Check質問の内容を覚えていない。
ワーキングメモリー(短期記憶)の容量が少ないため、今言われたことや、質問が多かったり、言葉が長かったりすると、最初の方を忘れて最後の言葉だけを覚えてしまったり、全部忘れてしまったりすることがあります。

Check記憶を呼び出すことができない。
一番古い記憶はなんですかときかれると、つい、答えにつまってしまう。私のアタマの中では、記憶のほとんどが写真みたいな静止画像としてしまわれているのだが、やっかいなことに、この写真は、台紙に貼られていない。さらに、画面の片隅に、日付も入っていない。とにかく順不同にせんべいの空き缶(焼き海苔の空き缶でも可。味付け海苔ではダメ)に放り込んであるだけなので、新旧の区別があまり定かではない。

片隅に日付が入っていないと、日常生活にも不便なことがある。たとえば、私はよく、ついさっきお風呂に入ったかどうかがわからなくなってしまうのだが、それは、お風呂に入ったことを覚えていられないからではない。

お風呂に入った時の画像はたくさん出てくるのだが、なにしろ、昨日だっておとといだって先週だって先月だって去年だってお風呂に入っているのだから、似たような画像がたくさんありすぎるのだ。たくさんありすぎて、その中に今日撮影された画像があるかが検出できない。

(俺ルール!―自閉は急に止まれない/ニキ・リンコ著)
ニキ・リンコさんは、高機能自閉症の当事者です。

自閉症スペクトラムの人たちの中には(全員がそうではない)、体験したことを言語ではなく映像や画像で記憶する特性をもっている子どもがいます。

ニキさんも著書で記しているように、画像で記憶されたものは、いつ、どこで、何をしていた時の記憶なのか整理しながら記憶することができず、しかも同じような画像がたくさんあるため、質問をされても記憶を呼び出すことができないのです。

決して忘れているわけではなく、記憶の整理が自動的にできないということなんですね。

Check視覚的優位な思考とは?
普通、定型発達の子は、無意識に言語(言葉)だけで考えるように脳ができています。しかし、自閉症スペクトラムの子の多くは、言葉ではなく頭の中で絵を描いたり、デッサンをして考える特性があるのです。

言語ではなく頭の中で絵を描いたり、設計図を描いたり、デッサンをして考える特性があると、それを言語化するために時間がかかってしまったり、適切な言葉を選び文章にすることができなかったりするんですね。

Check想像力の問題
発達障がい、特に自閉症スペクトラムの特徴でよく耳にすることがある「想像力の欠如の問題」は、あらゆる場面で子どもたちに困難をもたらします。私たちは先を読む力や見えないものを、意識せずに自動的に想像することができます。

しかし自閉症スペクトラムの子どもは、これができないのです(※子どもによって想像力の差はありますし、自分の中での想像力は豊かです。また成長に伴って徐々に想像できるようになることもあります)。

想像力に問題があると、相手から質問されたことを、相手の意図を汲み取りながら、また言葉の概念や意味を想像することができないため、質問を理解することができない場合があるのです。

想像力に問題がある子の場合には、絵を描いて説明をしたり、イメージ化してあげることが大切なんですね。

Check実行機能の問題
実行機能とは、自分の考えを順序立てて整理し、それを順番に並べて実行(伝える)ことです。発達障がいの子どもの中には、この実行機能に問題があったり、苦手だったりする子がいて、自分の気持ちや考えを整理して、相手に伝えるという一連の作業ができないんですね。

自閉症スペクトラムの子が自分の気持ちや考えを話せない理由については、こちらの記事をご覧ください。

Check人前で話すことが苦手
大勢の子どもたちがいると不安や緊張に襲われたり、人前で話すことが苦手な子がいます。これは抑制的な気質や不安になりやすい自閉症スペクトラムの特性が要因となっていることが多く、また中には不安障害を発症している子もいます。

無理に人前で話させると、さらに悪化してしまう可能性があるので、周囲の大人の配慮が必要になります。

最後に

発達障がいの子どもが、質問に答えられない理由は、私が書いた8つの理由がほとんどだと思います。ただし、8つのうち、理由が1つだけの場合もあれば、2つ、3つと重複していることが多いものです。

特に自閉症スペクトラムの子の中には、すべてが要因となって質問に答えることができない子もいます。

発達障がいの子が、質問に答えられないのは、やる気がないわけではなく、頭が悪いわけでもなく、しつけの問題でもありません。

子ども自身ではどうにもならない、脳の特性によることが要因なのです。

発達が気になる子、発達障がいの子どもに質問をするときは、子ども一人ひとりの特性を事前に見極めた上で、大人が配慮をして質問をしてあげないと、子どもたちはとても困ってしまいます。

足が不自由な人に無理やりサッカーをやらせるのと同じなんですね。

特に注意したいのが、尋問です。尋問は発達障がいの子どもを精神的に追い詰めるだけなので、絶対にしないでください。また答えられないことを責めたりすることも絶対にNGです。

「答えられなくても大丈夫」という安心感を支援者がつくってあげること、そして答えられなかったときでも、子どもにとって失敗体験とならないようなフォローや気配りが必要です。

周囲の大人が配慮をしても、うまく質問に答えられないことがありますが、そのような時でも絶対叱らずに、答えやすいように工夫をしてゆっくり待ってあげたり、子どもが言いたいことを察して代弁をすることが大切です。

そして答えられたときは、褒めてあげること、「答えてくれてありがとう」というあたたかいメッセージを子どもに伝えましょう。

配慮のない質問は、ある意味ネグレクトだということを常に意識し、子どもたちが困らないよう、周囲の大人がお膳立てをしたり、配慮をしてあげることが何より大切ことなんですね。

自閉症の子が自分の気持ちや考えをうまく話せない理由


保育園・幼稚園・小学校での支援と方法

自閉症の子が自分の気持ちや考えをうまく話せない3つの理由とは?


自閉症スペクトラムの子どもたちは、自分の気持ちや考えを相手に話すことが苦手です。

では、なぜ話すことができないのでしょうか?

それは、自閉症の診断基準でもあるコミュニケーションに障害があるからなんですね。

今日は、発達障がい、中でも自閉症スペクトラムの子どもが、自分の気持ちや考えを話せない理由について書きますので、よろしくお願いします。

自分の考えを話せない理由。

視覚的優位な思考のため。
想像力の問題。
実行機能の問題。
以上の3つが、主な要因です。1つひとつ説明していきますね。

Check視覚的優位な思考とは?
普通、定型発達の子は、無意識に言語(言葉)だけで考えるように脳ができています。しかし、自閉症スペクトラムの子の多くは、言葉ではなく頭の中で絵を描いたり、デッサンをして考える特性があるのです。

言語ではなく頭の中で絵を描いたり、設計図を描いたり、デッサンをして考える特性があると、それを言語化するために時間がかかってしまったり、適切な言葉を選び文章にすることができなかったりするんですね。

Check想像力の問題
自閉症の特徴でよく耳にすることがある「想像力の欠如の問題」は、あらゆる場面で子どもたちに困難をもたらします。私たちは先を読む力や見えないものを、意識せずに自動的に想像することができます。

しかし自閉症スペクトラムの子どもは、これができないのです(※子どもによって想像力の差はありますし、自分の中での想像力は豊かです。また成長に伴って徐々に想像できるようになることもあります)。

想像力に問題があると、相手から質問されたことを、相手の意図を汲み取りながら、また言葉の概念や意味を想像しながら考えることができず、結局話すことができなくなってしまうんですね。

Check実行機能の問題
実行機能とは、自分の考えを順序立てて整理し、それを順番に並べて実行(伝える)ことです。自閉症スペクトラムの子どもは、この実行機能に問題があったり、苦手だったりするので、自分の気持ちや考えを整理して、相手に伝えるということができないんですね。

高機能自閉症の子どもの発話は、流暢で文法的な誤りもほとんどないことが多いのですが、以下のような特徴が見られることがあります。
言葉遣いや口調が妙に大人びていたり、熟語や格式ばった堅苦しい言い回しを多用する(例:「バンソーコーは、傷を負ったときに貼るもの。いつのまにか傷ができているのに痛覚が感じないこともあるよ」)。

どこかからそのまま借りてきたような表現を使う(例:難しい質問をされて「この問題、やったことがなくて(僕は)なんかビクビクしてたのでした」とお気に入りの絵本の口調で言う)。

必要以上に細かい情報にこだわって話す(例:「近所のおばさん」と言えばすむものを「うちから南の方へ4軒先の、駐車場の間にはさまれた家のおばさん」と説明する)。

声の大きさの調整が下手で、必要以上に大きな声で話したり小声で話すことがある。平板で一本調子の話し方をしたり、逆に不自然なほど大仰な抑揚で話す。また、アニメの登場人物などの声の調子や口調で話してしまうこともある。
何より困るのは、肝心の自分の意見や気持ちをうまく表現できないことです。高機能自閉症の子どもは機械的記憶にすぐれ、図鑑から得た知識を披露したりテレビで得た情報を受け売りするときには、詳細かつ流暢に話すことができますが、

手本がない状態で自分の気持ちや考えを表すことばを見つけ、文章を順序立てて構成することが苦手です。簡単なことでさえ適切に表現できないことがあり、たとえば本当の意図は「ドラえもんの映画を見に行きたい」という要求なのに、「ドラえもんの映画は○月×日からです」と事実を述べることしかできず、相手に要求を理解してもらえなかったりします。子どもが本当は何を伝えたいのか(コミュニケーションの意図)をこちらが読み取って、適切な表現の見本を示してあげることが大切です。

<内山登紀夫・水野薫・吉田朋子著/高機能自閉症・アスペルガー症候群入門―正しい理解と対応のためにより>

実際にあったこと。

ある日、私が小学校でボランティアのカウンセラーをしていたときのこと。ある女の子が先生から、「言いたいことがあったら自分で考えて言わないとダメだよ」と注意されている場面に偶然遭遇しました。

後日、私が女の子に声をかけて話を聴くとて、「話しをするのが苦手なのにみんなわかってくれない。」と言って困った顔をしていました。

この子の特性のことは母親から聞いていたので、翌日その先生に話しをして、なぜ女の子が自分の気持ちや考えを話せないのか説明し、アドバイスをしたんですね。

この先生は理解の早い先生で、私の説明に納得し、その後は代弁をしてあげたり、質問をなるべくしないようにしたり、わかりやすく答えやすいように言葉がけを配慮したりしていました。

最後に

自閉症スペクトラムの子どもは、脳の特性によって、情報を受けとる方法が私たちと違います。言葉よりも目から入ってくる視覚情報が優位となり、彼らにとって一番理解しやすいのが視覚からの情報なのです。

また成長に伴って言葉を理解する能力は身についてきますが、自分の頭の中で適切な言葉を選び、文章にするために整理して伝えること、自分の気持ちや考えを話すことが、とても難しいのです。

自閉症スペクトラムの子が話すことに困っている時は、子どもが順序立ててうまく話せるように、こちら側が配慮する必要があります。

どんなに配慮をしても、うまく話せないことがありますが、そのような時でも絶対叱らずに、話しやすいように工夫をしてゆっくり待ってあげたり、子どもが言いたいことを察して代弁をすることが必要でしょう。

配慮のないコミュニケーションは、ある意味ネグレクトです。子どもたちが困らないよう、周囲の大人がコミュニケーションに配慮してあげることが何より大切ことなんですね。

自閉症スペクトラムの子どもが、雑談やグループ学習が苦手な4つの理由

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自閉症スペクトラムの子どもが、雑談やグループ学習が苦手な4つの理由を教えます。


自閉症・広汎性発達障がい・アスペルガー症候群など(自閉症スペクトラム)の子どもは、マンツーマン(1対1)の会話やゲーム・スポーツだと大丈夫ですが、グループをつくって話し合いをしたり、学習することがとても苦手です。と言うより苦痛です。

なぜマンツーマンなら大丈夫なのでしょうか?

自閉症スペクトラムの子どもは、五感(外部)からの情報は1つずつしか処理ができません(成長するにしたがって処理できることもある)。ですから、マンツーマンなら1人の人と話すことになるので、具体的に明確に短い言葉で話してくれれば、理解することができます。

自閉症の子がグループを苦手な理由

理由1同年代の子どもが苦手
そもそも自閉症スペクトラムの子の多くが同年代のお友だちが苦手です。グループ学習など子どもの人数が多くなればなるほど、不安と恐怖に襲われてしまい、話合いや学習どころではなくなってしまうのです。

中には、積極的に話す子もいますが、このような子どもは、周囲の状況や空気を読み取ることができず、『他の子が話す』⇒『それに対して自分が意見する』という暗黙のルールに沿うのではなく、自分の言いたいことを言って終わるということが多いです。

理由2情報が多い
グループの話合いや学習になると、子どもの人数が増えます(複数になる)。そうなると、複数の情報を同時に処理することできない自閉症スペクトラムの子は、頭の中が混乱してしまい、1つひとつの情報を整理して理解することができないんですね。

理由3規則がない
グループの話合いや学習は、基本的に自由に意見を出して、それをまとめることが多いですよね。自閉症の子は先の見通しが立てられないため、規則のない自由な話合いや学習は、不安でしかありません。

理由4同じことに注目できない
自閉症スペクトラムの子どもは、周囲の子と同じこと・同じものに注目して、考えたり話し合ったりすることが脳の特性上苦手です。グループの話合いや学習では、決まった課題について話し合ったり調べたりすること多いのですが、そのようなことを他の子と同じような労力ですることができないんですね。

どうしたらいいでしょうか?

自閉症スペクトラムの子にとって、グループの話合いや学習は苦手を通り越して苦痛だということを理解した上で、次のような配慮と支援をしてあげましょう。
話合いや学習の課題と話合う具体的な手順・進め方のマニュアルをつくって事前に全員に読んでもらう。
グループの中で1人リーダーを決めてマニュアル通りに司会進行をしてもらう(できれば先生が気になる子のグループに入った方がいい)。
必ず1人ずつ話すようなルールをつくり、その通りに話合いを進める。
グループの中に自閉症の子と合わない子・苦手な子は一緒にしない。
グループに参加して発言ができるよう、その子に合ったお膳立てをする。
気になる子が楽しめるような工夫をする(集中してもらう工夫)。
先生や支援員がそばで援助する(その都度の指示は×)。

最後に

自閉症スペクトラムの子どもは、大人になってもグループの話合いや学習などが苦手で苦痛を感じます。無理に慣れさせようとしても、子どもに合った支援がなければ苦痛でしかなく、また失敗体験を重ねることで自分に自信を持てなくなってしまい、グループの話合いや学習だけでなく、人と話すことすら不安になってしまいます。

ですから、この記事に書いた理解と対応方法を取り入れて、子どもに失敗体験を積ませないような配慮と支援、そしてお膳立てが絶対に必要です。

自閉症スペクトラムの子にとって、グループでの話し合いや学習は苦手を通り越して苦痛だということを、ぜひ覚えておいてくださいね。

行動の遅さにイライラしてしまう時は…

グズグズする子に、急かすより効く「ほめワザ」

行動の遅さにイライラしてしまう時は…

ポイント1 子どもの動作の遅さを受け入れる
お母さんの口癖で多いのが「早く早く」です。
「早く起きなさい」「早く着替えなさい」「早く食べなさい」と子どものすることを急がせます。
子どもの動作がのろいと、イライラしているお母さんは、「あなたはいつもグズグズしてるのね」「ノロマのノロちゃんね」などと言ってしまいます。
これらは子どもにマイナスの影響を与えてしまう言葉です。
「グズグズしたらダメよ」と言われれば、子どもは自分がグズだと思ってしまいます。
「早く早く」とせかされたら、子どもは自分がかなりノロマなんだと思ってしまいます。
そう思うことで、ますますグズでノロマになります。人間は自分が思い描いている状態になるからです。
でも、考えてみれば、大人より子どもの動作が遅いのは当然です。慣れない動作に時間がかかるのも当たり前のことです。
ですから、まずお母さんがイライラしないで、ゆったりした気持ちになることが大切です。
子どもの動作がどんなに遅く思えても、そのありのままの姿を受け入れることです。
その上で、時間以外のことにも目を向けてみるといいでしょう。
「1人でお洋服を着ているのね、えらいわね」「少しもこぼさずに食べられているわね」など、遅いながらもほめるところが見つかるのではないでしょうか。

ポイント2 子どもの自主性を育てる
何事も始めるときにはエネルギーを必要とします。
ロケットが飛び発つときには、飛行中の何倍ものエネルギーを使います。でも、発射に成功すれば、慣性の法則で楽になります。
私たち人間の行動も同じで、始めるときには大きなエネルギーがいるものです。
取りかかりが遅い子に、「早く○○しなさい」と命令しても、すぐに始めることは稀(まれ)でしょう。
仮に実行しても、シブシブするのであれば、子どもの自主性は育ちません。
子どもの自主性を育てるためには、年令が上になればなるほど、子ども自身が自らやりたいと思うようにさせねばなりません。
たとえば、なかなかあとかたづけをしない子に、「また、散らかしたままね。何度言ったらわかるの。早くかたづけなさい」と叱ってさせても、自主的に動く子どもは育ちにくいでしょう。下手すれば、ケンカになるかもしれません。
でも次のように、ほめて自主性を育てようと思っていると親子の会話が違ってくるでしょう。
親「〇〇ちゃん、さっき遊んだおもちゃ、出したままね?」
子「うーん(そうだった、まだかたづけてなかった。でも、いまテレビがおもしろいところだから、困ったな)」
親「このままだと、お母さん、お掃除のときに困っちゃうな」
子「(そうか、お母さんも困ってるのか)。じゃあ、このテレビが終わったらすぐかたづけるから。それでいい?」
親「そう、いいわよ。助かるわ。ありがとう」
そして、かたづけた後、「〇〇ちゃんが、自分でおかたづけできるから、お母さんうれしいわ」と言ってあげます。
すると、親子の関係は良好のまま、子どもの自主性は育っていきます。

ポイント3 1つの1つの動作に対するほめ言葉を言う
「早く、早く」とせかされても、子どもの動作が早くなるわけではありません。
子どもに言葉をかけるのなら、今している動作をせかす命令言葉よりも、1つの動作に対するほめ言葉の方がよいでしょう。
たとえば、着替えのときに「あら、ボタンが1人でできたね。じょうずになったわね」と言ってあげます。
食事のときは、「にんじん、残さず食べられたのね」と言ってあげます。
あとかたづけのときは、「遊んだあと、すぐにおかたづけできるようになったわね」と言ってあげます。
子どもは、ほめられると、ほめられたことをまたしようとします。
動作を早くさせたいなら、「早く早く」という言葉を使わない方が賢明です。
「早く早く」とせかして、その場では早くなるかもしれませんが、子どもが自ら動いたわけではありませんから、この次も変わっていません。
動作を早くさせたいのなら、「早いね」とほめてあげた方が効果的です。
「服を着るのが早いね」「前よりも早くなったね」などと言ってほめてやれば、本当にだんだん服を着るのが早くなります。
子どもは、ほめられたことをほめられた通りにやりたがるからです。
ほめられると、自分から進んでやるので、早くなるし、上手にできるようになるのです。

足に現れるチック


 チックの症状の一つに、足に現れるチック症があります。

意味もなく足踏みをしたり、スキップをしたり、ボールをけるような動作をすることがあるのです。

まばたきや咳払いなどと言ったそれほど目立たないチックがある一方で、足に現れるチックは目立ちやすく、時に人から白い目で見られることもあります。

有名なチックの症状では貧乏ゆすりがあります。

これは、おそらく子どもの頃にチックの症状が足に現れたものが、そのまま癖になってしまったものだと考えられます。

チック症を持たない人でも、意識的に貧乏ゆすりをしていると、自分の意思とは無関係に足の筋肉が動いて貧乏ゆすりが起きるようになるものですから、何ら不思議ではないことであると言えます。

貧乏ゆすりは俗称がよくないイメージということもあって、「貧乏ゆすりをやめなさい」という親は多いものです。

しかし貧乏ゆすりはチックの一種であって本人は無意識にやっているものですし、これをやめなさいと指摘・注意することは症状をよくしないばかりか、酷くしてしまう可能性があります。

足にチック症が現れたら
 子どもの足にチック症が現れた時は、特に貧乏ゆすり等の場合はどうにか止めさせたいと思うかもしれませんが、無理に止めさせないようにすることが大切です。

多くのチックは1年以内に自然と消えていくため、貧乏ゆすりもそのうち消えていくことでしょう。

稀に貧乏ゆすりが慢性化する人もいますが、もしそうなった場合も日常生活に支障が出るほどのことではないので、うまく貧乏ゆすりと付き合っていくと言う風に考えたほうがよいでしょう。

そして、周りはストレスによってチックの症状がひどくならないよう、リラックスできる環境を作るようにしましょう。

それは甘やかすと言うことではなく、理不尽に叱ったりすることをなくす、必要以上に厳しくしつけるなどを避けると言うことです。

このようにすることで、チックの症状は自然と和らいでいく場合が多いのです。

「授業中の手遊び・足遊びが多い子」から読みとれるサイン


今回は、授業中の手遊び・足遊びが多い子が示すサインについて取り上げます。

巡回相談の依頼で、「授業中の注意が持続しない」という相談内容はとても多くの割合を占めます。その中には、動き回っているとか、おしゃべりが止まらないというような興味・関心の転じやすさを含むこともありますが、今回取り上げるのは、「目的をもった行動がなかなかできない」という要素が強い子どもたちです。

授業中の様子を拝見させていただくと、確かに先生や黒板に注目する時間が短く、席についてはいるけれど、机上の文房具で遊んだり、ノートに落書きをはじめたり、教科書のページは授業と関係ないところを開けていたりと、いわゆる「手遊び」をする時間が圧倒的に多いのに気づかされます。また、足をブラブラさせたり、机の両サイドにかかっている体育着の袋を蹴ったりといった「足遊び」をする子もいます。椅子を後ろに大きく傾けて、椅子の足を2本にした状態で「傾き遊び」をしている場合も、手遊びと同じ状況だと思ってよいと思います。今はこれをするのだ、という行動を抑制する機能は次第に成長していくものですが、学年相応に育っていないと、授業中の注意の持続時間の短さが目立つようになるようです。

こうした授業中の手遊び・足遊び・傾き遊びの多くを、私は「自己刺激的な行動」として分析します。自己刺激的な行動とは、自分の身体の感覚に何らかの刺激を加えて、それを楽しんでいる状態のことをいい、半ば無意識的に行われます。明確な課題設定場面ではそれほど出ないのですが、ただ聞かされている、何をすべきかよくわからない、つまらない、興味がないなどの場面で出やすいという特徴があります。

「感覚への何らかの刺激」とは、どんなことをいうのでしょうか。例えば、鉛筆かじり。これは、歯やその周辺の筋肉にかかる鉛筆の反発力、手にかかる触覚的な圧力を無意識的に楽しんでいます。椅子を使った傾き遊びであれば、揺れや傾きを感じる感覚(前庭感覚といいます)と、それを調整しようとおしりやおなかの周囲の筋や関節の位置を調整しようとする感覚を使って楽しんでいる状態であることを把握します。机のサイドにかかった体育着の袋を繰り返し蹴っていると、蹴ったときに足に伝わる感覚と、振り子のように袋が戻ってきて足にあたる感覚を、循環的に味わっている状態になります。

こうした自己刺激的な行動の多くは、あまり周りに迷惑をかけないため、先生から見過ごされがちです。しかしながら、子どもたちも無意識的に行っていることが多いため、その状態から自分の力で抜け出すことがなかなかできません。

自己刺激的な行動は、子どもたちの示すサインの一つです。授業内容が難しい、何をすべきか明確でない、ただ聞かされているだけなので退屈・・・そんなことを訴えかけているのだと理解するとよいと思います。

対応の方向性は2つあります。1つ目は、何をすべきか“明確に”示すこと。先生が明確に示したつもりであっても、その子たちに伝わらなければ示したことになりません。時には言葉だけでなく、文字や図にして示すこと、近くで手をとってあげることも必要でしょう。自己刺激的な行動は課題設定場面では出にくいので、その子が自分に課せられた「課題」であると感じる工夫が大切です。そのための机間巡視も工夫の一つになります。

2つ目は、今している活動(特に、先生のお話)を早々に切り上げるということです。授業で「聞かされる」時間が長いのは、ただでさえ退屈なものです。自己刺激的な行動は、特別な支援が必要とされる子どもたちに出やすいのですが、それを見逃したまま授業を進めると、他の子どもたちもはじめ出します。切り上げ時を見きわめて、早めに対応することが必要です。


「言葉よりも先に手が出てしまう子」から読みとれるサイン


今回は「言葉よりも先に手が出てしまう子」を取り上げます。友だちが持っている物を何も言わずに奪い取ろうとしたり、すぐに手が出るので凶暴だと思われてみんなから避けられたりする子を想定しています。ただ、このような子が全て攻撃的で加害者側に回るかというと、そうとは限りません。むしろ「からかわれると本気になって怒るので、ますます面白がってやられてしまう」という場合も少なくありません。

このような、社会に不適応的な行動は「常に出る」というわけではありません。場面によって、状況によって、関わる人によって、出やすかったり、出にくかったりするのが普通です。落ち着いている場面や、やさしさを見せる場面も多いのです。そのため、余計に、周りの大人たちは悩まされることになります。以前(せいぜい5年くらい前)であれば、先生は保護者に「お宅のお子さんは困ります」と言えばそれで済んだのかもしれません。しかし、特別支援教育の仕組みや発達障害に関する知識が、保護者の皆さんにも着実に伝え始められている今、「お母さん、お父さんも実は困っている。いや、根本的には、その子自身がどうやって行動をコントロールしていけばよいのかわからず困っている」という認識に立った対応が必要不可欠です。

「言葉よりも先に手が出てしまう子」の多くは、対人関係スキル(ソーシャルスキルとも言います)につまずきを抱えています。スキルとは、技術のことであり、知識ではありません。したがって、「わかりましたか?」-「わかりました」というようないわゆるお説教や、反省文を書かせるといったその場かぎりの指導は、知識増やしには貢献するかもしれませんが、ほとんど効力がないことが知られています。スキルを向上させるにはトレーニングが必要であり、言い換えると、実際に起こりうる場面を想定してそれを乗り越える練習をしなければ行動は変容しづらいということになります。

「言葉より先に手が出てしまう子」の行動を見ていると、行動のレパートリーが極端に少ないことに気づかされます。自分が思い通りにいかない状況に置かれたとき、今までとっていた行動ではうまくいかないということに気づき、行動を修正し、再度挑戦するということがなかなかできません。自己を客観的に見つめなおす力、行動を自ら修正する力、再挑戦する力は、いろいろな行動レパートリーを「手持ちのカード」として持っているからこそ発揮できるのですが、「言葉よりも先に手を出す」という強力なカード1枚が支配的なために、それらの力がなかなか発揮されずにとどまっている状態なのだと、考え直すことが必要です。

先日、ソーシャルスキルの指導に関する専門家である佐藤容子先生(宮崎大学)のお話を聞く機会に恵まれました。先生はある実験を通して、幼児・児童ともに、友だち関係づくりがどんなに上手な子でも2回に1回は失敗しているのだと教えてくれました。つまり、新しい集団に「入れて」とか「一緒にいい?」と言って輪の中に入ろうとしても、50%の確率で入れてもらえないのだと言います。

では、友だち関係づくりのうまい子は、苦手な子とどこが違うのか・・・。それは行動レパートリーの豊富さだということでした。そのグループに入れなかったときに、(1)他のグループに行く、(2)いきなり入らずウロウロと回りながらタイミングを見計らうようについている、(3)活動の切れ目や、ドッと笑いが起きた時に「仲間に入れて」とタイミングよく言う、(4)それでも駄目なときは、前に回りこんだり、遊びに夢中になっている友だちの肩をトントンと叩いたりして注意を向けさせる、(5)「次に遊ぶの、予約ね」と後から加わることを予告する、などなどのいくつかの“代替案”が用意されているのだそうです。代替案が用意されていない場合、「拒否された」、「無視された」、「嫌がられた」と感じざるをえなくなります。しかも、せっかく「入れて」と意を決して話しかけたのにそれが成功しないなんて・・・という状況であれば、なおさら自分のレパートリーである「手を先に出す」に固執してしまうのも無理はないと思います。

必要なのは、行動のレパートリー増やしです。それは、トレーニングによってある程度は向上するものですが、最終的には、実際の友だち関係(大人であれば身近な人との人間関係)の中で成功してはじめて、自信を持って使いこなせるようになります。だからこそ、家庭や、通級学級や、特定の療育機関などの場を利用したソーシャルスキルのトレーニングでその力の「芽」を育てるだけでなく、「花」を咲かせる土壌が日常の社会や学校に必要なのです。

ソーシャルスキルのトレーニングは、障害のある子に特化した教育領域ではありません。今の社会全体に必要であると言っても、決して過言ではないと思います。

今回は、「言葉より先に手が出てしまう子」のつまずきの背景について、対人関係スキルという視点から考えてきました。しかし、実は、もっと根本的なつまずきがあるのです。字数も多くなってきましたので、別な角度からの分析を次回に行いたいと思います。

「もうすこしがんばりましょう」のスタンプが伝えるメッセージ



ある中学校での出来事です。期末テストの結果を全員に配り終えた先生は、テストの結果が振るわない生徒たちに向けて「しっかり反省してください」とお話されました。ごくごくありふれた授業のワンシーン。何気ない会話です。取り立てて気に留めるほうがおかしい、そうおっしゃる方も少なくないと思います。しかし、私は、このワンシーンにとても大きな学校文化の壁のようなものを感じずにはいられませんでした。

そもそも「テスト結果について反省しなさい」という言葉には、「“できないこと”の原因はあなたの努力不足ですよ」というメッセージが込められていると思います。たとえ、先生がそう思っていなかったとしても、子どもたちには、そう受け取られるはずです。特別支援教育が通常学級でも位置づけられるようになって間もなく2年が経とうとしていますが、まだまだ現場では、「“できないこと”=その子のせい」という発想から抜け切れていないように思います。

そもそも、こうした発想は、長年にわたって学校が築き上げた組織文化なのだと言わざるをえません。「できないこと=努力が足りないから」という発想の代表例が、読者の皆さんの中にも、経験者の多い、あの3種類のスタンプです。

「たいへんよくできました」、「よくできました」、「もうすこしがんばりましょう」の3種類がきれいに並び、先生がいつも教卓の片隅に置いているあのスタンプ。普段、何気なく使われているこのスタンプは、実は「出来栄え(よくできたこと)」を問う評価基準と、「努力の程度(がんばったかどうか)」を問う評価基準が混在するダブルスタンダードで成り立っています。

出来栄えだけを問うならば、「A:大変よくできた」、「B:よくできた」、「C:よくできていない」の3段階になるはずです。もう一方の、努力の程度だけを問うならば、「A:とてもよくがんばっていた」、「B:よくがんばっていた」、「C:よくがんばっていなかった(ので、がんばりましょう)」の3段階になるはずです。おそらく、できていないことを直接的に伝えることの影響を考え、「がんばりましょう」という表現になったのだろうと推察しますが、そのことがかえって、子どもたちに「できないこと=努力不足」という印象を強く植え付けてしてしまっているように思います。頑張ったにもかかわらず出来栄えがよくなかった場合、3種類の中に適したスタンプはありません。それなのに、「もうすこしがんばりましょう」のスタンプが押されてしまうのです。せめて「頑張ったことはよくわかったよ」のスタンプがあればよいのに、と思わずにはいられません。

作家の重松清氏は、「期待よりも・・・・・・」というエッセイ(「うちのパパが言うことには」所収。角川書店刊)の中で、3つのスタンプについて以下のように述べています。

以下、同書p.232より引用します。

(前略)ここには、ある種の欺瞞がある。「できていません=先生の期待に応えていません」を「がんばりましょう=努力が足りません」に言い換えてしまうことによって、確かに表面的な言葉の印象はソフトになっても、代わりに「先生の期待に応えるために、もっと努力しなさい」という、とんでもなくゴーマンな言葉が浮かび上がってきてしまうのです。嫌だなぁ、と思います。怖いなぁ、とも思います。なぜなら、そこでは、「先生の期待」がほんとうに正しいのかどうかの検証がいっさいなされていないから。

以上で引用は終わりです。

「労多くして報われない世界」。学習面でつまずきがある子どもたちには、そういった経験が一度や二度ではなく、繰り返し襲ってくるわけです。「もうすこしがんばりましょう」のスタンプがずっと“追いかけて”くれば、努力や勤勉に価値を見出せなくなることだってあるでしょう。「努力しないからできない」ではなく、「学びのスタイル・パターン・プロセス等を見いだせないでいる」、「言葉にならない学習の苦しみを抱えている」、「今までの指導とは、どうやら学び方が違うのかもしれない」と考え直すことはできないでしょうか。

私たち教師は、「反省させれば学習意欲がわく」といった誤解や思い込みから一刻も早く脱却すべきではないかと思います。その第一歩が「もう少しがんばりましょう」のスタンプを使わずに、その子の学習意欲を高めること。特別支援教育は、その方法論を提示してくれると思います。

合理的配慮が学校を変える!


合理的配慮が学校を変える!

学習支援 就学進学
平成28年4月1日より「障害者差別解消法」が施行されます。

この中にある「合理的配慮」は、障害を持つ人々に対して必要な環境整備などの配慮を行うということ。

それにより、発達障害児をとりまく学校環境が大きく変えられるのではないか、その他多くの子供たちにとっても変化をもたらすのではないかということについて書きたいと思います。

簡単に言えば今まで配慮を求めても「前例がない、特別扱いできない」などと断られていたことが、配慮しないのは法律違反ということになりかねないのです。

「合理的配慮」の否定は障害を理由とする差別になるのです。

ただし、均衡を失した又は過度の負担を課さないものという条件があります。

法律のことなので難しい文言が並びますが、来年度よりお子さんにとってよりよい学校環境を求める上で非常に大切なこととなってきます。

この新しい法律が施行されても、こちらから意思表示がないことには勝手に変わるということはなかなか難しいと思います。知っている上で意思表示することが重要になってきます。

是非、発達障害児をはじめとする多くの困難を抱える子供の保護者の方々に知っていただきたいと思っています。

参考資料も多く、長い文章になりますがお付き合い下さい。



合理的配慮とは

2006年に国連で採択された「障害者の権利に関する条約」に、日本は2007年に署名しました。この条約は、障害者への差別禁止や障害者の尊厳と権利を保障することを義務づけた国際人権法に基づく人権条約です。

これにより整備された国内法が「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)です。

障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(平成25年法律第65号) - 内閣府

この中には「発達障害を含む」と明記されています。

こちらの第三章七条に合理的配慮について書かれています。

2 行政機関等は、その事務又は事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない。
行政機関の中には公立学校も含まれ、合理的配慮は義務となります。

私立学校や民間企業の場合は「合理的な配慮をするよう努めなければならない」と努力義務になっています。

この法律が効力を発揮するのが2016年4月1日となるのです。



じゃ、その「合理的配慮」ってなんなの?ということですが、学校においては文部科学省のサイトにこのように書かれています。

1.障害者の権利に関する条約における「合理的配慮」
(1)障害者の権利に関する条約「第二十四条 教育」においては、教育についての障害者の権利を認め、この権利を差別なしに、かつ、機会の均等を基礎として実現するため、障害者を包容する教育制度(inclusive education system)等を確保することとし、その権利の実現に当たり確保するものの一つとして、「個人に必要とされる合理的配慮が提供されること。」を位置付けている。
(2)同条約「第二条 定義」においては、「合理的配慮」とは、「障害者が他の者と平等にすべての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものであり、かつ、均衡を失した又は過度の負担を課さないものをいう。」と定義されている。
2.「合理的配慮」の提供として考えられる事項
(1)障害のある児童生徒等に対する教育を小・中学校等で行う場合には、「合理的配慮」として以下のことが考えられる。
(ア)教員、支援員等の確保
(イ)施設・設備の整備
(ウ)個別の教育支援計画や個別の指導計画に対応した柔軟な教育課程の編成や教材等の配慮
資料3:合理的配慮について:文部科学省

「均衡を失した又は過度の負担を課さない」限りは、申し出のあった合理的配慮を行わなければならないということです。このあたりも解釈が難しいですね。

インクルーシブ教育の推進とも関係してきます。

具体的にどういう合理的配慮が行われる可能性があるかについてはこちらに書いてありました。

別紙2 「合理的配慮」の例:文部科学省

発達障害に関係するところを抜粋引用します。

.共通
バリアフリー・ユニバーサルデザインの観点を踏まえた障害の状態に応じた適切な施設整備
障害の状態に応じた身体活動スペースや遊具・運動器具等の確保
障害の状態に応じた専門性を有する教員等の配置
移動や日常生活の介助及び学習面を支援する人材の配置
障害の状態を踏まえた指導の方法等について指導・助言する理学療法士、作業療法士、言語聴覚士及び心理学の専門家等の確保
点字、手話、デジタル教材等のコミュニケーション手段を確保
一人一人の状態に応じた教材等の確保(デジタル教材、ICT機器等の利用)
障害の状態に応じた教科における配慮(例えば、視覚障害の図工・美術、聴覚障害の音楽、肢体不自由の体育等)
(中略)
4.知的障害

生活能力や職業能力を育むための生活訓練室や日常生活用具、作業室等の確保
漢字の読みなどに対する補完的な対応
(中略)
7.言語障害

スピーチについての配慮(構音障害等により発音が不明瞭な場合)
8.情緒障害

個別学習や情緒安定のための小部屋等の確保
対人関係の状態に対する配慮(選択性かん黙や自信喪失などにより人前では話せない場合など)
9.LD、ADHD、自閉症等の発達障害

個別指導のためのコンピュータ、デジタル教材、小部屋等の確保
クールダウンするための小部屋等の確保
口頭による指導だけでなく、板書、メモ等による情報掲示
具体的な配慮としてどのようなものが考えられているか障害種別に細かく書かれたものがこちらになります。

合理的配慮等環境整備検討ワーキンググループ 報告 別表:文部科学省



学校における合理的配慮の定義や、決定までの流れ、具体的な支援や指導についてはこちらに詳しく書かれています。

合理的配慮等環境整備検討ワーキンググループ 報告:文部科学省



具体的にどんな配慮をお願いできる可能性がある?

なんだかんだと難しいことを書いてきましたが、

・学習障害(LD)がある場合、電子教科書などタブレットを使った学習を学校で行いたい

・聴覚過敏があるのでデジタル耳栓やイヤーマフを使いたい

・板書に困難があるのでデジカメやスマホやタブレットなどで写真を取ることで代用したい

・特性上繰り返しが苦手なので宿題を軽減してほしい

・アレルギーではなくても嗅覚過敏味覚過敏で食べられないものを給食で強制しないでほしい

・触覚過敏や感覚過敏があるので制服・体操服などを別のものでも許可して欲しい



などの障害特性を理由とする要求に対して公立の学校であれば配慮しなくてはならない義務になるということです。(私立の場合は努力義務)

もちろん、子ども自身の状態やスキル、本人の意思、それに対する評価、今後の見通しや成長する上での課題などを学校と話し合いで合意に達する必要があります。

家で困難なことも学校なら出来ている場合もあるでしょう。担任の先生や支援コーディネーター、外部の専門家などと今お子さんに必要な支援は何かをしっかり話し合う必要があると思います。

今までだと「前例がない、他の子の手前特別扱いは出来ない、管理の問題がある」と学校から断られることも多かった事例だと思います。

ただし『「合理的配慮」の決定・提供に当たっては、各学校の設置者及び学校が体制面、財政面をも勘案し、「均衡を失した」又は「過度の」負担について、個別に判断することとなる。』とありますので、負担がかかるものに関しては相談していく形となるのでしょう。

上記の例の場合、IT機器に関しても持込であれば学校側に過度の負担とはならないですし(と私は解釈しています)、認めないわけにはいかない、そして適切に管理する義務もあると思います。

「デジタル機器の確保」が合理的配慮の例にも上がっていますので、予算をつけてもらい学校に準備してもらうことも考えられるかもしれません。

そして特別扱いと思われないよう他の生徒の理解を求めたり配慮や学級運営も学校側に必要となってくるでしょう。

合理的配慮は特別扱いではなく、他の子供たちと同じように障害のある子供たちの学ぶ権利を保障するためのものです。

視力に困難のある子供が眼鏡をかけるのと同じことなのです。

タブレットなどデジタル機器を通常学級で活用する際の参考資料として、文部科学省が筑波大学に委託し作られた「発達障害のある子供たちのためのICT活用ハンドブック(通常の学級編)」があります。

http://www.gakko.otsuka.tsukuba.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2014/03/7d7182720744591a8e17e444a24c15911.pdf

こちらには導入事例だけでなく、教室での管理、学級運営に際しての留意点などが書かれており、全ての学校の先生方に目を通していただきたい内容です。

子供たち一人一人の個性を認め合える学級作りが必要です
皆同じ → 皆違う、違っていい、違っていることが自然である
 学級の子供たちが「皆同じ」ではなく、一人一人の子供が異なる機器や手立てを使えるように、「皆違っていい」ということを教えていくことが大切です。
 同じ物を使う、という平等さから、「それぞれが元々違うのだから違って当たり前」という考え方への転換をしていかなければなりません。

 通常の学級にいる子供たちは学習スタイル(学習のしやすい感覚や処理様式)が皆異なります。それぞれの子供が、自分の学習スタイルに合ったやり方で学習内容にアクセスできるようにすることがよいのです。
 ICTの活用は、教材教具としてのレパートリーや文具としての簡便さを増やし、子供が自分の力を十分に発揮できる環境を作りやすいという点で、非常に効果的であると考えられます。

集中できない

集中できない。

 すぐに他のことに気がそれて、集中できない。これも発達障害児の特徴の一つです。
 幼稚園や保育園の先生が話している途中で、集中できずに他のことに興味が移る。みんなで歌を歌ってる時に、集中できずにキョロキョロしたり手遊びを始める。お絵描きの時間に、すぐに飽きてやめてしまう。同じことを繰り返しできずに、興味がなくなってしまう。このように、すぐに気が散って、集中できない特徴が発達障害の子にはあります。
 幼児期の子供は、長時間じっとすることができませんが、それでも母親や幼稚園の先生から言われると、しばらくは静かにできます。発達障害の子は、言われて返事をした次の瞬間から、別の行動をとったりします。全く人の話を聞いてません。知的障害で理解することができない場合もありますが、理解はできても集中できない場合もあります。
 いつもウロウロ、そわそわ、集中できない。発達障害のサインです。

触れる感覚が過敏。

触れる感覚が過敏。

 触れる感覚が過敏で、身につけること、触れられること、いろんなことを嫌がる。発達障害児の特徴の一つです。
 歯ブラシで歯を磨くこと。こんな日常のことが、感覚過敏でできない子がいます。歯ブラシで歯を磨くだけで、本人にとっては強い刺激、強い痛みを感じていることもあります。他の人にとったら何でもないことなので、本人にしか痛みや刺激がわからず、周囲の人には理解してもらえません。触れる感覚が過敏だと、歯磨きの他にも、日常のことをいろいろ嫌がります。爪切りが苦手、耳かきが苦手、お風呂で身体をこするのが苦手。ティッシュで鼻をかむのが苦手。感覚過敏の発達障害児にとっては、強い刺激に感じるようです。
 帽子をかぶらない。靴下を履かない。腕まくりが嫌い。首に巻くマフラーが嫌い。こんな服装の感覚が過敏な場合もあります。幼稚園や保育園で、みんなが被っている帽子を一人だけ被らない。一人だけ靴下を脱いでしまう。幼稚園や保育園の集団生活では、みんなと違う行動をするため困ってしまいます。

順番が待てない

順番が待てない。

 お友達と並んでから順番に遊ぶことができない。順番が待てなくて、順番抜かしをする。これも発達障害児の特徴の一つです。
 幼稚園や保育園では、お友達と一緒にみんなで遊具を使って遊びます。ブランコを順番でやる。すべり台を順番でやる。順番に列に並んで待つ。発達障害の子は、この順番に待つことができない特徴があります。順番を守る大切さが理解できないのです。
 順番が待てない原因として、そもそも順番という概念を正確に理解できていない子もいます。正確に順番の概念が理解できていないため、とりあえず最初は列に並んでみるけど自分の欲求を押さえられずに、順番を抜かしてしまうことがあります。幼稚園や保育園の先生から注意されても、順番という概念が理解できていないので、どうしようもありません。
 この順番が待てないという特徴は、わがままで自分勝手だと思われ、お友達とけんかになったり、仲間外れの原因になります。

パニックになる

パニックになる。

 突然暴れて、パニックになる。家や幼稚園どこでも急に泣き出してパニックになる。これも発達障害児の特徴の一つです。
 幼児期の子供は、どんな子でも多少は急に泣いたり、暴れたりすることがあります。しばらく放っておくと、自然と安定してパニックは収まります。発達障害の子は、頻繁にパニックになってしまいます。一旦パニックになって暴れ出したり、泣き出したりすると、どうやってもパニックが収まりません。最後はは力尽きて眠ってしまうまで、ずっと暴れて泣いています。
 子供がパニックになる時は、何か欲しいものがあったり、お腹がすいていたりします。発達障害の子がパニックになるのは、原因が周囲の人には分かりません。ちょっとしたことで不安を感じて、激しく気持ちが反応してパニックになってしまいます。
 発達障害児本人は何かを必死に訴えようとしてしていますが、お友達や幼稚園の先生などの周囲の人にとっては、原因がわからずパニックになるので困ってしまいます。

眠らない

眠らない。

 眠らない、寝つきが悪い、眠ってもすぐに目が覚める。これも発達障害児の特徴の一つです。
 発達障害の子は幼稚園になっても、なかなか寝てくれない。こんな特徴があります。乳児の頃は、夜泣きをしたり、深夜まで眠らず起きていたり、どんな子でもこのような経験があると思います。子供って乳児の時は、みんなこんなものです。
 疲れていると思うのに全然眠らない。夜中に子供を見ると、目を開けて起きている。夜泣きが続く。朝早く目が覚める。睡眠のリズムが安定しない。寝かせようとすると怒る。この眠らない特徴があると、母親は疲れ果ててしまします。あまり神経質にならず割り切って、お母さんは気にせず睡眠をとるようにしましょう。子育ては体力勝負です。

いつも同じことをする。


いつも同じことをする。

 意味のないことをいつも繰り返す、いつも同じことをする。これも発達障害児の特徴の一つです。
 同じことを意味もなく繰り返すことを、常同行動といいます。発達障害の子は、こどの常同行動を好む特徴があります。扉を開けたり閉めたり繰り返す。同じ引き出しをずっと開け閉め。くるくる回ることを繰り返し、目が回らない。テレビを見ながらずっと飛び跳ねている。手をひらひら。手を叩く。同じものの臭いをいつも嗅ぐ。同じものをずっと振り回す。このように意味不明なことを、いつもずっと繰り返している。発達障害児の特徴です。常同行動を無理矢理やめさせると発達障害児は不安になってしまいます。

いつまでもやめない

いつまでもやめない。

 自分がやっていることを、いつまでもやめない。これも発達障害児の特徴の一つです。
 おもちゃで遊んでたり、絵を描いていたり、本を読んでいたりしている時に、食事なので中断するように言っても、途中でやめない。途中でやめずに、ずっと絵を描いたり本を読んだり続けてしまう。母親や幼稚園の先生、周囲の人が言っても聞こえていないように、ずっと同じことを続けてしまう。始めたこと、今やっていることを、途中でやめることができない。無理やりやめさせると、イライラしたり泣き出したりします。一度自分が始めたこと決めたことを、変更することが嫌いという発達障害の特徴です。気持ちをうまく切り替えられないのが、この特徴の原因です。
 集中力があるように見えますので、いいことのように感じられますが、度を超えた行動は発達障害の特徴といえます。

変化が嫌い

変化が嫌い。

 変化が嫌いで、いつもと違うと不安になる。これも発達障害児の特徴の一つです。
 初めて来る場所を怖がる。動物園や遊園地、ショッピングセンター、公園。初めての場所だと、怖がって歩こうとしない。普段と違うところに来ると、喋らなくなって、すぐに帰りたくなる。発達障害の子には、変化が嫌いで、普段と違うことを嫌がる特徴があります。
 部屋の模様替え。物を置く場所を変えて気分転換。いつもと違う道を通る。こんなことを発達障害の子は、嫌がります。ちょっとした変化で、泣いたり、大声をだしたり、パニックになる場合があります。