★365日の紙飛行機★

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今日という一日が
笑顔でいられるように
そっとお願いした

時には雨も降って
涙も溢れるけど
思い通りにならない日は
明日頑張ろう

ずっと見てる夢は
私がもう一人いて
やりたいこと 好きなように
自由にできる夢

人生は紙飛行機
願いを乗せて飛んでいくよ
風の中を力の限り
ただ進むだけ
その距離を競うより
どう飛んだか どこを飛んだのか
それが一番 大切なんだ
さあ 心のままに
365日

星はいくつか見えるか
何も見えない夜か
元気が出ない そんな時は
誰かと話そう

人は思うよりも
一人ぼっちじゃないんだ
すぐそばのやさしさに
気づかずにいるだけ

人生は紙飛行機
愛を乗せて飛んでいるよ
自信持って広げる羽根を
みんなが見上げる
折り方を知らなくても
いつのまにか飛ばせるようになる
それが希望 推進力だ
ああ 楽しくやろう
365日

人生は紙飛行機
願いを乗せて飛んでいくよ
風の中を力の限り
ただ進むだけ
その距離を競うより
どう飛んだか どこを飛んだのか
それが一番 大切なんだ
さあ 心のままに
365日

飛んでいけ!
飛んでみよう!
飛んでいけ!
飛んでみよう!
飛んでいけ!
飛んでみよう!

ミサイル落下

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時鐘 4/25

 ミサイル落下(らっか)に備(そな)える行動(こうどう)なるものを初(はじ)めて知(し)った。ありがたい、と思(おも)うよりも不(ふ)安(あん)の方(ほう)が膨(ふく)らむ。

急(いそ)ぎ近(ちか)くの建物(たてもの)に避難(ひなん)せよ。室内(しつない)ならば窓(まど)から離(はな)れよ。行政(ぎょうせい)の指示(しじ)に従(したが)い、落(お)ち着(つ)いて行動(こうどう)せよ。相手(あいて)は雷(かみなり)や豪雨(ごうう)ではない。お手上(てあ)げです、とも聞(き)こえてきて、とても冷静(れいせい)さを保(たも)つ自信(じしん)はない。

あの戦(せん)争(そう)の時代(じだい)、空襲(くうしゅう)に備(そな)えた住民防火訓練(じゅうみんぼうかくんれん)を批(ひ)判(はん)した言論人(げんろんじん)のことを教(おそ)わった。木(き)と紙(かみ)でできた街(まち)が空爆(くうばく)されたら、防(ふせ)ぎようのない惨事(さんじ)が起(お)きるに決(き)まっている。火(ひ)の備(そな)え以前(いぜん)に、敵機(てっき)の襲来(しゅうらい)を許(ゆる)さぬのが先決(せんけつ)である。

その通(とお)りだが、突然(とつぜん)のように、北(きた)の空(そら)からミサイルが飛(と)ぶ事態(じたい)がやってきてしまった。いつ起(お)きても不思議(ふしぎ)ではない。地震学者(じしんがくしゃ)が得意(とくい)のせりふを、今度(こんど)はテレビでおなじみの識者(しきしゃ)が口(くち)にする。かつて、「戦争(せんそう)を知(し)らない子(こ)供(ども)たち」という歌(うた)がはやった。子供が大人(おとな)になり、そのままで終(お)わりたいという願(ねが)いは、「Xデー」で砕(くだ)かれるのか。

悪(わる)い夢(ゆめ)は早(はや)くさめよ、と布団(ふとん)をかぶって震(ふる)えて祈(いの)る。そんなミサイル対処(たいしょ)の心得(こころえ)を聞(き)かされても、「ふざけるな」と言(い)い返(かえ)す知(ち)恵(え)も勇気(ゆうき)も、わが身(み)にはない。

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山のあな

中日春秋 4/25

その昔、寄席の楽屋に一枚の紙が張ってあったそうだ。題は「噺家(はなしか)売れる秘訣(ひけつ)五カ条」。一九六〇年代か。内容は、一、素人口調であること、一、内容は支離滅裂にすべきこと、一、ちゃんとした噺をやらぬこと-等。

若手への助言か皮肉か。いずれにせよ、秘訣には若くして人気となった風変わりな二人の噺家が念頭にあったかもしれぬ。一人は林家三平さん、もう一人はおととい亡くなった三遊亭円歌さんである。八十五歳。

自分で異端児とおっしゃっていた。人気に火が付いたのは、「山のあな」の「授業中」や「浪曲社長」などの新作落語。当時の一部にはそれが素人口調に聞こえ、売れたい、人を笑わせたいだけの芸に見えていたかもしれぬ。それでもそのてらいのない、まっすぐな笑いこそが長きにわたって日本人のおなかをよじらせた。落語界の間口を広げた。

真偽の定かでない逸話で知られるが、これは本当であってほしい。若い時、芸に苦悩し、大阪へ逃げた。

一時帰った東京の電車の中で師匠の先代円歌とばったり出くわす。先代は怒らず「明日遊びにおいで」。その優しさに発奮し、落語の新たな可能性を模索するきっかけとなったそうだ。

黒門町(桂文楽)、稲荷町(林家彦六)…。住む町名で声の掛かる噺家も減った。もう「中沢家の人々」は聴けないのか。「麹町!」。「山のあなた」に声を張る。

婉曲表現

中日春秋 4/24

次の率直な文では人を傷つけてしまいます。もっと遠慮がちな文に改めてください。例題その(1)「彼はいやなやつなので、私は付き合いたくない。」

「バカに見られないための日本語トレーニング」(樋口裕一さん・草思社)から引いた。かつての日本人といえば、本音と建前を巧みに使い分ける国民性で知られていたが、最近はそうでもないのか。とりわけSNSの短い文章に慣れた若い人はまどろっこしい婉曲(えんきょく)表現が苦手なようで、この手の指南本が重宝されているらしい。

答えの例としてこんな言い換えがあった。「彼のような人物と付き合ったことがないので、うまくやっていく自信がない」。元からすれば、半分以上ウソになっている気がしなくもないが、確かにこの言い方ならさほど波風は立つまい。

こっちは「本音」に関する話題か。米国のフェイスブックが指や声を使わず頭に思い浮かべただけで文字を入力する新技術を開発中と発表した。

実現すれば、指より五倍速く入力できる。助かる人もいるが、頭に浮かんだだけでというところで例題その(1)を思い出し、ひるみもする。

無論、頭の中で婉曲表現を使った文を作成すれば、よいのだろうが、感情むき出しのおそろしき文をつづることになるまいかと実用化のめどさえない研究に気をもんでしまう。実用化されてもたぶん永田町界隈(かいわい)では怖くて導入できないか。

…………………………

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 会社内で、このような言い方をするといまやパワハラ、ブラック企業ということで問題になります。これをパワハラにならないように言い換えてください、という問題が本書(『バカに見られないための日本語トレーニング』樋口裕一著)、134ページにあります。解答の一例として、
 「しっかり仕事をして君の地位を安定させてください」
 という言い方が示され、「プラスの面を強調せよ」などと説明されています。この通りに言うのかはともかく一つのヒントになります。いずれにしろ、最近、このようなパワハラやセクハラに気を付けるようにという社会風潮が強まっています。またネット上では政治的公正(ポリティカル・コレクトネス)な言い回しをしないとすぐ叩かれたり、いわゆる炎上騒ぎになることもしばしばです。つまり、以前よりメールや会話の言い回しに気を付けなければならない社会になっているのです。ところが一方では「死ね」とか「ブス」とかの若者たちの乱暴で短絡的言葉も相変わらず大はやりです。ネット社会の進展とともに語彙力も衰退しつつあるようです。
 本書はこうした社会に対応するためにもっと言葉の力を鍛えようという考えから作られた日本語問題集です。

 例えば、次のような問題があります。

◎「スーパーで買ったブドウが中のほうが腐っていた、どうやって苦情を伝えるか」(57ページ)
◎「上司のお別れの会に娘のピアノ発表会で行けない、失礼にならないようにどう断るか」(233ページ)
◎「『今日は私がご馳走するよ何がいい』と目上の人に言われて『牛丼でいいです』と答えた。この答え方に間違いがあるか。もっと印象が良くなるように言い換えよ」(145ページ)

 など、本書には語彙を豊かにし、言い回しを学ぶ200問以上の問題が掲載されています。
 著者の樋口裕一氏は高校・大学生のための小論文指導の第一人者であり、ベストセラーとなった『頭がいい人悪い人の会話術(PHP新書)など文章や会話の本を多数著わしています。いま社会人としてはこのようなノウハウが最も必要とされているのではないでしょうか。

 では最後にもう一つ。

◎「あなたのでっかいおっぱいにそそられる」この文をセクハラにならないように書き換えよ。
 こんな無茶な問題もあります。
 解答は本書135ページに。

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『バカに見られないための日本語トレーニング』(樋口裕一/草思社)

 見知らぬ人とも簡単にコミュニケーションが取れるSNSは今やなくてはならない通信手段。どこにいても手軽に素早く、発信ややりとりができることは便利な一方、話し言葉がそのまま使え、ネットスラングも氾濫する環境の中、いざ、ビジネスの場や目上の方とコミュニケーションを取るとなったときにきちんとした言葉を使えずに困ってしまう場面はないだろうか。そんな人たちを救うべく、相手の心をつかみ、上手に人間関係を築けるようになる日本語力の身に着け方を教えてくれるのが、『バカに見られないための日本語トレーニング』(樋口裕一/草思社)だ。

 著者は小論文指導の第一人者で、ベストセラーとなった『頭がいい人、悪い人の話し方』をはじめ、数多くの書籍を出している樋口裕一氏。「言葉はまさしく“中身”を表す」という文章添削のプロが、問題形式で日本語力を伝授する本書。その中から、人の心を動かす言葉の使い方のポイントと問題・解答例を紹介してみよう。

■本音をオブラートに包んで表現する

問題 次の率直な文では人を傷つけます。もっと遠慮がちな文に改めてください。
「彼はいやなやつなので、私は付き合いたくない」
解答例「彼は私とは考え方が違うようで、いっしょに行動するのはむずかしそうだ」

 このように、少し遠まわしで遠慮がちな言い方にすると和らぐ。他にも、批判する、言い訳する、自慢するなど、本音を隠したりわからせたりするには、相手の気持ちを汲みとりながら、多くの言葉を操ることが必要となる。

■しっかりとした知的な言葉を用いて人に伝える

問題 次の文を、ほぼ同じ内容のことを語る格調高い文に改めてください。
「子どもたちの勉強する力が落ちていることが問題になっている」
解答例 「子どもたちの学力低下が問題視されている」

 見知の人や不特定の人に対する場合や公式の場では、新聞や雑誌のようなしっかりとした文体で。仲間うちではくだけた文章、お店などであれば丁寧な表現にして伝えるなど、時と場合、相手によって、言葉遣いを使い分けることこそが社会人のマナー。そして、そこに必要なのが語彙力。語彙力がないと、正確に人に思いを伝えられない。

■マナーにかなった言葉を使う

問題 次の文をパワハラにならないように改めてください。
「こんなこともできないんなら、明日からもう会社に来るな」
解答例 「しっかり仕事をして、君の地位を安定させてください」

 言葉遣いにもマナーがあり、これを守り、使いこなすことで、常識的で教養のある人間とみなされる。敬語はもちろんのこと、上記のようなデリケートなことでも、少し工夫することによって、だれからも問題にならずに伝えることができるという。

 本書内には他にもさまざまな角度で日本語力を試される問題がたくさん出されている。簡単なようで意外と答えに苦しむ箇所もあるが、著者ができるだけ楽しく問題が解けるように工夫したというだけあって、思わず笑ってしまうものも多い。これを読んで、見た目だけでなく中身も磨き、美しい言葉遣いのできる知的で感じのいい大人を目指そうではないか。

民法改正案成立へ

くろしお 4/23

 記者になったころ法律の知識が皆無で、裁判所に行っても刑事と民事の違いさえ分からない。恥ずかしいことで、これでは取材できない、と一念発起し法律の勉強を始めた。

 目標がある方が意欲が増すので、いろいろな法律の科目がある行政書士の資格試験を目指した。最もややこしいのが民法だ。権利や義務に関する書類を幅広く作成する行政書士の業務上、民法が重要なのは当然だが私人の権利から家族関係まで実に多岐にわたる。

 物を預かったら自分の物と同じように管理せよ、など古人の戒めのようだ。誤解を恐れずにいえば大体が常識の範囲に収まる。ただ範囲があいまいなままでは争いごとになる。そこに民法はきっちりと線を引いてくれるからありがたい。

 お金の貸し借りや商品の売買といった契約のルールを大幅に見直す民法改正案が今国会で成立する見通しだ。契約分野の抜本改正は、1896年つまり明治時代の民法制定以降初めてというから、基本的に同じルールが市民生活を規定していたことに改めて驚く。

 消費者としてうれしいのは、これまでなかった約款の規定が設けられたこと。旅行や保険、通販など現代には多くの約款があるが詳しく内容を見る客は少ないだろう。契約は成立しても、客に一方的な不利益を強いる内容は無効とした。

 ほかにも未払い金時効の統一、中小企業向け融資の連帯保証人の保護策拡充など改正項目は約200。学習をやり直すのは難儀だが、身近に役に立つ法律だけに知っておいた方が得なのは確かだ。民法は常識的な感覚を磨く練習にもなる。

こどもの読書週間


2017こどもの読書週間 標語「小さな本の大きなせかい」
2017読書週間 標語「本に恋する季節です!」


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談話室 4/23

作者が詩人の谷川俊太郎さんと知って驚いた覚えがある。「しーん」から「もこ」「にょき」と擬態語が続く絵本「もこもこもこ」(元永定正絵)。刊行から今月でちょうど40年を迎えたが、今も書店に並ぶ傑作だ。

もう1冊。松谷みよ子作・瀬川康男絵「いないいないばあ」は刊行50年になる。目隠しした愛らしい動物たちがページをめくると「ばあ」。単純だからこそ子どもの心をつかみ、半世紀にわたり読み継がれる定番だ。「日本で一番愛されている絵本」との表現も納得できる。

気になる数字がある。学生の1日平均読書時間が24.4分と調査開始以来最も少なくなり、全く読まない「0分」は49%と最高を更新した。片や、スマートフォン利用時間やアルバイト就労率は伸びが続く(昨年の全国大学生活協同組合連合会「学生生活実態調査」より)。

スマホやバイトに多くの時間を割く学生にも、親の膝で本の世界に浸った記憶はあるだろう。あの幸福感、楽しさを思い出してほしい。そして親になったら必ず子どもにも伝えたい。きょう23日は「子ども読書の日」、そして来月12日までの「こどもの読書週間」が始まる。

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ピッカピカの未来




あぶくま抄 4/23

 美しく磨き上げられたランドセルが柔らかな日差しを浴びてキラキラと輝いていた。笑顔もキラキラ。♪ピッカピカの1年生-。この季節になると昔、頻繁に流れていたコマーシャルの音楽が頭に浮かぶ。

 新1年生が小学校に入って2週間余りがたつ。もう学校には慣れたかな。友達はできただろうか…。親御さんでなくとも気をもんでしまう。何より歩き慣れない通学路で交通事故に遭わないよう祈らずにはいられない。

 県警本部交通企画課によると、今年の春の全国交通安全運動期間中に県内では交通事故に遭った新入学児童は幸い1人もいなかった。だが、新たに運転免許を手にした人がハンドルを握り始める時期でもある。運転するすべての人が、いま一度心に若葉マークを付ける季節としたい。

 今年春に小学校に入学した1年生には、震災と原発事故が起きた平成23年に生を授かった子どもたちが含まれている。この先続く人生の道のりは古里の復興と歩みが重なる。今はまだ大きく見えるランドセルには子どもたちと古里の夢と希望が詰まっている。未来の大人が生きる世界をつくるのは今を生きる大人だ。当然、ピッカピカにしなくてはならない。

古刹

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鳴潮 4/23

 いろはにほへとちりぬるを(色は匂(にほ)へど散りぬるを)。いろは歌は、空海の作と伝わる。幼少時を過ごしたとされる石井町の童学寺でしたためた。

 徳島県人としては、この説を推したいところだ。ただ、そうしようにもかなり旗色が悪い。「金光明最勝王経音義」なる書物に見え、平安時代にできたのは間違いないが、作者は空海ではないというのが定説になっている。

 では、童学寺。まるで関係ないか、と言えばそうとも言えない。「日本古典文学大辞典」(岩波書店)には、いろは歌を作ったのは、おそらく僧侶だろうとある。さては時の寺僧か、と想像するぐらいは許していただこう。

 伝承も場所を選ぶ。いずれにせよ、空海の学問所と主張して見合うだけの歴史が童学寺にはある。創建は飛鳥時代にさかのぼるとも。それが先日、火災に見舞われた。戦国武将・長宗我部元親の阿波侵攻以来の火難である。

 国指定重要文化財の木造薬師如来坐像(ざぞう)は、本堂に火の手が回る前、住職が運び出して焼失を免れた。これまでは年に一度、檀家(だんか)だけが拝むことのできた秘仏だったそうだ。寺院再建のスタートとして、きょう一般公開する。

 いろは歌と同じく、平安時代から大切にされてきた仏像である。どれだけ多くの人が手を合わせてきたことか。その列に加わり、古刹(こさつ)のこれからを祈ろうと思う。

四大でんぷん

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越山若水 4/23

コメ、コムギ、トウモロコシは世界の三大穀物だが「四大でんぷん」という言い方もある。前掲の三つと、もう一つ。と聞けば、すぐにピンとくる。ジャガイモだ。

この南米アンデス原産の野菜は見た目が災いし、欧州では悪魔とも呼ばれた。現代では、どこの誰にも欠かせない存在。なのに案外知らないことが多いようだ。

その一つが「新ジャガ前線」だろうか。2月に九州で収穫が始まり、7月ごろには北海道へ到達する。いまはといえば、近くのスーパーには鹿児島産が並んでいる。

二つ目。生鮮食料用と加工用で品種がはっきり分かれているのをご存じだろうか。家庭料理向けに男爵、メークイン、少し値の張るキタアカリ。加工用ではトヨシロが代表格だ。

なかでも替えの利かないのが加工用。だから、こんなことも起こる。一大産地の北海道十勝地方で、加工用ジャガイモを巡って菓子メーカー同士の争奪戦が過熱しているという。

昨夏の台風が元凶だ。産地の被害は深刻で、原料不足となった各社はポテトチップスの一部生産休止や終了を強いられた。2年連続の非常事態はどこも避けたいわけだ。

程度の差こそあれ品薄は生鮮食料用も同様で昨秋来、高値傾向が続いている。そんな日本とは逆に、北朝鮮では豊作を伝えられる。それでもなぜか食糧不足と聞く。気の毒だが、いまは別の非常事態が気になる。

四分三十三秒

中日春秋 4/23

現代音楽家のジョン・ケージの「四分三十三秒」といえば、無音の音楽である。ピアニストは何も音を出さない。

今でこそ有名だが、一九五二年八月、初演時の観客の反応はさんざんだった。演奏後の質疑応答では「この作曲家を町から追い出せ」の声が上がったし、ケージの母親までが「今回はやりすぎね」と語ったと伝わる。

ケージの音楽を連想するような一冊の本が米国で売れているそうだ。米共和党支持者で俳優のマイケル・ノウルズさんが十五分ほどで書き上げたという『民主党に投票する理由』。

章立てなどを除き、ほとんどが白紙である。民主党を支持する理由なんて「どこにもない」という皮肉なのだろう。トランプ大統領も素晴らしいと絶賛している。

党派的対立の強い、かの国において、この手の政治的冗談や皮肉は珍しくもないが、十ドル近い真っ白な本が十万冊近く売れている現象がよく理解できない。それが反対意見や別の考えに対する、「何もない」という決めつけ、耳を貸さぬという意思表示だとすれば、その排他的風潮が正直恐ろしくもある。

さてケージによれば、あの曲は無音ではない。初演後にこう語った。「最初は風がそよいでいる音、そして屋根に雨が当たる音。最後には聴衆が出て行く音が聞こえたはずだ」。完全な無音など、あり得ない。聞こえぬのは聞こうとしない態度のせいらしい。

消えたポテチ

中日新聞 社説 4/22

温暖化と私たち 風が吹けばポテチが

 風が吹けば、ポテチが消える-。それはつまり、温暖化は台風に姿を変えて北海道に上陸し、その影響が私たちの暮らしの中に分け入ってきたということだ。気候変動は人ごとではないということだ。

 畑の異変は、暮らしに及ぶ。

 この春、ポテトチップスの販売の完全中止や一時休止が相次ぎ、商品の種類が激減した。

 原因は、気候変動、温暖化だと言っていい。

 ジャガイモの主産地、北海道十勝地方では昨年、六月に長雨が続き、八月だけで三つの台風が上陸し、畑の被害も相次いだ。

 近年まで、梅雨はなく、台風とも無縁に近かった北海道。気候は急変しつつある。国内産の八割を占める道産ジャガイモの出荷量は、前年に比べ約一割、減少した。

 ポテトチップスメーカーは、国産志向が強い。100%をうたう大手もある。輸入を増やすにも限りがある。五月から九月に収穫される原料の不足が反映されて、メーカー側は定番や売れ筋商品への絞り込みを余儀なくされた。

 大手ネットオークションサイトに、「入手困難」になった商品が、二十袋十二万円で出品された例もあるという。

 世界の年間平均気温は三年連続で最高を更新中だが、十勝でも夏場の高温による農業被害が近年目立つ。もともと寒冷地で強く高温に弱いジャガイモ、小麦は、それでなくても近年は減少傾向にあるという。一方で、サツマイモやワインブドウの適地になりつつある。激変だ。

 水産の分野でも、海水温の変化によるとみられるサケの不漁、ホタテの斃死(へいし)も深刻化しつつある。

 農産物は、天気のたまものだ。それだけに農業王国北海道では、温暖化の推移にも敏感だ。

 北海道開発局と道が先月まとめた「今後の水防災対策のあり方」に関する提言は、道内で毎時三〇ミリを超える大雨が三十年前の約二倍に増加と指摘して、今世紀末には最大日降水量が今の一・二四倍になるとの予測を提示。「気候変動の影響が現実のものになったと認識し、北海道から先導的に気候変動の適応策に取り組むべきだ」と訴える。

 “消えたポテチ”が、教えてくれている。

 温暖化はすでに北海道の主産業に大きな変化をもたらして、私たちの暮らしにも入り込んでいる。

 米大統領が方針を変えようと変えまいと、それは私たち自身の身近に迫った重要な課題なのだと。